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[COORDINATE 0055] Ars the Wanderer

# Preparations_for_the_Goddess_Festival:


聖騎士が訪れた二日後、ある商会の行商団が街を訪れていた。

女神祭による需要の増加は様々な影響を与えるようだが、行商人の増加もその一端だろう。


ハンナさんは、女神祭の食材を購入するためにそこへ足を運んでいた。

俺たちも、子どもたちへの贈り物を用意するためについてきていた。

勝手にものをあげるわけにはいかないので、サンタクロース計画については、ハンナさんの了承を取ってある。


わざわざ贈り物を行商団から買いに来たのだが、それには理由があった。


この街の商店はとても品揃えが悪く、俺は満足できなかったのだ。


ハンナさんに尋ねたところ、教国では市民への配給が徹底されているらしい。

その影響か、あまり市場が活発ではないようだった。


だが、配給自体は悪いことではない。

孤児院の食生活も、配給できちんと賄われているらしい。喜捨の金額をめぐって、ハンナさんと俺の認識に差があったのもこのせいだった。

つまり、市民が金銭にあまり依存していないのだ。


まだ最初の街だから、教国全体がこうなのかは分からない。


とはいえ、女神祭である。

街の人達もこの日ばかりは、配給品では満足できないらしく大勢の買い物客でごった返していた。


「よし、俺は最高級のガラガラを探すぞ」

「あはは。きっと赤ちゃんたちも喜ぶね」


俺の隣のルナリアが、本心からそう思っている様子で言った。

相変わらず空は薄暗かったが、彼女の金糸の髪はそんな中でもつややかに輝いている。

フェリスはハンナさんと食材を選びに行っていた。


「じゃあ、わたしは年少の子たちへの贈り物を選びに行ってくるね」

「おう。値段は気にしないでいいぞ。小遣いじゃなくてパーティーの金で払う」


ルナリアたちは小遣い制なのだ。

彼女は頷いて、別の行商のところへ歩いていった。


俺は赤ちゃん用品を、つぶさに観察し始めた。

本当は全員の贈り物を俺が選びたい。


だが、残念ながら俺に懐いているのはミアと赤ちゃんたちだけである。

お気に入りのお姉ちゃんが選んだほうがいいだろうと思って、他の子への贈り物を選ぶのを、俺は遠慮していた。


俺が勇者と聞いたとき、子どもたちは発狂したのかと思うくらい興奮していた。

しかし、俺の剣術の弱さに年少の子たちは興味をなくし、遊戯版でぼこぼこにされる俺を見て年長の子たちも興味をなくしていた。


なので、俺が今選ぶべきはミアと赤ちゃんたちへの贈り物だけである。


色とりどりの玩具が並んでいる。

尖ったところのないものがいいな。積み木はまだ早いよな。

手に持っている所を見たいし、やっぱり木製のガラガラかなあ。


ミアは絵本とかだろうか。


しゃがみ込んで悩みながら商品を見ていると、聞き慣れた年配の男性の声が聞こえた。

「むむ? おお、アルス様ではないですかな!? これはこれは。教国にいらっしゃるとは聞いてましたが。奇遇ですな!」

「ん? ……ああ! ガストンさんじゃないですか」


驚くことに、ガストンさんがいた。

すぐに立ち上がり、久しぶりに会うガストンさんへ向き直った。


彼のお陰で、本当に共和国の旅路が楽になった。

俺は改めて感謝を伝えた。


「共和国ではお世話になりました。お陰で順調に旅をすることができました」

「何をおっしゃいますか! お礼を言うのはこちらです。色々と商会も助けていただいたそうですな。ドラゴンのドロップ品の取り扱いは商会でも初めてでしたぞ」


そういえばあの時のドロップ品は、ガストン商会に換金してもらったんだった。

俺は視線を馬車へ向けた。

気がついていなかったが、よく見るとこの行商団の看板には見覚えがあった。


「ああ、今気が付きました。この行商団はガストンさんの商会のものですか」

「ええ、そうですぞ。ふうむ、看板がいまいち目立ってないようですな。後で直しておかなければ」


いや、多分、俺が玩具を選ぶのに夢中になっていただけだから、気にすることはないと思う。


「この時期は、教国の街を行商で渡り歩くのが、最も熱い商売なのです。こんな商機に、行商をしない商人はもぐりですぞ」

「ははは。相変わらずですね」


俺とガストンさんが、雑談を続けているとルナリアが大量の剣を小脇に抱えて戻ってきた。

彼女はガストンさんに気がつくと、驚いたように声を上げた。


「あれ、ガストンさん……? お久しぶりです!」

「これはこれは。お久しぶりです。ルナリア殿の武勇もお聞きしましたぞ。なんでも魔族をも退けたとか」


ガストンさんに少し会釈をして話を待ってもらい、ルナリアに言った。

「おい、ルナリア。その真剣がプレゼントじゃないだろうな」

「え? そうだよ。結構良い武器がいっぱいあったんだ。教国でも行商は武器を売っていいんだね」


俺は行商の馬車へ指を差して言った。

「ばかたれ。孤児院の子供に真剣を送るやつがいるか。返してきなさい」

「ええ……。でもあの男の子は、絶対早めに真剣を持ったほうがいいよ。わたしなんか四歳で振り回してたし、大丈夫だよ」


大丈夫じゃないよ。

言いたいことは分かるが、責任を持てないだろう。


「うーん。いや、駄目だ。俺たちがずっと見ていられるわけじゃないからな。武器はやめなさい」

「むう。はーい」


俺たちのやり取りを見ていたガストンさんが顎を撫でながら言った。


「宿ではなく、孤児院に滞在されているのですか?」

「ああ、それなんですけど――」


フェリスが正式にパーティーへ加入したことと、宿泊拒否の件をガストンさんに話した。すると、話を聞いたガストンさんが少し呆れたように答えた。


「まだこの国はそんなことを……。ううむ。アルス様は聖都まで行かれるのですかな」

「はい。そうなると思います。どうやら勇者認定されるらしいんですよ」


そこで、思案していたガストンさんが目を見開いて尋ねてきた。

「勇者候補になったことは聞き及んでおりましたが、教国に正式認定されるとは驚きですな。アルス様は女神教徒でしたか」

「いえ、全然、これっぽっちも興味ないです」


先日の、聖騎士が来訪した件を俺はガストンさんに話した。

「ううむ。聖騎士がわざわざ伝令に来たのですか。いずれにしても、対応が早すぎますな。少し怪しいですぞ」

「そうですよね。ただ、俺にはどうしても行かなければならない迷宮があるんです。なので、その情報が手に入るかもしれない以上、聖都からの召喚には応じるべきでしょうね」


俺は腕を組みながらガストンさんへ答えた。

ガストンさんは、思い出したように話を戻した。

「そうですか。楽しそうなことをされていますな。宿の件ですが、ええと少々お待ちください。おい、誰か教国の地図を持ってきてくれ」


従業員が一枚の紙を持ってきた。

そこへガストンさんがペンを走らせながら、俺へ指南してくれた。

「この街道を進んで、こちらの街と、この街を中継してください。うちの支部がありますので、そちらに宿泊できるように指示しておきます」

「おお、ありがとうございます」


ガストンさんが俺に地図を渡してくれた。

「聖都に支店はありませんが、この経路なら野営は最低限で済むと思いますぞ」


俺は感激して、ガストンさんにお礼を言った。

この旅はガストン商会とともにあるといっても過言ではない。


「何から何まで本当にありがとうございます」


ガストンさんは楽しそうに笑みを浮かべながら答えた。

「いえいえ、これくらいお安い御用です。アルス様には儲けさせてもらってますからな。ああ、そうだ。セルナ統領の指示で、マアト温泉街に高級宿を建てることにしましたので、そちらにも今度遊びに来てください」


「商人てなんでもできるんだなあ」


ガストンさんは微笑みを浮かべて、視線を別の方へ向けた。

その先には深くフードを被ったフェリスが、ハンナさんと食材を選んでいた。


「はっはっは。戦闘以外ならなんでもできますぞ。……セルナ統領から、フェリスが正式にパーティーに加わったことも聞きました。ありがとうございます。貴方と一緒なら安心ですな」

「そういえば、出会えたのもガストンさんのお陰ですね」


俺がそう言うと、ガストンさんは少し目を見開いた。

それから、顎をさすりながら笑みを浮かべて口を開いた。


「今日は、女神祭の贈り物を見に来たのですかな? でしたら、お安くしておきますので指輪などどうでしょう。彼女たちにぴったりな、ルビーとサファイアの良いものがありますぞ」


「え? 指輪ですか? 宝飾品ではなくて、赤ちゃん用のガラガラを買いに来たんですけど」

「な、なんと。もうお子様が。……あ、違いますね。孤児院の子ですな。ルナリア殿やフェリス殿には、贈り物をなさらないので?」


俺はガストンさんの発言の意図を測りかねて首をかしげた。

「どういうことですか?」

「……アルス様、ルナリア殿に女神祭の贈り物をしたことは?」


確か、サンタクロースは、いい子にご褒美をくれるという、とても親御さんに寄り添った存在だったはずだ。

なぜ、俺がルナリアに贈り物をするんだろう。


「ないですよ。サンタクロースって、子どもにしか来ないんでしょう?」

「……あの、アルス様。女神祭の贈り物というのはですね」


俺は、その日初めて、女神祭には恋人に贈り物をする風習があることを知った。

商人って怖い。

そんなのもう完全に女神様と関係ないじゃないか。


ルナリアもフェリスも恋人ではないと言うと、ガストンさんは怪訝な顔をしていた。



# The_Day_of_the_Goddess_Festival:


とうとう、女神祭の日がやってきた。

先日まで空を覆っていたどんよりとした雲は流れていき、久しぶりの青空が広がっていた。

朝の心地よい陽光が窓から差し込んでいた。


ハンナ孤児院は、今晩の食事会の準備で大わらわだ。

この準備自体もお祭りの一部だから、皆楽しそうに走り回っていた。


俺の担当は、赤ちゃんの相手と部屋の飾りつけだ。

赤ちゃんは今、お昼寝中なので今のうちに飾り付けを進めなければならない。


まずは、一番大事な世界樹の飾り付けから取りかかっていた。

もちろん、本物の世界樹ではない。

世界樹を模した、室内用の観葉樹を飾り付けるのだ。


ルナリアには滞在中、空から周囲の未発見迷宮を探してもらっていた。

この観葉樹は、そのついでにちょうどいいものを引っこ抜いてきてもらった特別製だ。

ちなみに、迷宮の調査は芳しくなく、未発見の迷宮は見当たらなかった。


俺は手始めに、ぽすっと天辺に紙細工の星を飾り付けた。


「これだけで、それっぽく見えるな。なあミア、この白いふわふわの飾りはなんだ?」

「ゆき」


おお、なるほど。

雪を模しているのか。

早く本物を見たいな。


さらに、俺は年少の皆が作った飾りを丁寧に添えていった。

孤児院の子どもたちは内職で鍛えられているらしく、出来上がった細工はとても綺麗な出来だった。


テーブルの方を見ると、ルナリアと年少の子たちが一生懸命他の飾りを作っていた。

ルナリアの濃紺のバトルドレスに覆われた豊かなふくらみが、テーブルにむにゅっと乗っていた。

本人はそれを気にすることもなく、和気あいあいと飾りを作っていた。


俺は追加の飾りを受け取るために、ルナリアのところへ行った。

ちらりと台所の方を見ると、フェリスがハンナさんや年長の子たちと一緒に料理を作っていた。

水色の髪は、室内でも透き通るような光沢を放っていた。


「むー。あるす」

「ああ、ごめんごめん。次は壁を飾ろうか」


ルナリアやフェリスに見とれていると、ミアが俺の防寒着の裾を引っ張ってきた。

そんな俺たちに気づいたルナリアが、口元に薄く笑みを浮かべた。


「アルス、女神祭って書いた張り紙があるの。先にそれから飾り付けてくれる?」

「ん? ああ、なるほど。任せろ。よし、ミアまずこれからだ」


俺たちは張り紙をしてから、色とりどりの飾りを壁に飾っていく。

しばらくして、すべての壁を飾り付け終えた。

俺は確認するように少し離れ、飾り付けた壁に視線を向けた。


「ううむ。少し左側の方が飾りが多いな。もう少し散らそう」

「あるす。こまかい」


俺は気になる部分の飾り方を、少し調整した。

再び、全体を見るために少し距離を取った。


「うーん。ちょっと歪んでるかな」

「あるす。めんどくさい」


俺はミアに文句を言われながら、気が済むまで飾りを調整していた。


「んあー!」

「びゃー!」


お昼寝していた赤ちゃんたちが起きてしまったようだ。

「はいはい。今行きますよ」


俺は部屋の端でベッドに寝かされている赤ちゃんたちのところへ行って、あやし始めた。慣れたものである。

部屋の中は皆が慌ただしく動いていて危ないと思い、俺は端の方で赤ちゃんたちをあやして遊ぶことにした。


やがて、準備が一通り終わったハンナさんがこちらへやってきて、赤ちゃんたちを授乳室へ運んでいく。

どうやら、もう乳母さんが来ているようだった。

男の俺では運ぶのを手伝えないので、ルナリアを呼んで運んでもらった。


ミアは、俺の背中でおんぶされながら眠っていた。

ミアもまだ二、三歳くらいだもんな。

俺は背中のミアの位置を調整し直すと、フェリスのところへつまみ食いしに行った。


「フェリス、小腹がすいた」

「……ん。……しょうがないな。ほら」


俺はミアをおんぶしたまま、フェリスに蒸したじゃが芋を一切れ食べさせてもらう。

彼女の白い指が、俺の口元へじゃが芋を運んでくれる。


フェリスはもぐもぐする俺を見て、目元を細めて微笑みを浮かべていた。


やがて夕暮れ時になり、女神祭のごちそうが食卓へ並び始めた。


焼きたての白パン。大皿に盛られた鮭の蒸し焼き。木皿に山のように積まれたじゃが芋と根菜の煮込み。

ひと目で、今日が特別な日なのだとわかる豪勢な食卓だった。


子どもたちはもう待ちきれない様子で、椅子に座ったり立ち上がったりを繰り返している。ミアは俺の隣に座り、お利口にしていた。


ハンナさんが優しく微笑みながら、みんなを見渡して声をかけた。


「では皆さん、リゼット様へ感謝を」


騒がしくしていた子どもたちは、それを聞いてきちんと座った。


室内が静まる。

皆で印を切り、目を閉じ、世界樹の女神リゼット様へ感謝と祈りを捧げる。


俺はこれまでの旅路に感謝し、これから先の無事を祈った。

ついでに、子どもたちの平穏も願っておいた。


……女神様か。

世界樹に辿り着いてリゼット様に会えたら、どんな姿だったかをこいつらに教えてやろう。

そう考えると、これからの冒険がさらに楽しみに思えた。


祈りの時間が終わった。

「では、皆さん。いただきましょう」

「いただきます!」


一斉に、椅子の音と子どもたちの声が弾けた。


俺は隣のミアに食事を取り分けてやり、自分の分をよそった。

珍しく、ルナリアやフェリスは少し離れた席に座っていた。

二人とも、それぞれ別の子どもたちに手を引かれ、席を決められていた。


ルナリアは小さな子に囲まれながら、楽しそうに笑っていた。

フェリスは、静かに食事をしながら年長の子たちと微笑みを浮かべて会話していた。


俺は鮭の蒸し焼きをつつきながら、木杯に注がれた葡萄の果実酒に口をつけた。

甘さは控えめで、鮭の塩気とよく合う。油の乗った身は柔らかく、少し燻したような香りがした。


「あるす。さかなすき?」

「ああ、大好きだ。しかしこの鮭、美味いな。油がよく乗ってる」


それを聞いたミアが自分の皿に乗せていた魚をどさっと俺の皿へ乗せてきた。


「いっぱいたべて」

「ありがとう。いや、お前もちゃんと食べろよ」


ミアがじっと俺を見ているので、彼女が俺の皿に移した魚を食べる。

満足そうに頷いて、ミアは自分の分をもきゅもきゅと食べ始めた。


ミアの口の端に少しソースがついていた。

俺は布でそれを拭いてやりながら、周囲の賑やかな光景を眺めた。


子どもたちの喧騒で満ちた食卓は心地よかった。

もちろん、冒険中の三人での食事も楽しいものだ。

だが、子どもの声には不思議な幸福感があるな、と俺は思った。


王国を出てからは、ひとところに落ち着くことはあまりなかった。

たまになら、こうして留まるのも悪くないかもしれない。


ふと、ルナリアの近くに座っていた男の子が目に入った。

このあいだ、とんでもない剣技を見せた男の子だ。


「リヒト、お前、この間は凄かったな。将来は剣士になるのか?」

「ぼく? うーん、剣は楽しいけど、騎士はあまり好きじゃない」


俺はそれを聞いて頷きながら、男の子に答えた。


「ああ、わかる。聖騎士ってなんか面倒くさそうだよな。じゃあ王国で冒険者になれよ。お前ならすごい英雄になれるぞ」

「ええ? 無理だよ。だって僕ら、孤児だから国から出られないもの」


俺は料理をつつきながら、表情を変えないように努めた。

これはあまり続けていい話題じゃないな。

この国は、いいところと、嫌なところが極端なんだよ。


「そうか。まあ、その気になったら言えよ。冒険者について教えてやるからさ」

「うーん。でもアルス、剣術よわいからなあ」


ミアが俺の袖を掴んで、椅子の上に立ち上がり、俺の頭を撫でようと小さな手を伸ばした。


「よしよし。あるす。みあがまもったげる」

「ありがとうよ。ミア、危ないから座りなさい」


食事会は、賑やかなまま続いた。

やがて料理が一通り片づくと、今度は子どもたちによる不揃いな讃美歌が始まった。

それは少し不格好で、それでいてとても素敵な歌声だった。


最後には、果実の乗った大きなケーキを、皆で取り分けて食べた。

ミアが一生懸命頬張っているのを見て、俺は今日までここに滞在してよかったなと思った。


しばらくして、楽しい時間を終わらせたくなくて眠気を堪えていた子どもたちも、そろそろ限界を迎えつつあった。

ひとり、またひとりと、子どもたちの瞼が落ちていく。


俺たちは手分けして子どもたちを寝床へ運び、それぞれが用意しておいた贈り物をこっそりと枕元へ置いていった。

贈り物をする側のほうが楽しいんじゃないかと、俺は少し思った。

これが女神祭を盛り上げている商人たちの狙いか。


ひと段落して、ハンナさんが俺たちに温かい茶を淹れてくれた。

「皆さん、本当にありがとうございました。今年の女神祭は、きっとみんないい思い出になったと思います」


湯気の立つ茶器を受け取りながら、俺たちはひと息ついた。

窓の外を見ると、欠けたアズールが空に浮かんでいた。

昨日までの曇り空が嘘のように、星々が綺羅びやかに瞬いていた。


ハンナさんが食器を片づけながら、気遣わしげに言った。


「後片づけは明日、子どもたちとやります。食器だけ片付けておきますので、皆さんはどうかゆっくりしていてください」

「ありがとうございます。今日は本当にありがとうございました」


ルナリアとフェリスは、食器を片付けるのを手伝うために立ち上がった。

食器を重ねながら、二人は楽しげに話していた。


「フェリスちゃん、贈り物は何にしたの?」

「……ん。……帽子やら、衣服だ」


俺は茶を飲みながら二人の会話をのんびりと聞いていた。


「ああ、わたしもそうすればよかったかな。全部玩具にしちゃった」

「……幼い子は、それでいいと思う」


二人の美しい髪が、窓から差し込むアズールの青白い光を受けて静かに煌めいていた。

その光景を眺めながら、俺は明日の出立のことを考えていた。


ミアはきっと泣くだろう。

さて、どうやって宥めたものか。


そんなことをぼんやり考えながら、何気なく窓の外へ目をやった、そのときだった。


突如、まばゆく空が光り輝いた。


それは、一瞬の出来事だった。


地平線の遥か向こうで、白く巨大な光の柱が夜の闇を切り裂くように空へ昇っていく。凄まじく強い光だった。

遠方で発生したであろうその光はここまで届き、街を昼へ塗り替えるかのようだった。


「え? なんだ今の」

「す、すごい光だったね……」


ルナリアもフェリスも、立ったまま驚いて窓の方へ顔を向けている。

俺は椅子に腰掛けたまま、光の昇った方向を見つめていた。


そこへ、おかわりの茶を持ったハンナさんがやってきた。

彼女は窓の外を見やりながら、少し不思議そうな顔をした。


「ひと月前にも、同じようなことがあったんです。教会の話では、世界樹から昇った光だそうで。女神様が、祝福を授けてくださっているのだとか」

「……ひと月前、ですか」


時期的には、俺たちが賢者の迷宮にいた前後だろうか。


賢者の迷宮の最深部で、起きたあの出来事。

女神様は明らかに俺の行動に反応していた、と思う。


俺は夢で見る、あの星空の少女のことを思い描いていた。

あの光は、俺を呼ぶ声なのかもしれない。

そう思うのは、思い上がりだろうか。


俺は茶に口をつけながら、ぼんやりとそんなことを考えていた。


立ち昇った光の柱は、すぐに収まった。

その後には、星空を背景に、窓の外では木々や街並みが黒い影となって沈んでいた。



少しハンナさんと談笑してから、俺たちは寝室へ移動した。

三人で寝る準備をしている中、俺は部屋の隅に置いておいた荷物へ目を向けた。


ああ、そうだ。

忘れるところだった。

こういうものは、今日渡さないと意味がないよな。


俺は荷物を漁り、綺麗に包装されたふたつの包みを取り出した。


「ルナリア、フェリス。いつもありがとう。あと、これからもよろしくな」


俺は軽い口調でそう言い、二人に贈り物を手渡した。


昼間、ガストン商会で購入しておいた銀の指輪だ。

さりげない装飾がされていて、小さな宝石があしらわれていた。

宝石はそれぞれルビーとサファイアで、二人の瞳の色に揃えてある。


まあ、別に恋人じゃなければ贈ってはいけないってこともないだろう。


「え! ありがとう! ……は、初めての女神祭の贈り物……」

「……もう少し、情緒を。……いや、ありがとう」


彼女たちは大切そうに受け取り、丁寧に包装を開けて中身を見た。

ルナリアは花のような笑顔を浮かべ、フェリスは愛おしそうに俺を見つめていた。


「ねえ、アルスがつけてよ」

「……ん。そうだ」


少し気恥ずかしくなって、俺は彼女たちから視線を外した。

「それは恥ずかしいから嫌だ」


そう言って、自分の寝具を整え始めた。

後ろから、二人の声が聞こえてきた。


「もうっ。いや、でも、わたしも恥ずかしいかも」

「……そうだな。うん、まだ早い」


ちらりと視線を向けると、二人が細く白い指に指輪をはめているところが見えた。

アズールの光に照らされた彼女たちの横顔が、やけに愛おしく見えた。



翌日の朝も、まばゆい陽光が温かく降り注いでいた。


名残惜しいが、いつまでも滞在しているわけにはいかない。

俺たちは出立の準備を整えていた。


赤ちゃんたちはまだ眠っている。

ミアは、絶対に起こしてくれとハンナさんに頼んであったらしい。

飛び起きたミアは俺にしがみついたまま、ぼろぼろと涙をこぼしていた。


「ぐすっ……あるす……」

「ほら、そんな顔するなって。また会おうな。今度はもう少し大きくなってるかもな」


「ぐすっ。あるす。うわきしちゃだめよ」


そんな言葉、どこで覚えてきたんだよ。


俺は苦笑しながらミアを抱き上げ、その頭を撫でてやった。

だが、撫でれば撫でるほど、かえって涙は激しくなる。


見かねたハンナさんが、そっとミアを俺の腕から引き取った。


「ミア、大丈夫。アルスさんたちはまた来てくれますよ」

「やだ……。みあもいく」


年少の子たちと別れを済ませたルナリアは、馬車の位置を整えているところだった。

フェリスもまた、年長の子たちに囲まれて名残惜しそうに言葉を交わしている。


やがて準備が整い、別れの時がやってきた。


フェリスが手綱を握り、ルナリアが荷台に乗り込んだ。

俺はブルーとブラウンを誘導して、街道へ進んだ。


最後にもう一度だけ孤児院へ視線を向けた。

戸口のところで、ハンナさんがミアを抱いたまま深く頭を下げていた。

ミアは、まだ泣いてハンナさんにしがみついており、こちらを見られないようだった。


子どもたちが、みんな一生懸命こちらへ手を振っている。

俺は手を振り返した。


俺は馬車の踏み板に足をかけ、御者台に乗った。

がらがらと馬車が進み始めた。


街道を進む。

俺は腕を組み、目をつむって上を向いた。


少しだけ、涙が零れそうだったからだ。



# COORDINATE 0055 END

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