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[COORDINATE 0034] Noir Fortress Recapture Operation 1

# Tiger_Man_Gulden:


数日後、俺たちは馬車を走らせてブランシュ砦に到着した。

ガストン商会トロワ支部から派遣された戦士として、作戦に参加するためだ。


砦の周辺には、俺たちと同じように各地から集められた大勢の同業者がごった返していた。

ブランシュ砦の中だけでは到底収まりきらず、周囲の平野に広大な野営地が形成されている。


俺たちも野営地の一角で、ヴァレリオン国軍の士官から大まかな作戦説明を受けていた。


大筋の説明はすでに終わっており、今は各部隊への割り当て番号が通達されるのを待っている状態だ。

手持ち無沙汰になった俺は、隣で静かに立っているフェリスに疑問をぶつけてみた。


「なあ、フェリス。国軍って、王国でいう騎士団みたいなもんだよな? それにしては、あんまり貴族っぽくないな」

「……国軍は、騎士団ではない」


真っ直ぐな水色の髪を風になびかせながら、フェリスは短く答えた。

そのやり取りを聞いていたのか、すぐ隣にいたパーティーの中から、獣族の戦士らしき大柄な男が気さくな声で割って入ってきた。


「なんだ、お前は王国の出身か? 共和国の国軍ってのは志願制なんだよ。血筋で決まる身分制度とは別物だ」

「へえー。じゃあ、腕さえあれば誰でもなれるのか?」


俺が感心して尋ねると、その獣族の戦士は、やたらと丁寧に国軍の制度を説明してくれた。

顔は虎そのもののくせに、とても親切だった。

というか、獣族って獣耳のついた美人だけじゃないんだな。


「ああ。種族も問わない。俺たちみたいな獣族でも、そこの嬢ちゃんみたいなエルフ族でも、実力があれば国軍には入れる。

とはいえ試験は厳しいし、素行調査も行われるぞ。ちなみに、俺は素行調査で弾かれた。がははは!」


ガストンさんの言っていた政治だけじゃなくて、軍事も実力主義なのか。

しかし、凄いけど大丈夫なもんなのかな。

「すごいな、共和国って。でも、身分関係ないってのは大丈夫なのか? いざとなったら逃げたりしないのかね」


俺の無邪気な感想に、虎男は少しだけ微妙な顔をして俺を見た。


「お前な……。そりゃ生活のためもあるだろうが、あいつらは、自分の国のために戦ってるっていう強い誇りがあるんだぞ? そりゃあ、一番いっちゃいけない言葉だ」


俺は反省した。どうも俺は、こういう時に少し考えなしなことを言ってしまう。

気をつけよう。


俺は親切に教えてくれた虎男に礼を言った。

「確かに今のは良くなかった。ごめん。教えてくれてありがとうな。俺はアルスだ。あんたは?」


俺が詫びついでに名乗ると、虎男はなぜか意表を突かれたような、少し戸惑った顔をした。

ふと横を見ると、フェリスが誇らしげな笑みを浮かべながら虎男を見ていた。


「お、おお? そうか。俺はガルデンだ」


ガルデンさんの側には、同じような雰囲気の戦士たちが数人たむろしていた。彼のパーティーメンバーなのだろう。

俺は軽く会釈しつつ、彼らを観察する。人族と獣人が入り混じった、いかにも実力派の混合パーティーだ。


ガルデンさんは、自前の立派なもふもふの顎髭を撫でながら、俺たちを値踏みするように見回した。


「しかしお前ら、随分と変なパーティーだな。三人ともそんな細い体で、前線で戦えるのか?」


虎そのものの顔をしたガルデンさんは、その強面に似合わず、本当に気さくでいい奴みたいだった。

ルナリアやフェリスに対して、下心や色目を使っているような感じも全くない。


たぶん、彼には本当に他意などなかっただろう。

そして運もなかった。


ガルデンさんは気安い調子でそう言いながら、何気なく、本当に何気なく――横にいたルナリアの肩に、ぽんと触れようと手を伸ばした。


「触らないで」


周囲の喧騒を一瞬で凍りつかせるような、俺が普段まったく聞いたことのない、ルナリアの冷たい声が響いた。

次の瞬間、華奢な拳が分厚い肉にめり込む鈍い音がした。可哀想なガルデンさんが、周囲の人垣をなぎ倒しながら吹っ飛んでいく。


「ああ、お前、なにしてるんだよ」

「むぅ。だって……」


幸いというかなんというか、周囲は荒くれ者の傭兵だらけだったので、大きな騒ぎにはならなかった。

番号待ちという退屈な待機時間だったこともあり、その辺のあちこちで暇つぶしの軽いいさかいが起きていたからだ。


フェリスに至っては、少し眉根を上げただけで全く動じていない。

俺は慌てて、こっそり回復魔法をかけてやろうと思い、吹っ飛ばされたガルデンさんのところへ走っていく。


だが、ガルデンさんは土埃にまみれ、頬をさすりながら自力で立ち上がってきた。

おお、すげえ。ルナリアパンチで気絶しないだと……。


「大丈夫か? 連れがすまん……。あいつも、悪気はなかった……と思う」

「おおお、痛え……。いや、俺が悪かった。舐めた口を聞いてすまなかった。嬢ちゃん、めちゃくちゃ強いな」


必死に謝る俺に、ガルデンさんはニヤッと笑って言った。

「お前の女なんだろう? 気軽に触れようとした俺が悪い。気にするな。嬢ちゃんも、すまんかったな」


なんだガルデンさん、お前聖人かよ。

ルナリアは「お前の女」発言で一気に機嫌を直し、照れ照れと嬉しそうに「そんな関係じゃないよ」と言いながら、もじもじしていた。


やがて、軍の士官から割り当ての番号が振られ始めた。

特に実績のない戦士たちは、近くにいる者同士で雑に部隊を組まされるらしい。

俺たちとガルデンさんたちは、そのまま同じ班に配属されることになった。



――数日間の待機を挟み、作戦前日の夜になった。


作戦説明の行われた平野には、俺たち戦士の滞在用の野営地が展開されている。

その広大な野営地の一角で俺たちは食事をとっていた。


パチパチとはぜる焚き火を囲み、いつも通りフェリスが手際よく作ってくれた温かい食事をつつく。


軍事作戦と聞いていたので、もっと複雑で綿密な作戦説明があるのかと身構えていた。

だが、俺たちに伝えられた命令自体は驚くほど単純だった。

よく考えれば、ただの民間人にそこまで高度な連携を求めるはずもない。


作戦の全容はこうだ。


国軍本隊を正面中央に据え、前線を押し上げながらノワール砦へ接近する。

魔法の射程圏に入ったところで、高さを持たせた陣地を構築。

前衛系の魔法使いたちを軸に砦から魔物を釣り出し、遠距離系の魔法使いたちが陣地内から一斉に撃ち落としていく。


聞けば単純だが、よくできた作戦のように思えた。


俺たち民間戦士の仕事は、最初の段階で陣地形成予定地まで前線を押し上げる部隊に加わることだった。

前線の押し上げ部隊には国軍の魔法使いはおらず、そのぶん人数が必要だからだ。

砦まで迫った際には、陣地形成時の防衛も兼ねろということだろう。


俺たちは左翼側の端っこに配属されていた。


「……思ったより、簡単そうだったな」

「そうだね。砦の外に溢れているのは中級魔物くらいしかいないらしいから、比較的安全そうだね」


ルナリアが俺の隣でスープを飲みながら、うんうんと頷きながら俺に追従する。

ふわふわと金糸の髪が揺れて石鹸の匂いが漂う。


人数分のお茶を淹れながら、フェリスが呆れたように苦笑した。

「……中級魔物の群れは、安全ではない。……が、まあ、そうだな。正直、私たちが苦労するとは思えない」

「えへへ。フェリスちゃんもいると安心だね。アルスの護衛も任せられるし! 前衛はわたしに任せて」


まあ、俺が言うまでもなくそういう陣形になるよな。


食事を終えた俺は、フェリスからお茶を受け取ってすすりながら、ふと自分の首元に手をやった。

服の下から引き出した星屑のネックレスの中が、焚き火の光を受けてきらきらと輝いている。


星空の女神様の夢は今でも忘れかけた頃に見る。

さすがに俺も、今さらただの夢だとは思っていなかった。

きっと彼女は、俺に何か伝えたいことがあるんだろう。

もしあの夢の女の子が、世界樹にいるという女神様なのだとしたら、いつも俺を助けてくれる銀色の光も、リゼット様の奇跡なんだろうか。


この依頼で、なにか俺のやるべきことがあるんだろうか。


そんなことを何とはなしに考えていると、暗がりから重い足音が近づいてきた。

そちらへ視線を向けると、ガルデンさんが大きな酒瓶を片手にこちらへ歩いてくるところだった。


「おう、少年。夜分に邪魔するぜ。昼間は悪かったな。ちょっとした詫びを持ってきたぞ」

「ガルデンさんか。わざわざ酒なんて、気にしなくてよかったのに」


俺が苦笑して立ち上がろうとすると、それを見たルナリアがいそいそと立ち上がり、自分の荷物から木杯を二つ取り出して、俺とガルデンさんに手渡してきた。


彼の言った「お前の女」発言の効果は高いようだ。

ガルデンさんは俺たちの野営地への滞在を許されたらしい。


「はい。どうぞ、ガルデンさん」


昼間、自分をぶん殴ってきたルナリアが可愛らしく微笑みながら自分に杯を差し出してきたことに、ガルデンさんは少しびくっと肩を揺らし、困惑したように杯を受け取った。


「ん? お、おう……。これはお前たちへの詫びの品のつもりだったんだが」

「折角わざわざ来てくれたんだし、一緒に飲もうよ。明日は同じ班だしな。お前らも一杯どうだ?」


俺の提案に、フェリスとルナリアも頷く。

四人で火を囲み、木杯に注がれた強い酒をちびちびとやり始めた。明日は作戦が控えているため、あくまで嗜む程度だ。


焚き火の炎が揺れる中、ガルデンさんがふと、俺の首元で光るネックレスに目を留めた。


「ところで少年、さっきから気になってたんだが、それは星屑のペンダントだろう? エルフ族の伝統的な細工だ。そこの水色の嬢ちゃんにでももらったのか?」

「ん? ああ、いや、これは助けた村でお守り代わりにと譲ってもらったんだ。昔の英雄さんが、その村に置いていったものらしい」


俺が素直に答えると、お茶を飲んでいたフェリスが口を挟んだ。


「……ガルデン、だったか。私がアルスに、それを渡すことはない」


ガルデンさんはフェリスの言葉に少し考え込み、やがて何かを察したように豪快に笑った。


「がははは! なるほど、そうか! そういえば、星屑のペンダントってのは――」


ガルデンさんの言葉が終わるより早く、彼が寄りかかっていた木に、黒い短剣が突き刺さった。

彼は自分のすぐ横に刺さった短剣を見つめたまま、咳払いを一つして、取り繕ったように言葉を濁した。


「んっ。こほん。……いや、なんでもない」


一体、なんだったんだろうか。


俺が首を傾げていると、ルナリアがガルデンさんの方へすすっとにじり寄り、声を潜めて内緒話をするように尋ね始めた。


(ねえねえ、ガルデンさん。星屑のペンダントって、エルフ族にとって何か特別な意味があるの?)

(ん? お、おう……。あれはな、エルフ族が別れる友に、これからの無事を祈って渡すお守りなんだよ)


フェリスは無言のまま立ち上がり、丸太に刺さった短剣を引き抜きながら、深いため息をついて二人の様子を横目でじっとりと見ている。


俺は深く気にすることもなく、ルナリアが珍しく俺やフェリス以外と仲良く話をしているのを見て、ひそかにほっこりしていた。


ガルデンさんはどう見ても前衛職だろうし、明日はルナリアと最前線で戦線を共にすることになるだろう。こうして今のうちに交友を深めておくのは、作戦においても非常にいいことだ。


そんな俺の呑気な考えなど知る由もなく、ルナリアは短剣を鞘へしまうフェリスをちらちらと見ながら、にやにやと微笑んでいる。


(ふーん? ってことは、フェリスちゃんも、わたしみたいにアルスとずっと一緒にいたいってこと?)

(がははは! まあ、そういうこったな。少年はもてもてだな!)


ガルデンさんが酒の勢いで豪快に笑い飛ばした、次の瞬間。


フェリスは無表情のまま、てこてことガルデンさんの横へ歩いていき、容赦なく彼を蹴り抜いた。



# Mixed_Party_Formation:


* * *


深い森林の脇に急造された本陣を拠点として、ノワール砦奪還作戦が開始された。


まず、国軍の正面部隊が地鳴りを立てて前進し、森林の境界線を越える。

直後、怒号と剣戟の音が木霊し、魔物との戦闘が各所で一斉に火蓋を切った。


この作戦の総指揮を執るのは、堅実さで知られる将、クロード・ダントン。

革命以前は帝国軍に属していた男だ。

現在の共和国軍上層部は、革命側が大半を占めている。

そんな情勢の中で、なお彼は将軍の地位にあった。


その事実だけで、彼が並外れて優秀な人物であることが知れた。


私のいる本陣にまで、凄まじい鉄の衝突音と魔物の断末魔が、絶え間なく響き渡ってくる。


魔物は、自らを直接攻撃した相手や、より強大な脅威に敏感に反応する。

ゆえに、最初に進軍する正面部隊には魔物が殺到し、最も過酷で危険な役目が集中する。


だからこそ、第一陣の正面部隊は共和国国軍でなければならない。


前線の状況を監視していた副官が、張り詰めた顔で天幕に駆け込み、報告を寄越した。


「クロード閣下、正面部隊が完全に接敵いたしました!」

「そうか。現れた魔物の種別に、事前調査との大きな違いはないな?」


「はっ。巨大な大熊などの下級魔物と多数接敵しております。また、混在する中級魔物はオーガおよびトロルであることを確認いたしました」

「ならば予定通りだ。各個撃破を心がけつつ戦線を維持せよ。……続いて、第二陣として待機させている民間の戦士たちを進軍させよ」


「はっ!」


副官が短く一礼し、命令を伝えるために駆け去っていく。


私は腕を組み、黙って土煙の上がる最前線へと目を向けた。


かつては帝国に仕える騎士。

今は、自由平等を掲げる共和国の軍人。


立場も、頭上に掲げる旗の紋章も変わった。

だが、私の為すべき仕事は何ひとつ変わらない。

我が身命を賭して、名もなき民草の命と平穏な暮らしを守り抜くことだ。


あの巨大な伐採所の喪失は、この国の経済基盤に致命的な傷を与える。

そして経済への打撃は、やがて市民の生命への打撃へと繋がる。


だからこそ、我々軍人は何としてもあの地を取り返さなければならない。


この作戦に参加している民間の戦士たちもまた、私が守るべき共和国の市民だ。

だが、この作戦では軍の兵士にも、彼ら民間の戦士にも、少なくない犠牲が出るだろう。


……それでも、我々は砦を奪還しなければならない。


ならば、指揮官である私の務めはただ一つ。

彼らの尊い犠牲を決して無駄にせず、必ずこの作戦を成功へ導くことだ。


絶え間なく響く戦闘音の向こうで、前線は着実に、しかし重苦しく動いていた。

私はただ、祈るような思いで戦線の推移を静かに見守り続けていた。


* * *


作戦開始の合図と共に、俺たち民間の戦士も森の中へと進軍を開始した。


俺はまず、同じ班になったガルデンさんたちに、回復魔法を秘密にしたまま、無詠唱で魔法を使えることだけを伝えた。

始めこそ俺の言葉に胡乱げな視線を向けていた彼らだったが、いざ戦闘が始まれば、そんな疑いは完全に吹き飛んだらしい。


ガルデンさんのパーティーは、見た目通りの熟練パーティーだった。

彼らは物理攻撃力向上の支援魔法を受けて軽快に魔物を狩り続けていた。


大柄な虎男のガルデンさんと、もう二人の戦士が前衛を張り、残り二人が後衛の弓手か。

ガルデンさんが巨大な戦斧を軽々と振り回し、雄叫びを上げて最前線の魔物の群れに突っ込んでいく。

派手な動きと咆哮によって、周囲の魔物の敵視がすべてガルデンさんへと向かった。


「おおらぁっ!!」


ガルデンさん自身の攻撃は、魔物にさほど当たっていないようだった。

しかし、彼の仕事は魔物を引き付けること、そのものらしい。

彼に群がる魔物を、残りの前衛と後衛の弓使いが手早く、かつ確実に急所を突いて処理しているようだ。


「なるほど。ガルデンさんは、耐久重視の戦士か。見た目通りだな」


俺は後方からそう軽口を叩きながら、左右に控えるルナリアとフェリスへも同時に支援魔法をかける。


二人への支援魔法は速度上昇だ。

最近の二人への支援魔法は、こればかりだ。中級魔物以下が相手なら、これが一番効果的だった。


「……っ、はぁ……んっ。……じゃあ、フェリスちゃん。アルスの護衛をお願い」


何故か最近、ルナリアは支援魔法をかける際、その宝石のような赤い瞳で俺の目を見つめてくる。

そのまま甘い吐息を漏らされると、どきどきするのでやめてほしい。


「……ああ、ルナリ……っ、ん……くぅっ、話の途中で、魔法を、かけるのはやめろ……。……ルナリア、少し待て」


フェリスは、鋭く左手を土の地面につく。

側で屈んだ彼女の水色の髪から、ふわりと清涼な石鹸の香りがした。


今回の作戦は様々な種族が入り乱れているためか、彼女はフードを被っていない。

先日の作戦説明の際も、少数ながらエルフ族の戦士の姿があった。


「……ルナリア。三時の方向、オーガ六体。ガルデン達に近い」

「す、すごいフェリスちゃん! よくこんな大人数で戦闘しているのにわかるね」


フェリスは、腰から紫の短剣のみを抜刀し、周囲を警戒しつつ淡々と答える。


「……ん。人数の多さは関係ない。今度教えてやる」

「教えてもらっても、わたしにできる気は全くしないけど……。うん! じゃあ、オーガをさくっと倒してくるね」


言うなり、ルナリアは軽やかに地を蹴って跳んだ。

彼女の白いスカートが慣性で浮き上がる。真っ白なニーハイに包まれた彼女の太ももが木漏れ日に照らされた。


近くの太い木の枝に身軽に飛び乗ると、そのまま枝から枝へと凄まじい速度で跳躍し、オーガのいると思われる方向へと消えていった。


「よし、俺たちもルナリアに続こう。今回は、できるだけ前までいきたいんだ」

「……ん? そこまで、進行しなくてもいいと思うが? ……ああ、そうか」


俺はもともと、犠牲を最小限にするため、可能な限り前に出るつもりだった。

言葉にしなくても理解してくれたフェリスに心の中で感謝しつつ、俺はルナリアの背を追って走り出した。


不意に、頭上の枝から小さな猿のような魔物が、鋭い爪を剥き出しにして俺の頭上へと飛びかかってきた。

フェリスが俺を守ろうと動くが、俺は走りながら腰の星切を滑らかに抜刀し、振り向きざまにその小猿を真っ二つに切り捨てる。


「はっはっは! どうだ、俺だって少しは上達しているんだぞ。下級魔物くらいなら平気だ!」

「……やるじゃないか。えらいぞ」


フェリスが優しげに微笑み、俺を褒めてくれた。


俺が満足して星切を納刀していると、がさがさと枝を揺らす音と、風を斬る音が聞こえた。

振り向くと、小猿に続いて巨大な猿が俺へ迫ってきていた。

右手には大きな岩を握っている。


あ、やばい、避けられない。


俺が息を呑んだ瞬間、眼前に透き通るような水色の髪がふわりとなびいた。


フェリスは俺の元へ駆け寄った勢いをそのまま踏み込みに乗せ、跳び上がる。

中空で体を捻るように回転し、右手に握ったグラディオの短剣で大猿の首筋を鋭く切り裂いた。

その動きに合わせて鮮やかな青い外套がひるがえり、脚の線をくっきりと主張する深緑のニーハイが視界に入る。


重い音を立てて、俺の目の前に首筋を切り裂かれた大猿の死骸が落ちる。


「……だが、油断はするな」

「はい。すいませんでした」



反省もそこそこに、俺はフェリスと共に、ルナリアの炎が轟音を響かせている森の奥へと走った。


鬱蒼とした木々を抜けてルナリアに追いつくと、彼女が業火を纏う銀色の剣で二体のオーガを屠っているところだった。


彼女は視線で俺たちを捉えると、戦場に似つかわしくない可愛らしい笑顔を浮かべる。

木漏れ日に照らされた彼女のウェーブがかった金糸の髪は、いつも以上にきらきらと輝いていた。

彼女は陽光を反射する赤い宝石のような瞳を、俺たちからオーガへと移す。


ルナリアの立っていた場所から、強烈な踏み込みの音が響くと同時に、土の地面が陥没した。


彼女は銀色の剣を握る右腕を、左に引き絞る。

それに呼応するように、剣を覆う炎はさらに激しく燃え盛った。


ルナリアは鋭くオーガの足元へ肉薄すると、引き絞った右腕を解放する。

右手に握った燃え盛る剣は滑らかに横へ流れ、その軌跡に沿って炎が赤い鮮烈な剣閃を描いた。


一太刀のもと、悲鳴を上げる間もなくオーガの上半身と下半身が分断され、崩れ落ちた。


着地したルナリアは、息をつく間もなく左手を真っ直ぐ、少し離れた場所にいた残りの三体へ向けて突き出す。


「――ファイアブラスト!」


手のひらから放たれた魔法の業火が、三体のオーガへと襲いかかる。

轟音とともに噴き上がった炎は、逃げ場のない距離にいたオーガたちを一瞬で呑み込み、その巨体を容赦なく焼き焦がした。

炎に包まれたオーガたちは、苦悶の咆哮を上げながら大きくたたらを踏む。


その隙に、ルナリアは銀色の剣を静かに正眼に構え、美しい脚をわずかに開いて重心を落とした。

音はここまで聞こえないが、剣を覆っていた炎が、徐々に彼女自身を覆いはじめる。


[ System : Universal_Truth_Load ...1% ...5% ...10% ]


[ System : Universal_Truth_Load 10% Reached ]


揺らめく炎が、彼女の濃紺のバトルドレスの胸元の陰影を艶めかしく揺らした。

彼女は魔法の階位を押し上げる力を、そのまま剣を纏う火炎へと流し込む。


銀色の剣を覆う炎は紅蓮へと変貌し、びりびりと大気を震わせた。


体勢を立て直し、咆哮を上げてルナリアへ迫るオーガたち。

ルナリアは軽やかに、そして鋭く、左から右へアストライアの剣を振り抜く。


凄まじい熱波とともに、赤い剣閃が走り三体のオーガは上下を分断され地面に転がった。


俺はその光景を見届けた後、ルナリアに駆け寄り、回復魔法をかけた。

ルナリアの傷は擦り傷程度だが、彼女への回復魔法はもはや習慣だ。


「なんかお前、さらに強くなってないか?」

「えへへ。そうなんだよ。最近、調子がいいの。これなら誰にも負けないよ!」


無邪気に笑うルナリアの隣で、左手を地面についたフェリスが次の情報を俺に伝えてくれる。


「……ガルデンの方に、中級魔物が、相当数集まっている」

「わかった。すぐに行こう」


俺たちが林を抜けて駆け寄ると、ガルデンさんたちが十数体もの魔物に完全に包囲されているのが見えた。

巨大な狼の群れに、巨猿が数体、後方から投石で援護している。


数が多いな。

ガルデンさんの腕が負傷しているのが見えた。急がないとまずい。


「ルナリア、フェリス。二人で救援に向かってくれ。ガルデンさんが負傷している」


二人とも一瞬だけ嫌そうな顔をしたが、ガルデンさんとは昨日、火を囲んで酒を交わした仲だ。

俺の言葉に、二人は素直に頷いてくれた。


フェリスはその場で垂直に跳び、頭上の枝を掴んだ。

腕の力だけで体を大きく振り上げ、枝を軸にくるりと回転する。

次の瞬間、その勢いのまま空を切り裂き、大猿の群れへ一直線に突っ込んだ。


ルナリアは地上を真っ直ぐに疾走する。

そして、前線で孤軍奮闘しているガルデンさんへ大きな声をかけた。


「ガルデンさん、ちょっと後ろに下がって!」


片腕で巨斧を振るいながらちらりとルナリアを見たガルデンさんは、戦斧を大きく横薙ぎにして魔物を牽制し、そのまま後ろへ大きく跳躍する。


ルナリアは走りながら前方へ軽く跳び上がり、左手をかざす。

その先は、ガルデンさんが元いた、魔物が密集している場所だった。


「――ファイアブラスト!」


凄まじい爆風と業火が巻き起こり、数体の巨大狼が一瞬で消し炭に変わる。

その衝撃波に煽られ、上空の枝で投石の準備をしていた大猿がバランスを崩してのけぞった。


のけぞった大猿の目の前には、すでにフェリスが肉薄していた。

彼女は中空で紫と黒の短剣を腰の鞘から引き抜き、横へ鋭く回転する。


二振りの短剣が鋭い光の軌跡を描き、悲鳴を上げる間もなく瞬時にその命を絶った。

フェリスはそのまま、大猿の死体が落ちていった枝に軽やかに足をかけ、さらに跳び上がる。


木の幹を足場に、彼女は一体残った別の大猿へ向かって切り込み、瞬時にその命を絶つ。


しかし、さらにもう一体、死角に潜んでいた残りの大猿が背後からフェリスの細い背中へ飛びかかった。

フェリスは空中で身をよじり、鋭い爪の直撃をかわす。


後方で援護の機会を窺っていたガルデンさんのパーティーの弓手が放った矢が、大猿の眉間を撃ち抜き、見事に仕留めた。


巨大狼の生き残り四体が、怒り狂ってルナリアに殺到していた。

ルナリアは業火をまとう銀色の剣を、舞うように縦へ振り下ろし、そして滑らかに横へと振るう。


炎が空中に赤く残酷な線を描いていく。

たった二度の剣閃。それだけで、四体の狼はすべて四散し、全滅した。


だが、休む間もなく、さらに森の奥から地響きを立ててトロルが数体姿を現す。

ルナリアとフェリスは視線を交わし、息の合った連携で即座にそのトロルの群れへ対処するため走り出した。


彼女たちの圧倒的な闘いを唖然とした目で見つめていたガルデンさんが、やがて我に返ったように俺の方へ近づいてくる。


「よう、少年。助かったぜ。ちいと油断した」


彼の左腕は魔物との戦闘で深く裂かれたのか、激しく出血し、だらりと力なく下がっていた。


む、うーん。どうしよう。

ガルデンさん、何気なく振る舞っているけど、傷の深さからして左腕はもう駄目だよな……。


いいか、ばれても。

一緒に酒を飲んだら、俺はもう放ってはおけない。


「嬢ちゃんたち、やばいな」

「あいつら、なんか日々強くなっていってるんだよ」


俺は軽口を叩いて会話を続けながら、隣に立つガルデンさんに向けて、こっそり回復魔法をかけた。

淡い光がガルデンさんの傷を覆い、彼の左腕がみるみるうちに治癒されていく。


ガルデンさんがぎょっとした目で、自分の左腕をまじまじと見つめた。

それから、何食わぬ顔で知らんぷりをしている俺を凝視する。


「……俺は喧嘩っぱやいが、馬鹿ではないぞ。何だ今のは」

「なんのことだろうか。女神の奇跡じゃないか?」


俺がとぼけて言うと、ガルデンさんはひどく嫌そうな顔をして俺に吐き捨てた。


「女神は俺たちを祝福しねえよ。あんなのはカスだ、カス」

「じゃあ、星空の祝福だ。よかったな、ガルデンさん」


俺は自分の言葉が面白くなって笑う。

ガルデンさんは戦斧を構え直し、ちらりと俺を見て、その表情のわかりにくい虎顔に笑みを浮かべた。


「……そうか。まあ星空なら俺たちを祝福してくれるかもな。まあいい、内緒にしておいてやるよ。こんな商売をやっていれば、意味のわからんこともあるもんだ。

その代わり、ガルデンさんはやめろ。ガルデンでいい」


「ありがとう。じゃあ、俺のこともアルスって呼んでくれ」


一体の大猿が、俺たち二人へ向かって迫ってきていた。

ガルデンは完全に治癒した両腕の力で戦斧を大上段から振り下ろし、その魔物を真っ二つに叩き斬った。


「お前、本当に変わってるな……。まあいいだろう。アルス、俺がお前の護衛に回った方がよさそうだ」

「そうだな。ガルデン、俺は弱いから守ってくれ。ルナリアとフェリスを二人で前に出そう。そっちのパーティーの前衛は撃ち漏らしの対処、弓手はルナリアたちの補佐に回してくれ」


ガルデンが前衛の人族にその内容を伝えた。

年若い彼はすぐに意図を理解し、新しい編成をパーティー内へ手際よく伝えていく。


前方では、ルナリアが縦横無尽に業火を撒き散らし、魔物を文字通り灰燼に帰していく。


フェリスは都度索敵を入れ、ルナリアの死角を完璧に補っていた。

その精密な索敵は、熟練の弓手二人の働きまでも引き上げ、下級魔物は姿を見せた端から射抜かれていく。


結果、ルナリアの火力は純粋な殲滅と前線の押し上げにのみ注ぎ込まれる。

中級魔物など、もはや障害にならない。


こうして俺たちは、気づけばこの広大な森の奪還作戦において、国軍をも凌ぎ、最も強く、最も速いパーティーになっていた。



# COORDINATE 0034 END

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