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[COORDINATE 0109] The Blue Palace 1

# Girls_Running_Across_the_Moon:


* * *


 大地を覆う灰色の砂は、これまで見たことのない細かさだ。

 わたしの編み込みのブーツに蹴り上げられて舞い散る砂は、硝子の粉のように、太陽の光を返して輝いてさえいる。


(とっても綺麗。……だけど、この砂ってアルスが吸い込んだら危なそう。気をつけてもらわないと。わたしは平気だけど)


 全力で駆けるわたしの大きな胸が、たゆんっと弾んでいるのが視界の端に映る。

 

 わたしは努めて気にしないようにしながら、並走するフェリスちゃんへ声をかけた。


「フェリスちゃん、この砂、吸い込まないように気をつけたほうがいいよ」

「……ん。ありがとう。だが、問題ない。リゼットの加護がかかっているようだ」


 この白い羽衣が守ってくれているということだろうか。

 わたしは左手で、自分の羽衣を摘んでみる。

 さらりとした手触りは心地よく、透けてさえいなければ今後も使いたいくらいだ。


 わたしは赤い瞳をフェリスちゃんへ向け、彼女の様子を窺う。


 毛先にウェーブのかかったわたしの髪と違い、するりと流れる彼女の長い髪は真っ直ぐで、舞い上がる水色がきらきらと光を零している。


 斜めに走る細い眉は凛としていて、瑠璃色の瞳が真っ直ぐに魔物へ向けられている。

 彼女のほっそりとした身体が羽衣越しに浮かび上がっていて、胸元のふくらみと可愛いお尻が、ぷるぷると揺れている。


 フェリスちゃんが、ちらりと視線だけをこちらに向けた。


「……おい。じろじろ見すぎだ。アルスか、お前は」

「はっ! ご、ごめん。えへへ……」


 それに、よく考えたらわたしも同じ格好なのだ。

 視線を下げると、柔らかく弾む大きな胸の肌が透けて見え、桜色の突起が浮かび上がっている。

 わたしは小さく息を吐くと目元に力を込め直した。


 前方から迫り来る魔物の群れの全体像が、はっきりと見えてきた。

 すべて悪魔系の魔物で、全身が鮮やかな青色をしている。


 長大な剣を握るデーモンが大多数を占めていて、中空にはガーゴイルが浮遊している。

 ぜんぶで三十体に届かないくらいだろうか。


 わたしは視線を魔物に向けたまま、フェリスちゃんへ声をかけた。


「フェリスちゃん、どれくらいの強さだと思う?」

「……強さ自体は上級の下位程度だろう。……だが、おそらく弱い」


 フェリスちゃんの涼やかで頼もしい声に、わたしは口元に笑みを浮かべた。


「わたしたちは二人で最強だからねっ! 三人目のお姫様を早く助け出さないと!」

「ふふ。……そうだな。なあ、ルナリア。私も胸をお前くらい大きくしたいのだが、どうしたらいい?」


「もうっ! やめてよっ! ……いくよ!」


 恥ずかしいから口にしたことはないが、アルスのことを、わたしは愛している。


 彼の下す命令ならば、わたしはどんな理不尽でも従う。むしろ理不尽であればあるほど、嬉しいくらいだ。

 そりゃあ格好いいほうがいいけれど、たとえ邪悪な命令でもわたしは付き従うだろう。


 もちろん、フェリスちゃんへ抱く想いは違う。

 わたしは彼女を信頼しているのだ。

 身体の強さも、アルスへの想いも。


 そんなフェリスちゃんとわたしが並んで駆けるなら、あの程度は敵じゃない。


 わたしは編み上げの靴で地を蹴り、中空へ躍り出る。

 灰色の大地がわたしを縛る力は弱く、普段の数倍の速度で跳躍した。

 風の抵抗を一切感じることなく、一瞬で凄まじい高度へ達する。


 わたしの羽衣がふわりと舞い上がり、白いニーハイに包まれた太ももが晒された。


 初めのうちは戸惑っていたわたしだが、少しずつこの環境に慣れてきた。

 わたしは、大地さえあれば戦えるのだ。


 左腕を真っ直ぐに魔物の群れへ向け、手のひらを開く。

 魔法名を口にするよりも先に、世界がわたしの魂の意思を感じ取り、腕の先にちりっと火炎が迸る。


「——ファイアブラスト!!」


 燃え盛る業火が、魔物に襲いかかった。

 普段なら聞こえてくる轟音は、一切わたしの耳へ届かない。

 静寂が満ちる灰色の海の中で、わたしの炎が周囲を赤く染め上げる。


 わたしの動きに合わせて跳躍していたフェリスちゃんが、水色の髪を後ろへ流しながら、そこへ着地した。

 夜空に、彼女の華奢な身体の輪郭が浮かび上がる。

 白いお尻を覆う黒い下着が眩しく映った。


 フェリスちゃんが右手に握る緑の短剣が、鋭く振り抜かれた。

 鮮やかな緑の閃光が一直線に奔り、のけぞっていた青いデーモンをまとめて両断する。


 青い鮮血を撒き散らし、魔物たちが絶命した。


(……やっぱり。恋する女の子なら、そうじゃないかと思ってた)


 わたしはフェリスちゃんを追い越すように、走り込みながら声を上げた。


「フェリスちゃん! この魔物たちって!」

「……ああ、これなら余裕だな。こいつらは魔物もどきだろう。悪意のかけらもない」


 わたしは強く踏み込み、片手で握っていた業火の剣を、両手で握る。

 右腕に力を込め、左手を柄頭に添えるようにして、左へ引き込む。

 業火が唸りを上げ、紅蓮の炎が激しく燃え盛る。


 わたしは、紅蓮の剣を薙ぎ払う。


 ずああっと、炎の剣閃が奔り、一太刀で前方の青い魔物たちが消し飛んでいく。

 

 魔物は手に握った大剣をわたしたちへ叩きつけようと、ただひたすら真っ直ぐに迫ってくる。

 わたしは紅蓮の剣を上段へ掲げ、振り下ろした。

 右から迫ってきていた青いデーモンが吹き飛んでいく。


 フェリスちゃんが双手に握った短剣を胸元で十字に構え、鋭く振り抜いた。

 わたしの左側に迫って来ていた魔物が、光の剣閃に切り裂かれていく。


 こんな魔物なら何十体来ようとも、わたしたちの敵ではない。


 この単調な動きをする魔物には、覚えがある。

 これらは、賢者の迷宮にいた魔物に近いのではないだろうか。

 ミーネスでわたしたちが生存競争を繰り広げている、旧人類が変化した魔物ではない。


 女神リゼットはアルスと二人きりでいたいのだ。

 つまりこれらは作り物だ。


 デーモンをすべて葬ったわたしたちは、降下しながら攻撃してくるガーゴイルたちを、フェリスちゃんと背中を預け合いながら切り捨てていく。

 少しずつ、自分の格好も気にならなくなってきた。

 弾む胸の重さを感じながら、紅蓮の剣を横へ薙ぐ。

 ぶるんっと揺れた胸の先端の桜色が、視界に入った。


(……やっぱり恥ずかしいよ! もうっ!)

 

 ガーゴイルはすべて打ち倒した。

 わたしは左腕で胸を隠しながら、青い城へ視線を向けた。

 そちらから、一体の真っ青なドラゴンがこちらへ飛翔してきているのが見えた。


 フェリスちゃんが、こちらへ瑠璃色の瞳を向けた。

 わたしは彼女に頷くと、紅蓮の剣を正眼に構える。


[ System : Universal_Truth_Loading... 5%... 10%... 15% ]


 わたしがローディングに入ったのを確認すると、フェリスちゃんが短剣を逆手に持ち変える。

 うすい笑みを浮かべる彼女を鮮やかな緑の風が覆う。


 フェリスちゃんは地を蹴って中空へ跳び上がると、瞬間移動を使い、空を舞うドラゴンの眼前へ躍り出る。

 わたしの奥義準備の時間を稼ぐため、ドラゴンへ単身斬り掛かった。


 わたしは白いニーハイに包まれた脚を少し開き、ぐっと大地を踏みしめる。

 銀の剣を覆っていた紅蓮の炎が広がり、業火がわたしを包み込んだ。

 聞こえないはずの竜の唸り声が、わたしの耳に届く。


 竜は、わたしなのだ。

 だから、わたしの耳に届く。


[ System : Universal_Truth_Loading... 20%... 25%... 30% ]

[ System : Universal_Truth_Load 30% Reached ]


「いいよ! フェリスちゃん!」

「……ん。落ちろ、蜥蜴」


 瞬間移動を駆使しながら中空に留まり、短剣を振るっていたフェリスちゃんが、くるりとドラゴンの頭上へ舞い上がる。

 羽衣を翻し、可憐な肢体の肌を透かせながら、深緑のニーハイに覆われた脚で蹴り抜いた。


 衝撃波とともに錐揉みしながら、ドラゴンが墜落していく。


 わたしは紅蓮の剣を下げ、地を蹴って鋭く跳躍した。

 赤い剣閃が半円を描き、わたしは紅蓮の剣を上段に構えた。


 跳躍の頂点、紅蓮の剣が天を突く。

 わたしを覆う炎が、わたし自身でもある紅蓮の竜の貌に収束する。


 わたしの赤い瞳に宿る星が、キラメキを放つ。


「――アストライア・フレイムインカーネイト!!」


[ System : Astraea / Flame Incarnate Dragon, Manifest! ]


 わたしは紅蓮の剣を振り下ろす。

 赫い火炎を従える紅蓮の竜が、解き放たれた。


 紅蓮の竜は、青いドラゴンを跡形もなく喰らい尽くし、灰色の大地を溶かしながら、夜空へと飛翔していった。

 衝撃波が巻き起こり、わたしの金糸の髪を揺らした。


 すたっと、わたしは丸く凹んだ地面に着地し、血糊を払って銀の剣を鞘へ仕舞う。

 フェリスちゃんは、すこし離れた位置にふわりと降り立った。


 フェリスちゃんが振り向き、瑠璃色の瞳をこちらへ向けた。

 視線がわたしの下腹部に向いている気がする。


「……その刺繍可愛いな。アルスが好きそうだ」

「もうっ。フェリスちゃんもじろじろ見てるじゃないっ! ……ぜんぶ終わったら一緒に買いに行こっ」


 フェリスちゃんが、短剣を手の中でくるりと回してから腰の鞘へ仕舞った。

 わたしと彼女は、青い城へ視線を向けた。


 わたしたちの前方に聳え立つ青い城は巨大だ。

 あの城の中でアルスを探すのは、苦労するかもしれないと思っていた。


 だが、この感じならば、女神リゼットとアルスがいるのはあそこだろう。


 わたしとフェリスちゃんは同じ方向を見つめていた。

 青い城の中央に伸びるもっとも背の高い尖塔。

 あの最上階にいるだろう。


 なぜなら、それが一番素敵だからだ。


* * *



# The_Blue_Palace_in_the_Crater:


* * *


 灰色の大地を、とぉん、とぉんと飛び跳ねるようにわたしたちは移動していく。


 魔物の襲撃は、結局あの一度しかなかった。

 女神リゼットは周囲の警戒を重視しておらず、一応配置しただけなのだろう。

 それは当然だと言える。ここは月であるアズールで、あの城へ敵が来ることなど殆どありえないのだから。


 わたしたちが身に纏う透けた羽衣の裾が、ふわりふわりと舞う。

 ミニ丈の裾が翻るたびに、わたしたちの太ももが夜空に晒される。

 だが、そもそも透けているのだ。下着に覆われたお尻は、もともと丸見えだ。今更だった。


 重力の縛りが弱い大地を、跳ねるように駆けるわたしたちの速度は凄まじく、あっという間に膜の手前まで辿り着いた。


 丘の麓から見上げた薄い膜は、巨大な球体状になっているように見える。

 わたしたちは、急な傾斜の丘を登っていく。


 やがて、球体状の膜が覆っているものが見えてきた。

 わたしたちの登った丘は巨大な窪地の縁だったようだ。

 その内側へ、わたしたちは視線を向けた。


 灰色の大地にはそこかしこに同じような穴が開いているが、この窪地は特に巨大だった。

 大森林にある、パイオニアが中央に座していた荒野と遜色のない大きさだ。


 ずっと見えていた薄い膜は、この窪地を覆っていたのだ。


 わたしは赤い瞳をフェリスちゃんに向けた。

 頷き合うと、わたしが先に膜の中へ足を踏み入れる。

 風が頬を撫でる感触がした。


 すぐに、ふわりと涼やかな石鹸の香りが、隣から漂ってきた。

 わたしに強い信頼感と、うっすらとした嫉妬を抱かせるフェリスちゃんの匂いだ。


「ここは呼吸できるみたいだね。ということは、この膜は空気を包んでるのかな。あれ? じゃあリゼットちゃんが言っていた大気って空気のことなのかな。なら空気って言ってくれればよかったのに」

「……魔王もそうだったが、あいつらは私たちより、世界の見方が細かい。……何か違いがあるんだろう」


 窪地の中には、異常なほど真っ直ぐな道が通る、整然とした街があった。

 もちろん人影はなく、青白い建物は偽物だろう。

 ときおり、中央から外へ向かって、波のように眩い光が走り抜けている。


「すごいねえ。街があるよ。聖都と雰囲気が似てるかも」

「……ん。美しいが、街は紛い物だな。まあ、こんなものを作った気持ちは分かるが」


 わたしのウェーブがかった金糸の髪を、柔らかな風が揺らした。

 頬にかかる髪を押さえながら、フェリスちゃんの言葉に答えた。


「そうだね。……アルスと、ここでデートするつもりなんだろうね」

「……それなら、こんな寂しいところでなく共和国辺りでやればいいんだ」


 フェリスちゃんが小さく息を吐いた。

 彼女の水色の髪がさらさらと風に舞い、きらきらと光を零すように輝く。


「ちょっと……かわいそうだね」

「……そうだな。だが、私は斬るぞ」


 四方へ真っ直ぐに走る道が交わる街の中央。

 そこに聳え立つ青い城へ、わたしたちは視線を向けた。


「わたしだって、一切容赦するつもりはないよ。でも、アルスは止めちゃうだろうなあ」

「そうだな。……まあ、アルスが望むなら三人目に加えてやってもいい」


 わたしはそれを聞いて、少し吹き出してしまう。


「うーん。フェリスちゃんはやっぱり優しすぎだよ。わたしは三年くらい、魔王さんに再教育してもらうべきだと思うな!」

「……ああ、それはいい案だ。女神は知らないんだろう。コアドライブを満たす以外にも、気持ちの良いことはいくらでもある」


 フェリスちゃんはそう言うと、綺麗な唇に笑みを浮かべた。

 わたしは、じとっとした目をフェリスちゃんに向けた。


「最近、フェリスちゃん言い方がふしだらだよ」

「……む。お前はよく私にそう言うが。そもそも、お前は立っているだけでふしだらだ」


 わたしは、口を尖らせて答えた。


「もうっ! 最近は気をつけてるよ」

「ふふ。確かにそうだな。……まあ、二人ともこんな格好だ。言い合うだけ馬鹿馬鹿しい」


 彼女はそう言うと、透ける羽衣の胸元を摘んだ。

 わたしとフェリスちゃんはどちらからともなく笑った。

 表情を正したわたしたちは、偽物の街へ向かい、切り立った崖のような斜面を滑り降りていく。


「やっぱり、飛行魔法で城の天辺へ向かうのはやめておいたほうがいいよね」

「……ん。そのほうがいい。すぐ見つかるだろうし、女神に本気で攻撃されたら、飛翔しながらでは回避できないだろう」


 真っ直ぐに伸びる道に、魔物の気配はない。

 わたしたちは飛ぶように駆け抜けながら、青い城の正面にある城門を目指す。

 隣を走るフェリスちゃんが口を開いた。


「……それに、どうせ入口は丸見えなんだ」


 わたしは銀の剣を鞘から引き抜いた。

 右手に握る剣を、燃え盛る業火が覆う。


 わたしは、ちらりとフェリスちゃんに視線を向けた。


「いいよね、フェリスちゃん」

「もちろんだ。実は……私はいらいらしているんだ」


 フェリスちゃんは、口元にうすく笑みを浮かべて答えた。


 わたしは地を蹴って跳び上がり、燃え盛る業火の剣を、頭上へ振り翳した。

 天を突いた紅蓮の剣を真っ直ぐに振り下ろす。


 わたしの業火の剣を打ち込まれ、城門の分厚い扉が粉々に砕け散った。


「えへへ。本当は、わたしもなんだよ。こっそりなんて無理かなあ」

「……いいじゃないか。このまま乗り込もう。内部には魔物がいるようだが、すべてぶっ飛ばせばいい」


 わたしたちは、お互いににこりと微笑み合うと城の中へ走り込む。

 ぶるんっと羽衣に覆われたわたしの胸が弾む。


 だかだかと足音を立て、乗り込んだわたしたちへ、青い光を放つ精霊が押し寄せてきた。


 青い結晶のような核を、半透明の膜が覆っている。それを囲むように円状の鋭い刃がふわふわ浮いていた。とても無機質な魔物だ。


 だんっ、と床を踏み込む。よく分からない素材の床に罅を奔らせながら、紅蓮の剣を大きく薙ぎ払う。


 赤い剣閃が一直線に奔り、光の精霊ごと城の壁面を真横に削る。


 群がってきた魔物を一閃したわたしは、頭上を見上げた。

 螺旋状の階段が壁沿いに走り、最上階へ向かって伸びていっている。


 フェリスちゃんがふわりと舞い上がり、黒い下着に覆われた、丸いお尻をこちらに向け、螺旋階段へ飛び上がった。

 階段を降りながらこちらへ迫ってきた光の精霊を、フェリスちゃんが短剣を鋭く振るい、すべて斬り伏せていく。


 わたしはフェリスちゃんの舞うような戦いを見ながら、思案した。

 やはり、この城は張りぼてだった。

 中身が在るのは、最上階とそこを護る手前の部屋くらいだろう。


 少し気が急いたわたしは、床を蹴って跳躍すると、フェリスちゃんのいる場所より先へ進んだ位置に着地した。


「……こらっ。待て、ルナリア! 置いていくな! 私だって早くアルスに会いたいんだ!」

「あ、ごめん。フェリスちゃん。えへへ……つい」


 わたしは階段の縁を掴んで飛び降り、ぐるりと中空で回転し、フェリスちゃんのいる場所へ舞い戻った。

 フェリスちゃんが目元を細めてこちらを見ていた。

 ああは言ったが、すでに魔物を葬っていたようだ。


「……まったく。お前の戦いの速度についていけるわけないだろう」

「最近は、そうでもないと思うけどね」


 フェリスちゃんが、わずかに笑みを浮かべて答えた。


「……そうか? それは嬉しい。だが、褒めても誤魔化されないぞ」

「むう、本当にそう思ってるよ」


 フェリスちゃんが腰に手を当てて、小さく息を吐いた。

 ふるんっと彼女の胸元のふくらみが揺れる。


 フェリスちゃんは視線を階段の先へ向けた。

 わたしも同じ方向を見る。


 階段の先からは、わたしたちを認識した魔物の群れが迫って来ていた。


「……まあ、私も頑張るが、どちらにしても階段を飛ばすのはやめておくべきだ……後で困る」

「確かに。最後の部屋の前で挟まれたら面倒だね」


 わたしたちは頷き合い、階段を駆け上がり始めた。

 襲い来る光の精霊を、素早く切り伏せながら最上階を目指す。


 単調な動きしかしない魔物は、どれだけ強かろうと、やはりわたしたちの相手ではなかった。


 やがて、前方に大きな両開きの扉が見えてきた。

 重厚な木製の扉には、美しい彫刻が施されていて、真っ白に塗られている。


 女神リゼットなら、初めから白い木材を用意できそうなものだ。

 だが、扉の彫刻が、勇者と女神が向かい合い、口づけをしているものだと分かり、わたしは彼女の意図を理解した。


 二人で過ごす部屋には拘りたいということだ。


 わたしの頭に、ぴきりと血が昇る。


 わたしとフェリスちゃんは目配せをすると、同時に階段を蹴って跳躍した。

 とんっという軽い着地音を立て、わたしたちは扉の前に降り立った。


 白いニーハイに包まれたわたしの脚と、深緑のニーハイに包まれたフェリスちゃんの脚が、同時にその扉を蹴り抜いた。

 わたしたちの苛立ちをすべて乗せた蹴りが、重厚な木の扉を粉々に吹き飛ばした。


 その勢いのまま部屋に突入したわたしたちは、半身に構え、正面を見据える。


 広い部屋の奥には、最上階へ続くのであろう扉が据えられていた。

 その扉にもまた美しい彫刻が施されていた。

 勇者が女神を抱きしめていて、一糸纏わぬ二人を薔薇が彩る様子が彫られている。


 そして、広々とした何もない青い部屋の中央。


 凄まじい憎悪を滾らせた女神が立っていた。

 横向きに佇み、静かに目を伏せている。


 銀色の髪は宙へ揺蕩い、光の粒子を雪のように舞い散らせている。

 体躯は小柄で、儚げな雰囲気が漂う少女。

 胸だけは大きく、柔らかな線を描いていて、純白のドレスの胸元から零れ落ちそうだ。


 白く細い腕はだらりと下がっていて、長いドレスの裾から足首の先が覗いている。


 美しい足が、裸足で床を踏みしめていた。


 武器も何も手にしていない。


 ゆっくりと、視線だけがこちらへ向いた。


 星の宿る青い瞳。

 そこには、どこか親近感を覚える、どろどろとした濁った熱が渦巻いている。


 あれは、わたしたちの世界を創造した偉大な女神だ。


 だが、そんなことは関係ない。

 わたしたちの男を取り戻す。


——ぶっ飛ばしてやるんだから。


* * *



# COORDINATE 0109 END

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