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[COORDINATE 0039] Autumn and the Road

# Kesa_Slash:


ルナリアの理性回復を待ち、ブランシュ砦にはよらずノワール砦からトロアへ続く街道に俺たちは直接移動した。

少し肌寒くなってきていた。季節が変わろうとしているのかも知れない。


馬を休憩させるため、馬車を止めた俺たちは自分たちも休憩していた。

俺はその時間をつかってガルデンに剣の稽古をつけてもらっていた。


ガルデンの稽古内容は非常にわかりやすく丁寧だった。

ルナリアやフェリスは、俺と戦士としての格が違いすぎて、なんの参考にもならないのだ。


もちろんガルデンと俺の間にも大きな差はあるが、それでも十分すぎるほど勉強になった。


一通りの訓練を終えたところで、俺はガルデンから総評を受けていた。


「アルス、お前は剣術の才能はてんでねえな。まあ、気にするな。殆どのやつは才能なんかない。体力をつけて基礎訓練をきっちりやればいい」

「はぁ……。はぁ……。押忍! 師匠!」


俺は大きく返事をしてから、清潔な布で汗を拭き取った。

ガルデンの方を見ると、彼はその虎顔にとても嫌そうな表情を浮かべていた。


「師匠はやめろ。お前は確実に勇者候補になるだろうよ。そんなやつに師匠とか言われてるのが聞かれたら面倒しかない」

「……ふう。それもそうだな。そういえば、もっとこう、剣術そのものの訓練はしなくていいのか?」


ガルデンは俺を馬鹿にするのではなく、真剣な顔で答えた。

「いらん。どうせ身につかない」


少し思案するように、ガルデンは自分のもふもふの顎を撫でながら続けた。


「そうだな、三日体力向上の訓練をして、一日休む。それを繰り返せ。型の訓練は、毎日同じものを十年やれ。そうすればその型だけはものになる。そうだな、刀なら上段からの袈裟斬りがいいだろう。それだけを十年やれ」


「そんなもんか。わかったよ。じゃあちょっとだけ型を見ててくれないか」


俺は星切を両手でしっかり握り上段に構えた。

右を強く、左はゆるく握る。星切の鋼の刀身が、昼の陽光を反射してギラリと光った。


……ん?


視界の端に、離れた場所に止めた馬車の御者台にいるルナリアが目に入る。

彼女は御者台の木の縁に手をかけ、顔だけを覗かせて俺を見つめていた。


ルナリアは自分の小さな唇に白く細い指先を当てて、宝石のような赤い瞳で俺のことをぼうっと見ていた。


「おい、ルナリア。そんなところから見てないで、訓練が気になるならこっちに来いよ」


俺が声をかけると、ルナリアは目を見開いて肩を跳ねさせた。

顔を赤く上気させて、慌てて御者台の物陰に身を隠してしまう。


なんだろう?

理性がぶっ飛んでる感じではなさそうだけど、あまり見たことないルナリアだな。

ガルデンは面白そうに声を抑えて笑っていた。


俺たちの愛馬の世話をしていたフェリスが、ルナリアの様子を見て、てこてこと御者台の方へ歩いていく。

そのまま縁に手をかけ、さっと飛び乗った。


御者台の縁にしゃがみこんで、内側に隠れたルナリアになにか言っているようだった。透き通るような水色の長い髪が、吹き抜けた風にさらさらと流れた。


突然、ルナリアの大声が聞こえた。

「や、やめてよ! フェリスちゃん! そ、そういうのじゃないから!」


フェリスはそのままの姿勢で話していた。

陽光で彼女の髪がきらきらと輝いている。

「……ん。そうなのか? いや、しかしルナリア」

「……で、……しちゃったのが……」


ルナリアの声は小声になっていて、こちらからは聞き取れなかった。


フェリスにはルナリアの声が届いているのだろう。

考え込むように視線を上へやった。


「……うーん。なるほど」


フェリスは立ち上がり、御者台の隣へ体を捻りながら静かに跳ぶ。

ふわりと鮮やかな青の外套が翻り、隠されていた肉感のある太ももが一瞬だけ覗いた。


「……ルナリア、ちょっとこっちへこい」

「えっ、ちょ、引っ張らないでよぉ……」


そのままルナリアの腕を掴み、立ち上がらせると馬車の裏手へと彼女を連れて行ってしまった。

馬車の裏手でなにか話しているようだ。


ま、いいか。

訓練を続けよう。


ガルデンが笑いを漏らしながら言った。

「くくく。面白いなお前らは。よし、型の確認だな? やってみろ」


俺は星切を上段に構える。

精一杯、理想の形を意識しながら振り下ろした。


呆れたような、それでいてどこか納得したような顔で、ガルデンが言った。


「やり方が間違っている。そうじゃない。まあ、仕方ないか。お前の周りは天才ばかりだからな。いいか、訓練の時は型の流れをゆっくりやれ。最初は一回の振りにどれだけ時間がかかってもいい」

「ふんふん。なるほど」


まるで自分にも言い聞かせるように、ガルデンは続けた。

「いいか、美しさを意識しろ。剣術とは美しさだ。金色の嬢ちゃんの剣は美しいだろ?」

「おお、確かに。凄い納得したよ」


ガルデンはにやっと笑い、最後に具体的な内容を指示してくれた。


「まず、構えたら静止して全身が理想に沿っているか確認しろ。刀を振り下ろす時も、ゆっくりでいい。剣筋があるべき線に沿っているかを意識しながら振り下ろす。振り終わった後は、最後の刀の位置と足運びが適切だったかどうか。これもきちんと確認することだ」

「そうか。座学と似た部分があるんだな。ありがとう」


ガルデンの的確な指導を受けながら、俺はひたすら袈裟斬りの型を反復した。

ただひたすら、美しさと正しさだけを考えながら、ゆっくりと繰り返す。


その訓練は、今までとは比べものにならない疲労を俺にもたらした。

終わる頃には全身が汗でびっしょりだった。



――その日の夜。


野営の火を囲む頃には、ルナリアの様子はすっかり普段通りに戻っていた。

俺の隣に座ったルナリアは、いつもの裏表のない真っ直ぐな笑顔を俺に向けていた。

フェリスは馬車の裏で、ルナリアに何を話したのだろうか。


その日は、トロアまでの旅路で最後の夜だった。

フェリスは残った食材を使って、豪華な食事を作ってくれている。

彼女は何も言わないが、それは、これでしばし別れになるだろうガルデンの好物である肉料理だった。



こうして俺たちはトロアへと帰還した。


トロアの街は、相変わらず活気に満ちていて人の流れが激しい。

遠くに何本も見える煙突からは今日も黒煙が上がっていた。


人々の賑わうざわめきが響く中、俺はガルデンに向き合っていた。

彼はこのまま自分のパーティーに合流しにいくらしい。

俺は彼に素直な気持ちで礼を言った。


「色々ありがとうな、ガルデン。獣族の友達は、お前が初めてだよ。またどこかで会おうな」

「お、いいね。俺も人族の友人は初めてだぜ? こっちこそありがとうな。訓練は必ず続けろよ。必ずお前の役に立つ日が来る」


そう言って踵を返し、片手を軽く上げる。

大きな戦槍を背負ったその背中は、そのままトロアの雑踏の中へと消えていった。



ガルデンを見送った俺たちはその日は市場で旅の準備を整え、翌朝にトロアを立つことにした。

出発の準備をしながらルナリアがフェリスに話しかけていた。

「今日は最初の御者当番はわたしだよね? ねえフェリスちゃん、御者台でお喋りしようよ。ちょっと聞きたいことがあってね」


荷台に荷物を積んでいたフェリスが、意外そうな顔でルナリアを見た。

「……ん? 構わないが。アルスが、隣じゃなくていいのか?……いや、そうだな。たまには女同士こっそり話すとしようか」


俺は自分の席が荷台になったことを察して、フェリスと入れ替わり、自分用の空間を荷台に確保した。

うちの馬車はこじんまりとしているので、基本的にはいつも御者席に二人、荷台に一人なのだ。


しかし、最近ルナリアはフェリスに懐いているな。

ルナリアの友達のいなさっぷりを知る俺は嬉しく思った。


そういえば、まだ聞いていなかったことを思い出してフェリスの方を向いて尋ねる。

「なあ、そういやフェリスは首都に何をしに行くんだ?」


俺はブルーとブラウンを街道の方へ誘導しながら、返事を待った。

そうして再びフェリスの方へ視線を向ける。


彼女は静謐な泉のような瑠璃色の瞳で、俺の白いシャツから時折覗く、星屑のネックレスを見ていた。

「……墓参りだ」


それだけ言って薄く笑うと、御者席の縁に手をかけて跳び上がる。

そのまま中空でくるんと一回転し、軽やかに御者席へ乗り込んだ。



# The_Hot_Spring_Inn:


共和国に来てから、もうかなりの日数が経っていた。

いつの間にか季節も変わり始めている。


街道を進む俺たちは、道中の街を経由しながらガストン商会に関わる依頼をいくつかこなした。

もう少しで首都ヴァレリオンなのだが、俺の希望で寄り道をすることにした。


ルサルカ平原の端にあるマアト山は火山で、他では見られない天然資源の宝庫だ。

特にここ最近は、マアト山でしか採れない鉱石などがヴァレリオンで重宝されているらしい。


それがなんなのか興味はあるが、俺の目的は違った。

温泉なるものを体験したかったのだ。


温泉とは、なにやら勝手に地面から湧いて出るお湯らしい。

その辺で川の水を沸かしたものとは、心地よさが雲泥の差だと聞いた。

俺はぜひ経験してみたいと思った。


温泉の湧きが良い場所には、温泉街という宿場町が形成されていて、金持ち御用達の宿も多数あるらしい。

現在の俺たちは大層お金持ちである。

せっかくだ。このマアト温泉街で、一度くらい最高級の宿に泊まってやろうと思っていた。


馬車を一時預かりの厩舎に預け、俺たちは街の中へ入った。


到着したマアト温泉街には、豪奢な石造りの建物が通りに沿って立ち並び、街の中央には川が流れていた。

ところどころで湯気が上がっている。


「すごいぞルナリア。温泉街は川も温泉らしい」

「ほんとだ。すごいね。あれならただで入り放題だよ!」


やめろ。お前があんなところで入浴したら、それはもう世間への反逆行為だ。

フェリスは、ここ最近にしては珍しく深くフードを被っていた。


「……アルス。……私は街の外で待っていたほうが、いいと思うのだが」

「なんでだよ。フェリスが来ないなら俺もいかないぞ。なあルナリア」


ルナリアは花が咲いたような笑顔でフェリスの方を見た。

赤い瞳がきらきらと宝石のように輝いている。


「うんうん! 体の洗いっこしようね、フェリスちゃん」

「……ん。わかった」


不安そうにしていたフェリスだが、ルナリアのお陰で少し持ち直したようだった。


川沿いの道がこの街の主要道らしい。俺たちはそのまま、ぐんぐん街の奥へ進んでいく。

やがて一際大きい宮殿のような建物が見えてきた。


「おお、あれが一番高そうだな。あれにしよう」


白く輝く石のカウンターの向こうには、受付の女性が立っていた。

俺はその前に立ち、泊まりたい旨を伝える。


受付の女性は、深くフードを被ったフェリスを一瞥して告げた。

「当館は人族のお客様のみのご利用となっております。他種族のお客様はご利用いただけません」


俺はそれを聞いた瞬間、ぶっとばしてやろうと思った。

相手が女だろうが魔族だろうが関係ない。壁にめり込ませてやる。


しかし隣から剣の柄に手をかける、かちゃりという音が聞こえて逆に俺は冷静になった。


俺は刃傷沙汰を起こしそうなルナリアを宥め、平静を装うフェリスを伴って外へ出た。

日光を反射してきらめく金糸の髪を揺らしながら、ルナリアが言った。


「ねえ! アルス! こんな建物壊しちゃおうよ! わたしなら五分で解体できるよ! 任せて!」

「まあ待て。ガストンさんの至言を思い出せ。それじゃあお前が犯罪者だ。いいか、俺は勇者候補生になるだろう。

その名声を使って、この宿をけちょんけちょんにこき下ろしてやる。そうしよう。な?」


ルナリアはまだ納得いかないようだった。


「うーん。わたしは、それだけじゃ足りないと思う。そうだ! ガストンさんにお願いして隣にもっといい温泉宿を作ってもらおうよ!

ここが潰れるまで格安でやってもらうのはどうかな!」

「おお、いいな。ルナリア、お前は天才だ」


俺たちの会話を聞いていたフェリスが、苦笑しながら言う。

「……ありがとう。気にしないでくれ、慣れている。ルナリア、それはやりすぎだ。アルスの案くらいでいい」


幾分か冷静になった俺は自分の茶色い髪をかきながら二人に言う。


「まあ、別に高級じゃなくていいや。皆で泊まれるところを探そうぜ」

「そうだね。よく見たらこの建物ちょっと趣味悪いし。ねえアルス、ばれなければいいよね?」


俺はルナリアが何を聞いてきたのか、すぐに理解し、平然と頷いた。

「ああ、いいぞ。ほんのちょっとだけな」


そうして俺たちは、ルナリアのファイアランスで建物の屋根を削り飛ばしてから、何食わぬ顔で観光しつつ他の宿を探すことにした。


俺たちが屋台のものをつまみながら歩いていると、小さな女の子が俺の方へ駆け寄ってきた。

「旦那様! 綺麗な奥様方ですね! どうでしょう、宿をお探しでしたら条件に合った所を案内しますよ!」


おお、すげえなお前。

その客引きは完璧すぎる。


俺の後ろでは、ルナリアが顔を上気させて無言になり、平静を装ったフェリスの口元は少しだけ緩んでいた。

俺はその少女に答えた。


「宿は探している。温泉に入ってみたいんだ。あと魚料理が美味しいところがいい。人族限定なんて宿は、屋根がなくなると思え」

「お任せください。お客様、幸運ですね! 丁度条件にぴったりのお宿がございます! ささ、私が案内します。あ、旦那様、お荷物をお預かりしましょうか!」


俺は苦笑しながら言う。

「ばかいえ。そこまでお上りさんじゃないよ」


どれかひとつくらいは条件を無視した宿に連れて行かれるだろうな。

まあ、人族限定のところは選ばないだろう。この子も紹介料が入らないだろうからな。

そう思った俺は、その子について行くことにした。


その女の子に連れられて行った宿は、思っていたよりずっとしっかりした宿だった。

従業員の対応は丁寧だし、支配人も気さくな人で、俺は結構気に入った。

部屋ごとに露天風呂までついていた。


しかし、露天風呂は温泉ではなかった。

無視された条件は温泉だったようだ。


その人に聞いたところによると、温泉というのはこの一帯のどこからでも湧いてくるものではないらしい。

地元の有力な商家が源泉を押さえていて、本物の温泉は高級宿でしか味わえないとのことだった。

そして高級宿はすべて人族限定らしい。


支配人さんは申し訳なさそうに言った。

「料理には自信がありますし、お部屋もお湯もきちんと用意しております。温泉ではないのが申し訳ないのですが……。よろしいでしょうか?」


俺は気にしない振りをして、平然と答えた。

「ああ、もちろんです。お世話になります。大丈夫ですよ、俺は美味しい料理とお酒を、湯上がりの彼女たちと楽しみたかっただけですから」


ルナリアが誇らしそうに赤い瞳で俺を見ていた。

「嘘ばっかり。きみはやっぱり格好良いねえ」


観光中に湯気で暑くなったのか、フェリスはフードを外していた。

フェリスはルナリアの方へ顔を向けて言った。

「……なあ、ルナリア。彼女たちと言っているが……。お前は、そういう態度でいいのか? ……まあ、いいか」


ルナリアは、不思議そうにしながら、こてんと小首をかしげてフェリスを見ていた。


馬車は一時預かりの場所で、そのまま面倒を見てくれるらしい。

宿場町全体で、宿泊客の馬車はきちんと管理しているとのことだった。


俺たちはひとまず、部屋備え付けの庭に用意されている露天風呂で、旅の疲れを癒やすことにした。


男女交代で入ることになったが、彼女たちは当然のように俺の入浴を優先した。

俺はその扱いに慣れきっていて、特に疑問も抱かず、ゆっくりと一番風呂を堪能していた。


風呂からはマアト山が見えた。


マアト山の黒みを帯びた岩肌が、雄大に広がっている。

高く澄んだ空気の下、稜線はくっきりと浮かび上がり、傾きかけた陽光が山の起伏をやわらかく照らしていた。

山腹には深い森が見える。あの森には魔物がひしめいているはずだ。魔族もいるのだろう。

だが、それでも黄色や赤に染まり始めた森の光景はとても美しかった。


湯に浸かっていない肌を、冷えた風が撫でてくれる。

その風はとても心地よく、温泉など体験したことのない俺は、正直これで十分な気がしてきた。


火山らしい硫黄にも少し似た独特の香りが、穏やかな風にわずかに混じっていた。


湯から上がり、宿に用意されていた紺色の部屋着へ着替える。

その部屋着は筒袖で、帯には宿の名前が刺繍してあった。


支配人が俺の発言を聞いて気を利かせたわけではないのだろうが、その部屋着は生地がかなり薄かった。

男物でこれなら、女物はもっと危ういのではないだろうか。


俺はまだ少し火照る身体のまま、窓際の席で二人が上がるのを待っていた。

部屋から見えるマアト山はやはり絶景だ。


湯上がりの身体に冷たい空気が心地よい。

二人の湯浴みを待ちながら、俺はなんとはなしに考えていた。


フェリスの墓参りとは、誰のものなのだろうか。

なぜ首都に墓があるのだろうか。


やがて、露天風呂のある庭の方から二人の楽しそうな笑い声が聞こえてきた。


湯上がりで肌の上気したルナリアが窓際の俺に声をかけてきた。


湯気を含んだ金糸の髪はしっとりと湿り気を帯びていて、彼女のウェーブがかった毛先が肩や胸元に張りついている。

紺色の薄手の部屋着はバトルドレスとは比較にならないほど頼りなく、下着をつけていないせいで、豊かすぎる胸元の輪郭をまるで隠せていなかった。


縁側から上がってきた彼女は、湯上がりで頬を赤らめた顔を俺に向けて言った。

彼女の赤い瞳は風呂のせいだろうか、少し潤んでいた。


「アルス、お待たせ。あれ? 飲み物のんでないの? 駄目だよ。お湯に浸かった後は水分補給しないと! すぐにお茶淹れるね」

「え? あ、ああ。うん。ありがとう」


想像していた以上に破壊力のある色気に、俺はどきっとして視線を逸らした。

縁側に目をむけると、フェリスが部屋へ入ってくるところだった。


フェリスは真っ直ぐな水色の髪を頭の上でまとめていた。

彼女の髪はいつもよりしっとりと落ち着いており、途中でまとめた髪のせいで首筋の線がよく見える。


少し恥ずかしそうにした彼女は、しっかりと部屋着の胸元を閉じていた。

そのせいで逆に、腰から尻にかけての丸みを帯びた線が強調されている。


彼女が縁側を上がる際、すらりと伸びる脚の線が普段よりずっと生々しく見えた。

上げた髪のせいで、首元から落ちた水滴が身体へ伝っていくのが見えた。


「……おい、別に見てもいいが。なにか言え」


俺はルナリアから受け取った茶を飲んで、心を落ち着ける。


そして、ルナリアの部屋着の合わせから覗く、彼女のくっきりとした胸元の谷間を見ながら二人へ伝えた。


「うん。二人ともそのまま部屋を出るなよ」


ルナリアは俺の隣に座って、飲んでいた茶をテーブルへ置いて、こてんと小首をかしげながら答えた。

「え? なんで?」


いつもと違って、なぜかフェリスまで俺の隣に座ってくる。隣りに座ると、彼女の上気したうなじが見えた。

「……出るわけないだろう」



普段通り会話している彼女たちと比べて、俺は落ち着きがなくなっていた。

しかし、旅の思い出などを三人で話しているうちに幾分かましになっていた。


そんな俺を見ても、ルナリアは平素と変わらない。

フェリスは少し薄く笑みを浮かべていた。


俺たちは、これまでの旅で特に印象に残ったことなどを言い合って談笑した。


ルナリアが茶を淹れ直してくれるたびに、部屋着の合わせがわずかに緩む。

茶を淹れるために、姿勢をこちらへ傾けるせいで胸元の先端まで見えそうになる。


俺は恥ずかしくなって視線を外した。


すると横のフェリスと目が合う。彼女は綺麗な瑠璃色の瞳でじっと俺を見てきた。

薄い唇に意地悪な笑みを浮かべた彼女は、それまできちんと閉じていた部屋着の胸元を、わざと少しだけ緩める。


俺は正面を見ることにした。


俺が二人に翻弄されながら談笑を続けていると、部屋の戸を叩く音がした。

戸の向こうから従業員の声がした。

「お料理の方をお持ちしてもよろしいでしょうか?」


茶を飲んでいた俺に代わって、ルナリアが答えてくれた。

「はいっ。お願いします」


やがて愛想のいい女性従業員が料理を運んでくる。

配膳の途中、従業員さんからこっそり耳打ちされた。


「本当は配膳の際に、支配人がご挨拶に伺うしきたりなのですが。特別な部屋着を着た奥様方を見ては申し訳ないので、明日のご出立前にご挨拶させていただきます、と申しておりました」


やっぱりこの部屋着、特別仕様かよ!


配膳を終えて従業員さんが静かに下がっていった。

俺は、料理へ目を向けて目を輝かせた。

これは凄い……。奮発した甲斐があったな。


湯気を立てる料理はどれも香ばしい匂いがしていた。

様々な料理が並べられているが、俺は最初は魚しか目に入らない。


おお、鯛じゃないか。すごい、故郷を出てから初めて食べるぞ。

鯛の塩焼きは、こんがりと焼けた皮目に薄く脂を浮かせている。白身はふわふわと崩れるほどやわらかそうだ。


見たことのない料理があった。

これはなんだろう?


「なあ、フェリス。この黒い鯛の頭はなんだ?」

「……ん。ああ、それは兜煮だ。頭を煮ている。内側の肉を食べるんだ。お前は好きな味だと思う」


へえ、変わった料理があるんだな。まあ、故郷じゃ一匹丸ごと煮てたし、似たようなもんか?


「ほーん」


早速食べてみる。

似たようなものではなかった。


「おおお、美味い! 初めて食べる味だ! あちっ」

「くすっ、もうゆっくり食べなよ。きみはお魚が好きだねえ」


ルナリアが、俺の反応を見て嬉しそうに笑いながら口元を拭ってくれる。

彼女が少し近寄っただけで、湯上がりの高い体温を感じた。


フェリスは早々に自分用の果実酒を飲みながら、料理をつついていた。

「……む。この香草焼きの肉料理は美味いな。これなら旅中でも作れるか」


彼女は少し慣れてきたようで、部屋着の崩れを気にしなくなっていた。

ちらりと胸元へ視線をやると、料理へ手を伸ばすときに頭が少し下がって、胸元のやわらかな線が覗く。


俺がじっとその胸元を見ながら料理を咀嚼していると、フェリスがこちらに視線を向けた気配がした。


「……見てもいいが、なにか言えといった。ほれ、言え」

「いやだ」


ルナリアが脚を崩しながら、俺たちのやり取りをみて楽しそうに笑う。

薄手の生地は彼女の尻の線を隠しておらず、部屋着の間からは白い太ももが覗いた。


「楽しいな。三人でずっと冒険できるといいね。ねえ、フェリスちゃん、もう他の人を紹介する気なんてないでしょ」


フェリスは果実酒を飲みつつ、鯛をつつきながら答えた。

「……ん。秘密だ」


「俺も、もうフェリス以外のスカウトは嫌だな。世界樹には、三人で行こう」


フェリスは杯を置き、視線を俺へ変えて眉根を上げた。

酒のせいで少し熱を帯びた瑠璃色の瞳を俺へ向けて聞いてきた。


「……ん? いや、お前のそのいつもの、無意識な口説きはどうでもいいとして。世界樹?」

「え! ちょっとアルス、口説きなの!? それは駄目だよ。順番は守って!」


なんの順番だよ。


そういえば、星空の少女の話はフェリスにしたことがなかったかもしれない。

もきゅもきゅと鯛の塩焼きを食べながら、平坦に俺は答えた。


「ああ、俺さ、定期的に夢を見るんだよな。女神リゼット様が出てきて、世界樹を目指せって言うんだ」


フェリスは口を開けて固まっていた。

驚きで固まった彼女の部屋着の崩れから、なめらかな白い太ももが覗いていた。


彼女は脚をなおすこともせず、呆れたように俺に言った。


「……はあ? お前、本当に勇者なんじゃないか?」

「んー。どうだろうな。今はもう、俺もただの夢だとは思っていない」


俺はその白い太ももを視界の端に入れたまま答えた。


ルナリアが俺へ酒をつぎながら、自慢げにフェリスへ言った。


「ふふーん。フェリスちゃん、わたしは初めて聞いた時も驚かなかったよ!」

「……ルナリア、それは張り合おうと思わないし、羨ましくない」


俺をはさんで話す二人の会話を聞きつつ、ルナリアの注いでくれた酒に口をつける。

少し考えてから、俺は続きを答えた。


「まあ、勇者だとかはどうでもいいんだ。俺も多少自分が凄い存在なのかもって思い出していたよ。けど、こないだの魔族との戦いで痛感したんだ。特別なやつなんていないと思う」


二人が黙って俺の続きを待っているのを感じた。

俺は今の自分の正直な気持ちを伝えた。

「けどまあ、誘ってくれるなら行こうかと思ってる。冒険者だしな。行ってみたいんだ世界樹に」


酒が入ると少し腹が膨れてきてしまったな。

けど、ルナリアはまだまだ食べられるだろうし、料理が残ることはないと思う。


フェリスは俺から目を逸らすと、天井を見上げながら杯を傾けた。少し考えているようだった。

「……そうだな。……行きたいところへ行くべきだ。私たちは」



夜は深くなり、中央通りを流れる川の音だけが聞こえてくる。

窓の外へ目をやると、地平線の遥か向こうに、うっすらと世界樹が見える気がした。



# COORDINATE 0039 END

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