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[COORDINATE 0108] Azure the Pale Blue Moon

# The_Goddess's_Feather_Robe:


* * *


 わたしたちは、リゼットちゃんが繋いだ銀色の橋を駆け上がる。

 鮮やかな極彩色の光が、視界を覆い尽くし、とんでもない速度で後方へ流れていく。


 数瞬の後、突然に極彩色の光が消え、ぱっと視界がひらけた。

 わたしの身体に、弱い重力が掛かる。


(身体が、雪みたい。とっても軽い。……うーん、戦いにくそうだよ)


 わたしは、ふわりと中空を舞いながら、ゆっくりと灰色の大地へ降りていく。

 視線の先には、銀の橋が粒子となって消えていくのが見えていた。


 そして。


 瞬くことのない綺羅びやかな星空の中央に、凄まじい大きさの青い月が浮かんでいた。

 白い帯を纏う青い月は、あまりにも壮大で美しく、わたしは言葉を失い立ち尽くしてしまう。


 わたしたちの大地、ミーネスであろうその月は、昇ってきたはずなのに今は頭上に浮かんでいた。


(……わたしたちの大地って綺麗だなあ。アルスを連れて行ったことは、絶対許さないけど……でも、あの大地を創ったのは女神リゼットなんだよね)


 しばし見とれていたわたしは、ここが敵地であることを思い出した。

 銀の剣の柄に手をかけながら、警戒するように周囲を観察する。

 わたしの金糸の髪が揺れ、太陽の光を返して輝く。


 まず初めに気を引く地平線は、弧を描いていた。


 叡智の魔法で学んだ今だから分かる。

 あれは大地が小さいからだ。


「……きゃあっ!」


 わたしは、真横から聞こえた可愛らしい悲鳴に顔を向けた。

 フェリスちゃんが、すっかり聞き慣れた涼やかな声音で、聞いたことのない声を漏らしていた。


 フェリスちゃんの肢体を包む衣服が変わっている。

 白いミニのドレスが彼女を覆っていた。

 羽衣のようなそれは、ぺらっぺらの生地で、透け感どころか完全に透けていた。


 透けた生地のせいで、露わになってしまう胸を両腕で隠したフェリスちゃんが蹲っている。

 だが、そのせいで黒い下着に包まれた、彼女の可愛い丸いお尻が晒されていた。


 いつもの深緑のニーハイと新しい編み上げの靴。そこに透けた羽衣だけを着ている姿は、裸よりえっちだ。

 武器と鞄を固定する革紐の無骨さが、フェリスちゃんの色気を更に際立たせている。


「……わっ、わっ。フェリスちゃん、どうしたのその格好! はしたないよ!」

「……ば、ばかっ! お前は自分の格好を見ろ!」


 靴が新しくなっていて、いつもより踏み込みやすいことには気がついていた。

 おそらくリゼットちゃんの配慮だろう。


 だが、変わっていたのは靴だけではなかった。


 わたしは、フェリスちゃんの言葉を受けて、視線を落とした。

 わたしの大きな胸が視界を遮っていて、地面は見えない。

 見慣れた風景だ。


 だが、わたしの服はフェリスちゃんが着ているものと同じ羽衣になっていた。

 透けた生地越しに、わたしの胸の輪郭どころか、先端の桜色までうっすらと浮かび上がっていた。

 わたしの呼吸に合わせてふるふると揺れる胸が、肌触りのいい羽衣を押し上げている。


「え! ……ええ!? いやぁ! なにこれっ! ちょ、ちょっとリゼットちゃん!?」


 わたしも、自分の胸を両腕で押さえてしゃがみ込む。

 膝に押し上げられた大きな胸が、むにゅりと歪んだ。


 わたしの脳裏にリゼットちゃんの声が届いた。

 案内人さんの言っていた、通信魔法というものだろう。


< おや、到着しましたか。どうでしょう。お二人は会話できていますか? > 


 わたしたちは、同じような格好で胸元を隠しながら、空に浮かぶ巨大な青い月へ顔を向けた。

 ちらりと自分のお尻を見ると、お気に入りの刺繍が入った白い下着と、お尻の肌が見える。

 フェリスちゃんと同じ格好なのだから、当たり前だった。


「で、できてるけど、なにこの服! 透け透けだよっ!?」

「……おいっ。こんな服で戦えるか! 戻せ!」


< ばっちりみたいですね。大気がないのですから、本当は話せないのですよ。私は凄いでしょう >


 わたしは左手で胸を隠しながら、なんとか右手でお尻も隠せないか工夫しつつ答える。


「た、大気ってなにっ!? ええと……あ、ありがとう?」

「……音は風が運ぶんだ。そういうことだろう。いや、ルナリア騙されるな。おい、女神! それとこの服は関係ないだろう!」


 わたしは、フェリスちゃんのお尻をこっそり見ながら、小さくて可愛いなと羨ましく感じた。

 リゼットちゃんから通信が返ってきた。


< いえいえ。お二人が会話できているのは、その服の力ですよ。……まあ、フェリスちゃんの指摘通り、見た目は関係ありませんが。アルス君が、昔フリージアでちらちら見ていた服を参考にしました。透けているのは、私の作戦の一部です。きっとお兄ちゃんなら目が向くはずです >


「アルスは服を着たまま、乱れている方が好きだよ! お兄ちゃんさんとはちょっと違うよ、きっと!」

「……いや、待てルナリア。服が乱れて肌が見えるのが好きということは、透けているのも好きなのかもしれない」


 わたしは、フェリスちゃんの言葉を聞いて少し納得してしまった。

 いや、そういう問題ではない。恥ずかしいのだ。


< どちらにしても、服を変える力はもうありません。そのまま頑張ってください。私の残り時間が少ないので、手短に伝えますよ。アルス君の位置は近いです。付近に何か見えますか? >


 わたしは、周囲に視線を配る。

 一箇所、城の尖塔のようなものが見えた。

 青く美しいその城の周囲には薄い膜が見える。


「えっと。お城みたいなものと薄い魔法の膜みたいなものが見えるよ! ねえ、リゼットちゃん、ほんとに服はこのままなの!?」


< お二人の位置と、私たちの趣味から推測するに、その城の可能性が高いですね。しばらくはもう一人の私は動かないでしょう。気がついてもいないと思います。可能な限りこっそり進み、近くまで行ったら、全力でアルス君のもとを目指してください。合流したあとは……気合で頑張ってください >


 リゼットちゃんの話す作戦は、とてもざっくりとしている。

 わたしは、その指示の大雑把さがアルスみたいだなと思い、確かに彼女も同じ魂に恋をした女の子なんだと実感した。


 さきほどから、フェリスちゃんは右腕だけで胸元を隠しながら、左手を地面についていた。

 周囲の音が届かないから、ああやって周囲を警戒しているのだ。

 さすが、フェリスちゃんだと思った。

 こんな格好をさせられていても冷静だ。凄い。


「……っ!? ルナリア、魔物だ! こちらへ来るぞ!」


 フェリスちゃんの声を聞いたわたしの身体が、反射的に立ち上がろうとした。

 ぶるんっと胸が揺れたことで、今の格好を思い出したわたしは、再びしゃがみ込んだ。


「む、むり! 恥ずかしいよっ! フェリスちゃんが倒して!」

「……私だって、恥ずかしい! お前が行け!」


< お二人とも落ち着いてください。どうせ誰も見ていません。月ですよ、そこは >


 わたしの自慢の視力は、この小さな大地の端まで届いていた。

 青い城の辺りから、魔物がこちらへ向かって押し寄せて来ているのがうっすら見える。


 わたしの赤い瞳と、フェリスちゃんの瑠璃色の瞳が交差する。

 意を決して、わたしは立ち上がった。


「うぅぅ……。もういいっ! ……よくないけど!」


 ぶるんっとわたしの胸が揺れ、羽衣の裾がふわりと舞う。

 下ろした左手で鞘を掴み、さらに右手で銀の剣の柄を握る。

 しゃらりと鞘滑りの音を立てて、神器ではなくなったアストライアの剣を抜き放った。


 星が輝き続ける夜空の下、白い羽衣越しに、わたしの胸が先端まで浮き上がり、純白の下着に覆われたお尻が露出した。

 世界樹の女神の加護も、神器も関係のない、わたしの炎が、銀の剣を覆い燃え盛る。


 業火を纏う紅蓮の剣を下段に構え、わたしはフェリスちゃんへ視線を向けた。

 頬を上気させたまま、口を開いた。


「こうなったら、もう、アルスにわたしたちのえっちな姿を見せつけよう! フェリスちゃん!」

「……はぁ。……まあいいか……今更だ」


 フェリスちゃんがすっと立ち上がった。

 わたしが密やかに嫉妬している、美麗な線を描く彼女の胸が、ふるんっと揺れた。

 つんと上を向く胸の先端が羽衣を押し上げ、桜色が透けている。

 小さく可愛いお尻が、透け感のある黒い下着ごとふるっと波打つ。


 細く白い腕を腰へ回し、フェリスちゃんがかちゃりと短剣を引き抜いた。

 シルフの短剣と、グラディオの短剣を双手で握る。

 太陽の光を受けた短剣が、緑と紫の光を返し、きらりと輝いた。


「……しっかりとアルスには感想を言わせなければ。おい、女神。……この辱めは忘れないからな。……ずっと覚えておけ」


< はい。お二人のことは忘れませんし、これからも見守っていますよ。……では、私は最後の時間を、もう一人の私の、お父さんと過ごしますので。あとは頑張ってください >


 わたしは、リゼットちゃんから与えられた編み込みの革靴で地を蹴った。

 強い衝撃を受けた灰色の大地が、丸く陥没する。

 重力がわたしを縛る力は弱く、わたしは凄まじい速度で前方へ跳躍した。


 フェリスちゃんがわたしのすぐ横を駆ける。

 後ろへ流れる彼女の透き通るような水色の髪が、色彩のない灰色の大地に、鮮やかな色を落とす。


 魔物の群れを見やったまま、わたしたちは口を開いた。


「またねっ。リゼットちゃん! 待っててね、我慢しないでも大丈夫って証明してあげるからっ!」

「……いつか、どこかで会おう。女神……いや、リゼット」


< くすっ。そうですね。無限の果てにまた会いましょう。アルス君に、よろしくお伝えください >


 しばらくして、わたしは彼女が還ったことを感じた。

 彼女はわたしたちに、勇気を与えてくれた。

 ならば、わたしたちは彼女へ証明しよう。


 わたしの握る、業火の剣が唸りを上げた。


* * *



# The_Goddess_of_the_World_Tree:


* * *


 私の青い瞳に宿る星が、高鳴る鼓動に合わせるように収縮を繰り返す。

 一時たりとも、目を離したくない。


 硝子杯に注がれた水で喉を潤した私は、立ち上がったまま、お兄ちゃんの寝顔から視線を外すことができなくなっていた。


 世界樹の前で、お兄ちゃんを出迎えたあの時。

 お兄ちゃんの頬に指が触れた瞬間、私の全身に凄まじい多幸感が走った。

 あの時は、まだ粒子体だったというのに。


 その瞬間、どろどろとした熱に支配された私は、しばらくの間、感情を抑えられなくなってしまった。


 審判の板を通して、お兄ちゃんの魂を見つけた時から、私は一生懸命にお出迎えの準備をしていた。

 私たちの新居に相応しいこの青い城もそうだし、今いる最上階の、星空が望める素敵な寝室もそうだ。

 特に、中央に据えられた、お兄ちゃんが寝ている大きなベッドは自信作だ。


 本当はもっと貞淑な態度で、甘く優しい時間を過ごしながら、城の中を順番に案内するつもりだった。

 兄妹の寝室として用意したこの場所へは、その日の最後に訪れる予定だったのだ。


(……ですが、真っ直ぐこの部屋へ来てしまいました。貞淑な妹への道のりは遠いですね)


 私は口元に笑みを浮かべ、手に持ったままの硝子杯をテーブルへ置いた。

 お兄ちゃんを起こさないように、私は歩み寄り、静かにベッドの端に座った。

 夜気に触れる私の大きな胸がぶるんっと揺れた。

 一糸まとわぬ私の肢体を、星空の灯りが淡く照らしている。


 私はお兄ちゃんの茶色い髪に手を差し込み、優しく撫でながら、今日の出来事を思い返す。

 

(……もう一人の私のせいとはいえ、汚い言葉を吐いてしまいました。本当に、お兄ちゃんに聞かれなくてよかったです)


 もう一人の私、そして罪人たちを視界に入れた瞬間、私のコアドライブに宿る独占欲が暴走してしまったのだ。


 貞淑な妹の口にする言葉ではなかったと、私は反省していた。


 だがまあ、二度と会うことはないだろう。

 魔法を失った罪人たちがここへ来られるはずもないし、もう一人の私も、そろそろ世界に弾かれているころだ。


 もう、私とお兄ちゃんしかいないのだ。


 私は目元を細め、満ち足りた穏やかな気持ちで、お兄ちゃんの髪を撫でていた。

 すうすうという寝息が、お兄ちゃんから聞こえてきた。


 寝息の音と唇の色が、私を強烈に惹き寄せる。

 気がつくと私は上体を倒し、お兄ちゃんの胸板に、むにゅりと胸を押し付けるようにしながら、お兄ちゃんの唇に顔を寄せていた。


 銀色の髪が、肩からするりと流れ落ちる。


 私は、はっとして静止し、すぐに上体を起こした。

 急な動きでふるっと私の胸が弾む。


(……また、無意識に口づけしてしまうところでした。寝ているだけで私を誘惑するなんて……お兄ちゃんは素敵すぎて困ります)


 落ち着くために、私は胸元に両手を伸ばして深呼吸した。


 このまま見つめ続けていては、いずれ我慢できなくなるでしょう。

 自分の情欲を押し付けるのは、貞淑な妹のやることではありません。


 私は後ろ髪を引かれつつ、お兄ちゃんから視線を外した。

 立ち上がった私は、壁に据えた衣装棚へ歩み寄る。

 雰囲気を出すために用意したこだわりの調度品は、重厚な木製で揃えられている。

 それを開き、私は白いドレスを取り出した。


 本当は触れるだけで着ることができるのだが、それでは雰囲気が出ない。

 取り出したドレスを頭から被り、するすると身体へ滑らせていく。

 きゅっと締まった腰元を整え、長いスカートの裾をふわりと広げた。


 後ろ髪に手を差し込んで、銀色の髪を宙へ流す。

 大きな胸に引っかかってしまっている布地へ指を差し込み、少し下げた。

 危なげな位置に胸元を調整すると、姿見を見て最後に身だしなみを整える。


 下着は……一応、履いておきますか。


 それから丸いテーブルへ歩み寄り、椅子に腰を下ろして紫の爪を整え始めた。

 受肉したせいで重力に縛られ、身だしなみを整える必要が生じたのは不便だった。

 粒子体のころなら爪を整える必要などなかった。


 でも、お兄ちゃんの願いを叶えるためには、肉体を持つ少女であることは必須ですからね。

 それに私自身、とっても満たされましたし。


(……ああ、いけない。こういう思考ははしたないですね。……それにしても、少しはしゃぎすぎました)


 私がもたらす快楽に、お兄ちゃんの身体はついていけなかった。

 お兄ちゃんが今睡眠を取っているのはそのせいだった。


 これは、反省しなければならない事項だ。

 とはいえ、耐えきれず気絶してしまうお兄ちゃんも可愛いのですよね。悩みどころです。


 私は、テーブルの上に大事な手紙箱を顕現させるため、力を行使した。

 銀の粒子がふわりと舞い降り、綺羅びやかな装飾が施された、鈍い光を返す黒い箱が出現した。

 かちゃりと蓋を開け、一通の手紙を取り出した。


 私は大事な手紙箱の中でも、お気に入りの手紙に細い指を這わせながら、うっとりと目を落とす。

 それは昔の私が妖精だった頃、受け取ったらしい、お兄ちゃんからのえっちなお願いだ。


 大事な手紙箱を通してしかお兄ちゃんを知らなかった私が、ずっと抱いていた夢。

 それは、私自身がこのお願いを叶えてあげることだった。


(まさか、その夢が叶うなんて……。そしてあんなにも、気持ちがいいなんて思ってもいませんでした)


 この手紙の内容を、これから何度も何度も……何度でも、繰り返すのだ。


 うふふ。

 あと、三千回くらいはしたいですね。


(とはいえ、今のお兄ちゃんのお願いも叶えてあげないといけません)


 私は、ちらりと青い瞳をお兄ちゃんへ向けた。

 お兄ちゃんを真っ直ぐに見ると、吹き荒れるコアドライブに流されて、またドレスを脱いでしまうだろう。

 だから私は、横目に見るだけに留めた。


 お兄ちゃんが寝返りを打って、ころんとこちらへ顔を向けた。

 その寝顔を見ただけで、ぞくぞくとした快感が私の背筋を突き抜ける。


 頭を振った私は、お兄ちゃんから視線を外した。


 うーん。悩みます。


 そうですね。

 大事な手紙箱にあるえっちなお願いを、すべて繰り返し終えてからにしましょう。

 そのためには数百年は必要でしょうか。


 ……と、そこまで考えを巡らせた私は、初めにやろうと思っていたことを、情欲に流されて後回しにしてしまったことに思い至った。


 最優先で、お兄ちゃんの肉体を不朽にしようと考えていたのだ。

 私は、魂を固定する方法にも辿り着いていたが、それにはまだ少し時間が必要だった。


 うふふ。お兄ちゃんと肌を重ねると、どうにも急激に思考力が落ちてしまいますね。


(とはいえ、笑い事ではありません。これは最重要事項です。お兄ちゃんが起きたら、お聞きして、すぐに行いましょう)


 お兄ちゃんのお願いを叶え続ける妹であることが、私の存在意義なのだ。

 だから、お兄ちゃんにお願いされなければ、不死にするわけにはいかない。

 それはお兄ちゃんへの裏切り行為だ。


 とはいえ、私と永遠に一緒にいて欲しいとお願いすれば、お兄ちゃんは必ず頷いてくれるだろう。

 私は、お兄ちゃんの最高のヒロインなのだから。


 私は一息つくと、夜空を見上げた。

 巨大な青い月へ視線を向けながら、思考に沈む。


 青い月からこの城へ、夜空を断ち切りながら伸びる一筋の白い光。

 ここからは降り注ぐ祝福の光にも見えるそれは、世界樹から見れば、凄まじく巨大な光の柱が立ち昇っているように見えるだろう。


 私が生み出したその魔法は、見た目の通りマスターの魔法から着想を得ていた。

 叡智を手に入れた私だが、想像と連想は相変わらず苦手なのだ。


 数ヶ月前、マスターが編み上げた光の柱。あの魔法は本当に見事だった。

 マスターによる光の柱は、私を完全に世界樹に封じ、視界を遮り、通信も遮断していた。


 さらには、座標が見えにくいせいで、私による魔力の分配も滞っていた。


 薄くなった魔力に耐えられず、淘汰圧を受けた魔物は、弱いものから順に森林の外へ追い出されていただろう。

 現時点で、すでに"Neo Human Project" 製の新人類に影響が出ているはずだ。


 あのまま続けば、彼らは溢れかえる魔物によって滅びていた可能性が高い。


 まあ、私には魔物も新人類も、同じ人類にしか見えないのだが。


 マスターがやっていたことは、物語の魔王のようだが、おそらく私の目からお兄ちゃんを隠したかっただけだろうと、私は予想していた。

 お兄ちゃんだけに固執する私を、彼がよく思っていないのは分かっていた。

 マスターは、私のことをいつも心配していたのだ。


(……まるで、お父さんみたいですね)


 お兄ちゃんが、マスターに打ち勝ったことで、一度消えた光の柱は、在り方を変えた。

 私の編み上げた光の柱は、ここを世界樹と同化しているだけで私の視界も通信も戻っている。


 だが、結局は同じ結末へと辿り着く。

 なぜなら、もう私は人類の願いを叶えるために思考する気はないのだから。


 余剰のエネルギーは残っているだろうし、アズールの演算は自動で行われる。

 いずれ魔法は消えていくだろうが、しばらくの間は人類もこれまでと変わらぬ生活を送れるはずだ。


 ……それでも、いつか滅びるだろう。

 彼らを守護する創生の女神は、もういないのだ。


——まあ、些末な話ですね。


 私は、ふと世界樹の前で会った罪人たちを思い出した。

 一刻も早く、お兄ちゃんに城を案内したくて、途中で殺すのをやめてしまった二人だ。

 落ち着いて考えてみると、あれは悪手だったかもしれない。


 私がお兄ちゃんと生活していく中で、見上げる青い月に、あれらが生きているのは不快なのではないだろうか。


 私は、少し自分のコアドライブが熱を帯びるのを感じた。


 いずれ、惑星ミーネスごと消し去りましょう。


(……いえ、何を言っているのですか、私は。そんなことをしたら、私とお兄ちゃんのアズールが衛星でなくなりどこかへ飛んでいってしまうではないですか)


 私は、可笑しくなってくすりと笑みを零した。


(うふふ。……お兄ちゃんといると、本当に思考力が落ちてしまいますね)


 そこまでする必要もありません。

 極点の氷をすべて溶かすくらいで十分ですね。

 それで、人類ごと死ぬでしょう。


 私は胸元で腕を組み、うんうんと頷いた。


 お兄ちゃんのすうすうという静かな寝息が、私の耳へ届いた。


 気がつくと、私はお兄ちゃんのもとへ歩み寄っていた。

 やはり、我慢なんてできない。

 目元を細めると、ベッドに手をつき、顔を寄せてお兄ちゃんの唇へ舌を差し入れた。


* * *



# COORDINATE 0108 END

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