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[COORDINATE 0038] Hero Candidate

# The_Dream_on_Her_Lap:


俺は魔族との勝利の後、腕を掲げたままそこへぶっ倒れた。

回復魔法は欠損も失われた血もすべて治す。だが、疲労だけは治癒しない。


闘い続けた彼女たちに比べれば、俺は走って叫んで腹を貫かれただけなのに情けない限りだ。


俺は安心する匂いと柔らかさに包まれながら、眠りへ沈んでいた。


* * *


星空の中で見る女神リゼットは、相変わらず、見るだけで多幸感に満たされる魅力に溢れていた。


果てしない星の海には、無数の星々が静かにまたたいていた。

そんな中でも彼女はその幾千の星のどれよりも輝いで見えた。


彼女は、俺の全てを包み込むような透き通った青い瞳で、静かにこちらを見つめていた。

その優しい碧眼は、まるで俺の全てを肯定するかのような慈愛に満ちている。


「お兄ちゃん、世界樹を目指して」


少し低い背と華奢な体を覆う、肩口の露出した薄手のワンピースに包まれた彼女の肢体は細く儚げだった。

だが、その胸元だけは双丘の豊かさと柔らかさを隠しきれず、星明かりの中でかすかに揺れている。


俺はちゃんと目指しているよ、と声にならない声で答えた。


* * *


俺がゆっくりと目を開けると、視界いっぱいに濃紺の柔らかそうな丸い輪郭が飛び込んできた。

「おはよう、ルナリア」


そう声をかけると、その圧倒的な双丘の向こう側から少しだけ顔が覗き、優しい笑顔のルナリアがこちらを見て微笑んだ。

「おはよう、アルス。よく眠れた?」


毛先のほうがウェーブがかった金糸の髪が、ランプの灯りに照らされて柔らかく揺れていた。

夜中なのだろうか。物静かで、遠くの虫の音だけが静かに聞こえる。

俺は彼女の星が宿る赤い瞳を見て、すっと心が穏やかになっていくのを感じた。


「……ん。起きたか。……よかった」


ルナリアの柔らかな太ももを枕にしたまま、俺は首だけを動かしてフェリスの方を向いた。

彼女が声を出すのに合わせて、透き通るような水色の髪はさらさらと流れた。

「フェリスもおはよう」


ルナリアの暖かな太ももに頭を乗せたまま、周りを見渡す。

野営の粗末なものではない、軍が使うようなしっかりとした作りの天幕の中だった。


フェリスが天幕の出入り口へ歩いていくのが見えた。

「あれ? フェリスはどこか行くのか?」


「……ん。いや、見張りがいるだろうと、思ってな。……二人でゆっくりしているといい」


見張り? まだ魔物がいるのかな。

下級魔物が少数残っていてもおかしくはない、か?


フェリスは瑠璃色の瞳に優しさを浮かべてこちらをちらりと見た後、外へ出ていった。


俺は再び顔の向きを戻し、柔らかでいい匂いのする太ももに頭をあずけた。

ルナリアが俺が無事であることを確認するように、優しげな目元で俺を見つめていた。


俺は戦いの中の彼女の姿を思い出す。

「凄かったよ、ルナリア。本当に強かった。勝てたな」


そう言って、俺は頭上の彼女に笑いかけた。

「えへへ……。きみのわたしの使い方が上手いからだよ。なんでも言ってね。……なんでもさせて」


俺は若干、ルナリアの物言いに違和感を覚えつつそのまま会話を続けた。

彼女の声を聞いているだけで俺は元気になれた。


「そうだ、国軍の人達は無事だったか?」


ルナリアが、白く滑らかな指先で優しく俺の茶色い髪を梳きながら答えてくれる。

「うん、みんな無事だよ。リュック君って兵士さんがアルスのこと、とても心配して何回も様子を見に来てたよ」


そうか。みんな無事か。よかった……。

そんなことを考えて安堵の息を吐くと、急激な喉の渇きを覚えた。


「ルナリア、俺はどれくらい寝てたんだ? ……ルナリア?」


返事がない。


彼女は俺のことを、自分の大きな胸越しに、じっとその赤い瞳で見下ろしている。

その瞳の奥が、ひどく熱っぽく、とろんと潤んでいる気がした。


「ルナリア? 寝すぎたのか、のどが渇いた。水をくれ」

「……っ。あ、ごめんね。ちょっとぼーっとしちゃった。えっと、水だね……待ってて」


ルナリアは、俺が起きたら飲ませてあげようとしていたのだろう。

すぐ手元に用意してあった水筒を手に取った。


俺は水を受け取るために身を起こそうとしたが、ルナリアの柔らかい手にそっと止められる。


不思議に思っていると、彼女は俺に渡すのではなく、その水筒に自ら口をつけた。

いつも潤っていてぷるんとした唇が水に濡れ、ランプの光を受けて艶めかしく光る。


ん? ルナリアが先に飲むのか? まあ別にいいけど。……珍しいな。


そんな風に呑気に思っていると、彼女は俺の後頭部にすっと手を差し込み、少しだけ持ち上げた。


ルナリアの顔が、俺の目の前まで降りてくる。

彼女の宝石のような赤い瞳の奥で、星の瞳孔が揺らめいていた。


柔らかな唇が押し当てられ、俺の口の中にゆっくりと水が送られてくる。

彼女の唇の熱さと、流れ込んでくる水の冷たさが、ひどく鮮明に感覚を刺激した。


ごくり、と俺の喉が水を飲み込む。


「……え? あれ?」


唇が離れ、俺が呆然と声を漏らすと、ルナリアは嬉しそうに微笑んだ。

「えへへ。賢いでしょ。これならアルスは動かないでゆっくり休めるよ。 ……あ、ごめんね。足りなかった?」


俺は再度唇を塞がれ、口内を彼女の甘い匂いごと水で満たされた。


……思い出した。

最後のインカーネイトの後、ルナリアの瞳から理性が消えていたんだった。

あ! さっきのフェリスの見張りってそれかよ! おい、そういう余計な気をまわ……むぐっ。ごくり。


「ぷはっ……ル、ルナリア、ありがとう。水はもう十分だ。うん」

「……そう? のどが渇いたら、いつでも言ってね。……えへへ。」


ルナリアは口に含んでいた水を自分で飲み込んだ。

彼女の喉の動きまで俺は意識してしまう。


取り繕うようにルナリアへ話しかけた。

「お前、もしかしてずっと膝枕してたのか? 足が疲れただろう。お前も横になってちょっと休め」


ルナリアは不思議そうに小首を傾げた。

「……んー? ふふふ。わたしはこれくらい別に何日でも続けられるよ。知ってるでしょう? だからゆっくり休んでて。スカートが邪魔なら脱ぐから言ってね」


いや、それは知らないし、スカートは邪魔ではない。


ゆらゆらと揺れるランプの火が作る影が、同じように揺れるルナリアの無防備な双丘に艶めかしい陰影を作っている。

気のせいだろうか。戦闘で破れた濃紺の布地の上に、胸元の先端が、布を押し上げるように僅かに浮き出ている気がした。


はっ。違う。そうじゃない。

何がそうじゃないのかわからないが、俺はそんな簡単な男ではない。

こんな誘惑に流されはしないぞ。


魔族にも打ち勝ったんだ。いや、実際に打ち勝ったのはルナリアだったが。


「ねえ、アルス……。お腹、すごく大きな穴が空いちゃってたね。ごめんね、わたし……もっともっと強くなるから……」


彼女の声は、微かに震える涙声だった。

俺は下腹部に思考を支配されかけていた自分を強く恥じた。


「……いや、俺も自分を過信していた、と思う。少なくとも、国軍と始めから連携するべきだったんだ。ここのところ順調だったし、俺も油断していたよ」


女神様の夢の影響もあるのかもしれない、と思った。

俺は知らず知らずのうちに、自分が特別だと思い上がり始めていたのかもしれない。


「まあ、俺たちはまだまだこれからさ」


俺の強がった声を聞いて、気のせいか、俺の枕になっている彼女の太ももが、少しもじっと内側に擦り合わされたような気がした。


「……うん。そうだね……。あ、でもアルス、あんな大怪我して痛かったでしょう? この間教えてもらった通り、怪我したところを舐めるね。きちんと痛かったこと忘れさせてあげるから」

「はあ?」


ルナリアの白い指先が俺のシャツのボタンへとかかる。

彼女は俺の白いシャツをはだけさせると、おもむろに顔を沈め、俺の下腹部の素肌に、直接その柔らかい唇と舌を這わせた。


「……ん……、……れろ……っ。ちゅっ……。……はぁ……」


生々しい水音と、熱を帯びた甘い吐息が腹部を撫でる。

柔らかな舌先が、俺の肌の表面を執拗に丁寧になぞり続けていた。


膝枕をした体勢のまま俺の腹に顔を寄せるため、彼女の上半身が深く前傾する。

破れた濃紺のバトルドレスの胸元からこぼれ落ちそうな柔らかな質量が、俺の胸板に直接押し付けられ、その豊かな胸元を無防備に、むにゅりとひしゃげさせていた。


「あー、そうだ。俺はお馬さんが心配でゆっくり休めない」

「……うーん? フェリスちゃんが外で見てくれてるから、安心してね……。んっ……、あむ……」


フェリスめ、気の利く女だなおい。

いや別に彼女は悪くない。駄目なのは流されそうな俺だ。


「ちゃんと前に言われた通りにするからね。きみが痛かった匂いも、怖かった匂いも……わたしが全部、舐めとって、綺麗にしてあげるね。……きみの身体のお世話は、わたしに任せてね」


過去の俺に文句を言うべきか。それとも褒めるべきか。

温かく湿った舌の感触が這うたび、俺の背筋に痺れが走る。


彼女の金糸の髪から香る石鹸の匂いと、上気した身体から発せられる甘い匂いが、俺の脳髄をゆっくりと溶かしていく。


「ねえ、アルス。わたし、もっともっと強くなるね。……だから、ずっとわたしの所有者でいてね……」


甘く、とろけるような声で囁かれたその言葉は、俺の魂に突き刺さった。



……もう、我慢しないでもいいかなって思ってきた。


そうだ。俺も頑張った。死ぬほど痛かった。ていうかあれは半分死んでいた気がする。

それに、ルナリアだって正気に戻った後で羞恥に叫び回るけど、いつもそんなに嫌そうじゃない。


俺がゆっくりと手を伸ばし、彼女の滑らかな肩に触れようとした、その時だった。

外から、何やら話し声が聞こえてきた。


「……今は駄目だ。取り込み中だ」

「え? でもフェリス様が外にいるってことは、アルス様は目がさめたのでしょう?」


フェリスの短く、冷ややかな声だった。

それに答えるのは、聞き覚えのある国軍兵士の声だ。


「……確かに、あいつは起きた。だが絶対に駄目だ」

「いえ! 起きたのであればお願いします! アルス様には、クロード閣下が立つ前に是非面通しをしていただきたく!」


ああ、そうか。

リュックは何度か来てくれてたんだろうな。

さっきルナリアがそんなようなことを言っていた。


「そう時間はとらせません! 面通しだけ終わったら、天幕は数日そのままにしておきますので! 好きなだけしっぽりしてください! 私らも解散しますので、三人でしっぽりしててもらっても大丈夫で、ぐぼぁ!」


鈍い打撃音と共に、リュックの話が強制終了させられた。


ああ、もう。

国軍の兵士を気軽に殴るんじゃないよ。

今回の依頼は、やけに二人ともぽんぽん人を殴るな……。

フェリスって、あんな性格だったか?


俺はため息をつき、腹を舐め続けているルナリアの肩を軽く掴んで静止させて起こした。

名残惜しそうに顔を上げた彼女の金糸の髪を手で梳いて、優しく撫でてやってから、その整ったおでこに軽く口付けする。


「ルナリア、少し出てくる。天幕を掃除しておいてくれ」

俺がそう告げて身体を起こすと、ルナリアは不満げに赤い瞳を潤ませた。


「……んぅー。……お掃除は、後でもいいんじゃないかな……」


立ち上がりかけた俺は、振り返ってルナリアを見た。

とろんと蕩けたその赤い瞳を見て、今のルナリアが一番欲しがっている言葉を理解した。


「命令だ。ぴっかぴかにしておけ」

「……うん! 任せてよ!」


俺の命令を聞いた瞬間、ルナリアの顔にパァッと明るい笑みが広がった。

嬉しそうに返事をした彼女は、張り切った様子で天幕の隅の荷物を片付け始める。


まずはリュックの口止めからだな……。

俺は自分の白いシャツの乱れを直し、深い夜の帳が下りた天幕の外へと足を踏み出した。



# Meeting_with_Claude:


俺はリュックに回復魔法をかけながら、フェリスへ言う。


「フェリス、ガルデンを殴るみたいに、気軽に国軍の兵士を殴っちゃいけないぞ」

「……ん。すまない」


フェリスは平然とした顔で俺を見て言った。あまり謝罪の意思は感じられなかった。

ふらつきながら頬を抑えているリュックの隣で、虎顔の男が腕を組んだまま口を開く。


「俺のことも気軽に殴るな。だが、今のは小僧が悪いぞ。エルフ族や俺たち獣族にそういう色ごとを軽々しく言うのはご法度だ。気をつけろ」

「ううう、そうでした……。すいません、フェリス様」


俺は回復魔法をかけ終え、改めてガルデンへ向き直る。

「ガルデンも無事でよかったよ」


ガルデンは肩をすくめて答えた。

「よせやい。昨日、俺たちは何にもしてねえよ。立ち向かうことすらできなかった。すまなかったな」

「魔族相手に動けなくても誰も文句を言わないさ。俺だって最初は恐怖で動けなかったんだ」


悔しそうに唸りながらガルデンが答える。ちらりと犬歯が覗いた。

「……俺が自分を許せねえ。一から鍛え直さねえとな」

「俺も今回は反省が多いよ。調子に乗っていたと思う」


俺が同じように今回の反省を語ろうとすると、ガルデンはそんな俺を見て少し笑みを浮かべていた。


「まあ、それはいい。これから指揮官のところへ行くんだろう? 俺も一緒に行こう。

お前の無事だけ確認したかったんだがな、うちのパーティーはもうトロアに帰還しちまった。帰りに俺も一緒に連れてってくれや」


特に反対する理由もないのでガルデンの申し出を快諾した。

「ああ。けど帰還は明日か明後日になるぞ。ルナリアの調子が戻ってから帰るつもりだ」

「構わねえよ。あの嬢ちゃんは最後まで魔族の眼前にいたんだろう? 休息は必要だろう」


俺の全身を舐め回そうとするくらいには元気だけどね。

世間様にお見せできる感じじゃないだけで。


星切の帯を調整し、神官服を整えながらフェリスへ声をかけた。


「フェリス、俺は指揮官のところへ顔を出してくる」

「……ん。ルナリアは、放っておいて大丈夫なのか?」


寝起きのまま出てきたことを思い出して、自分の茶色い髪を手で軽く整えながら答える。


「ああ。天幕の掃除を命令しておいた。戻ったらぴっかぴかになっているだろう」

「……ん。そうか。では、私がお前に同行しよう」


フェリスはそう言って、瑠璃色の瞳を真っ直ぐに俺へ向けた。


薄暗い夜の森でも、彼女の水色の髪は相変わらず透き通るように綺麗だった。

じっと見ていた俺に気づいたのだろう。彼女は凛とした雰囲気のまま優しい笑みを浮かべた。


「……どうした? ……私の顔になにかついてるか?」

「いや、なんでもない」


俺は照れるように身を返し歩き始めた。


俺たちは四人で、リュックの案内に従って歩き出した。


歩きながら、リュックがこちらを振り返る。

彼のそばかすの残る年若い顔には安心と心配が浮かんでいた。


「アルス様。戦闘後に倒れられたのを見た時は、本当にびっくりしましたよ。もうお体は大丈夫なのですか?」

「ああ。知っての通り怪我はすぐ治るんだけどな。今回は一瞬だけ心臓が止まったみたいでさ。何個か内臓が動いてなかったんじゃないかな。ははは」

「それは稀有なご経験ですね! アルス様!」


フェリスが露骨に嫌そうな顔で口を挟む。

「……おい。アルス、その冗談はやめろ。そこの子供兵士。……あまりアルスを調子に乗らせるな」


俺はすぐに謝り、リュックは文句を言った。


「はい。すいませんでした」

「私は子供ではありません!」


何時かはわからないが、かなり夜は更けていそうだった。

それでも、明日撤退だからだろう。まだ撤収作業をしている国軍の兵士たちがいた。


彼らは俺たちの顔を見るなり、作業の手を止めて敬礼をしたり、深くお辞儀をしたりしていた。

少し誇らしく、そして少し照れくさい。

俺の隣を歩くフェリスも同じ気持ちなのだろう。誇らしそうな表情を浮かべていた。


やがて、部隊ごとに野営している兵たちの喧騒を抜け、周囲のものより一回り大きい天幕の前にたどり着く。


リュックに連れられ俺たちは中へ入る。

真っ直ぐに背筋を伸ばしたリュックは、敬礼してはきはきと報告した。


「クロード閣下! アルス様、ならびにフェリス様をご案内いたしました!」

「うむ、ご苦労。リュック、下がってよい」


金髪を角刈りにした、がっしりとした体格の壮年の男が席を立ってこちらを向いた。

歴戦の武人らしい鋭い眼差しをしているが、その笑みは穏やかだった。


「私は、セルナ統領より本作戦の指揮を任されているクロード・ダントンだ。アルス殿、フェリス殿。よく来てくださった。まずは、此度の戦いにおける多大なる助力へ礼を申し上げる」


俺は背筋を正し一礼して答える。

「クロード閣下。お招きいただきありがとうございます。アルスです」


フェリスは俺の半歩後ろで小さく会釈を返した。


ガルデンは壁際で直立している。

下がれと言われたはずのリュックも、そのままガルデンの隣に立っていた。


えぇ? リュック、それはいいのか?


クロードさんは周囲を見て、リュックに目を止めると眉根を寄せ、小さくため息を吐いた。

リュックの件は後回しにすることにしたらしい。彼はそのまま話を続ける。


「立ち話も何だ。どうぞ掛けてくれ。夜更けにすまないが、少しだけ話をさせてほしい。明朝には行軍を再開するのでな。今夜のうちに会えてよかった」

「はい。俺の方の体調はもう大丈夫ですので構いません。失礼します」


俺は着席し、隣の席を目で示してフェリスを呼ぶ。

そういえば、彼女はいつものフードを被っていない。


フェリスは静かにそこへ座った。


壁際のガルデンが視界に入って、ふと思った。

そういえば、なぜ彼はついてきたんだろうか。俺たちと一緒に帰る話は、もうついただろうに。


ガルデンを気にしたのを見て、フェリスが俺にだけ聞こえる声で囁いた。

「……あの男は、お前が心配なんだろう」

「ふーん。まあ、いいか」


クロードさんは用意されていた茶を手に取り、一息置いてから切り出す。

彼の声は厚く明瞭で、とても聞き取りやすかった。


「何から話すべきか迷うが、まずは順番に礼を述べるべきだろう」


俺はお茶に口を一度つけ、木杯をおいて話を聞く。


「アルス殿。本来であれば作戦終了後、最大功労者としてまず会っておきたかった。

砦までの進軍中、ほとんどの魔物が貴殿らのいた左翼へ集中していたのは知っているか?」


「ああ、やっぱりそうだったんですね。途中からやけに数が多いなとは思ってました」


クロードさんは顎に手をやりつつ続けた。

「魔物は、自分への脅威により強く反応する。貴殿らの戦力が、行軍中の集団の中で飛び抜けていたせいだろう。それも異常なほどにな。だが、おかげで作戦は順調すぎるほどに進んだ」


「ガルデンたちのパーティーとの組み合わせがよかったですからね。かなり助けられました」


見通すかのように鋭い目でクロードさんは、俺を見ながら話を続けた。


「加えて、信じがたいことに、負傷者はいても死者は一人も出なかった。これは少々出来すぎだと感じていてな」

「女神様でも作戦に参加していたんじゃないでしょうか」


それまで軍人然とした表情を保っていたクロードさんは小さく笑った。


「はは。私も同じことを言ったよ。気が合うな、アルス殿。副官は勇者様かもしれないと言っていたがね」


背後でガルデンがわずかに反応したのがわかった。

クロードさんは目元を少し細めて続ける。


「私は原因が不明なことを放置するのが苦手でね。報告をまとめながら調べていたのだ。すると、助からぬと思われた重傷者が翌朝には一命を取り留めたと言う。しかも、複数の隊の全員がだ。これはさすがに、不自然だろう?」


俺は冷や汗をかいていた。

当たり前だが、治癒された本人が黙っていても、不自然なことは周囲に露見する。


俺の内心の焦りをよそにクロードさんは続けた。


「そこで、私は最も目立っていた貴殿らに目をつけた。戦果報告書を読むと、これがまた凄まじい内容でな。そこから私は、貴殿らのパーティーに何らかの奇跡を行使する者がいるのではないかと考えた。都合よく、作戦後には面通しの予定もある。そこで話を誘導して聞き出そうと思っていたのだ」


リュックが思わず口を開く。

「クロード閣下、お言葉ですが――」


……お、おい。

リュック、それはまずいだろう。


クロードさんは片手でそれを静かに制した。


「だが、そう考えていたところへ昨夜の魔族襲撃だ。そしてそれを撃退するパーティーの登場。私は、自分たちを窮地から救ってくれた英雄を利用するような真似は唾棄すべき行いだと思っている。……それでは旧帝国の豚どもと同じだ。……失礼」


クロードさんはにやりと笑い、その無骨な顔にいたずらっぽさを浮かべて言った。


「だから、報告書には女神リゼット様の加護があったとでも書いておくことにする」

「……ありがとうございます」


クロードさんは手を顎に添えて、少し懐かしむような顔で続けた。

「……いや、なに。私の信念を通しただけだ。気にしないでくれ。さて、ここまでは礼と前置きだ。本題を話したい」


確かにここまでの話は必ずしなければならない話ではなかった。


俺は少し安心して、お茶に口をつける。

クロードさんは表情を少し柔らかくして続けた。


「君たち……いや、ルナリア殿を勇者候補として推薦したい。構わないだろうか」

「勇者候補、ですか?」


俺たちにわかりやすく内容を噛み砕いてくれているのだろう。

クロードさんは少し思案する様子を見せた後に続けた。


「ああ。最終的な勇者認定を行うのは教国だ。勇者様は女神様の使徒だからな。教国は女神教でないものを認定したことはない。なので正直いって正式な認定はされないだろう」


たしかに俺の神官服は、冒険者の技術職としてのものだ。

俺やルナリアは女神教の信徒ではない。


クロードさんは内容をわかりやすく俺に伝えてくれた。

「だが、そういった教国絡みの事情があるため、逆に我が国や王国内では推薦の段階で、戦士として最大級の栄誉だ。

勲章であり、身分証明であり、公的な後ろ盾にもなる」


俺は、先に確認しておくべきことを口にした。

「何か責任や所属を強制されるようなものではないんですよね?」


クロードさんは俺が何を気にしているかはわかっているのだろう。

明朗に答えてくれた。最後の方は少し楽しそうにしていた。


「ない。依頼はくるだろうが、強制はされない。ただ、先述のとおり、教国が頑固なのでね。もしかすると、推薦の時点で勇者様と言われることはあるかもしれないな」


俺は勇者ルナリアを想像する。

頭に勇者然としたサークレットをつけ、赤い外套に銀の剣のルナリアか。

かっこいいじゃないか。

ユーリ、俺たちの勇者が世界に羽ばたくぞ。


クロードさんの後ろに控えていた軍人が全員のお茶を交換してくれた。

副官さんだろうか。


「もちろん、審査の結果、推薦が通らない場合もある。だが、これでも私はそれなりに信任のある将だ。今回の戦果も含めれば、審査はまず通るだろう。魔族を倒し、しかも犠牲者なしだからな」


そうだ。勇者候補になれば、もしかすると共和国の賢者の迷宮に入れるかもしれない。


「なら、俺は構いません」


そこで、俺たちのやりとりを静かに聞いていたフェリスが口を開いた。

「……私から、少しいいか。閣下」

「もちろんだ、フェリス殿」


フェリスは静かな口調で続ける。

「……その推薦は、私たちへの礼が主軸、……合わせて政治的判断だろうか?」

「そうだ。貴殿らの戦士としての目的がなんであれ役に立つだろう。また、貴殿らを見出した私の功績にもなる」


少し言葉を選びつつフェリスは続けた。

「……であれば、勇者候補の対象はアルスにしてくれ。……ルナリアはアルスより上の立場を、絶対に受け入れない」


ああ、そう言われるとそうかも知れない。

凄いなフェリス、俺の気が付かないルナリアの特性に気がつくとは……。


それを聞いたクロードさんは、特に表情を変えず納得して頷く。

「ふむ……なるほど。リーダーはアルス殿でなければならないということだな。ままあることだ、承知した。いずれにせよパーティーとして三人とも報告される。勇者候補はアルス殿として申請しておこう」


お茶に口をつけ、喉を潤してからクロードさんは続けた。


「申請が通れば、首都にある国家機関への登録が必要になる。ゆえに、書状の受け取りと統領閣下との面談のため、首都ヴァレリオンまで来てもらわねばならん。構わないだろうか? もちろん旅費はこちらで負担する」


「はい。大丈夫です。どのみち俺たちの目的地は首都なので。ですから、旅費はなくても大丈夫です。」


クロードさんは笑いながら言った。

「そうか、それは助かる。だが、旅費は必ず受け取ってくれ。これも大事な儀礼なのだ。急ぎでなくともよい。首都へ来たら本庁で私の名を出してくれ」

「わかりました。……すみません、本庁って何でしょうか」


苦笑しつつ、クロードさんは答えてくれた。

「ああ、すまないな。本庁というのは政府の中央機関だ。まあ、警らのものに内容を伝えてくれれば案内するはずだ。

さて、あとは今回の依頼での特別貢献に関する金銭報酬だが――」



――時刻はすでに深夜をまわっており、星空にはアズールが高く浮かんでいた。


夜風が心地よく火照った頬を撫でる。

連れ立って出てきたガルデンへ向き直る。


「ありがとうな、ガルデン。俺の見通しの甘さを心配して来てくれてたんだな」

「昨日、役に立たなかったからな。万が一、軍の連中がお前になにかするようなら、一発暴れてやろうと思っていただけだ」


表情のわかりにくい虎顔に、それでもわかる照れを浮かべ、ガルデンは視線を上へ向けながら答えた。


ガルデンの返事を聞きつつ、俺は真剣な目でアズールを見ながら考えていた。


勇者ルナリアは誕生しなかった。

まあ、こればかりは仕方ない。


勇者然としたサークレットと赤い外套は、個人的に用意しよう。

それをルナリアに着せて、ペロペロしてもらおうと思った。


* * *


――アルスたちを見送った後の天幕の中で、照明の灯りがゆらゆらと影を作っていた。


私はアルス殿達を見送り、小さく息を吐いた。


先ほど口を挟んだ少年兵が壁の方で、迎えにきた上官に静かに怒られていた。


あの少年兵は、今回の作戦で非常に重要な働きをした。

おそらく帰還後、大きく出世するだろうな。


副官は少年兵たちの方を一瞥してから、私に声をかけてきた。


「閣下、あれでよろしかったのですか?」


私はそんな副官に視線は向けず、残ったお茶を飲み干しながら答えた。


「ん? まあ、十中八九、アルス殿は何らかの奇跡を行使する存在だろう。だが、私はもう後悔したくないのだ。気になるならお前が密告すればいい。一生遊んで暮らせるぞ」


副官は心底嫌そうな顔で私に答えた。

「絶対に嫌ですよ。密告なんかしたら配下に埋められますよ。今回の軍事作戦に参加した隊のルナリア殿の人気は尋常じゃないですからね」


* * *



# COORDINATE 0038 END

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