[COORDINATE 0036] The Demon Race 1
# Battle_Against_the_Vampire_1:
血の刃を振りまく魔族が、飛翔をやめて俺たちから少し離れた位置へ、音もなく降り立つ。
そいつは、まるで古代の貴族のような漆黒の服を纏い、その服と同じ色の黒いマントを羽織っていた。
蛇の瞳孔を思わせる瞳は、ただルナリアだけを捉えている。
俺たちには一切の興味を示していない。
曰く、その魔法は人知を超え、一個体で王都を滅ぼす。
曰く、不老であり、寿命の枷を持たない。
曰く、人とは、生き物としての格が違う。
そして、俺たち人間と同じ言語を操る事が出来る。
――魔族。
俺はその生き物としての違いに全身を強張らせ、指先一つ動かせなくなっていた。
声を発することもできない。呼吸さえ止まりそうだった。
だが、それでも俺の魂が、精神と肉体の硬直に警鐘を鳴らし、叫び続けている。
――あれは敵だ。戦え。
魔族はゆっくりと歩く。
まるで自分とルナリア以外、この場に存在しないかのように傲慢で、貴公子のような洗練された足取りだった。
やがて魔族は、ルナリアの目の前へ立つ。
彼女を下から上まで値踏みするように、舐めるような視線を向けて口を開いた。
「ふむ。我が魔法をしのぎ切る剣技。矮小な人の身で素晴らしい。なにより、その器量が気に入った。……よかろう。特別に、我が伴侶の一人に加えてやろう」
冷たく傲慢な響きを持った声でそう告げると、その吸血鬼の魔族は無造作に、鋭い爪の伸びる指先をルナリアの美しい顎へと伸ばした。
「触らないで。気持ち悪い」
ルナリアは魔族への恐怖を一欠片も感じさせることなく、銀の剣を横薙ぎに振り抜く。
彼女の強烈な踏み込みの力を乗せた、業火を纏うアストライアの剣は、魔族の男の体を吹き飛ばした。
魔族の体は凄まじい轟音を立てて、遥か後方にあるノワール砦の分厚い石壁を粉砕し、そのまま砦の中へと吹っ飛んでいく。
静まり返った荒野で、ルナリアが振り返って赤い瞳で俺を見た。
その瞳は宝石のように澄み切っており、星の形の瞳孔がきらきらと瞬いていた。
剣閃の起こした風が、彼女のウェーブがかった金糸の髪をふわりと揺らす。
ルナリアはその潤った柔らかな唇に笑みを浮かべた。
体に電気がびりびりと走った。俺はようやく言葉を紡げるようになった。
「ルナリア、こっちへ来い」
俺が声をかけると、ルナリアは軽やかに跳び、柔らかに俺の足元へ着地した。
俺は、少しずつ言うことを聞きはじめた体で、ルナリアをゆっくりと抱きしめた。
彼女の匂いが俺の体に力を与える。俺はさらに強く彼女を抱きしめ、大きく息を吸い込んだ。
彼女の金糸の髪から漂う淡い石鹸の匂いと、彼女自身の甘い匂いが混じり合い、俺の鼻腔をくすぐる。
俺の腕に当たる、濃紺の布一枚に隔てられた胸元は柔らかく、肩はひどく細かった。
一体どこからあんな力が出るのか、不思議で仕方がなかった。
よし。体も頭も完全に動く。これで俺は戦える。
俺はそのまま左手に意識を集中させ、ルナリアに回復魔法をかけ、さらに支援魔法も展開する。
「ルナリア、支援魔法を速度属性で付与した。兵士を逃がす。魔族を砦内まで押し込んで、少し時間を稼いでくれ」
「んぁ……。あん……っ。……任せて。わたしはきみの剣なんだから。誰にも負けない。落ち着いて、アルス」
ルナリアは背中を向けたまま、肩越しにこちらを見て頷いた。
[ System : Lunaria Reason_Gauge -10 ]
ああ、信じている。
「……貴様。このアルベール様に対して、随分と不遜な真似をしてくれたな。だがまあ、許してやろう。女はそれくらいのほうが支配しがいがあるというものだ」
粉砕された砦の瓦礫の向こうから、土埃を払いながら魔族がゆっくりと姿を現した。
ルナリアの魔法剣の直撃を受けたというのに、その青白い肌にも、仕立ての良い漆黒の服にも、目立った傷一つ、焦げ跡一つ見当たらなかった。
ルナリアは俺の腕から離れると、魔族の言葉を完全に無視して、銀色の剣を静かに正眼に構えた。
彼女の奥底から、地を這うような竜の唸り声が微かに響く。
それと同時に、彼女の華奢な体をうっすらと赤い炎が覆い始めた。
[ System : Universal_Truth_Load ...1% ...5% ...10% ]
[ System : Universal_Truth_Load 10% Reached ]
ルナリアは鋭い踏み込みと共に、前方へ跳躍し左手を真っ直ぐ突き出した。
「――ファイアランス!!」
燃え盛る炎の槍が、真っ直ぐに魔族へ迫った。
魔族はそれを見て、薄く笑い右腕を無造作に振るった。
そこだけ夜になったような、赤黒い三日月型の血の刃を繰り出した。
空中で二つの魔法が激突し、互いを相殺した。
周囲の荒野を吹き飛ばすほどの暴風を巻き起こしながら消滅する。
「ほう、人の身で無詠唱魔法か。おもしろい。いい花嫁になりそうだ」
魔族は右手の鋭い爪を自分の肉体に突き刺した。
溢れ出る赤黒い血が魔族の右手の中で、収束し禍々しい長剣を形作る。
ルナリアはそんな行動を待たない。
彼女はすでに炎の槍を撃った直後、魔族へ向かって突進していた。
力強く引き絞った右腕の先で、炎を纏う銀の剣が横薙ぎに走る。
魔族は軽薄な笑みを浮かべたまま、その血の剣でルナリアの燃える剣を受け止めた。
衝撃波が大気を揺らし、二人が激突した場所から暴風が吹き荒れる。
俺は彼女の剣を受け止める存在を、初めて見た。
だがルナリアの瞳には動揺も、強敵を前にした高揚も存在していなかった。
彼女の宝石のような赤い瞳に宿っていたのは、ただただ純粋な殺意だけだ。
凄まじい炎と衝撃波が撒き散らされる。
ルナリアは火炎を纏う銀の剣を縦横無尽に奔らせ、その応酬はやがて人の目では追えない速度の激しい剣戟へと変わっていった。
そして魔族を、砦の外壁際まで押し込んでいく。
あの魔族は性悪だ。
今でも遊び半分で、こちらに血の刃を撃ってきている。
ルナリアは魔族を砦の方まで押し込みつつ、その魔法がこちらへ飛んでこないよう、気を配って立ち回ってくれていた。
あの、呼吸さえ忘れるような恐怖を感じなかったのは、恐らくこの場でルナリアだけだった。
あれほど勇敢だった兵士たちも例外ではなく、恐怖で動けなくなっていた。
俺は急ぎルナリアへ合流したいのをこらえ、後ろの兵士たちへ視線を向けて大声で叫ぶ。
「お前ら! わかっているだろう、あれは魔族だ! そこにいたら戦闘の邪魔だ! 今すぐ陣地へ下がれ!」
俺の怒声で幾分か体の自由を取り戻した彼らは、一目散に後方の陣地へと逃げていく。
よし、これで俺も戦闘に参加できる――と思っていたのだが、一人だけその場に踏みとどまっている兵士がいた。
「わ、私の命は昨日、貴方に救われました! 私の命はどうなっても構いません。私も、勇者様とともに戦わせてください!」
「うるせえ! なら俺の命令は聞け! とっとと陣地へ下がれ!」
その若い兵士は、それでも下がらない。
そばかすの残る幼い顔で、俺に言った。
「私がどこでどう命をかけようと、私の自由です! 貴方が許可されないのでしたら、私は勝手にやります!」
何だお前は。俺の生き写しか何かかよ……。
俺は自分の茶色い髪を掻きむしって告げる。
「死んでも知らんぞ。名前と能力を教えろ」
「はい! 神官様! 私の名前はリュックです! 魔法使いです! 使用魔法は風による――」
やっぱり勇者はルナリアだよな。
リュックの話の途中、俺たちの後ろに鋭い風が吹いた。
「遅いぞ、フェリス」
俺はそう言いながら振り返る。
そこには、水色の髪を風になびかせ、左右均整の取れた美しい顔に苦々しい表情を浮かべたフェリスが立っていた。
「……すまない。」
俺は即座にローディングを開始する。
「冗談だ、フェリス。どうしたんだよ、らしくないな」
「……ん。彼女といると、私はまだまだだと、痛感してな」
[ System : Universal_Truth_Load ...10% ...20% ...30% ]
俺たちに熱い視線を向けてくるリュックに釘を刺しておく。
「俺の名前はアルスだ。リュック、この戦闘で見た魔法は一切口外するな。いいな」
「はい! アルス様!!」
俺の周りから音が引いていく。
やがて俺を祝福する讃美歌が空から降り注ぎはじめた。
陽光とも違う、神威を感じる光が柔らかに俺の周りを照らし出す。
[ System : Universal_Truth_Load ...40% ...50% ...60% ]
俺は精神を集中させたまま、フェリスに視線だけ向けた。
「フェリス、報告を頼む」
「……軍は、指揮官を含めて陣地後方まで引かせた。……退却はしていない。彼らにも意地がある。……ガルデンたちも同じ所にいる」
[ System : Universal_Truth_Load ...70% ...80% ...90% ]
少し意外だった俺は眉根を上げて尋ねる。
「え? 凄いな、フェリス。よく一人で国軍を引かせたな。そこまでしてくれるとは思ってなかった」
「……私たちの先日の戦果、そして、あー……お前の持っていた王国第三王子の親書を見せた。勝手に使ってすまない」
そろそろ最大階位だ。俺はルナリアの方を見やる。
互角……いや、違う。ルナリアが押されている。
「いや、良い判断だ。そしたら俺たち三人、いや四人は魔族討伐の特命大使だな」
「……やはり、あれは魔族か」
[ System : Universal_Truth_Load 100% Reached ]
俺を照らす光はすでにくっきりと輪郭を帯び、讃美歌は俺の周囲を満たすように鳴り響いていた。
「ああ、最大階位で速度上昇をかける。そうしなければ前線に出せない。
いいか、これは絶対だ。それと、今回は妖精といちゃつく暇はない。
ルナリアが一人で時間を稼いでいる。急いで合流してくれ。俺もすぐに向かう」
俺はリュックに向かって言った。
「……リュック! 耳を塞いであっちを見て、大声で歌ってろ!」
「はい! アルス様!」
「……ん。お前が駆け出した時、私は咄嗟に動けなかった。……甘んじて辱めを受けよう」
「辱めって言うな」
俺はフェリスに左手をかざし、彼女の心の準備を待たず、すぐに魔法をかけた。
彼女を柔らかな光が包んだ。
「……っ、くぅっ……、くっ……はぁ、んあぁ……っ! あぁ……っ!」
フェリスの全身を甘い快感が駆け巡る。脳髄から下半身へ流れるそれに、彼女は抗えず、体を弓なりに反らせた。
それでも彼女は歯を食いしばり、両手で自身の肩を掴み、震える体を強く抱き締める。
内側から湧き上がる激しい快感に耐え忍ぶように、両膝をきゅっと内股に擦り合わせた。
凛とした双眸は刺激に耐えるように細められ、瑠璃色の瞳は焦点を失っている。
限界に達した彼女の脚は震え、その場に崩れ落ちそうになった。
苦しげに上気した顔の、薄く美しい唇はほんの少しだけ開かれ、甘い吐息が溢れていた。
リュックが後ろを向いて大声で調子っぱずれな歌を歌っていたが、そんなものは俺の耳に入らなかった。
彼女は自分の体をいまだ支配している甘い刺激を、顔を両手で叩いて振り切る。
その瑠璃色の瞳は熱に潤ったままだったが、いつも以上に強い決意と戦意を宿していた。
「フェリス、いいか。あくまでルナリアの補助に徹しろ。いいな」
「……及ばないことが、非常に悔しい。だが、全員で生き残るためだ。……我慢する」
彼女は強く踏み込み、水色の髪に陽光を反射させながら駆けていった。
# Battle_Against_the_Vampire_2:
気色の悪い魔族が、右手に握った血の剣を容赦なく振り下ろしてくる。
わたしは身を横に回転させながら、鋭いその一撃を紙一重で躱した。
回転の遠心力を殺さぬまま、両手で握った燃え盛る銀の剣を敵の胴へと鋭く振り抜く。
だが魔族は、剣を持たない左手を強く握りしめ、自分の爪で左手から赤黒い血を瞬時に噴き出させた。
その血は空中に不定形の分厚い盾を作り出した。
わたしの火炎の剣を、その盾が正面から受け止めた。
わたしの銀の剣を覆う炎によって血の盾は打ち消され、あたりに衝撃波が撒き散らされる。
けれど、その反動でわたしはわずかに体勢を崩してしまう。
その一瞬の隙を逃さず、魔族の剣が下から鋭く振り上げられた。
鋭い血の刃が風を斬り裂く音が響く。
わたしは上体を大きく後ろへ捻り、無理やり後転するようにしてその刃を避けた。
急激に上体を反らした反動で、濃紺のバトルドレスに包まれたわたしの胸が、重力に抗うように下から上へと激しく揺れた。
そのまま短いスカートをひるがえし、後方へと着地する。
魔族はおもむろに血の剣を振り上げる。
そのまま無造作に振り下ろした。
距離のあったその刃が、振り下ろされた瞬間に細く長く伸びた。
わたしは体を捻って横へ跳んで避ける。
「ははは! おもしろい女だ! どういう体の構造をしているのか、剥くのが楽しみだ!」
魔族が気色の悪いことを言いながら鋭く踏み込み、再びその場で血の剣を大上段から振り下ろしてくる。
わたしは避けるのではなく、火炎の槍を放った。
「――ファイアランス!」
迎撃のために即座に放った炎の槍は、魔族に血の剣を伸ばす暇を与えない。
魔族は剣を伸ばすことなく、それを横へ払って吹き飛ばした。
だが、わたしは炎の槍と同時に突進している。
そのまま顔面を狙って鋭い突きを放つ。
魔族は紙一重で首を振り、それを避けた。
それでも、その青白い頬の薄皮一枚は切り裂く。
直感のまま、わたしは勢いを殺さず跳躍し、前転するように魔族の頭上を越えた。
直後、先ほどまでわたしのいた場所を、いくつもの巨大な血の刃が空を裂いて通過していく。
着地と同時に、土を強く踏み込む。
わたしは銀の剣を握る右手に力を込めた。それに呼応するように、銀の剣を覆う業火がさらに激しく燃え盛る。
振り返りざま、横薙ぎに放ったわたしの赤い剣閃を、魔族は再び血の剣で受け止めた。
反撃が来る。そう感じて、わたしは魔族の体の流れを見る。
――だが、その瞬間に風を感じた。
わたしは回避を捨て、そのまま横へ回転し、さらに一閃を放つ。
わたしの剣を魔族は背を反らしてかわした。
その魔族の上空には、フェリスちゃんが跳んでいた。
彼女は鮮やかな青の外套をひるがえし、少し短い薄緑のワンピースを翻して、深緑のニーハイとのあいだから白い太ももを覗かせた。
フェリスちゃんは二本の短剣を魔族の首筋へ向けて十字に振り抜く。
肉を裂く音が響き、赤黒い血が、首筋から細く散った。
フェリスちゃんはそのまま中空で軽やかに回転し、わたしの後方へと着地した。
「……待たせた。どうやら私の攻撃は、通らないな。……嫌がらせは、任せろ」
魔族は赤黒い血が滲む首筋を押さえ、すっと表情から感情を消した。
「……なんだ、また変な女が出てきたな。……ふん、エルフか。お前のような紛い物に興味はない。失せろ」
わたしは魔族の言葉など無視して、銀の剣にさらに力を込める。
フェリスちゃんが来たからだろうか。剣を覆う紅蓮の炎は、さらに強く燃え盛った。
しかし、フェリスちゃんは無視しなかった。
「……なるほど。戦闘かと思ったら、醜男が美女に迫っているだけか。笑えるな」
フェリスちゃんは、とても口が悪かった。
そして、いつもより饒舌だった。
魔族は赤黒い瞳に暗い憎悪を宿しながらも、表情だけは平静を装い、余裕を取り繕っていた。
「ふん、美醜も分からぬ紛い物は黙っていろ」
フェリスちゃんは呆れたように眉根を寄せる。
「……そんな薄汚れたボロ切れを纏っているのに、お前は美醜が分かるのか? 汚い色だな」
その言葉に魔族は何も返さず、フェリスちゃんの方へ左手をかざした。
魔族の周囲に魔力が収束していくのを感じる。
わたしはその魔法を受け止めようと、フェリスちゃんの前へ出ようとした。
だが、背後からフェリスちゃんが強い声を飛ばしてくる。
「……ルナリア、信じろ。アルスの祝福を受けた私は速い」
わたしはちらりとフェリスちゃんを見た。
彼女の瑠璃色の瞳が、昼の陽光に照らされて煌めいていた。
わたしは防御に回るのをやめた。剣を右下へ落とし、横へ走り込む。
大気を斬り裂く音と共に、血の刃が立て続けにフェリスちゃんを襲う。
彼女は凄まじい速度で跳び、腕を天地逆さにして地面につき、さらに跳んだ。
中空で軽やかに回転するその後を、血の刃が虚しく通り過ぎていく。
避けられた血の刃は、そのままノワール砦の外壁を鋭く削り取った。
フェリスちゃんの動きを見て、わたしはなんて凄いんだろうと思う。
すべての血の刃を躱しきって着地したフェリスちゃんは、嘲るような目を魔族へ向けた。
「……うーん。やっぱり……目が悪いようだな。ははは。……どうりで、気色の悪い髪型をしているわけだ」
魔族の顔から、貼り付けたような貴公子の笑みが消えた。
「こ、この俺様の髪型が気色悪いだと? 貴様!!!!」
悪意を煮詰めたようなその顔を、さらに憤怒に歪めながら、魔族は天へ左手をかざす。
魔族の周囲の大気が歪み、高密度の血の槍が大量に生成されていく。
あの魔法は止めなければ。
わたしは地を蹴って高く跳躍し、両手で銀の剣を握り直した。
赤い剣閃が半円を描き、銀の剣が天を指す。
わたしは紅蓮の炎に覆われた銀の剣を振り下ろそうとした。
魔族が一瞬だけ、頭上のわたしへ視線を向ける。
このままでは防がれる。わたしは直感した。
わたしはフェリスちゃんの動きをなぞるように、中空で鋭く縦に二回転した。
その回転と遠心力が、わたしの体をさらに加速させる。
その速度のまま、魔族の背中へ燃え盛るアストライアの剣を振り下ろした。
確かな手応えと共に、燃え盛るわたしの剣が初めて魔族へ直撃した。
背中を斜めに斬られた魔族が、空気を震わせる絶叫を上げた。
「Ghh GRAAAAAAAH !!! You filthy lesser beings! Don’t get cocky, you bastards !!!」
わたしは着地で曲げた膝の力を、そのまま次の剣戟へと変換する。
手の中で剣を返し、下から上へ、燃え盛る炎の剣を容赦なく振り上げた。
さらに背を十字に斬られた魔族は、怒りのまま振り向き、鋭い爪を払ってくる。
わたしは後ろへ大きく跳躍して、首を狙ってきたその一撃を避けた。
着地したわたしのすぐ後ろには、フェリスちゃんがいた。
「……ルナリア。魔法は避けられる。だが、……私に接近は、不可能だ」
「うん。任せて。さっきみたいに注意を引いてくれれば、それだけで勝ってみせるよ」
わたしは魔族の追撃を警戒して炎を纏う銀の剣を右下へ下ろす。
フェリスちゃんは双手で逆手に短剣を握り、わたしの後ろで魔族を鋭く見据えていた。
――だが、魔族は怒りに任せて追撃するのではなく、空高く飛翔し始めた。
とめどなく流れる血を止めることもせず、魔族は憎悪に満ちた濁った赤黒い目でわたしたちを見下ろした。
直後、魔族は天に手をかざし、人間には理解できない言語を使いはじめた。
「My name is Albert. I reign upon the heights of night. Unleash the dominion in my blood, and manifest the absolute power that brings the lowly to their knees.」
強大な魔力が魔族の周囲へ収束していく。
いけない、あれは大魔法だ。止めなければ。
わたしは自分なら間に合うと判断し、強く地面を踏み抜いて跳躍する。
「……だ、だめだ。ルナリア!!」
「Power Filling Flesh and Blood !!」
魔族の周囲に、あたりを赤く染める暴風のような血の嵐が巻き起こる。
まだいける。この程度なら斬れる。
わたしは迫り来る無数の血の刃を、炎の剣で強引に斬り裂いていく。
強引に接敵する。わたしはアルスの剣だ、絶対に誰にも負けない!
わたしは魔族の眼前へ到達する。
銀の剣を振るおうとする。
その時、わたしの耳に離れた位置にいるはずの、とても大事な人の声が響いた。
< ばかやろう! ルナリア! 命令だ、回避しろ! >
――アルス!?
[ System : Lunaria Reason_Gauge -20 ]
声が聞こえたのとほぼ同時に、血の嵐が消えた。
その中から、異形と化した魔族が現れる。
異形の魔族は先ほどまでとは比べ物にならない速度で右腕を振り下ろした。
だが、その瞬間。わたしの体は自分の意思より早く、アルスの命令に従っていた。
勝手に体が動いていた。咄嗟に身を捻り、その鋭い爪を避けようとする。
避けきれなかった鋭い爪が、わたしの上半身を斜めに深く切り裂いた。
わたしは空中で鮮血を散らしながら吹き飛ばされる。
だが、フェリスちゃんが鋭く跳んできて、わたしをしっかりと受け止めてくれた。
そのまま軽やかに着地する。
「……大丈夫か。ルナリア」
「うん……。ごめん、油断だったと思う。ありがとう、フェリスちゃん」
危なかった。あのままだったら死んでいたかも知れない。
わたしはフェリスちゃんの腕から身を離し、激痛に耐えながら視線を上空へと上げた。
そこに浮かんでいたのは、もう先ほどまでの貴公子のような魔族ではなかった。
綺麗に切り揃えられていた黒い髪は雪のように白く変わり、青白かった肌はすでに不気味に蒼く変色している。
そしてその背には、空を覆い隠すほどに巨大な蝙蝠の翼を生やした、異形が羽ばたいていた。
それにしても、さっきのアルスの声はなんだったんだろう。
もしかして、わたしはどこにいても彼の声が聞こえるようになったんだろうか。
すぐにそうではないことを知った。
残念だな、と思った。
# COORDINATE 0036 END




