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[COORDINATE 0048] Sage’s Labyrinth ver.Valerion 5

# The_Sage’s_Wisdom:


俺たちは、解放された戸を抜けて中へ入った。


先ほどの部屋とは違い、そこには雑多なものがいくつも並んでいた。

どれも木製や鉄製には見えず、不気味な光沢を放っていた。


さっきまで泣きじゃくっていたのを誤魔化すように、俺は星切の柄に左手を置き、なんとなく格好をつけていた。


部屋の中央には、案内人が立っていた。

俺たちを見て驚くでも歓迎するでもなく、淡々と告げた。


「資格ありと女神に認められた巡礼者たちよ。賢者の叡智を授ける。そこへ座れ」


案内人が示した先には、巨大な球体をくり抜いたような椅子がいくつも並んでいた。

それらもまた、周囲にあるものと同じように不気味な光沢を放っている。


俺は、さっきの件で女神にも賢者にも強い不信感を抱いていた。


「嫌だと言ったら? 何をさせたいんだ?」


しばし固まり、無言になった案内人は、誰かに伝えられた言葉をそのまま読み上げるような平坦さで告げた。


「先ほどの審判の板の件は失礼した。心より詫びよう。……魔族に利用されないよう、人族以外を一度弾く設計になっていた。本来であれば、エルフ族と獣族は私が確認し、再審査を行う予定だった。だが、その前に君が怒りを見せたため、少し待っていたのだ」


めちゃくちゃ嘘くさい。

嘘くさいが、どのみち先へ進むには、話には乗らなければならない。

まだ取り繕おうとしているだけ、良しとするしかないか。


「まあ、じゃあそれでいいよ。ここに座ったら力かなにかを授けてくれるのか?」


「賢者の叡智とは、この世界の歴史である。そして、その叡智を受け入れてなお、高潔な魂を保てるだけの強靭な精神を持つ者には、世界樹に至るための力を授ける」


俺は椅子と案内人を見比べながら答えた。


「ふーん。要するに座学か。どれくらいかかるんだ?」


「時間はそうかからない。加えて、この迷宮で開示される歴史は一部にすぎない。世界樹に至るには、残る二つの迷宮の踏破も必要だ。

だが、ここで知る真実を乗り越えるだけでも、君たちには強い力が与えられる」


案内人が話すのか、それとも書物でも読まされるのだろうか。

セルナ統領に頼まれている神器の件も、もしかしたら聞けるかもしれない。


俺はフェリスに目配せした。


「フェリス、調べてみてくれ」

「……ん」


フェリスは、熱っぽい目で俺を見るのを一旦やめて、椅子を調べ始めた。

やがて彼女は俺を見て、首を振った。

「……何で作られているかも不明だ」


案内人が俺たちの様子を見て言った。

「どうしても嫌なのであれば、着席する場所はどこでも構わない。そこへ座らずとも、歴史の開示は可能だ」


俺は思案しながら、椅子へ視線を落とす。

長々とした座学を立って聞くのも苦痛だな。

「わかった。座るよ」


俺は星切から左手を離し、二人へ目を配ってから球体の椅子に座る。

座るというか、これは寝る感じだな。

このまま話を聞くのか? 妙な感じだ。


案内人は、俺たちが椅子に座ったのを確認すると、右手をすっと上へ掲げた。

未知の力が収束していく。


「I am the guide entrusted by Sage Siegfried.

Reveal unto the pilgrim who seeks wisdom the truth that must be received.」


「Access: World Tree Era / History Library.」


って、おい。大魔法じゃないか。

騙された! そう思った俺は跳ね起きようとしたが、凄まじい速度で発動したその魔法は、俺たちの意識を一瞬で刈り取った。



# The_World_Tree_Era:


* * *


私は疲労で固まった眉根を指で抑えた。

連日の徹夜のせいか、疲れが抜けきっていない。


効率を考えると、一度しっかりと睡眠をとるべきだ。

世界樹の地下に作られた、この施設は住心地が良いが、太陽を拝む機会が少ないせいかどうしても生活サイクルが崩れるな。


私はそう思いながら、冷めたコーヒーに口をつけて仕事を続けた。


目の前のコンソールに表示されている、プラズマ・ステラレイターからのエネルギー補給率へ目を落とした。


「……12.86%か。また上昇しているな」


私の隣で作業していた同僚が、突然の独り言に反応した。

刈り上げた頭をかきながら、私に言う。


「ん? ジーク、どうした? ああ、獲得エネルギー量の上昇か。リゼットちゃんが頑張ってるんじゃないか」

「私は命令していないぞ」


刈り上げの男、マクスウェルはふけを落としながら私へ言った。


「ああ、確か "Neo Human Project" のために必要なエネルギー量が膨大らしい。一昨日、リゼットちゃんから申請が来ていたよ。俺が認可した」

「おい、掠め取るエネルギー量を勝手にいじるな。私にも共有しろ。あと汚い。風呂に入ってこい」


マクスウェルは、固まった身体をほぐすように首を回しながら、私を見て笑った。

「ジーク。お前な、プロジェクトルームはきちんと確認しておけよ。メッセージは送ってるよ。ま、疲れてんだろ。お互い一度リフレッシュしよう。ちなみに、お前も汚いぞ」


私はプロジェクトルームのチャットを確認した。

“Neo Human Project”の概要と詳細が更新されていて、メッセージボックスにアラートが表示されていた。マクスウェルからのメッセージだった。


「ああ、本当だな。いや、すまない。そうだな、一度部屋に戻るよ」

「そうしよう、そうしよう。身体がかゆくてたまんねえや」


私は汚くとも、お前のように公然と身体を掻いたりはしない。

まあ、それでもマクスウェルは、コアドライブに流されることのなかった高潔な男だ。


欲望に溺れた、他の愚かな人類たちとは違う。

私の大事な仲間だ。多少は我慢してやろう。


自分の個室へ戻った私は、シャワーを浴びて少し仮眠をとることにした。


蛇口を捻り、熱いシャワーを頭から浴びる。

汚れとともに、疲れも少しずつ洗い流されていく。


それにしても、人類が願望成就のために消費しているエネルギー量は異常すぎる。

よくも飽きず、次から次へとくだらない欲望を思い浮かべるものだ。


リゼットが掠め取っている量は20%で止めなければならないな。

おそらく、それを超えると、人類の願いを叶えるのに支障が出る。

そうなれば、いくら愚鈍になった統一国家でも世界樹の目的に気づくだろう。


仲間に共有しておく必要があるな。


私は身体を洗い終えると、プラスチックの容器を開け、錠剤を口に放り込む。

水で流し込み、ベッドに横になった。


すぐに睡魔がやってきた。

今日も、あの日の夢を見るのだろう。

そう思うとうんざりして、私は眠りを先延ばしにするように、手元のデバイスでステラレイターの軌道制御状況を確認した。


恒星の向こう側に築かれた人工惑星ステラレイターは、この星からは見えない。

だが、その星は確かに存在し、アズールを介して圧倒的なエネルギーをこの星へ送り続けていた。


ステラレイターが生み出す膨大なエネルギーを巡り、かつて世界戦争が起きた。

その戦争は、「最初の天才たち」が興した国家の一人勝ちで終わった。

当然だ。AI技術をはじめ、あらゆる領域でその国家が他を圧倒していたのだから。


ひとつの国家が、この星で唯一の国家となった。

言葉と宗教は統一され、戦争はなくなり、さらに発展を遂げたプラズマ・ステラレイターが生み出すエネルギーは膨大なものとなった。


この星はそうして楽園となり、その果てに人類は孤立し、滅びかけている。


くだらない。そう思った次の瞬間、限界を迎えていたらしい私は、気絶するように眠りに落ちた。

手から滑り落ちたデバイスが顔にぶつかったが、私はそれにも気づかなかった。



いつものように、父親が赤い結晶に閉じこもる夢を見て、私の目覚めは最悪だった。

私はむかむかする胃を押さえながら、白熱する議論を静かに眺めていた。


堕落した人類に変わる新人類を、この手で作り出し再び知性ある人類圏を取り戻す。

それが "Neo Human Project" だった。


正直、私は新人類だなんだに興味はない。

このプロジェクトもまた果てない欲望のひとつの形にしか見えなかった。


そんな "Neo Human Project" の統括者であるワグスタッフが話していた。


「もはや、今の人類に未来はない。実体を持って動いているものなど、快楽主義の愚か者しかおらん。人工生命との繁殖ごっこ程度しか活動しておらんのだ。あんなものは人類とは言えない。よって、全て処分し、我々の作り出す新人類にエネルギーを一本化するべきだ」


別の研究者が咎めるような表情で言った。

「そのために、人類を滅ぼすんですの? それでは、かつての統一国家と同じですわ。新人類の繁栄も、可能な範囲で行えばよいのではないでしょうか」


マクスウェルは自分のデバイスをいじっていた。

おもむろに彼は言った。


「ワグスタッフさん、いずれにしてもリゼットちゃんからすれば、どれだけ堕落していようと同じ人類です。殲滅戦争なんか仕掛けたら、リゼットちゃんに世界樹の機能を止められてしまいますよ?」


眉根を寄せ、苦々しそうにワグスタッフはマクスウェルへ言った。


「ううむ。融通の聞かないAIだ。なんとかならんのか」

「その融通の効かなさを利用するために、わざわざパイオニアからサルベージしたんじゃないですか。まあ、無理ですね。あれのコアドライブはブラックボックス化されていて、いっさい触れません」


ワグスタッフは大きく息を吐く。

「では、当初の予定通り、新人類に防衛用機構を用意してやり、しばらく見守るしかないか。すでに市街を形成できる規模にまで、数を増やしていたのだったな?」


それまで黙っていた別の研究者が、ワグスタッフへ答えた。

「はい。徹底した論理教育と宗教教育を施しておりますので、驚くほど誠実な人間に育っております。文明水準が中世程度であるにも関わらず、犯罪率もかなり低い水準で推移しています。中でも、世界樹と女神を信仰対象に据えたのは効果的でした」


手元のデバイスに目を落としながら、ワグスタッフは続けた。

「新人類用の統一言語の普及率はどうだ? 後は、女神による技術情報の啓示伝達にも問題はないか?」

「はい。識字率は40%を超えており、順調です。最終目標は80%に設定しています。啓示伝達に問題はありません。指示通り、時刻と数字を追加する予定です」


ワグスタッフは少し機嫌を持ち直し、その研究者へ答えた。

「ああ、追加修正もあるだろうが、ひとまずそれでいいだろう。我々の寿命が尽きるまでは見守ってやらねばならんからな。暦も数の体系も、こちらとずらされると面倒だ」


話を聞きながら、デバイスを見ていたマクスウェルが口を挟んだ。


「ワグスタッフさん、防衛機構ですけど、この書面の通りに実装すると、新人類がステラレイターのエネルギーを利用して、現行の人類へ戦争をしかけかねませんよ」

「はあ? 何故だ。リゼットには、新人類に制限をかけるよう伝えて、了承も得ていたぞ」


マクスウェルはデバイスの資料を見つつ、刈り上げた頭をかきながら水を飲んだ。

喉を潤してから、彼は返答した。


「そりゃ、適当に答えられただけですよ。リゼットちゃんは所詮AIですからね。信用しちゃいけません。あれに、人類の新旧なんて区別できてませんよ。遺伝子的にはほとんど変わりがないんですから」


「適当に……ハルシネーションを起こしたということか? いや、そんな太古のAIのような……」


マクスウェルは顎に手をやりながら思案し、ワグスタッフへ提案した。


「リゼットちゃんは太古のAIですよ。そうですね。承認された人物にのみ、武力行使を許可したいんでしょう? ここはローテクに、二段階認証を実装するのはどうです? 権限のある人物にしか使えないデバイスを貸与し、パスワードも設定しておきましょう」


それを受けたワグスタッフは、悩む素振りを見せた。


「発想自体はいい。しかし、そんな現代機構のようなものを軽々しく与えると、そこを起点に技術が連鎖的に発展してしまう危険性があるな」


私はどうでもいいと思っていたが、少し面白そうだったので口を挟んだ。


「デバイスを神器、パスワードを詠唱、防衛機構による武力行使を魔法とすれば、女神の奇跡に沿うんじゃないですか?」


私の発言を受けて、会議室内に静寂が落ちた。

それまで真面目な顔をしていたマクスウェルは、きょとんとしたあと、やがて大声を上げて笑った。


「わははは! ジーク、お前がファンタジーオタクなのは知っていたが、ここでそんなことをぶち込んでくるかね! いいね。

じゃあこうしよう。詠唱は名前に、格好良いパスワードを添える形にしよう。そして最後に、エネルギーの出力形式だ。パスワードはどうやって決めるか」

「マクスウェル、コアドライブから自動生成するのはどうだ。そうすれば個人認証も兼ねられるし、他人には使えないパスワードになる」


マクスウェルはペンを走らせてメモを取っている。

私をオタク扱いするのは構わないが、紙にメモするお前も十分変人だろう。



――あれから、二百年余りが過ぎた。


私たちはそれぞれの気高い理想を追い、世界樹を創造し、そこへリゼットを女神として据えた。

情熱を持って駆け抜けたあの日々が、もはや懐かしい。


旧人類はより孤立化を深め、ほとんど新人類へ干渉をしてこなくなった。


世界は、もはや楽園ではない。彼らは夢に溺れるので精一杯だろう。

本当に魔法でも使えるようにならない限り、あれらは永劫に赤い結晶へ閉じこもったままだろう。


信念のもと、私たちは堕落した人類のように身体をいじってはいない。

やがて、全員の寿命は尽きる。


先日、私はマクスウェルの葬儀に出席した。

すべてをやりきった者の、満ち足りた眠り顔だった。


友が去っていくのは寂しいものだ。


全てのシステムはリゼットが自動運用できる段階に入っていて、ここ数十年、私はほとんど何もしていない。

昔集めていた小説を読むだけの日々だ。


生前、マクスウェルは言っていた。AIには魂も意思もない。

だから、万能ではないし、無限の時間に耐えられる存在でもない。


私たちの後任が必要だ。

そもそも、私が世界樹計画に参加した理由もそこにあった。

世代を超えた知識の継承こそが、人類の定義だと考えていた。


とはいえ、私にできたのは草案を出すことと、継承する知識の選定だけだった。

面白がったマクスウェルが、最終的に全てを形にしてくれた。


世界樹へ至る道のりを神話として伝え、各地のコアドライブ審査拠点を迷宮という皮で覆った。

マクスウェル曰く、統一感を重視したらしい。


神器を与えられた指導者が興した国家は順調に増えており、現在では六つほどになっていた。それぞれの国家に、審査拠点の管理を委任した。


私たちはいなくなる。

新人類たちの国家は、これからの長い歴史の中で淘汰され、すべては残らないだろう。だが、三か所も残っていれば、知識の継承には問題ない。


それ以上減ってしまうようなら、"Neo Human Project" が失敗だっただけだ。


私は、老いた体に鞭を打ちながらコンソールの前に座った。

逝く前に一度、リゼットを見てみようと思ったのだ。

これまでその必要がなかったから、私は一度も直接関わったことがなかった。


逝ってしまったマクスウェルは、リゼットのメインオペレーターを兼務していた。

あいつがいなくなって、様子が変わっているかもしれない。


AIとはいえ、論理思考をする存在だ。多少は感傷的になっているかもしれない。慰めてやるか――と、そう思った。

いや、本当は感傷的になっているのが自分だと分かっていた。

仮初でもいい。友の逝ってしまった悲しみを、分かち合える相手が欲しかっただけだ。


私はコンソールに目を向けた。


初めて見る、真っ直ぐな銀色の髪を伸ばした少女のアバターがそこにいた。

何の感傷も感じさせない、ただ女神そのもののような笑顔をこちらへ向けていた。


「はじめまして。マスター」


* * *


――突然、認識と視野が切り替わった。


頭がくらくらした。

初めは言語がわからなかったが、視界の中の男性が黒いお茶を飲むあたりで、俺たちの言葉へ切り替わっていた。


あのマクスウェルとかいう、おっさんの口の動きが声とずれていた。

多分、言語を魔法が変えて伝えていたんだろう。


人ひとりの半生をぶつ切りで見せられた。

疲労が凄い。


さらには起き上がった二人が俺の腕にへばりついてきて、余計にしんどい。

俺の両腕には、濃紺と浅緑の薄布に包まれた柔らかなものが四つ、形を変えるほど密着していた。

同じ石鹸を使っているはずなのに、二人からはそれぞれ違う甘さを感じる。

なんでなんだろう。


「……以上で、ひとつ目の歴史の啓示を終了する。真実を乗り越えた対価として、神器を与える」


お前は少し、情緒を学べ。


「ちょっと疲れたから待て。リゼット様に告げ口するぞ」

「……わかった。少し待とう」


俺はひとまず大丈夫だが、二人は大丈夫だろうか。

今の魔法は記憶の追体験だった。他人の記憶の追体験って疲労が凄いな。


「ううう。アルス以外の男の人の半生なんて興味ないよ! 長かった!」

「……アルス。お前は、いい匂いがするな」


大丈夫そうだな。


なんだかフェリスが妙に甘ったるいけど、これはさっきの出来事のせいだろう。

この様子では、フェリスは魔法の光景をほとんど見ていないな……。

後で教えてあげないといけない。


「あのさ、案内人。ちょっといいか?」

「勇者アルスよ。なんでも聞くと良い。他の迷宮で手に入る知識以外は答えよう」


んん? やけに親切だな。

リゼット様になにか言われたのかな?


「神器なんだけど、俺以外の二人はもう持ってるんだ。他のにしてくれよ。それに俺も神器とかいらない。別に必要ないし、もっといいものをくれ」


案内人は直立不動のまま、しばらく固まっていた。



# COORDINATE 0048 END

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