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[COORDINATE 0021] Minos Labyrinth 1

# Minos_Labyrinth_1st_Floor_1:


 リヨン北東に位置するトゥラン高原。

 そこにある『牛魔の迷宮』が、今回の試験続行の条件として指定された場所だ。


 薄暗い石造りの通路を、先行するフェリスが規則正しい足音を立てながら歩いていく。


「……アルス。お前の迷宮の知識はどの程度だ?」


 前方を見たまま、透き通るような水色の髪を揺らして彼女が問いかけてきた。

 俺は右手の指を一本ずつ開きながら答えた。


「まず、迷宮には主がいる。出現する魔物がその主の特性に準じたものになる。主を倒すと、魔物の発生が止まる」


 フェリスはこちらを見ずに頷く。


「……概ね正しい。……補足する。主を倒しても迷宮は消えない。新たな主が時間をおいて生まれる。他は?」


 そうなのか。知らなかった……。そして、今の一言ですでに俺の迷宮知識は終わろうとしていた。


「罠が多い。たまに宝箱もある。宝箱に走っていくと、八割くらい罠にかかる」


 フェリスは少しだけ、ちらりと俺を見て言う。


「……斥候技能もないのに、宝箱へ走っていくな。……他は?」


 他に言えることはないか、俺は思案するが思いつかない。


「それくらいしか知りません、先輩」


 フェリスはぴたりと立ち止まり、振り返ってじとっとした目でこちらを見た。

 左右均整な美しい顔立ちと、少しきつめの鋭い目元が合わさって、凄みのある美しさだ。


「……お前は知能派だと思っていた。だが、そうでもないな。……あと、先輩はやめろ」


 俺は自分の茶色の髪をかきながら答える。


「迷宮の知識って、大事な商売の種だからさ。同業はもちろん、ギルドだってそう簡単には教えてくれないんだよ」


 片腕を腰にあてて彼女は言う。


「……そうだろうな。……他のパーティーと組んでいれば、基礎的な知識くらいは身についただろうが」


 フェリスが、今日はやけに饒舌だ。

 俺に友達がいなかっただろうとか言っていたが、フェリスこそ友達がいなかったんじゃないかと、俺は密かに思っていた。


 その時、フェリスの長く横に尖った耳がぴくりと動いた。彼女は素早く身をかがめ、左手を地面につける。


 外套の裾がふわりと割れ、深緑のニーハイがちらりとのぞいた。


「まあ、道中で教えてやる。敵だ。アルス、私の速度を上げてくれ」


 だらけかけていた気持ちを引き締め直し、左手をフェリスにかざす。


「了解。速度上昇の他に、物理攻撃向上もかけておくよ」


 淡い光が一瞬だけフェリスを包み、粒子となって消えていく。


 なぜかその瞬間、フェリスの身体がわずかにびくっと震え、きゅっと結ばれていた薄い唇から、微かな吐息が漏れる。


「……んっ。……な、なんだ、今のは」


 フェリスは一瞬だけ戸惑ったように見えたが、すぐに表情を引き締める。

 凛とした空気で前を向いた。


「……敵は二体、ミノタウロスだろう。……普段でも、奇襲なら一人で勝てる。試しにちょうどいい」


 俺は、いざとなれば自分が一体引き受けるつもりで刀の柄に手をかける。

 だが、フェリスが手で制した。


「いらん。お前の近接戦闘力は把握している」


 直後、通路の角から魔物が姿を現した。

 毛むくじゃらの巨大な体。牛の頭に、蹄のある足。ミノタウロスだ。


 俺がミノタウロスを認識した、その瞬間。

 フェリスが駆けた。


 フェリスは腰から抜いた鈍い光を放つ短剣を、双手で逆手に構える。


 彼女は、地を這うような低姿勢のまま、水色の髪をなびかせ、一気に距離を詰める。


 その激しい動作に合わせて分厚い外套が大きく翻った。

 その隙間から浅緑のワンピースの裾と、白い太ももがちらりと目に飛び込んでくる。


 ミノタウロスが手にした大斧を振り下ろす。

 大斧が地面に激突し、石を砕く轟音が通路に響き、床に罅が走る。

 フェリスの姿はそこになかった。

 すでに魔物の右後方へ走り込んでいる。


 フェリスはしなやかな肢体を捻るようにして跳躍し、ミノタウロスの首筋に双手の短剣を交差させるように振り抜いた。

 勢いを利用し、ミノタウロスの背を蹴って距離を取る。ミノタウロスは首筋から血を噴き、そのまま崩れ落ちた。


 着地したフェリスが、自分の短剣を不思議そうに見下ろした。


「……んん?」


 それを隙と見たのか、残ったもう一体のミノタウロスが踏み込み、大斧を横薙ぎに振るおうとしている。


(え、ちょ。油断しすぎじゃ)


「フェ、フェリス!」


 俺は慌てて駆け寄ろうとする。

 だがフェリスは、両腕を下ろしたまま、ちらりとこちらへ視線を向けて、微笑を浮かべる。

 その美しい瑠璃色の瞳は、「私を見ていろ」とでも言うようだった。


 その斧は風を斬り裂く音を立て……なにもない中空を横切る。


 フェリスはふわりと跳んでいた。


 刹那、振り抜かれた斧を蹴り、疾風のように上空へ駆ける。

 外套がばさりと宙に広がり、深緑のニーハイに包まれた美しい脚が、太ももまで露出した。


 ミノタウロスの眼前を横切る瞬間、彼女は左手の短剣を薙いだ。鋭い剣閃が奔る。


 ミノタウロスの首元から鮮血が噴き上がり、巨体は一歩、二歩とよろめく。

 魔物が地響きを立てて前のめりに倒れ伏した。


 フェリスはふわりと軽やかに着地すると、両手の短剣をくるりと反転させ、腰の鞘へ滑り込ませた。

 乱れた水色の髪を細い指でかき上げながら、彼女は俺を振り返る。

 戦闘の熱でほんのりと頬を染めたその顔は、やはり息を呑むほど整っていた。


「……ふう。アルス、途中、心配をかけたな。すまない」


 ひとまず安堵した俺は、少しだけ不満を漏らす。


「全くだ。動きが止まったから焦ったよ。なんだったんだ? 武器に不具合でもあったのか?」


 フェリスは倒れたミノタウロスに歩み寄り、しゃがみ込んでドロップ品を回収し始めた。

 彼女は背を向けたまま答えた。


「……私は本来、あんな速度では動けない。攻撃だって、あんな威力は出ない。それで戸惑った」


 俺は首をひねった。


「そうなのか? でも、リヨンまでの旅路でも何度か支援魔法はかけたよな。俺は何も変えてないぞ」


 フェリスは手際よくミノタウロスの角を切り取り、通路の端に目立たないようまとめていく。

 なるほど。迷宮では、ドロップ品はああして置いておくのが普通なのか。回収は帰りにまとめてするんだろうか。


 俺たちの攻略では、全部ルナリアが持っていた。


(あれで、他人に取られないのかな?)


 やがてフェリスは立ち上がり、外套の裾の埃を払ってから先を指さした。


「……先へ進みながら話そう。……私より前に出るなよ。宝箱にも走り寄るな」


 俺がその背中に続くと、前を歩くフェリスが口を開く。


「……私が朝起きて、いきなり強くなるわけがない。……お前の支援魔法が、明らかに強力になっている。旅中、手加減していたわけではないんだな?」


 俺は腕を組んで悩みながら言う。


「うーん。旅中、魔法の手加減はしてない。戦友相手にそんなことはしないよ」


 フェリスは少し微笑み、思案顔のまま呟くように続ける。


「……信じるよ。……なら、旅中との違いは、二人での行動か、あるいは……。……いや、まさかな」


 そこまで言って、フェリスは黙り込んでしまう。

 俺が彼女の話の続きを促そうとした瞬間、フェリスがぴたりと足を止め、手で俺を制した。

 水色の髪の間からすらりと横へ伸びた長い耳が、周囲の微かな音を拾うようにぴくりと動く。


 彼女は先ほどと同じ、左手を床につき、独特の低い姿勢で告げる。


「……まあ、その話は今は置いておく。この先は大部屋だ。魔物は……五体。一体、大きさが違う。上位種だな」


 だが、今度は俺との距離が近かった。深く屈み込んだ拍子に、外套の首元がわずかにゆるみ、その内側で服の胸元が大きく開く。


 胸の曲線が重力に引かれてなだらかに落ち、その先端まで見えてしまいそうだった。


 俺は吸い寄せられていた視線を、慌てて明後日の方向へ逸らす。


「……そうか。多いな。まだこっちに気づいていないのか?」


 俺が目を逸らしているのを見て、フェリスが小さく口元を緩め、くすりと笑う。


「……なんだ、その反応は。お前は女の胸など、彼女で見慣れているだろう」


 なにやらひどく不名誉なことを言われた気がする。反論しなければ。


「こういうのは、慣れるとか慣れないとか、そういう話じゃない」


 反論になっていなかった。


 フェリスは涼やかな声で小さく笑った後、いつもの凛とした表情に戻る。


「……ふふ、そうか。敵は、まだこちらに気づいていない。今度は一撃離脱で確実に数を減らしていくか……」


 少し考えてから、俺は言った。


「俺にも案がある。聞いてもらっていいか?」


 フェリスは鋭い瞳でこちらを見上げ、視線で続きを促す。


「まず最初に、ローディングを――」



――キンッ、と世界に音が響いた。


 薄暗い迷宮の中、俺の周囲が光に満たされる。

 その光は神威めいた荘厳さを帯び、周囲をやわらかく照らした。

 まるで天井など存在しないかのように、空から静かな讃美歌が降り注ぎ、俺を祝福する。


 精神をひとつの目的へ絞る。

 フェリスを、誰よりも速くする。


[ System : Universal_Truth_Loading... 10%... 20%... 30% ]


 フェリスが、静謐な深い泉のような瞳を見開いている。


[ System : Universal_Truth_Load 40% Reached ]


 ルナリアのように慣れていなければ、いきなりの高階位支援は危険だ。

 俺は四段階位まで進んだところでローディングを打ち切る。


「支援魔法の階位を上げた。四段だ。急激な変化に気をつけてくれ」


 そう言って、速度属性の支援魔法をフェリスへ流し込む。


「……な、え、なんだそれは。ちょっと、まて。……っ、くぅ……っ!」


 きゅっと結ばれた薄い唇から、押し殺した甘い声が漏れる。

 華奢な身体が小刻みに震え、彼女は分厚い外套を掴んでどうにか耐えていた。


(……あれ? フェリスが支援魔法を受けた時の反応に、妙な甘さが混じっている……なぜ?)


 まだかすかに震えているフェリスが、潤んだ瑠璃色の瞳で俺を睨む。


「……アルス、次からこれは事前に一言かけろ。いいな、絶対だ」


 予想外の反応に、俺は申し訳なくなって小さく頷く。

 フェリスは小さく踏み込みを調整した後、短剣を引き抜く。


「……だが、まあ。なるほどな。……片付けてくる。アルスは部屋の入口で待機。私が負傷したら回復を頼む」


 気を取り直して俺は答えた。


「あ、ああ。わかった」


 フェリスは短剣を軽く放り上げ、回転して落ちてきたそれを逆手で掴む。

 瑠璃色の瞳で俺を捉え、微笑を浮かべる。


「……頼りにしている。……だが、おそらく必要ない」


 彼女は通路へ向き直る。

 やわらかな笑みを残したまま、その眼差しだけが鋭く研ぎ澄まされていた。



# Minos_Labyrinth_1st_Floor_2:


 部屋の中にいたのは、先ほどと同じミノタウロスが四体。どれも手に斧を持っている。


 そして最奥に一体だけ、ひと回り大きく、不吉な黒い体毛に覆われた個体がいた。

 手にしているのは大剣。あれが上位種だろう。


 俺は念のため星切を抜き、フェリスの指示通り入口脇で待機する。

 戦いでは何が起こるかわからない。集中だけは切らさないよう努める。


 俺は念のため星切を抜き、フェリスの指示通り入口脇で待機する。

 戦いでは何が起こるかわからない。集中だけは切らさないよう努める。


「……アルス。私から目を逸らすなよ」


――刹那、一陣の風が部屋を駆け抜ける。


 フェリスは、地を這うような低い走り込みで、こちらに気づいていない魔物の群れへ一直線に突っ込んでいく。

 前傾した姿勢に合わせて分厚い外套が後ろへ大きく翻り、暗がりの中で太ももがちらちらと浮かび上がった。


 両腕は自然に落としたまま、逆手に握った双手の短剣だけが鈍く光っている。

 前触れもなく、フェリスが加速する。

 長い髪が、疾走に一拍遅れて静かに流れた。


 先ほどとは比べものにならない速度で風を裂いた彼女は、まず手前のミノタウロスの脚腱を一閃した。

 巨体がたまらず崩れる。


 すぐ隣にいた魔物が斧を大きく振りかぶる。


 身体を鋭く捻りながら、フェリスは跳躍した。

 中空へ抜けたその手の中で、いつの間にか短剣は順手へと返っている。


 宙を舞うフェリスの外套が大きく翻り、薄手の浅緑のワンピースがあらわになる。

 張りついた布地が、一瞬だけ彼女の腰の線を際立たせ、その細さと柔らかさを、迷宮の淡い光の中にくっきりと浮かび上がらせた。


「……体が風のようだ」


 右の刃が首筋を裂く。血飛沫が右へ弾ける。

 直後、左の刃がまったく同じ傷口をなぞるように走った。

 鮮血を左右に散らし、魔物がその場に崩れ落ちる。


 フェリスは歩みを止めず、先ほど脚を断たれたミノタウロスへ近づくと、その巨体の肩へ軽々と飛び乗った。

 双手の短剣を頭部へ突き立て、残っていた命を刈り取る。


 その瞬間、透き通るような水色の髪がふわりと広がり、瑠璃色の瞳が獲物を見下ろして細められる。


 残った三体が怒号を上げ、フェリスへ迫る。


 前の二体が、同時に斧を振り下ろした。

 彼女は身を翻して跳び退き、そのまま鮮やかに後転して一撃をかわす。


 重力に引かれて外套が大きく翻り、深緑のニーハイに縁取られた脚線があらわになった。


 石床をかすめた刃が鈍い破砕音を立て、火花を散らす。

 だがフェリスは、その二体には目もくれない。

 鋭く着地し、身を返した彼女は壁際へ走る。


 追う二体。


 壁際で立ち止まったフェリスへ向け、二体は大きく斧を振り上げ、そのまま叩きつけた。

 だが、すでに彼女はそこにいない。


 斧は壁に深々と食い込み、得物を取られたミノタウロスたちの動きが止まる。


 その足元を、フェリスは突風のようにすり抜けていた。

 その瑠璃色の瞳に獰猛な光を宿して、最奥の黒い上位個体へ一直線に突進した。


 黒い体毛に覆われたミノタウロスが咆哮し、大剣を頭上から叩き落とす。

 フェリスはその瞬間、身体をひねりながら跳躍した。

 剣閃を紙一重でかわし、そのまま空中でくるりと反転する。


 天へ突き上がった脚が、彼女の姿を天地逆さにしていた。


 天地を違えたまま、フェリスは嘯く。


「運がなかったな、黒いの。……私の後ろにいるのは、どうやら神の使いか何かだ」


 翻った外套の下で、フェリスの脚線が浮かび上がる。


 編み上げの靴と、膝上まで伸びた深緑のニーハイに包まれた太ももの肌が、迷宮の淡い光を艶やかに返した。


 中空で、彼女は腕を交差する。


 重力に引かれた水色の髪の隙間から、獲物を冷たく見下ろす美しい瞳がのぞく。

 振り切った大剣で無防備になった顔面へ、双手の短剣が十字に奔り、鮮血が弾けた。


 フェリスは、くるりと前転して着地する。


 敵を背にしたまま降り立ったフェリスは、その瑠璃色の瞳で一瞬だけ俺を捉えた。

 潤いを帯びた唇が、かすかに笑みの形を作る。


 彼女は鋭く短剣を逆手に返す。

 次の瞬間、身を翻すように跳躍し、横回転の勢いを乗せ、黒毛のミノタウロスの脳天へ右手の短剣を深々と突き立てた。


 上位種が、その場で崩れ落ちる。


 フェリスは着地すると、左の短剣を鞘へ収める。そのまま左手で腰から小型の弩を抜いた。

 残っていた二体が、ようやく壁から斧を引き剥がし、怒りに任せて迫ってくる。


 乾いた音がし、弩から放たれた一矢が、片方の眼球を正確に撃ち抜いた。

 ミノタウロスが悲鳴を上げ、たたらを踏む。

 その隙に、彼女はもう一体へ走り込んでいた。


 横薙ぎの斧がフェリスへ迫る。

 彼女は地を蹴り、跳ぶ。


 宙を斬る斧を置き去りにし、その身体は縦に幾度か回転しながら背後へ抜けた。


 着地と同時に振り向きざま、足首へ一閃。


 巨体が膝から崩れた瞬間、すでにその背へ飛び乗っていたフェリスが、頭頂へ短剣を突き刺す。


 最後の一体が、片眼を押さえながらよろめいている。

 フェリスは、まるで散歩でもするような足取りでそいつへ歩み寄った。


 そして軽く跳ぶ。


 彼女の水色の髪がふわりと揺れ、血の跡ひとつない端正な横顔がのぞく。

 彼女は右腕を引き絞り、鋭く短剣を薙ぎ払う。

 ミノタウロスの喉元へ剣閃が奔り鮮血が迸った。


――だが、彼女はもうそこにはいなかった。


 静寂の訪れた迷宮の大部屋で、フェリスは短剣に付いた血を振り払い、鞘へ収める。

 フェリスは乱れを整えるように両手で髪を払う。透き通るような水色の髪がふわりと揺れた。


 彼女はその瑠璃色の瞳を、俺へ向ける。


「……どうだ、アルス。お前の魔法を受けた私は」


 俺は最後まで必要のなかった星切を鞘へ戻しながら、感嘆を込めて答えた。


「すごかった。速さだけなら、ルナリアに迫るんじゃないか?」


 フェリスは眉をわずかに上げ、鋭い目元をさらに細めて俺を見る。


「……アルス。……女性を褒める時に、他の女を引き合いに出すんじゃない」


 俺は視線を逸らし、頬をかきながら言った。


「あぁ……ごめん。……格好良かったよ。妖精が踊るみたいだった」


 フェリスはそのまましばらく俺を見つめ、それから小さく吹き出した。


「ぷっ。……格好つけすぎだ。……そうか。ありがとう」


 大部屋の奥には、下へ続く階段があった。

あれを降りれば地下二階だ。


 フェリスは、少しだけ足取りを軽くして歩き出す。

 俺はまだ少し気恥ずかしく、熱の残る顔のまま、その後ろに続いた。


* * *


――現在、アルスとフェリスが進んでいる牛魔の迷宮。


 その最下層、地下三階。そのさらに深く。

 光の一筋すら差さぬ地の底、その漆黒の中に、彼はいた。


 かつて彼は、強い願いに支配されていた。


 ただひたすらに、喰うことだけで満たされたい。

 喰らい、排し、また喰らう。

 それだけの存在として、永遠に在りたい。


 彼はその願いを叶えた。

 ただひたすらに喰らうものとなり、その在り方を謳歌した。


 だが、強者にその存在を脅かされたことで、彼はさらに願ってしまう。


 何者にも脅かされたくない。

 触れられたくない。見られたくない。

 関わりたくない。敵にも、空にも、太陽にすら。


 彼は地中深くへ潜った。


 そして今もなお、

 ただ土を喰らいながら、そこに在り続けている。


* * *



# COORDINATE 0021 END

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