[COORDINATE 0019] Party Afterthe Journey 2
# This_Is_a_Tavern:
わたしたちとフェリスちゃんの会話は、道中の戦闘の話題から、そのまま、わたしたちの旅の目的へと移っていった。
アルスとマルクさんはジョッキを片手に、片手剣と両手剣のどちらがいちばん格好いいかという言い争いを延々と続けている。
二人の熱が度を超えないよう、ヴァレリーさんが適度に仲裁へ入りながら、相槌を打っていた。
「……スカウトを探しに、わざわざ共和国まで来たのか?」
向かいの席で、フェリスちゃんが静かに問いかけてくる。
深く被ったフードの奥からのぞく、その艶やかな唇に、同性のわたしですら思わず目を奪われる。
こうして近くで言葉を交わすと、よくわかる。フェリスちゃんは、とても綺麗な人だ。
「うん。わたしたち、行きたい迷宮があるんだけど、攻略には絶対にスカウトが必要なんだって。
わたしは二人でも行けると思うんだけど、アルスが絶対無理だって言うんだよ」
そう答えながら、わたしは店員さんを呼んで、アルスの頼んでいたマコン鶏の串焼きを六本と、エールのおかわりを注文した。
あまり食べすぎてもヴァレリーさんに悪いし、料理はこのあたりで控えておこうかな。
外套のフードを指先で少し直しつつ、彼女は真剣な顔で答える。
「……彼の方が正しい。お前は強いし、彼の判断能力も抜きん出ている。しかし、迷宮の罠には致命的なものもある。
内部は視界も悪い。斥候の技能は必須だろう」
彼女の答えを聞きながら、わたしは勧誘の話を切り出すべきかどうか迷っていた。
本当は、アルスから誘いの言葉をかけてほしかった。でも当の本人は、隣で片手剣の格好よさを語るのに夢中になっている。
運ばれてきた冷たいエールをくいっと喉に流し込みながら、わたしは考える。
フェリスちゃんは確か、ヴァレリーさんたちとは今回限りの臨時だと言っていた。
なら、せめて今のうちに、聞くだけでも聞いておいたほうがいい。
「ねえ、フェリスちゃん。もしよかったら、わたしたちのパーティーに参加してみない? 最初はお試しでもいいから!」
果実酒をちびちびと口に運んでいた彼女は、会話の流れからそういう打診が来ることを予想していたのだろう。
滑らかな口調で返事をよこす。
「お前たちの主な活動拠点は王国なんだろう? ……ありがたい話だが、お断りしておくよ」
そう言って、彼女はうっすらと微笑を浮かべた。
「うーん、そっかぁ。いきなり他国に来てくれっていうのも、大変な話だよね。フェリスちゃんなら、条件にぴったりなんだけどな」
わたしは残念に思いながら、届いたばかりの鶏の串焼きを手に取る。
アルスなら、もっと上手く勧誘できたのだろうか。やっぱり彼に任せておくべきだったかもしれない。
油が垂れて服を汚さないよう、わたしは串の下に左手を添え、少し前傾姿勢になって肉を齧った。
その動きに合わせて、窮屈な濃紺の生地の中で抑え込まれていた胸の重みが、テーブルの端にむにゅりと乗っかる。
追加のエールで口の中の脂を流し込んでいると、ふと、フェリスちゃんからの視線を感じた。
「お前、その食事量はどこへ消えて……。いや、なんでもない」
フェリスちゃんは、テーブルに乗っているわたしの胸のあたりをちらりと見て言う。
「もう! アルスと同じ反応だよ! 失礼しちゃうな」
わたしが少し口を尖らせると、彼女は珍しく素直な笑みをこぼした。
「はは、悪かった。……お前たちと旅をしてみる話自体は、悪くないと思っている。
だが、私は王都周辺にはあまり行きたくないんだ。それに少し、この国の首都ヴァレリオンに用事がある」
あれ? それなら……。
わたしは空になった木杯をテーブルに置き、身を乗り出した。
「じゃ、じゃあさ! 一緒に首都までいこうよ。わたしたちの目的としても、まずは首都を目指したほうがいいってアルスも言ってたし!」
我ながら妙案だ。
「……それは構わないが。そうだな……。首都の用事が済んだら、誰かしら紹介できるかもな」
ふふふ、甘いよフェリスちゃん。
首都までの長い道中をアルスと一緒に旅して、彼の格好良さに靡かない女性はいないはず。
到着する頃には、フェリスちゃんの方から「加入したい」と言ってくるに決まっている。
……いや、靡かれ過ぎても困るのだけど。
「決まりだね。アルスは今あんな感じだから、後でわたしから伝えておくよ」
現金なわたしを見て、フェリスちゃんは苦笑交じりに言った。
「お前たちは、本当に似た者夫婦だな」
「ふ、ふうふっ!?」
わたしは顔を真っ赤にして、慌てて隣のアルスを盗み見た。
彼はまだ武器の話で盛り上がっていて、こちらの会話には気づいていないようだ。ほっと息を吐く。
「わたしたちはそういう関係じゃないよ! わたしはアルスの、頼れる魔法剣士なんだから!」
それを聞いたフェリスちゃんは、今日いちばんの表情の変化を見せた。
まるで、度し難いものでも見るかのような、ひどく複雑な顔。しかし、彼女はすぐに表情を元に戻す。
「……そうか。人には色々ある。……軽率にするべき言葉ではなかった。謝罪する」
申し訳なさそうにするフェリスちゃんに、わたしは慌てて手を振った。
「あ、ううん。気にしてないよ。そうそう、わたしはもう武装請負の免状を取得したの。
アルスも次の試験で合格するに違いないから、数日中には出発できると思う」
「は、早いな。ああ、あの商人の取り計らいか。わかった。私の方も準備を済ませておこう。お前たちの宿泊している宿を教えてくれ」
わたしがフェリスちゃんに宿屋の名前を伝えていると、少し遠慮がちに店員さんがやってくる。
なんだろう? もう注文は終わったはずだけど。
「申し訳ありません。当店の規則上、少し確認をさせていただきたいのですが……」
年齢確認かな?
フェリスちゃんの深く被ったフードを前に、店員さんはどこか困ったような顔をしていた。
わたしはその様子をのんびり眺めていたが、隣で異変に気づいたヴァレリーさんが、慌てて店員さんのもとへ駆け寄った。
フェリスちゃんが少し俯いている。……かすかに、彼女の唇が震えている気がした。
わたしの中で、少し嫌な予感がよぎる。
店員さんと何事か話した後、ヴァレリーさんは深く頭を下げて謝っていた。
そして、申し訳なさそうにわたしたちのテーブルへ戻ってくる。
「あー。今日はみんなありがとう。唐突で悪いが、俺が少し確認が甘かったことがあってな。
今日はお開きにしよう。ほら! マルク! アルス君も!」
「えぇぇ? 突然だなあ。今から俺が槍という武器がいかに偉大かを教えようかと思ってたのに」
何かを察したらしいマルクさんは、ふらふらと酔っ払いながらもアルスを宥め、外へ案内しようとする。
「ほらほら、兄貴。そういうことならもう一件いきましょう! いい屋台があるんすよ!」
「んー。そう? まあそうだな。ここであまりはしゃぐと、ヴァレリーさんが娘さんにお土産を買えなくなるな」
「そうっすそうっす! 次の店は割り勘っすよ!」
「いいや、次は任せろ。俺が奢ろう!」
ヴァレリーさんが会計に向かったため、わたしたちは四人で連れ立って出口へと歩き出した。
その時だった。
不意に、わたしの前を歩いていたフェリスちゃんの体がぐらりと傾き、そのまま前のめりに倒れかける。
え? と目を向けると、すぐそばのテーブルで飲んでいた四人組の男が目に入った。
手前に座る、無骨な戦士然とした男が、通路へわざとらしく足を投げ出していたのだ。
――フェリスちゃんを、わざと転ばせたんだ。
そいつは野卑な顔を歪め、こちらを向きもしないまま吐き捨てた。
「けっ。売女が人間様の店にくるんじゃねえよ」
頭に血が上り、わたしは拳を握りしめ、一歩踏み出しかけて……逡巡する。
喧嘩になる。よくないかもしれない。
けれど、その横をアルスがつかつかと通り過ぎていった。
背中越しだったから、彼がどんな顔をしていたのか、わたしには見えなかった。
彼はそのテーブルの横に、静かに立つ。
「なあ、俺は結構酔っ払っててさ。見間違いかもしれないし、聞き間違いかもしれない。……もう一度言ってみてくれないか?」
足を引っかけた男が、面倒くさそうにアルスを睨み上げる。
「あぁ? なんだ、お気に入りの商売女だったのか? はっ。商売女をこんな店につれてくるんじゃねえよ」
「そうか。聞き間違いじゃなかったんだな」
アルスはそう言い終えると同時に、男の顔面を殴りつけた。
鈍い音が響き、男は勢いよくのけぞって、背後のテーブルへと身体をぶつける。
わたしはそれを見て、胸がきゅんとして、――無意識に下着の奥がじわりと湿った。
残った三人の男たちが、慌てて立ち上がりアルスに凄む。
「お、お前! なにしやがる! 舐めてんのか!」
アルスを助けなきゃ! と思って動こうとした瞬間、アルスの身体が淡く光った。
えぇ……。自分に支援魔法をかけている。
アルスは腰の刀を鞘ごと外し、優しくわたしに向かって投げた。
ついでに腰の紫のダガーをベルトごと外し、それは近くのテーブルに置く。
「ルナリア、武器は持っていてくれ。お前はフェリスさんを外につれていけ。喧嘩への参加は絶対にするな。死人が出る」
「う、うん。きみも無茶しちゃだめだよ」
わたしは何か言おうとしているフェリスちゃんの腕を掴み、強引に外へ連れ出す。
彼女は最初、アルスを止めようとして抵抗していたけれど、わたしの腕力に勝てるはずもなく、すぐに諦めて引きずられていった。
すでに乱闘寸前の空気と化したその場へ、マルクさんは加勢しに向かっていった。
「きたか、マルス! このくそどもに闘神の力を見せてやれ!!」
「マルクっす! アルスさんこそ、勇者の力の見せ所っすよ!!」
後ろからは、会計を終えたヴァレリーさんが慌てて駆け寄ってくる気配がした。
「ば、ばかお前ら! やめ……、いてえ! 俺はなんにもしてねえだろうが! このやろう!」
「いいぞ! ヴァレリーさん! 熊も殴り飛ばすお前のストレートを見せてやれ!」
わたしの拘束から逃れられないまま店外へ引きずり出されたフェリスちゃんは、申し訳なさと、どこか悲しげな色を滲ませた表情をうっすらと浮かべていた。
けれど、店内から響いてくるアルスたちの騒がしい怒声に、ふっと小さく吹き出した。
「……ぷっ。……ああ、いや。笑い事ではないな。迷惑をかけた。もう大丈夫だ。手を離してくれ」
「あ、ごめんね。もう大丈夫?」
わたしが腕を離すと、フェリスちゃんは薄く笑って言った。
「慣れている。……悪いな。本当は、彼の応援に行きたかっただろう?」
わたしはフェリスちゃんの乱れた衣服を直すのを手伝いながら、首を振った。
「ううん。たぶん後で、ああいう喧嘩もやってみたかったって言うと思うし、フェリスちゃんは気にしなくていいよ」
前傾姿勢になって服のシワを伸ばしてあげる。
わたしの手をやんわり制しながら、彼女は自分で衣服の乱れを直した。
「……お前は、彼以外にも気を使うんだな」
「当たり前でしょ。わたしだって、ちゃんとした大人なんだから」
むっとして言い返すと、彼女は少しだけ目を丸くした。
「ん……ん? そ、そうか。……それにしても、さっきお前に腕を掴まれた時は、狼に押さえ込まれた兎のような気分だった。今後は控えてくれ」
「狼でも虎でもないよっ!」
「……虎とは言っていない」
――結局、わたしたちは治安維持の騎士が駆けつけてくるまで、夜風に吹かれながら店の外でのんびりと談笑を続けた。
# She_Is_an_Elf:
翌日の朝。
喧嘩両成敗ということで拘置所で一晩過ごした俺たち三人は、ガストン商会の豪奢な応接室で、彼からこんこんとお説教を受けていた。
横に立っているマルクさんは、ひどい二日酔いらしく目が完全に血走っている。
この状態で理路整然とした説教を聞き続けるのは、さぞかし地獄だろう。
俺はこっそり回復魔法で二日酔いを完治させている。すこぶる快調だ。まあ、怒られていることには変わりないのだが。
「事情はわかりました。相手が無礼を働いたので殴りつけたと。しかしアルス殿、喧嘩というものは、先に手を出したほうが負けですぞ。おわかりですね?」
説教されているこの感じが、養成学校時代を思い出させる。少し懐かしくなって口元が緩みそうになる。
いかんいかん。俺は慌てて神妙な顔をとりつくろった。
「はい! いや、でもですね。かなり侮辱的なことを言ってきたんですよ。あれは殴っても仕方がないというか……」
ガストンさんは深い深いため息をついた。
「むろん、お気持ちはわかりますぞ。しかしですね。他にやりようがあったでしょう。店を出てから、外の暗がりで闇討ちすればよかったのです」
なるほど。確かにその通りだ。
商人って合理的だな、と俺は妙に感心してしまった。
「え? そういうことなの?」
ソファに座るルナリアが、不思議そうに小首をこてんと傾けた。
その何気ない動作だけで胸元のやわらかな質量が少し揺れる。
俺たち三人は立たされていた。もっとも、説教しているガストンさんも同じで、ソファに腰掛けているのはルナリアとフェリスさんだけだ。二人は今回のお咎めとは無縁だからである。
当のルナリアは、どこか他人事のようなのんびりした顔で、俺とガストンさんを交互に見つめていた。
「それにしても、ヴァレリーさんまでついていながら……。マルクさんは……まあ、仕方ないにしても、あなたは止めるべきだったでしょう」
ガストンさんの矛先が向かい、ヴァレリーさんが気まずそうに視線を逸らす。
いい年をした彼が、十代の俺の隣で一緒に怒られている姿にはなんとも言えない哀愁が漂っていた。
彼は恥ずかしさをごまかすように太い首筋を撫でる。
「いや、旦那。俺は巻き込まれたんだ。ちゃんと止めようとしたんだがな。そしたら俺をあのモヒカンが……」
「言い訳は結構です」
ガストンさんは大きな手でヴァレリーさんの言葉を遮った。
「いいですか。まず、今回の騒動による出費ですが、お店への詫び金に、警らの騎士団への賄賂、さらには喧嘩の原因を全て向こうへ押しつけるための裏工作と……かなりの額が飛んでおりますぞ」
詫び金と賄賂はともかくとして……最後のひとつは一体なんなんだろう。商人って怖い。
それにしても、金銭面でヴァレリーさんまで巻き込むのはさすがに申し訳なさすぎる。俺は慌ててガストンさんに申し出た。
「あ、あの、出費に関してはですね。この間のグリフォンの希少ドロップがあったじゃないですか? あの羽、俺たちの取り分はいらないので、それでなんとか賄えませんか?」
ガストンさんは珍しく、苛立ちを滲ませた声音で言った。
「アルス殿、その提案は受け入れましょう。かかった費用についてはそれで相殺とさせていただきます。
加えて、免状取得後の討伐業はしばらく我が商会専属で行ってもらいますぞ」
反論の余地を与えない圧で畳み掛けた後、ガストンさんはふうと息を吐いた。
「……しかしですな、いいですか。私が怒っているのは、喧嘩をしたことではありませんぞ。
私はこの世で、無駄な出費が一番嫌いなのです」
「え? そこを怒られるの?」
ルナリアが再び、横のソファでかわいらしく小首をこてんと傾けた。
綺麗なウェーブのかかった金髪が、はらりと肩口で揺れる。
「まあ、相手方の発言は明らかに行き過ぎでしたな。そこは私も同意です。殴り飛ばしたことに関しては喝采をおくります」
「そうなんですよ。あいつらフェリスさんに無礼なことを言いやがって。思い出したらまた腹が立ってきたな。街を出る前に、もう一度きっちり落とし前をつけておこう。任せてください、今度はばれないように闇討ちします」
ガストンさんはうんうんと頷き、自分の説教が俺に響いたことに満足そうな顔をした。
「そもそも彼らの発言内容が我が国の法典に背いています。まあ、そのお陰で裏工作の出費は少なくすみましたが」
説教が終わりかけている空気を察し、俺は肩の力を抜いて口を開いた。
「へえー。共和国って先進的ですね。女性への無礼な発言まで法律で禁止してるんだな」
素晴らしいことだと感心していると、ガストンさんが呆れたように訂正してくる。
「いえ、そういう個人間のやり取りは、さすがに法典に記載されていませんよ。種族差別防止に関する取り決めの話です」
どういうこと?
きょとんとする俺を、部屋にいる俺以外の全員が一斉に見つめた。
全員が当然のように共有している前提を、俺だけが知らなかったことへの、驚いたような視線だった。
「あ、あの。リヨンに着くまで長い旅路でしたが、その間、アルス殿は気がついておられなかったのですかな? いや、いつもはあれほど聡い方なのに……」
ガストンさんが信じられないものを見るような目をした。
「はぁ。なんでしょう」
ルナリアが何かに思い至ったように、納得して頷く。
「そうか……。きみ、昔から相手が嫌がりそうなところには、あまり踏み込まないもんね。だから、見落としてたんだ」
「――フェリスちゃんは、エルフ族だよ」
視線を向けると、フェリスさんが俺を見ていた。
深いフードを被ったその表情は呆れているようにも見える。
「……さすがに気がついていると思っていたが。私はエルフ族だ。喧嘩の大元は私のせいだ。すぐに出るつもりだったんだが。
……つい長居してしまった。すまない」
俺は、様々な問題はとりあえず横に置いておいて、まずは自分の目的を優先させることにした。
「エルフ族なのか!? いきなりエルフ族のスカウトと知り合えるなんて、ついてるな! ぜひ、うちのパーティーに入ってくれよ!」
俺が身を乗り出して勧誘すると、隣のソファでルナリアが苦笑した。
駆け寄らんばかりの俺の勢いに少し押されつつも、フェリスさんは静かに首を振る。
「……彼女から、同じ打診を受けている。だが、お断りする。すまない。私は首都にいかなければいけないし、王国に行く気もないんだ」
一度断られても、俺は諦めず、どうにか食い下がろうとしていた。
そんな俺を見かねたのか、ルナリアが横からさりげなく口を挟む。
どうやら首都までは一緒に行くことになっているらしい。ならまあ、その道中で仲良くなればいいかと考えを改めた。
そんな時、応接室の重厚なドアがノックされ、商会の従業員さんが入ってきた。
ガストンさんに従業員さんが近寄り、何事か耳打ちをする。
短い言葉を交わした後、従業員さんは一礼して足早に退出していった。
ガストンさんが、先ほどの説教の時以上に神妙な顔つきになって俺へ向き直る。
「……アルス殿。武装請負業の免状の件ですが。私の力不足で申し訳ない。今回の喧嘩騒ぎで、一つ問題がでました」
俺の背筋に、冷たい嫌な予感が走った。
「え、もしかして、免状が取れなくなったとかですか?」
首を振って否定しながら、ガストンさんは重々しい口調で続ける。
「正直に申し上げましてな。ルナリア殿の査定評価が高すぎるため、発行機関もあなたをそのまま落とす判断はしません。
パーティーを組んでいるあなたを落とすようなら、ルナリア殿は免状取得そのものを辞退するかもしれない――そう、私から発行機関へ伝えてありますので」
商人って、本当に凄いんだな。
「じゃあ、何があったんでしょう?」
ガストンさんは顎を撫でながら、言葉を継いだ。
「……今回の騒動もあり、先方は改めてアルス殿の実技試験時の報告と査定内容を精査したようです。
そのうえで出してきたのが、免状発行試験を続行させるための条件です」
「条件?」
「ええ。彼らが指定する迷宮を探索し、踏破すること。ルナリア殿抜きで、です」
「は?」
「要するにですな。アルス殿が、ルナリア殿の力に乗って武装請負業を行うつもりなのではないか――その疑いを払拭しろ、ということです。ちなみに、指定された迷宮自体は第二級、王国風に言えばBランク級だそうです」
隣のソファで、ルナリアが急速に冷たい殺気を放ち始めている。
彼女の目は完全に据わっており、今にもその発行機関とやらへ単身乗り込みかねない顔をしていた。
「落ち着けルナリア。機関の連中は、俺たちが二人で最強だってことを知らないだけだ。な?」
俺の言葉を聞いたルナリアは、それもそうだという顔になり、ひとまず殺気を収めた。
「俺、攻撃手段ないんですが」
「そうですな。中級以上の魔物には手も足もでないそうですな」
「俺、罠を見つける探索技能もないですよ」
「そうですな。第二級迷宮ですから、罠にかかって即死でしょうな」
ガストンさんもわかってるんじゃないか。無理だよ。
自分の根回し不足を気にしている風だったガストンさんだが、途中からすっかり他人事のように飄々としている。
実はまだ説教が継続しているのか。
俺がガストンさんを胡乱な目で見ていると、涼やかな声が沈黙の落ちた応接室に響く。
「……はぁ」
部屋の隅で、深く被ったフードを少しだけ押し上げ、フェリスさんが大きく――本当に大きくため息をついた。
彼女は呆れたような目で一度ガストンさんを見やり、それから静かに口を開く。
「……わかった。そもそもの原因は私だ。……私が彼と一緒にいく」
こうして俺は、フェリスさんと共に、Bランク迷宮へ潜ることとなった。
# COORDINATE 0019 END




