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[COORDINATE 0023] Minos Labyrinth 3

# Minos_Labyrinth_2nd_Floor_3:


フェリスが胸元で腕を組み、瑠璃色の瞳で俺を睨みつけている。

「……準備は万全であるべきだ。しかし、ローディング魔法は駄目だ」


彼女が何を嫌がっているかはわかる。……しかし。


「とはいっても、ここはBランク級相当だろう? 迷宮の主は、中位魔物だとしても上澄みの可能性がある。

相性が悪ければ、勝てたとしても、苦戦は免れない。……フェリスが大怪我をするかもしれない」


一瞬言葉に詰まったフェリスが、意地を張るように反論する。

「……お前が治せばいい。死ななければいいのだろう?」


その言葉は、俺の中で許せない部分に触れた。

「ふざけるな。負傷を前提の戦いなんか、許容できるか」


つい頭に血がのぼり、苛立ちを滲ませて言い返す。

……が、言葉を継ぐうちに、フェリスの言うようなことを、俺自身が普段からやっていたのだと思い至る。

ルナリアを過保護だと思っていたが、考えなしだったのは俺のほうかもしれない。そう思うと、湧き上がっていた苛立ちはすっと霧散していった。


フェリスが整った顔に戸惑いを浮かべ、固まっていた。

俺は自分の茶色の髪をかきながら続ける。

「ああ、いや。悪い。少し強く言いすぎた。……でも、怪我しても治せばいいって前提で戦うのは、やっぱり危ないと思う」


フェリスはしばらく瞬きをしたあと、組んでいた腕をほどき、腰に手を当てて深くため息を吐く。

俺を見つめる瞳には、感心と、何故か少し呆れたような色が混じっていた。

「……なるほど。お前は、そういうやつか。……彼女も苦労していることだろう」


彼女はそのまま少し視線を落として考え込み、やがて顔を上げた。

「……わかった。……だが、条件がある」


俺はその条件を受け入れ、支援内容と立ち回りを手短に擦り合わせる。

そうして互いの認識を揃えると、俺はローディングの行使に入った。



――世界から音が消えたかのような静寂が訪れる。


俺は目を閉じ、精神を深く研ぎ澄ませる。

やがて、俺の周囲を清廉な淡い光が照らし出し、どこからか微かに、静かな讃美歌が降り注ぎ始めた。


[ System : Universal_Truth_Loading... 10%... 20%... 30% ]


もっと深く、もっと高く。俺の魂は世界の果てへ向けて、手を伸ばす。


[ System : Universal_Truth_Loading... 60%... 70%... 80% ]


光はさらに神威を増し、薄暗い迷宮の底にもかかわらず、俺たちの周囲だけが、木漏れ日のような清らかな光に包まれていく。

讃美歌はいっそう厳かに響き、世界が俺を祝福していた。


[ System : Universal_Truth_Load 100% Reached ]


俺は静かに目を開け、光の中でフェリスに声をかける。

「ローディングを最大階位まで完了した。いいぞ」


フェリスは、薄い唇をきゅっと結び、強い躊躇を滲ませていた。

しかしやがて観念したように小さく息を吐き、俺の方へおずおずと歩いてくる。


至近距離まで近づいた彼女は、分厚い外套の裾から覗く細くしなやかな腕を伸ばした。

そして、ぴたりと。彼女の柔らかく少しひんやりとした手のひらが、俺の両耳を強く塞いだ。


ほんのりと甘い彼女の汗の匂いが、鼻先をかすめる。

潤んだ瑠璃色の瞳が俺を真っ直ぐに見つめ、フェリスは覚悟を決めたように小さく頷いた。


俺は静かに左手を彼女の背中へ回し、彼女を何者よりも疾くする魔法を流し込む。


――その瞬間、フェリスの脳から下腹部まで、強烈な電流にも似た感覚が駆け抜けた。

自分の体を貫く快感に抗いきれず、彼女は大きく体をのけぞらせる。


普段は静謐な神秘を湛えた瞳も、いまは熱に潤み、焦点が揺らいでいた。

凛と張りつめていた空気は見る影もなく崩れ、目元には耐え抜こうとする必死さがにじみ、きつく眉根が寄せられている。

潤いを帯びたやわらかな唇はわずかに開き、それでも彼女は意思を振り絞るように、きゅっと結んだ。


「……っ。……! …………!」


俺の両耳を塞いでいた細い手に、さらに強く力がこもる。


そのせいで、フェリスの顔が近づいた。

吐息が直接かかるほど近い、唇が触れ合いそうな至近距離。

俺に声を聞かせまいとしているはずなのに、すぐ目の前から、甘く震える息がそのまま肌へ降りかかってくる。


「んぁ……! はぁ……ぁああ……! ぃや……くっ……」


フェリスは堪えきれず内股になり、震える脚を擦り合わせた。

それでも俺の耳を塞ぐ手だけは決して離すまいとしたまま、逃げ場を求めるように、彼女は俺の胸元へ額を押しつける。



しばらくしてから、俺は声をかけた。

「――フェリス、……いけるか?」


しばらくして落ち着いた彼女は、俺の胸元に額を押しつけたまま、俺の腹をこつりと小突く。

軽く触れただけの拳だったが、支援魔法が乗っているせいで普通に痛い。


「いてえ! 何するんだよ!」


フェリスは俺の体に両手をついて身を離すと、潤んだ瑠璃色の瞳で俺をひと睨みし、くるりと背を向けた。

翻る厚手の外套の裾から、深緑のニーハイが、脚の線をくっきりと浮かび上がらせていた。


「……いくぞ。お前の力を、私が証明してやる」



# Minos_Labyrinth_3rd_Floor_1:


迷宮の最下層。

これまでの迷路状の通路とは違い、広い空間が明かりの届かない先まで広がっている。

広大な部屋の高い天井を、何本もの巨柱が支えていた。


Bランク級迷宮で最下層へ到達したのは、これが初めてだった。

その先に広がる、主の待つ空間は壮観だった。


フェリスは両腕を自然に下ろしたいつもの構えで、双手に短剣を持ち、俺の前で部屋の奥を見据えている。

その先には、上階で現れていた黒毛の個体の倍はあろうかという、赤黒いミノタウロスがいた。

片手に握られた戦斧もまた桁外れに大きく、その巨体にまったく見劣りしない。


フェリスが敵を見据えたまま、短く言う。

「……アルス」


俺はすぐに意識を戦闘へ切り替え、フェリスへ防御結界を張った。

彼女の体が、うっすらとした光に包まれる。


薄い光の膜をまとったフェリスは、まるで散歩でもするかのように、赤黒いミノタウロスへ歩み寄っていく。

迷宮の主が咆哮を上げた。地獄の門番めいたその雄叫びが、びりびりと空気を震わせる。


フェリスは意に介さず、短剣を逆手に返しながら歩みを進める。

ミノタウロスが巨大な蹄で床石にひびを走らせながら駆け出した。徐々に加速し、フェリスを射程に捉えたところで、巨大な戦斧を振り下ろす。


空を斬り裂いて迫った戦斧が、凄まじい轟音とともに地面へ叩きつけられる。

当然、そこにすでにフェリスの姿はない。


 * * *


戦士なら誰もが思い描く理想の自分。私は今、限りなくそれに近づいていた。

迫る戦斧は上階の魔物とは段違いの速度で迫る。

さすが迷宮の主だ。普段なら避けられなかったかもしれない。


しかし、アルスの祝福を受けた私は、風を斬り裂いて中空へ跳び上がる。

私の髪が後ろへ流れる。その髪すら戦斧に当たる気はしなかった。


加速している勢いを殺さず、ミノタウロスの首筋に刃をたてる。私の速度を乗せた短剣が鋭く肉を裂く。

重力を無視して私はそのまま中空に留まり、体を捻りもう片方の短剣を振り抜く。


私の異常な速度の回転で、分厚い外套がひるがえり、中のワンピースの裾と深緑のニーハイのあいだからのぞく太ももを風が撫でる。

同じ箇所を切り裂かれた首筋からわずかに血が吹き出す。硬いな。


一度、背を蹴って後方へ跳ぶ。

激しい緩急を受け、張りのある胸の膨らみが、服の下で重力に引かれてぷるんっと弾むのを自覚する。


……アルスの言う通りだった。こいつは強い。この馬鹿げた支援魔法がなければ、一人で対峙するのは困難だっただろう。

ふふ。……あの辱めを受けたかいがあったな。


ミノタウロスが、その巨大な手で戦斧を握り直し、構えを変えるのが見える。

迷宮の主はその巨大な戦斧を水平に構え、走り出す。速い。


私を認めたな。……ここからが本番だ。


巨大な戦斧が、重厚な斬撃音を立てて横から薙ぎ払われる。

私はそれを一瞥すると、片足を滑らせるように前へ出し、腰を落として、刃の下をするりと潜り抜けた。


「……次は、上段だろう?」


私たちの言葉を解さない魔物は、水平に振り抜かれた斧を、凄まじい膂力で強引に振り上げる。

ここにたどり着くまでの道中で理解した。こいつらは獣ではない。全てのミノタウロスが同じ技術で武器を振っている。


私はわざと立ち止まり力を抜く。目元に力を込め、その戦斧を見据える。


私を捉えたと思ったであろうミノタウロスは、戦斧をさらに加速させ、振り下ろす。

轟音を上げて地面にめり込む戦斧、武器が石の床に捉えられ、一瞬魔物の動きが止まる。


寸前で真横に避けていた私は、不敵に笑って言う。

「……お前たちは、馬鹿しかいないのか?」


私は振り抜かれた腕に素早く跳びのり、魔物の頭を目指して駆け抜ける


今、私の体が異常な力を発しているのは速度だ。攻撃力は上がっていない。

だが、大広間での、ローディング魔法とやらを受けた戦闘で理解した。私はその圧倒的な速度を攻撃力に変換できる。


数瞬駆けた後、鋭く跳躍する。前転しながら、身を丸めてさらに速度を増す。

跳躍の勢いと、回転の遠心力を乗せて双手の短剣を二本とも首へ突き刺す。


ミノタウロスが苦悶の声を上げ、私を振り落とそうと武器から片手を離し、掴もうとする。


私は短剣を引き抜き、鋭く跳んだ。

そのまま空中で斜めに身をひねり、迫る腕へ刃を走らせる。一撃で終わらない。

勢いを殺さぬまま、私は独楽のように回転しながら、ミノタウロスの腕を肩口から先へと切り刻んでいく。

双手の短剣が閃くたび、分厚い筋肉と皮膚が裂け、水色の髪が淡い光を反射しながら遅れて舞った。


「ガ、ガアアアア!」


私は腕の先端まで一気に駆け抜けるように回り切る。

最後に中空で一回転し、軽やかに着地する。


腕を刻まれたミノタウロスは、巨体を揺らして大きくたたらを踏んだ。

魔物は私を射抜くような憎悪で睨みつけ、地面にめり込んでいた戦斧を力任せに引き抜く。


そのまま怒りに任せて蹄を鳴らし、一直線にこちらへ突進してくる。

先ほどよりもはるかに鋭く、幾度も連続で大斧を振り回してきた。


脳天を割る重い縦斬り。私はすれ違うように体をひねり、回転して躱す。

ただ避けるだけではない。回転の遠心力を限界まで乗せた短剣が、回避のたびにミノタウロスの分厚い皮膚を深く斬り裂く。


胴を薙ぎ払う猛烈な横振り。私は床を蹴り、ふわりと宙へ跳び上がってその軌道をかわす。

私が宙を舞うたび、ミノタウロスの首筋がみるみる赤く染まっていく。


度重なる痛撃に、ミノタウロスが今までで一番の咆哮をあげる。

その目は完全に血走り、理性を失うほどに激昂していた。


そうだ。

これは、私とお前の殺し合いだ。


どんなに優勢であっても、私は油断しない。躊躇も一切しない。

血飛沫を上げ、死に物狂いで迫る迷宮の主を前に、私は自らの心を、冷徹な一本の刃へと研ぎ澄ませた。


 * * *


「……強すぎる」

俺は呆気に取られていた。


当初の予定では、何度か応戦した後、一撃いれて離脱、攻撃力上昇を追加し、防御結界の更新をする予定だった。

フェリス曰く、戦闘中に支援魔法を受けると動きが鈍るからだった。


いくら最大階位とはいえ速度だけでは、近接特化の迷宮の主を倒し切るのは難しいと思っていた。

しかし、どうやらフェリスは速度を攻撃に乗せているみたいで、あっという間にミノタウロスを赤く染め上げている。


「やはり、これは寄生なのではないだろうか。」


俺は武器も抜かず、手持ち無沙汰に片手を腰へ当てていた。


フェリスが、高く跳躍し、両手を伸ばした先で双手の短剣を水平に伸ばしている。

頂点に達した瞬間、慣性で分厚い外套がめくれ上がる。

空中で膝を突き出しているせいで、薄い浅緑のショートワンピースがぴったりと張り付いて、綺麗なお尻の輪郭をくっきりと強調していた。


「今のは俺をからかっているな」


決して緊張感を切らしているわけではない。何かあればすぐに反応できるように、集中は持続させている。

しかし、あまりにもやることがない。


――そんな折、ぱらぱらと天井から小石が降ってきた。


なんだ? ミノタウロスの攻撃の余波で迷宮が揺れているのか?

いや、そんな馬鹿な。いくら迷宮の主でも、そこまでの力があるとは思えない。

……嫌な予感がする。ひとまずフェリスと合流だ。


「フェリス! 部屋の様子が変だ! 一度こっちに――」


俺が声を掛けるのと同時に、地の奥底から地鳴りのような轟音が響いた。

フェリスとミノタウロスのいた位置を中心に、石の地面が蜘蛛の巣状にひび割れていく。

裂けた地の底から、禍々しく邪悪な赤い光が噴き上がった。


直後、広範囲の地面が唐突に隆起する。

止めを刺すため深く踏み込んでいたフェリスが、足場を奪われて大きく体勢を崩した。


まずい。ミノタウロスはまだ生きている。


崩れゆく足場の上で、フェリスが俺に向かって何かを叫んでいる。

だが、その声の意味を考えるより先に、俺は彼女のもとへ全力で走っていた。



# COORDINATE 0023 END

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