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[COORDINATE 0111] The Blue Palace 3

# Naked_Ars:


 白を基調とした品の良い調度品で揃えられた部屋が、俺の視界に映った。

 ルナリアが斬り裂いたリゼットの魔法が、稲光を発しながら霧散していく。


 その余波が、俺の茶色い髪をふわりと揺らした。


 リゼットの魔法を断ち切ったルナリアの金糸の髪が流れ、灯りを返してきらきら輝く。

 宝石のような赤い瞳が、一瞬だけこちらへ向き、流れる涙がきらりと光を返した。

 だが、彼女は自分の役目を果たすため、俺に背を向けると、業火の剣を下段へ構えた。


 ルナリアの立ち姿は、頼もしく凛としたものだったが……なぜか、白い下着に包まれた尻が露わになっていた。

 艶めかしい陰影を落とす彼女の大きな胸の輪郭が、背中越しにわずかに覗いている。


 彼女が纏う、白い羽衣のような服は、透けていてルナリアの肢体が丸見えだ。

 それでいて、白いニーハイと編み込みの靴だけは、しっかりと脚を隠している。

 彼女の腰に巻かれた鞘と鞄を支える革紐の無骨さが、逆にえっちだ。


 なんなんだあの服は。そもそも、あれを服と言っていいのだろうか。


 ふいに、俺へ安心感を与える甘い匂いが鼻腔を掠めた。

 ちらりとそちらを見ると、同じ羽衣を纏ったフェリスが、真っ直ぐにこちらを見ていた。

 彼女の瑠璃色の瞳には大粒の涙が溜まっている。


 フェリスの呼吸に合わせて、彼女の胸が柔らかそうにふるふると揺れている。

 透けた羽衣は、彼女の胸を露わにしていて、先端の桜色までが視界に映った。


 つんと上を向いた胸の、波打つ動きに合わせて上下するその突起が、強烈に俺の視線を吸い寄せる。


 むろん邪な俺の心が悪いのだが、どうあれ、ルナリアとフェリスの柔らかな起伏は俺の思考力を大幅に低下させる。

 俺はなんとかそこから視線を外すと、意識を逸らすように目を伏せた。


 まず俺は、今なにがどうなっているのかを推察し始めた。


 ルナリアとフェリスが来るまでの自分の精神状態。

 リゼットの身体に塗りつぶされた視界と、彼女がベッドで発していた朧げに覚えている言葉。

 そして、この状況。


(……なんとなく理解できてきた。今すぐ、ルナリアとフェリスを抱きしめ、謝りたい。……けど、それを今やるのはまずいな。まずは、リゼットをもう一度、視界に入れるところからだ)


 俺は深呼吸すると、顔を上げて正面を見据えた。

 身体の輪郭どころか肌の色まで透けている、ルナリアの背中が見える。

 そして、入口の側に立つリゼットが、目を見開いたまま、上体を起こした俺を見つめている。


 リゼットの姿を認識した瞬間、急速に俺の視野が狭まっていく。

 喉が渇く錯覚を覚え、濁流のように血液が全身を駆け巡り始めた。


 だが、思考のすべてがそこへ収束してしまう直前、ルナリアとフェリスが与えてくれた叡智の魔法で見た光景が、脳裏を掠めた。

 彼女たちの思い出をきっかけに、彼女たちのえっちな格好がそれを支え、俺の心を引き止める。

 それでもなお揺れる精神を引き締めようと、俺は自分の顔を殴りつけた。


「ぶべっ」


「え!? あ、アルス!?」

「……アルス! だ、大丈夫か?」


 俺は二人に手を振って答えると、視線を下げ自分の状態を確認した。

 身につけているのは星屑のネックレスだけだ。つまり、全裸だ。

 小さく息を吐くと、回復魔法を全身にかけた。

 危険なことになっていた下半身と、脳が一瞬で癒されていく。


(……俺は相当リゼットに酔っていたんだな)


 しんと静まり返る白い部屋の中で、リゼットの綺麗な声が響いた。

 リゼットが、右手に握る白銀の細剣を、すうっと上段へ掲げた。


「お、お兄ちゃん。起きてしまったのですね。うるさくして申し訳ありません。今、罪人どもを排除しますので、少しお待ちくださいね」


「ん? それは駄目だ、リゼット。待て、だ。……動かず攻撃せず、俺がいいと言うまで行動を起こすな」


 俺の声を受けたリゼットが、剣を構えたまま、ぴしりと固まった。

 俺はフェリスに視線を向け、笑みを浮かべると、ベッドから立ち上がる。


「とりあえず服だな。うん。……ええと。ああ、そうか。そうだそうだ」


 俺は部屋の壁面にある白い木製の衣類棚へ歩み寄り、両開きの戸を開けた。

 そこには数枚の白いドレスと、少しえっちなドレス。それから、とてもえっちなドレスが掛けられている。

 端の方に掛けられていた俺の衣服を見つけ、手に取った。


 あれ? 俺の下着はどこだ。


(……なんかどこかで放り投げた記憶があるな。まあいいか)


 男の下着など、あってもなくても変わらない。

 俺は、黒いズボンに脚を通し、真っ白に洗濯されていたシャツを羽織る。

 それから最後に、長裾の外套を兼ねた神官服へ袖を通す。


 俺は腰帯をしっかりと結ぶと、きょろきょろと周囲を見渡した。


「リゼット、俺の星切はどこだ」

「は、はい。そちらの硝子棚の中へ仕舞ってあります」


 リゼットが示した四角い木製の飾り棚の前へ、俺はてこてこと歩み寄る。

 飾り棚は、蓋が硝子になっていて中が覗けるようになっていた。

 なるほど。武器を飾る専用の棚のようだ。

 俺は硝子板をぱかりと開けると、中に飾られていた星切を手に取る。


 俺は星切をしっかりと腰紐に差して位置を調整する。

 ちらりとリゼットの様子を窺う。


 彼女たちへ声をかけることなく、俺が普通に動いているから、彼女はまだ状況をよく分かっていないようだ。

 リゼットの精神をぎりぎりまで乱してはいけない。

 だが、この後はもう無理だろうな。


 深呼吸をした俺は、いきなり大声を上げて、えっちな格好をしている二人へ指示を飛ばした。


「フェリス、壁を破壊しろ! ルナリア、俺を抱えて飛べ! 逃げるぞ!」


「……ああ! 任せろ、アルス!」

「うんっ! うんっ、アルス!」


[ System : Lunaria Reason_Gauge -?? / Undefined ]

[ System : Ferris Reason_Gauge -?? / Undefined ]


 フェリスが目元の涙を拭うと、地を蹴って跳び上がり、くるりと縦に回転して俺のすぐ横へ着地した。

 透け感のある黒い下着と、その小さな下着では隠しきれていない丸い尻が俺の視界に映る。


 フェリスが双手に握る短剣を、胸元で十字に引き絞った。

 獰猛な笑みを浮かべると、両腕を振り抜く。

 光る二筋の剣閃が奔り、白い壁面へ大きな亀裂を刻んだ。

 その亀裂目掛けて、フェリスが深緑のニーハイに覆われた脚を蹴り抜いた。

 どがんっと破砕音が鳴り、円形に壁が吹き飛ぶ。


 フェリスは蹴りの勢いを殺さず、そのまま中空へ躍り出た。


 すでに走り出していたルナリアが、俺の正面に回り込み、ほっそりとした左腕を俺の腰へ回す。

 彼女の華奢な腕が、俺を持ち上げて抱きかかえる。

 ルナリアの大きな胸が俺の下腹部に隙間なく密着し、ぐにゅりと卑猥に歪む。

 彼女の胸の突起の感触が、羽衣越しに俺に伝わった。


 リゼットは、動くことができないまま口を開く。

 それは少し震え、涙を感じさせる声音だった。

 俺の心に、ずきりと痛みが走った。


「お、お兄ちゃん! 駄目! 行かないで!」

「……っ。……また後でな、リゼット!」


 気のせいだろうか、ルナリアがリゼットへ少しだけ優しげな笑みを向けた気がした。

 俺を抱えたルナリアが、力強く床を蹴って空へと舞い上がった。


 即座に、ルナリアが赤い光を纏い飛翔し始める。

 彼女に抱えられた俺の視界に、雄大なんて言葉では言い表せない素晴らしい景色が広がった。


 凄まじく巨大な青い月が、黒い空に浮かんでいる。

 見渡す限りの夜空を埋め尽くす星は、瞬くことなく、鋭い光を放っていた。

 弧を描く地平線と大地のすべてが灰色で色彩がないのは、あの青い月と星空をより美しく見せるためなのかもしれない。


 この景色に気が付けないなんて、俺の視野はどれだけ狭まっていたんだ。


 待てよ? あの月はどう考えてもアズールじゃないよな。

 それに、当然ここは大森林じゃないだろう。

 そもそも樹木どころか生き物の気配すらしない。

 まったく状況がわからない。

 俺たちは、今どこにいるんだ。


 下方には青い町並みが広がっていて、ときおり中央の城から発生した光の輪が、波のように奔り抜けていた。


「ルナリア、一旦あの街に降りてくれ。身を隠そう」

「うんっ、任せて! アルス! 大好き!」


 ルナリアは街へ向かって飛翔しながら、俺に強く口づけした。

 唇を寄せ、抱き合うようにしながらくるくると下降していく俺たちの真横へ、フェリスが瞬間移動してきた。


「……おい、ルナリア。お前ばかりずるいぞ」

「んっ。……ちゅっ。あ、えへへ……」


 俺たちは、青い街にある建物の中へ駆け込んだ。

 手頃な部屋を見繕い、俺たちはまず安全の確認を行い始めた。


 だが、正直言って、彼女たちの透けた羽衣から覗く身体の線にしか目が向かない。


 それはそうだろう。靴とニーハイと下着だけ身につけて、透けた羽衣を纏っているなど、裸よりえっちだと断言できる。

 周囲の様子を確認している間も、ぶるんっと弾むルナリアの大きな胸と、ふるふる揺れ続けるフェリスの胸に、終始意識を持っていかれていた。


 だが、彼女たちの胸と尻を見つめ続ける前に、俺にはやるべきことがあった。

 安全を確認した彼女たちを、俺は手招きした。


 細い腕で胸元を隠すように歩み寄る彼女たちの頬は、上気している。


(こいつら、俺の意図をたぶん勘違いしているな……。今そんなことをするわけ……ないと自分を信じたい)


 意外と俺の身体は、欲求に流されることなく、俺の意識に従いやるべきことをやってくれた。


 土下座である。


 背筋を伸ばし、手のひらをぴたりと床に添えた姿勢は、我ながら最高の土下座だ。


「ごめんなさい」



# A_Farewell_Gift_from_His_Father-in-Law:


 誠心誠意謝るべく、青い床へ俺は額をぴたりとつける。

 俺の頭上から、ルナリアとフェリスのため息が届いた。


 ちらりと顔を上げると、ルナリアとフェリスの靴が、視界に入った。

 お揃いの黒い編み込みの靴は、これまで履いていたものと違う。


 やはり、俺の知らない間に状況が変わっているようだ。


 ルナリアの鈴を転がすような声と、フェリスの涼やかな声が届く。


「もうっ! 二回目は許さないんだからね! とっても悲しかったんだからっ」

「……そうだ。私たちがどれだけ傷ついたと思っている」


 俺も、なぜあんな精神状態になったのか分からないのだ。

 絶対に俺のせいではないと思うが、彼女たちを傷つけたのは確かだし、助けてくれたのも彼女たちだ。


「本当にごめんなさい」


 ふわりと二人の甘い汗の匂いが、俺の鼻腔を掠めた。

 しゃがみ込んだルナリアとフェリスが、細い腕を俺の上体に伸ばし、起こしてくれた。

 正座した状態の俺に、彼女たちが優しい笑みを向けた。


 許してもらえたことにほっとした俺の視線が、すこし下がる。

 正面でかがむ彼女たちの膝が、二人の胸をふにゅりと歪めている。

 しゃがみ込んだことで、強調されている肉感のある太ももと、下着の隙間がえっちだ。


 俺は、惹き寄せられるがまま二人の下着を凝視してしまう。


「ちょ、ちょっとあんまり見ないで」

「……お前は……はぁ……」


 恥ずかしさに頬を上気させたルナリアとフェリスが、すくっと立ち上がり、俺にもきちんと立つよう促した。

 左腕で胸元の膨らみを隠しつつ、彼女たちがもう一度俺に微笑んだ。

 俺は三人揃っていることに安堵し、彼女たちへ笑みを返す。


 それから、少し照れた俺は視線を外し、頬をかきながらもう一度だけ謝った。


「ごめんな。二度としない」


「うんっ。気をつけてね!」

「……ん。それより、ルナリアばかりずるい。私も頑張った」


 フェリスがすっと俺のそばに近寄り、右手で俺のシャツの襟首を握った。

 それから、ぐいっと俺を引き寄せると、彼女は背伸びをして唇を寄せてきた。

 俺の唇と、彼女の唇が重なる。

 そのまま、彼女は俺の首筋に腕を回し、しばらくの間、唇の触れ合う水音が響いた。


 ルナリアは苦笑しながら、俺たちの様子を眺めていた。


 少し長めの口づけの後、フェリスが唇を離し、こちらを見上げたまま、ちろりと舌で自分の口元を舐めた。

 目元を細めて妖艶な笑みを浮かべると、表情を正し窓の外へ視線を向けた。


 フェリスにつられて俺も、窓の外を見やる。

 青い壁面に開いた窓からは、黒い星空に浮かび上がる真っ青な城が覗いている。


 フェリスは乱れた水色の髪に右手を差し入れ、さらりと後ろへ流す。

 彼女の右手の薬指にはまる指輪のサファイアが青く輝いていた。


 ルナリアとフェリスが顔を見合わせ、言葉を交わした。


「さて……リゼットの依頼は果たした。ここからは私たちの戦いだな」

「そうだね。お兄ちゃんさんの魂も、これで解放されたのかな?」


 彼女たちの会話を聞いて眉を上げた俺は、星切の柄に左手を掛けながら口を開いた。


「お前ら、ある程度状況を分かってるのか? なあ、そもそもここはどこなんだ。空に浮かんでいる月、あれはアズールじゃないよな?」


 あと、お前らの羽織っているやたら透けている服は、一体どこから出てきたんだ。


 ルナリアが思案するように、唇に人差し指を添えた。

 彼女の右手の薬指にはまった銀の指輪が太陽の光を返す。


「今、アズールは私たちの足元だよ。あの月はミーネスなの。うーん、どこから説明したらいいかな」


「……もう、いっそのこと、ここで魔王に渡された腕輪を、使ってしまってはどうだ? お前ならある程度、使い方に見当がつくんじゃないか」


 ルナリアの言葉がとんちきすぎて、俺は首を傾げた。

 実は、彼女はまだ怒っているのだろうか。

 アズールが足元ってなんのこっちゃ。

 ミーネスって俺たちの大地のことだろ? なんで浮いてるんだよ。


 彼女たちは、訝しげな表情を浮かべる俺をよそに話し合い始めた。


「わたしたちの話だけじゃ伝えきれないだろうし、本当はそれがいいよね。この腕輪の硝子の部分が、魔王さんやリゼットちゃんの言うでばいすだと思うんだけど。どうやって動かすのかな」


「……私に分かると思えないが。……ん? いや、分かるぞ。そうだ、これは教国で見た叡智の光景で魔王が触っていたものだ。ここに触れれば動くはず」


 フェリスが手を伸ばし、金属製の腕輪に触れると、腕輪から、しゃらんと音を立てて薄い真四角の膜が飛び出てきた。

 そこに描かれているのは、見慣れた硝子板に浮かび上がる図形と同じものだ。


 金属製の腕輪部分を左手で握ったまま、ルナリアが右手の細い指を、図形に這わせ始めた。

 両腕で作業し始めたことで、ルナリアの胸元を隠すものがなくなった。

 彼女が指先を手早く動かすのに合わせ、羽衣越しに、大きな胸がぷるぷる揺れ、桜色が透けて浮かび上がっている。


 彼女の胸の突起が上下する様子を凝視していると、フェリスに頭を叩かれた。


「……本当にしょうもないな、お前は。ルナリアが無頓着だからといってまったく」

「はい。ごめんなさい」


 集中しているルナリアは、俺たちのやり取りに気がついていない。

 赤い瞳に、硝子板が発する鮮やかな光が四角く映り込んでいる。


 しばらくすると、ルナリアが花の咲いたような笑顔を浮かべ、声を上げた。


「見つけたっ! これだよ、きっと! どこに保管してるか、案内がしてあると思ったんだよ。そうじゃないと迷宮で案内人さんに聞いても分からないもんね」

「……普通、私たちではその案内を理解できないと思うが。……お前は、本当に凄いな」


 にこりと微笑むルナリアから、俺は金属製の腕輪を受け取った。

 俺は腕輪というなら腕に巻いたほうがいいのではないだろうかと思い、その金属製の輪を見る。

 継ぎ目もなにもないそれを、なにげなく自分の腕に当ててみようとした。


 腕に当たる寸前、腕輪がしゃらんっと音を立て、半円状になって俺の腕に掛かり、再び輪状に戻った。


「う、うお!? なんだ、なんだ?」

「なんで、アルスは突然そういうことをするのっ!?」


「……はぁ。……不用心すぎる。まあ、リゼットも止めなかったのだから、危険はないだろう」


 俺の腕に独りでに巻き付いた腕輪が伸縮を繰り返し、しばらくすると、完全に俺の腕の太さに合わせた状態で停止した。


 金属製だと思っていたが、微妙に触り心地が金属じゃない。

 まいったな。外し方なんか分からないぞ。まあ、手触りもいいし別にいいか。

 ユーリを連れて、賢者の迷宮へ行くこともあるだろうし、そのときにでも外し方を聞こう。


「ごめんごめん。まあ、この方が見やすくていいだろ。どこを触ればいいんだ? というか俺は何を見せられるんだ?」


「もう……子どもみたいなんだから……。えっと、ここをこうして……。うんっ、これでいいね。一時間くらいあると思うから、座ってから見始めたほうがいいよ。ええと、リゼットちゃんの話を魔王さんが保管しておいてくれたの。リゼットちゃんといってもアルスを捕まえたあの子じゃないよ。……まあ、見てみれば分かるよ」


 なぜ、ここで魔王ジークフリートが出てくるのだろうか。

 というか俺がいないと、そんなに仲良くなれるのか。

 やはり、彼は俺が嫌いなだけのようだ。俺は、少ししょんぼりした。


「ここか? ああ、硝子板でもあったやつだな。分かった。じゃあ、ちょっとじっくり見てみるよ」


「うん。じゃあその間にお茶……は無理だね。じゃあ、わたしも一緒に見ていようかな」

「……なら私も一緒に見よう」


 俺は部屋にあった椅子に腰かけながら、視線を上げた。

 ルナリアもフェリスも、腕で胸元は隠しているものの、白い下着と黒い下着を完全に覗かせている。

 そもそも透けて見えているへそだけでも、俺には目の毒なのだ。


「お前らがくっついていたら、頭に入るわけないだろ。離れていなさい」


「むう。はーい」

「……ん。……分かった」


——それは、俺が笑顔にしてあげたいと思っていた、夢の中、星空で出会ったリゼット様の話だった。


 初めのうちは、わけのわからない話だと思っていたのに、しばらくすると俺の目元に少し涙が滲んでいた。

 ルナリアが静かな声で口を開いた。


「アルスにこの話を聞かせてあげるべきだって。それが物語の道理だって、魔王さんが言っていたよ」


 それを聞いた俺は、瞳に潤いを湛えたまま、口元にうすく笑みを浮かべた。

 俺を真っ二つにしたと思えないほど、優しい言葉だ。


 内容は、雪の妖精のような可愛らしいリゼットが、よく分からない流れでよく分からない存在になっていった話だ。

 話を聞かせてくれているリゼット様の声は、俺の心の奥底に響き、悲しくもないのに涙が止まらなかった。


 すべて見終わったあと、俺は思案した。

 伝えられた話は、叡智の光景など比ではないくらい理解できなかった。

 だが、これは魔法ではないから、何度でも見れるものだろう。

 いずれまた冒険と勉強を重ねてから、見てみよう。


 今見た話は、根本的な原因の話だ。

 この先の話があるだろう。

 俺は涙を袖で拭うと、ルナリアとフェリスに向き直り、この状態に至った流れを一通り教えてもらった。


「じゃあ……俺が会いたかった女神様は、あのリゼットじゃないのか? それに、この状況は結局のところ俺のせいなのか。いや、俺のせいか? 前世の話なんかされても……というか、そうか……俺は、夢のリゼット様に会えないのか……」


 俺は、窓の外に視線を向けた。

 胎動するように、城から広がる円形の光が、一瞬だけ街を白く染め上げた。


(……いや、待てよ。……なんとかなるんじゃないか?)


 俺はひとつの可能性に思い至った。

 星空のリゼット様は、俺の夢に現れることができる。

 そして、俺を見守ることができなくなっているのは、世界樹のリゼットの影響らしい。

 だから、彼女をなんとかすれば、リゼット様は再び俺を見守ることができるはずだ。


 そうすれば、俺が星空に向かってリゼット様、透け透けのドレスを着てくださいと祈れば、夢に透け透けのドレスを纏ったリゼット様が現れるのではないだろうか。

 なにせ、ルナリアとフェリスが今着ているえっちな羽衣は、リゼット様のお手製らしいのだから。


 いや、違う。そうじゃないだろう。馬鹿か俺は。

 ルナリアたちの格好に惹かれすぎだ。

 普通に話をしたいと祈ればいいのだ。


 俺は、笑みを浮かべると立ち上がった。

 腕を組み、ときおり光の押し寄せる外へ視線を向ける。


 まあ、なんにせよ世界樹のリゼット様さえなんとかすれば、彼女の涙は止められるということだな。


 それに、どのみちこちらのリゼットも放置はできない。

 俺は、孤独だった世界樹の女神様を冒険に誘うつもりだったんだし、案内人との約束だってある。

 やることは、変わらないな。


 俺は窓に歩み寄り、縁に手を掛けて、凄まじい大きさの青い月へ視線を向けた。

 あれが俺たちの大地なのか……なんて美しいのだろうか。


「そういえば、ここはアズールだって言ってたな。俺たち、どうやって大森林に帰ればいいんだ」


 俺は、ルナリアとフェリスのほうへ振り向いた。


 彼女たちは、きょとんとした表情を浮かべ、顔を見合わせた。

 眉根を寄せる二人の、金糸の髪と、水色の髪がきらきら光を零す。


 こちらへ向いた二人は、口元に苦笑いを浮かべて答えた。


「……え、えへへ。どうしよう」

「……ん。まったく考えてなかった」


 それどころではないだろうに、俺は可笑しくなって吹き出した。


「まあ、なんとかなるだろ。むしろ、悪いのは唆された俺だ。本当にごめんな。あと、ありがとう。そんな素敵な二人に、その……お願いがあるんだが……」


 俺は咳払いをしてから、言葉を選びながら話を続けた。


「こほん。これは浮気じゃないぞ。あのさ、ルナリア、フェリス。えっと、だな……」


「くすっ。分かってるよ。世界樹のほうの女神リゼットをなんとかしてあげたいんでしょう?」

「……アズールに昇る前から、お前はどうせそう言うと思っていた。……いいか、三番目だぞ。それは譲らない」


 俺が、二人の優しい笑みに応えようと、礼を伝えていた時だった。


「ありがとう——」


——ずがぁぁん!!


 突如、青い城の方から凄まじい轟音が響き渡った。

 ときおり街を白く染めていた波状の光が一面に広がり、青い街がすべて真っ白に染まった。


 ルナリアが、銀の剣を抜き放ち、窓の外へ躍り出た。

 彼女の握る剣を燃え盛る業火が覆う。

 毛先のウェーブがかった金糸の髪を揺らし、ルナリアが業火の剣を構えた。


 フェリスが、俺を窓から離そうとする。

 だが、目を離すべきではないと予感していた俺は首を振って断る。

 彼女は大きく息を吐くと、俺の意思を汲んで守るように横に立った。

 そして、短剣を鞘から抜き、双手に握る。


 青い城の尖塔の最上階は、吹き飛んで消滅していた。

 ふわりふわりと、銀の薄膜に覆われたリゼットが中空に浮いていた。


「ああ……お兄ちゃん……。本当は、こんなふうにはしたくなかったのです」


 リゼットの少女らしい可憐な声が、不思議なことに俺たちの耳まで完全に届いていた。

 それどころか、距離のある彼女の様子が、俺にはありありと見える気がした。


 彼女は舞うようにくるくるとその場で回り、白いドレスの裾が花のように開く。


「私のお兄ちゃん……。私の声は届いていますか? いまだ人であるお兄ちゃんは、この街からは出られないでしょうから……きっと、聞こえていますよね」


 リゼットが銀の細剣を頭上へ掲げる。

 俺たちのいる街全体が煌々と輝きを放ち、何か得体のしれない力が、白く染まった城の尖塔へ収束していく。


 俺の視力で彼女の表情が見えるわけはない。

 だが、確かに彼女が、どす黒く濁った、慈愛の笑みを浮かべたのが分かった。


「私をおいていくなんて、酷いお兄ちゃんです。優しく、人間をやめてもらうつもりだったのですが……仕方ありません。浮気した罰です。お兄ちゃん、少し苦しいかもしれませんが……一度死んでください」


 リゼットが剣を振るい、白い尖塔の上で舞い踊る。


「お兄ちゃんの、魂を縛ります。——未来永劫」


 彼女が、美しく短い詩を紡いだ。


「Wish upon a Moon」


 白い光がアズールを舐め尽くすように走り抜け、街は元々なかったかのように消滅していく。

 俺たちの立つ白い床に、極彩色の光が直線状に幾度となく奔る。


 夜空の黒がより鮮明になったことで、何かが、街を覆っていたことを俺は知った。

 それが何だったのか考えようとした瞬間、街に暴風が吹き荒れ始める。

 閉じ込められていた空気が、霧散しようとしていた。


 踊りを終えたリゼットが、遮るもののなくなった俺たちの姿を捉え、微笑むと、とんっと軽く細剣で足元の虚空を叩く。


 ばちんっと音が鳴り、俺たちは重力から切り離された。


 異常な力に押された俺たちは、激しく吹き荒れる風に流されるまま、離れ離れになりながら夜空へ吹き飛ぶ。


 くるくると回転しながら、アズールから離れていく俺の視界には、どこまでも続く無限の星空と、巨大な青い月ミーネスが映っていた。


 本来なら見ることは叶わなかっただろう、美しい景色を見ながら、俺は窒息死しかけていた。



# COORDINATE 0111 END

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