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[COORDINATE 0024] Minos Labyrinth 4

# Minos_Labyrinth_3rd_Floor_2:


走る。大丈夫だ。間に合う。走りながら、自分に速度上昇をかける。

――俺は馬鹿か。何が緊張感を持続しているだ。こんなもの、最初からかけておけ!


赤黒い巨大なミノタウロスが、体勢を崩しながらも戦斧を振り上げ、フェリスを殺そうとしている。

魔物も生き物だろう! お前だって今、死にかけてるだろうが!

なんで、そこまでして敵を殺そうとするんだ。くそが!


床の亀裂から溢れ出る、悪意で塗りつぶしたような赤い光が、フェリスと迷宮の主を血の色に染め上げる。


赤光に染まった巨腕が、ゆっくりと張りつめるように戦斧を振り上げる。


俺は走りながら、腰のグラディオの短剣を鞘から引き抜き、渾身の力でミノタウロスへ投げつけた。

短剣は勢いよく回転しながらその頭に突き刺さる。だが、巨体は一瞬揺らいだだけだった。俺の投擲では、注意すら引けない。


俺を一瞥しただけで、魔物は再びフェリスへと殺意を向ける。


そして、振り上げられていた巨大な戦斧が、空気を裂きながら落ちてくる。


――だが、今のでぎりぎり間に合った。


俺はフェリスを抱き寄せ、体ごとかばう。

同時に背後へ防御結界を展開する。速度優先だ。硬度は低い。

それでも、結界と俺の体で受ければフェリスまでは届かないはずだ。


あとは、戦斧が左半身に当たらないことを祈るだけ。

右なら俺は死なない。回復魔法で間に合う。


「……ふざけるな!」


だが、フェリスはそれを許さなかった。


彼女はその強靭な膂力で、俺の襟元を掴み、強引に後方へ投げ飛ばした。

石床へ投げ出され、俺はその場に尻もちをつく。


「……負傷を前提にするなと言ったのはお前だ、アルス!」


罵声と同時に、フェリスは崩れた姿勢のまま両手の短剣を交差させ、戦斧を受け止める。鈍く、潰れるような衝撃音。床石が砕け、衝撃が俺の足元まで震わせる。


左の短剣が耐えきれず砕け散り、右の刃に深い亀裂が走った。


「うるさい! 俺は怪我してもいいけど、お前は駄目なんだよ!」


俺は叫びながら、無理やり体を起こして走る。星切を抜刀する。

ルナリアの動きを思い出せ。剣術は回転するものだ。体ごと回せ!


俺の理想の形に合わせて踏み込む……が、足元のひび割れに足を取られ、派手に体勢を崩した。

くそ、回転なんかできるか!

倒れ込みながら、それでも右腕だけは振り抜く。


技量などない。転びながら振り抜いただけの、無様な一閃。

――だが、星切は稀代の銘刀だった。

鈍く光る鋼の刃が唸り、ミノタウロスの脚腱を深々と断ち切る。


巨体がのけぞる。

憎悪に染まった視線が俺を射抜く。


「さっさと俺の力を証明しろよ! フェリス!」


圧力から解放されたフェリスは、両手を石床について鋭く跳んだ。

後方へ飛び退きながら一度後転し、流れるように姿勢を立て直す。

その軌跡を追うように、水色の髪がふわりと遅れてなびいた。


間髪入れず、ヒビの入った短剣をミノタウロスへ放つ。

俺の時とは比べものにならない鋭さで、刃は一直線に眉間へ吸い込まれる。


深々と突き刺さった短剣の衝撃で、己にとっての脅威を魔物は再度認識する。

魔物の憎悪の矛先が俺からフェリスへ戻る。


致命傷を負ってなお、ミノタウロスは怯まない。

死の寸前にある迷宮の主に、もはや恐怖も痛みもない。

ただ眼前の最大の脅威を叩き潰すことだけに執着し、戦斧を振り上げる。


フェリスは、常に羽織っていた分厚い外套を脱ぎ、それをミノタウロスの眼前へ大きく広げて投げた。

魔物はその意図を理解できぬまま、己の敵を屠るために外套へ戦斧を振り下ろす。


俺の位置からは、その横をフェリスが駆け抜けていくのが見えた。

濁った空気を切り裂くように走る、鮮やかな浅緑のワンピース姿。

外套を脱ぎ捨てたフェリスは、風の妖精そのものだった。


薄い布地は死闘の汗を含んで滑らかな肌に張り付き、しなやかな肢体の輪郭を克明に浮かび上がらせている。

揺れる胸元の柔らかな起伏と、引き締まった腰の艶やかなラインが、薄暗い迷宮の中で妙に生々しく目に入った。


水色の髪を激しくなびかせ、フェリスが地を蹴る。


足先を揃えたまま、しなやかな体がすっと伸びる。

次の瞬間、フェリスは天地を返しながら優雅に宙を巡り、一気に頭上へ躍り出た。


ふわりと激しく翻ったワンピースの裾から、深緑のニーハイに縁取られた、無防備で柔らかな太ももの肉感があらわになる。

禍々しい赤い光に照らされたその肌は、透き通るほど白いというのに、滴る汗と戦いの熱を帯びてひどく扇情的だった。


「……ああ、私が証明してやろう」


頂点に達した瞬間、フェリスは身を縦に返しながら鋭く回転した。

水色の髪と浅緑の裾が翻り、彼女は迷いなくミノタウロスの角へ吸い込まれていく。


そのまま角を掴み、強引に側頭へ降り立った。

右手で突き刺さっていたグラディオの短剣を引き抜く。


激しい動きに引かれて、薄いワンピースがふわりと肌へ吸いつく。

腰から太ももへかけての線が一瞬だけくっきりと浮かび上がったが、当の本人は気にも留めない。


角を軸に、片腕の力だけで体を宙へ持ち上げる。

紫の刃を返し、逆手に握り直した。


呪われたような赤い光が、迷宮の亀裂から漏れ出している。

その中にあってなお、その短剣だけは禍々しい刀身から鮮やかな紫を放っていた。


次の瞬間、手を離した彼女の体が中空で二度、鋭く回る。

右手に握られたグラディオの短剣が、迷宮の主の喉を深々と切り裂いた。


喉元から鮮血を噴き上げ、ミノタウロスの巨体が大きく傾いた。

その上でなお、フェリスは宙にあった。


中空で、瑠璃色の瞳がまっすぐ俺を捉える。

フェリスは、凛とした目元のまま、やわらかく微笑んだ。



# Minos_Labyrinth_Escape_1:


巨大な体が倒れ伏し、轟音が迷宮に響き渡る。

迷宮の主は倒れた。


――なんて綺麗なんだ。


フェリスの笑顔に、一瞬だけ見惚れそうになる。

俺はそのまま彼女のもとへ駆け寄ろうとして――足を止めた。


迷宮を揺るがす振動が、収まるどころか強くなっている。


足元が不穏に揺れ、思わず身を固くする。

さっきよりも、足裏に伝わる振動が明らかに強い。

石床の亀裂はじわじわと広がり、禍々しい赤い光まで少しずつ勢いを増していた。


くそ、まだ何かある。


「――フェリス! 格好良かった! だが、まだ終わりじゃない。こっちへ来てくれ!」


俺が叫ぶと同時に、フェリスが崩れ落ちるミノタウロスの背を蹴り、軽やかに身を翻しながらこちらへ跳んでくる。


鮮やかな浅緑のワンピースは遠心力で体へぴたりと張りつき、腰から太ももへ落ちるなめらかな線と、お尻の丸い輪郭を一瞬だけ浮かび上がらせた。


そのまま俺の隣へ、ふわりと着地した。


俺は手早く彼女へ回復魔法をかけ、さらに、切れかけていた速度上昇もかけ直した。


「……んっ。ぁん……。いきなりはやめろ。……それより、私をもっと褒めろ」

「妖精といちゃついている暇はない」


俺たちの目の前で、石床に走った亀裂が轟音を立てて唸る。

命を冒涜するかのような禍々しい赤い光が、その裂け目の奥から脈打つように漏れ出していた。

俺とフェリスは同時に武器を構え、目の前の亀裂を見据える。


「くるぞ。フェリス」


爆音とともに、床の裂け目がさらに大きく弾けた。


裂け目の奥から、ぬらりと何かが瓦礫を持ち上げながらせり上がってくる。

最初に目に入ったのは、呪われたような赤い光を放つ巨大な結晶だった。


次の瞬間――それをくわえた「何か」が、石床を押し割るようにして姿を現した。


それは、あまりにも巨大なワームだった。

瓦礫を押しのけながら、そいつは迷宮へ躍り出てくる。


その巨大な頭部には目も鼻もなく、ただ口だけがある。

俺など丸呑みにできそうなその大口には、異様な力を放つ巨大な結晶がくわえられていた。

その赤光が、迷宮の裂け目を内側から染め上げている。


さっきまで亀裂の奥から漏れ出していた赤い光は、あの結晶が放っていたものか。

そして、その結晶の中に――うっすらと、人影のようでいて、そうとは言い切れない不吉で邪悪な影が揺らめいた気がした。


だが次の瞬間、ワームはその結晶をひと呑みにしてしまう。


――直後、ワームの体が禍々しい赤光に包まれた。

世界が一瞬だけ白黒に反転したかのような錯覚。


「ギアアアァァァァ!!」


色彩が戻ると同時に、ワームは耳を塞ぎたくなるような不快な鳴き声を上げた。

その巨体から、凄まじい未知の力が迷宮へ奔流のように溢れ出した。


ワームの姿が、不気味に形を変えていく。

ミミズじみた柔らかな体は、不揃いな赤黒い鱗に覆われ、体積は数倍にも膨れ上がった。

歯のなかったはずの口には、びっしりと凶悪な犬歯が生え揃っている。


直後、そいつは一瞬だけ虚ろに静止した。

何かが噛み合っていないような、不気味な間。


――やがて、唐突に動き出す。

首をかしげるように、きょろきょろと周囲を探り始めた。


「なあ、フェリス。あれは何だ?」

「……見ればわかる。……魔物だ」


次の瞬間、轟音を立ててそいつの頭部が、俺に向かって突き進んできた。


え? 俺から狙うのか?

めったにない体験に、一瞬だけ面食らう。


フェリスが左腕一本で俺を抱きかかえるように引き寄せ、そのまま後方へ大きく跳んだ。

触れ合った一瞬、汗を帯びた薄い布越しに、彼女のしなやかな体の熱と柔らかさが生々しく伝わってくる。フェリスの汗の匂いが鼻先をかすめ、ほんのわずかに意識を引きずった。


俺が立っていた場所へ、巨大な口が爆音とともに突っ込んでくる。

そのまま鱗のワームは、硬い石床を食い破りながら地中へ潜っていった。


長大な胴体が、ごうごうと地を鳴らしながら、頭を追うようにいつまでも続いていく。


「……逃げるぞ、アルス。……免状条件は、もう達成した」

「誰が確認してくれるんだよ」


俺は星切に、さっきはありがとうな、と心の中で礼を言いながら納刀する。

俺たちは、あの怪物を背に階段へ向かって全力で走り出した。


「ワームが急に強化されたのは、一体何なんだ?」

「……あれがくわえていた赤い結晶は、迷宮の核だ。迷宮の力の源だな」


階段を駆け上がりながら、俺は眉をひそめる。


「あんなもの、Cランク級の迷宮で見たことないぞ」


階段を上がりきったところで、フェリスが長い耳をぴくりと動かして立ち止まった。

彼女は左手を石の床につき、低く抑えた声で言う。


「……いや。お前が見つけていないだけだ。……核は迷宮内にあるとは、限らない。必ず近くにはあるが」


フェリスの言葉を頭の中で反芻しながら、俺はローディングを開始する。


[ System : Universal_Truth_Load... 1%... 5%... 10% ]


「じゃあ、迷宮は突然あんな魔物を出してくることがあるのか?」


ふと視線を感じて横を見ると、フェリスが心底嫌そうな顔でこちらを見ていた。


「……私にかけたら、……その支援魔法の効果で、お前を殴り飛ばす」

「自分にかけるんだよ。その感じだと、また前に出てくるんだろ?」


[ System : Universal_Truth_Load 10% Reached ]


俺は自分に速度上昇をかける。階位は一段だけ上げた。

これくらい最低限やっておかないと、足手まといどころの話ではなくなる。


「……さっきの話だが。聞いたことがない。……私も初めてだ。野良の魔物が、たまたま地中を横切ったんだろう」


フェリスは腰を低く落とし、右手でグラディオの短剣を握り直す。

鋭い視線が、右前方の壁へ突き刺さった。


「……右の壁からくる」


直後、壁に蜘蛛の巣のようなひびが走った。

轟音とともに、巨大な鱗ワームが厚い石壁を食い破って飛び出してくる。


「迷宮ごと崩れるんじゃないだろうな……!」


鱗ワームは一瞬、きょろきょろと首を振った。

次の瞬間、俺の声に反応したかのように、まっすぐこちらへ突っ込んでくる。


巨大な犬歯が並んだその大口は、生理的な嫌悪を催すほどおぞましい。


だが、あの巨体のせいか、速度自体はそこまでではない。

俺は地を蹴り、なんとか横へ跳んでそれをかわす。


狙いを外した鱗ワームは、そのまま反対側の壁へ激突し、土と石を食い破りながら、再び地中へ潜っていく。

長い胴体が、遅れてずるずると穴へ吸い込まれていった。


その巨体の脇を抜け、俺とフェリスは再び走り出す。


「……アルス。……もうわかったと思うが」

「ああ。無駄口はしないでおく」


あいつは音に反応している。

とくに、人の声へ強く引かれるようだ。


俺たちは沈黙を守り、暗い通路を走る。

前を行くフェリスの耳が、再びぴくりと動いた。


フェリスが左手を床につき、すぐ横で低くしゃがみ込む。

その拍子にワンピースの丸い襟ぐりがわずかにたわみ、やわらかな胸のふくらみがのぞいた。


つられかけた視線を無理やり断ち切り、俺は周囲の気配へ意識を張り巡らせる。


フェリスは無言のまま、左の壁を指さした。

俺はその指示に従い、即座に壁から距離を取る。


次の瞬間、轟音とともに鱗ワームが石壁を食い破って現れた。

そいつは首をかしげるように止まり、またきょろきょろと周囲を探る。


そこで不意に、フェリスが口を開く。


「……アルス。今回は、楽しかった」


直後、音に反応した鱗ワームが、フェリスの細い体へ食らいつくように突進した。

だがフェリスは、軽やかに跳んでそれを危なげなくかわす。

標的を失ったワームは、そのまま虚しく壁の奥へ突っ込んでいった。


「おい。今のは何だよ?」


たまらず声を上げると、着地したフェリスが不思議そうな顔でこちらを振り返った。


「……ん? この状況なら、声を出して釣るのは私だろう? ……ついでに、今回の……感謝を伝えただけだ」


「遺言にしか聞こえないからやめろ!」


俺がうんざりした顔で吐き捨てると、フェリスは走りながら、少しだけ虚空を見つめて考え込んだ。

やがて何か得心がいったのか、無言のままこちらを振り返り、ちろりと可愛らしく舌を出してみせた。


今回の冒険で、よくわかった。

フェリスは結構、お茶目だ。……すごく腹立つなあ。


――俺たちは再び地上を目指して走る。

そして、地下一階へ続く階段に、ようやくたどり着いた。



# COORDINATE 0024 END

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