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[COORDINATE 0018] Party Afterthe Journey 1

# Dagger_Training:


左半身を前に押し出し、深く重心を落とす。

右手に握ったグラディオの短剣を下段に構え、左手は僅かに指を開いた状態で脱力させて下へ垂らした。


網膜の裏に描く仮想敵は、この短剣の元持ち主グラディオ。あの黒づくめだ。


奴が手にした短剣が、淀みのない完全な直線を描き、俺の心臓を的確に狙って突き出される軌道を幻視する。


空気を裂いて迫る切っ先を、身を右へすっと流してかわす。

そのまま身体の勢いを利用し、黒づくめの首筋を狙って短剣を左から右へ薙ぎ払う。

だが、黒づくめは深く屈み込むことでその刃を躱す。

直後、強靭な脚力による跳躍を伴い、地を這うような突進を見せる。次の狙いは俺の首だ。


即座に防御結界を構築する。

速度を最優先し、最小規模・最小硬度で展開しつつ、上体を捻り致命傷を避ける。

仮想の敵ゆえに防御結界は砕けないが、完全に躱しきることはできず、敵の短剣と衝突して結界が消滅したと仮定する。


結界を叩き割った反動で、黒づくめの右手が後ろに跳ね下がる。

しかし奴は、その生まれた隙と遠心力を利用し、体を鋭く回転させながら上段へと重い蹴りを放ってくる。

俺は奴の動きを模倣し、屈んで回避を試みる。


――ああ、駄目だな。


俺の身体能力では、この一撃を躱しきれずに食らってしまう。

蹴りを被弾したと仮定し、衝撃を逃がすように横へ跳躍して地面を転がり、受け身をとる。

追撃を警戒するが、黒づくめは来ない。離れた位置で詠唱に入っている。雷化の術式だ。


俺は咄嗟に、手元にあると想定した木の椅子を掴み、奴に向かって力任せに投げつける。

仮想の敵は、飛来する障害物を横へ鋭く流してかわしつつ、詠唱を完了させる。

パチパチと弾ける紫電を纏い、雷化の魔法を発動させた黒づくめが迫る。


俺は椅子を投げている間に、収束を始めていた防御結界を眼前へ展開する。

雷の化身と化した質量のある突撃を、結界で受け止める。

だが、硬度が足りない。


破砕音のような幻聴と共に結界が割れ、雷撃と物理的な衝撃を被弾する。

しかし、結界によって勢いを殺された黒づくめは、俺の体に短剣を突き刺した状態で、その動きを完全に止める。

刺された痛みを想像で補いながら、俺は右手に握っていた短剣を瞬時に逆手に持ち替え、無防備になった黒づくめの首筋へと深く突き立てた。


「……ふぅっ」


肺の奥から、異常な熱を帯びた息を吐き出す。

全身はどっぷりと汗にまみれ、衣服が肌に張り付く不快な重みがある。

俺は近くの井戸の水を汲み上げ、冷たい水で火照った顔を乱暴に洗った。


まだ免状がないので、外で訓練が出来ない。

そこで、宿屋の広い裏庭を訓練に使わせてもらっていた。

ガストンさんから紹介してもらった宿屋なこともあり、問題なく許可をもらえた。


それにしても……。俺の記憶の中から、三段ほど戦闘力を落としたグラディオを相手に想定しても、やはり厳しいな。

あの蹴りを被弾した後の、受け身からの展開は、俺にとって少し都合よく状況が動きすぎていた。

椅子を綺麗に投げられるかどうかは賭けだし、蹴りが頭部に当たっていれば脳が揺れて失神する可能性もある。

戦いの中での意識喪失は、すなわち死を意味する。


それでも、短剣という武器の良さは少しわかってきた気がする。

刀のようなリーチの長さや重さがない分、自分の手足と同化させやすく、感覚の延長線上として扱いやすい。

ルナリアほどの腕前になれば、あの長い剣すらも、完全に体の一部のように感じているんだろうな。


そんなルナリアは、何故か今、俺の汗ばんだ背中に背後からぴったりと身を寄せ、くんくんと熱い鼻を鳴らして俺の匂いを嗅いでいた。


「おかえり、ルナリア。免状の件はどうだった?」


顔を洗った水滴を拭いながら声をかけるが、ルナリアは珍しく反応しない。

それどころか、背中の衣服越しに、彼女の豊かな双丘の柔らかな質量と、高い体温がじっとりと押し付けられているのを感じる。

直接鼻先をこすりつけるように密着し、ふぁ、ふぁ、と荒い呼吸を繰り返している。


お前は子犬か。


「……くんくん。……えへへ。なんか、ちょっと甘い匂いがする。わたしが拭いてあげようかなぁ。……でも、もうちょっとだけ、このままで……」


蕩けきった独白が小さく背中から聞こえてくる。


「おい、ルナリア」


俺が振り向き、再度声をかけると。

ルナリアは肩をびくっと大きく震わせ、はっとした顔で俺を見上げた後、ぱっと弾かれたように距離を取った。


……ちょっと口元からよだれが垂れてるぞ。

あ、手の甲で素早く拭いた。


そして瞬きを数回繰り返し、何事もなかったかのように、すんと澄ました表情を作る。


「た、ただいま。……こほん。この間の実技は、わたしもきみも合格だって。座学の集合試験が七日後にあるらしいよ。わたしは座学試験は無しみたい」


そうか。ルナリアは特別待遇というわけか。

まあ、それはそうだろうな。

何せ彼女は実技の試験官を、開始の合図が鳴ったと同時に一撃で沈めていたのだから。


「さすがルナリアだな。じゃあ、その座学の試験さえ合格すれば、俺たちも正式に戦士業に就けるんだな」


本当は最後に面接があるらしいが、俺たちは二人とも免除されていた。

どうやらガストンさんの取り計らいによるものらしい。今度会った時に、しっかりとお礼を言っておかないとな。


ルナリアが、自前の清潔な布で俺の首筋に浮いた汗を優しく拭いながら、言葉を続ける。

肌に触れる布の柔らかな感触と、至近距離から漂う彼女の微かな体温と甘い匂いが混ざり合う。


「ヴァレリーさんからの連絡も来てたね。三日後に、中央通りの大鷲亭に来てくれって! 夕暮れくらいに来てくれっていってたよ」

「お、打ち上げか。楽しみだな。旅の仲間との乾杯とか、昔から憧れだったんだよな」


俺が素直に喜ぶと、そんな俺を見ていたルナリアが、愛おしそうに目を細めてふわりと微笑んだ。


「アルス、よく言ってたもんね。あ、そうだ。帰りにフェリスさんにも会ったの。だから、そのことは直接伝えておいたよ」


「お、ちょうどよかったな。ありがとう」


俺は右手に持ったグラディオの短剣を、腰の後ろに吊った鞘へと滑り込ませる。

カチリ、と硬い音を立てて留め具を止めた。


最後に残った桶の水を頭からかぶり、ひんやりとした冷気で完全に思考を切り替えながら、別の布で全身を拭く。


体を拭きながらルナリアを見ると、彼女は俺の汗を拭き取った布をちらちらと見下ろし、何やら深刻そうに思案していた。


……見なかったことにしよう。



# A_Night_with_Comrades:


ヴァレリーさんが指定した大鷲亭は、王国でよく見かけるような油と埃に塗れた大衆酒場とは違い、妙な清潔感があり、テーブルの間隔も心なしか広く取られている。

だが、その活気と喧騒に変わりはない。雑多な話し声と、威勢のいい店員たちの声が、木組みの天井に大きく反響していた。


「では、旅の無事と――君たち二人の初めての共和国入りを祝って。乾杯!」

「「「乾杯!」」」


ヴァレリーさんの音頭に合わせて、俺たち四人は威勢よく木製のジョッキを打ち鳴らす。

談笑しつつ、まずは腹ごしらえとばかりに料理へ手を伸ばした。


まだフェリスさんは来ていない。そういえば、幹事であるヴァレリーさんに彼女を誘ったことを伝えていなかったな。

まあ、彼が渋るようなら俺が自腹を切ればいいか。


「ヴァレリーさんは、しばらくリヨンに滞在するのか?」


俺はまず、小エビの揚げ物を放り込みながらエールをあおる。

共和国も王国と同様、十五歳から飲酒が認められている。

塩気の強い衣がサクサクと音を立てて砕け、香ばしさが口いっぱいに広がった。


「そのつもりだ。少し離れた村に家があってな。もう少し稼いだら一度帰るが、しばらくは旦那から金を巻き上げるよ」

「へえ、家持ちなのか。共和国だと、戦士業でも家が持てるんだな」


感心していると、ルナリアが横から口を挟んでくる。

彼女の綺麗な金糸の髪がふわりと揺れる。

「すごいね。王国じゃ、戦士に家なんて絶対に売ってくれないよね」


ヴァレリーさんが、木杯を片手に答える。

「保証人がいればな。ガストンさんが保証してくれているんだ。そのぶん、きっちり報酬から間を抜かれているぞ。

そろそろ帰らないと、娘に忘れられちまうよ。はっはっは」


そう笑いながらエールをあおるヴァレリーさん。お子さんがいるのか。


「ほうなんだね、ふぉふぉふぁんはっは」

「アルス、ちゃんと飲み込んでから喋らないとだめだよ」


この川魚の塩焼きがあまりに美味しくて、つい口に入れたまま喋ってしまった。

海の魚と違って身が締まっており、余計な脂がないぶん驚くほどあっさりとしている。これがまた酒に合うのだ。

しかし、俺としたことが、川魚だと魚の種類がさっぱりわからない。ぐぬぬ。


俺が魚の身と格闘していると、ルナリアが身を乗り出してきた。

至近距離まで顔が近づき、酒場の油の匂いが、彼女の甘い体温と柔らかな石鹸の匂いに上書きされる。


彼女は懐から小さな清潔な布を取り出すと、俺の口元についた食べかすを優しく拭い取った。

その際、俺の二の腕に彼女の豊かな双丘の柔らかな質量が、むにゅりと無防備に押し付けられる。


ヴァレリーさんは、俺たちの距離感に一切口を挟まない。

どんな地雷を踏むかわからないため、男女のやり取りには触れないという大人の貫禄がそこにはあった。


マルクさんが陽気に言葉を続ける。

「兄貴と姉御は、組んで長いんですかい?」


なんでこの人は、俺とルナリアを兄貴や姉御と呼ぶのだろう。

ヴァレリーさんと同じくらいの歳だろうに。


「そこそこ長いよ。もうかれこれ四年にはなるか?」

「違うよ、アルス。養成学校のパーティーの頃からの話でしょう? 三年と八ヶ月だよ」


ルナリアが即座に訂正を入れてきた。

彼女の星の宿る赤い瞳が一切の妥協を許さない真剣な色を帯びている。まさか一日単位で数えているんじゃないだろうな。


「君らの歳で四年は長いな。相性がいいんだろう。……そういえばアルス君は、共和国に何をしに来たんだい? 首都を目指していると言っていたが」


「あー、いや。首都は一応の目標でさ。本来は、パーティーのスカウトを探しに来たんだ」

「スカウト? パーティーメンバーを探しにわざわざ他国に? 変わってるねえ」


ヴァレリーさんが目を丸くする。


確かに、そう言われると突拍子もない行動力に思えてくる。


「ちょっと事情があってね。……ヴァレリーさんたちも、長いのか?」

「俺とマルクは組んでそろそろ六年か。共和国の戦士は個人主義だからな、実はこうやって固定で組んでいるだけでも珍しいんだ」


「そうなのか。フェリスさんとは最近一緒に組み始めたのか?」

「ん? ああ、いや、フェリスは今回限りの臨時だな。ガストンさんが雇った優秀なスカウトだ。

……そうだ、フェリスを誘ってみればいいんじゃないか?」


その提案に、ルナリアが嬉しそうに身を乗り出す。


「フェリスちゃんなら、ばっちりだね! フェリスちゃん凄いんだよ。わたしより視力がいいかもしれない。

こちらから常に先行攻撃できるのって、すっごく楽だったよ」


ヴァレリーさんの食べてる串焼き、美味しそうだな。肉も食べてみるとしよう。


「お前に奇襲される魔物は、前世でどんな悪事を働いたんだろうな。……まあ、後で彼女が来たら少し聞いてみるか」


ヴァレリーさんが、戸惑った顔でこちらを見る。


「ん? 彼女が来たら?」

「ああ、せっかくなんで打ち上げに誘ってみたんだよ。ヴァレリーさんの財布がやばければ、彼女の分は俺が払うよ」


「あ、ああ……。いや、それは大丈夫なんだが、彼女、来るって?」


ヴァレリーさんが微かに戸惑った表情を見せる。

あまり仲が良くなかったのだろうか? でも、マルクさんは命を懸けて彼女を守っていたはずだ。変なの。


「ええ、少し顔を出してくれるって言ってましたよ」


俺が答えると同時、大きな皿に乗った煮魚が運ばれてきた。

おお、この川魚はわかるぞ。マスだ。


「おお!? 鱒の煮付けだ。でかいな。え、これ誰が頼んだんだ?」


「俺っすよ! いやぁ、ここの店はこれが絶品なんすけど、高すぎて自分じゃ頼めねえんすよ! ヴァレリーさんの金なんで、遠慮なく頼んでおいたっす!」


「おおおぉぉ。ありがとう、マルクさん! あ、いや違う、ありがとうはヴァレリーさんにだな。いただきます!」


湯気を立てる極上の川魚を前に、俺のテンションが跳ね上がる。

そんな俺の笑顔を見て、隣のルナリアはふにゃりと目を細め、いかにも嬉しそうに頬を緩めていた。


ルナリアはフォークを置き、頬杖をつきながら、幸せそうに俺を見つめている。

自分のぶんまで俺に譲る気でいることに、俺はまったく気づいていない。


若干こめかみに青筋を浮かべたヴァレリーさんだったが、俺の豹変ぶりを見てため息をつきつつ、自分も皿をつつきだした。


「ったく。マルク、お前いつか痛い目に遭うぞ。まあ、アルス君が喜んでるなら、良しとするか……」


マルクさんは、持ちネタを披露する機会を得てにやっと笑う。


「甘いっす。とっくに、めちゃくちゃ痛い目に遭ってるっすよ! この間、腹が裂けちまいましたからね、ガハハ!」

「確かに綺麗に裂けてた! はははは! 俺も実は腹を裂かれて内臓が出かけたことがあってさあ!」


すでに酒が回り始めていた俺は、マルクさんと腹裂け仲間として爆笑した。

ルナリアとヴァレリーさんは、まったく笑っていなかった。


フェリスさんに対するさっきのヴァレリーさんの態度の違和感は、鱒の美味さでどこかへと飛んでいってしまった。


――数刻後


わたしはエールを口にしながら、幸せな気持ちでアルスを眺めていた。


「だぁから! 俺は世界樹に行くんだって言ってんだろ!」

「だぁっはっはっは! アルスの兄貴は、勇者にでもなるんすか!」


「あぁん? そうだ。俺は勇者だ。よしマルク、光栄に思え。お前を栄えある勇者パーティーの戦士として採用してやろう」

「全力でお断りっす!」


「なんでだよ!」

「兄貴と姉御の、イチャイチャを見せつけられながらの冒険とか、ただの拷問っす!」


「……あぁ。うん。そうですよね」


テーブルの向かい側で、すっかり出来上がったアルスとマルクさんが、身を乗り出して大声で笑い合っている。


……これが、彼の夢見ていた、旅の仲間との打ち上げかぁ。

アルス、とっても楽しそう。肩の力が抜けていて、わたしには絶対に見せないような、子供みたいな顔をしている。

嬉しいけど、ちょっとマルクさんに妬けるなぁ。


でも、楽しいのはわかるけど……アルスは飲みすぎている気がする。大丈夫なのかな?

呆れた目で二人を眺めていたヴァレリーさんが、隣に座るわたしに静かに声をかけてくる。


「アルス君は、意外に酒癖が悪いんだな。まあ、マルクも大概だが」


わたしは手元のグラスをそっと置き、苦笑しながら答える。

「こんなに酔っ払うのは、本当に珍しいんですよ。……よっぽど、今夜が楽しいんだと思います」


見れば、ヴァレリーさんはとっくにエールを切り上げ、今はチェイサー代わりの水をちびちびと飲んでいる。

幹事だから酔い潰れないようにセーブしているのかな? 大人って感じ。


「そうか。それなら何よりだ。しかし……ルナリア殿は、まったく酔わないな。すでに相当な量を飲んでいるだろう?」


ヴァレリーさんの指摘に、わたしはそこでようやく気づく。

そういえば、運ばれてくる料理があまりにも美味しくて、どんどん飲み食いしてしまっていた。

途中から遠慮する気持ちが薄れていたことに思い至り、わたしは少し恥ずかしくなって俯いた。


「あ、ごめんなさい……。お料理も、お酒もすごく美味しくて、つい……」

「ああ、いや、責めているわけではないよ。こちらとしては、そんなに美味そうに食べてもらえるなら何よりだ。

ただ、単純に見事な酒豪だなと感心してな」


ヴァレリーさんが、どこか父親のような微笑ましそうな視線を向けてくる。


わたしは、ほとんどお酒に酔わない。少しだけ気持ちがふわふわと楽しくなるだけだ。


「そうですね。あまりお酒で酔うことはないです。あ、ちなみに毒も、わたしにはほとんど効きませんよ!」


わたしがえっへんと胸を張って答えると、ヴァレリーさんは完全に戸惑った目になっていた。

……うん。毒の話は余計だったね。やっぱりわたしも、ちょっとだけ酔ってるかもしれないね。


わたしが店員さんに追加のエールとおつまみ、それにヴァレリーさんの水をお願いしていると、

酒場の入り口の方から、場違いなほど分厚い外套のフードを深く被り、きょろきょろと店内を見回しながら歩いてくる小柄な人影が見えた。


あ! フェリスちゃんだ。


わたしは昔から、なぜかあまり同性の友達がいなかった。

だからか、少しだけ言葉を交わしただけなのに、フェリスちゃんと仲良くなりたくて仕方がなかった。


フェリスちゃんがわたしたちのテーブルを見つけ、静かに歩み寄ってくる。


「……遅れた。すまない」

「ううんっ。来てくれただけで、すっごく嬉しいよ!」


わたしが弾んだ声で歓迎すると、彼女は深く被ったフードの奥から、ちらりとヴァレリーさんの方を見た。


「……邪魔では、なかったか?」

「いや、俺から直接声をかけるべきだった。来てくれてありがとう」


ヴァレリーさんが苦笑交じりに首を振り、席を勧める。

わたしは、向かいの席にちょこんと座ったフェリスちゃんに身を乗り出して聞いた。


「フェリスちゃんもエールでいい? ご飯は食べてきたの?」

「……食事は、もう済ませている。エールは飲めないんだ。果実酒か何かを頼む」


わたしが店員さんを呼ぼうとすると、ヴァレリーさんが手でそれを制し、代わりに果実酒とおつまみを注文してくれる。


「くすっ。エール、苦いからだめなの?」

「いや……まあ、そうだ。笑うな」


フェリスちゃんが、少し不満そうに、でもどこか照れたように口を尖らせる。

いつもあまり表情が変わらないから、余計に可愛い。


そんなわたしたちの穏やかな空気に、ようやく酔っ払い二人が気づいた。


「おっ! フェリスさん! 遅いぞー!」

「あれ? フェリスさん、酒場にきて大丈夫なんすか? ……あ、いや、なんでもないっす! ようこそ!」


マルクさんの言葉に少し引っかかりを覚えたが、フェリスさんは気にした様子もなく、淡々と返す。


「……少ししたら、出ていくよ」


彼女はそう言うと、運ばれてきた赤い果実酒のグラスに両手で触れ、ちびちびと喉を潤し始めた。


「ねえアルス、もうそろそろお酒はやめておいたほうがいいよ。お水か、冷たいお茶でももらおう?」


わたしは席を立ち、アルスのいるところまで移動すると、彼がこぼしたエールの水滴を自前のハンカチで丁寧に拭きながら、優しく宥めにかかる。


「うるさい! 俺は今日は、とことんいくんだ! なあ、マルス!」

「マルクっす! なんなんすかマルスって。どこぞの闘神ですか!」


……むぅ。全然、話を聞いてくれない。


フェリスさんは、来て早々に酔っ払い二人の面倒くさい絡みを目の当たりにして、心底うんざりしたようなため息をついた。


「……旅路の時とは別人だな」

「あはは。今日は特別に、すごく楽しいみたいだね。……フェリスちゃん、そういえばさ……」


わたしはアルスを席に押し戻し、自分の席へと戻る。

うーん。まあいいか。あんなに幸せそうに笑ってるんだし。

帰りはわたしが背負って帰ってあげればいいよね。えへへ。


そんな甘い算段を頭の片隅に置きながら、

わたしは久しぶりの女の子同士の会話を楽しむことにした。



# COORDINATE 0018 END

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