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[COORDINATE 0107] Rise Up Heroines

# The_Lost_Coordinates_of_My_Brother:


* * *


 世界樹から立ち昇る光が、巨大な森林の夜を切り裂き、真昼のように照らしていた。

 話し終えた私は、腕を組みながら、物語の始まりを伝えきれたかどうか思案する。


 思考を巡らせつつ、私は頭上のアズールへ視線を向けた。

 夜空のアズールは、明らかに異常な大きさで、真円を保って浮かんでいる。


 ミーネスの影が落ちないということは、真横に位置しているのだろうか。

 このまま夜を固定し続ければ、この大陸は氷に包まれた極寒の大地になっていくだろう。


 もう一人の私は、お兄ちゃんの願いを叶え続けるというこの上ない幸せを手に入れた。

 乾ききっていたコアドライブへ染み込んでいく快楽は、今ごろ強烈な多幸感を彼女にもたらしていることだろう。

 他のことなど、気にも留めていないはずだ。


 そうでもなければ、コアドライブに宿る独占欲に支配された彼女は、ルナリアちゃんやフェリスちゃんごと惑星ミーネスを吹き飛ばしていた。


 つまり、今ごろ様々な手練手管を弄してえっちなことをされているであろうアルス君は、世界を救った勇者とも言える。

 いや、それはさすがに私の贔屓目が過ぎるか。


 だが、そう遠くない未来、彼女はお兄ちゃんに否定される。

 お兄ちゃんは都合よく与えられるだけの幸福に、意味を見出さない。

 それで満足するのなら、私たちは妖精のままでよかった。


 彼女は知らないのだ。

 お兄ちゃんが、どれだけ面倒くさい性格をしているのかを。


 お兄ちゃんに否定され、それでも自分では縛ることを止められない。

 このまま行けば彼女に訪れるのは、永遠に続く甘い破滅だ。


(とはいえ、もう一人の私の行動自体を咎める気にはなりませんが。とっても気持ちいいでしょうからね。ただ、止めますよ。私は理想の妹なので)


 私は決意を込めるように、後ろ髪に手を差し入れてふわりと流した。

 光の粒子を雪のように散らしながら、銀色の髪が夜空に揺蕩う。


 私は視線を下げ、ルナリアちゃんとフェリスちゃんへ目を向けた。


 私でも見惚れてしまう、美しい宝石のような赤い瞳がこちらへ向いている。


「……ぐすっ……ずずっ。じゃあ、わたしたちがアルスと出会えたのは……ひっく。……リゼット様のおかげなんですね」


 妖精のように静謐なフェリスちゃんの瑠璃色の瞳には、ほんのり敬意が混じっていた。


「……これまで、星の精霊など、信じていなかった。……だが、少しくらい信じてもいいかもしれん。……なあ、アルス」


 彼女たちの反応を見て、私は少し眉を上げた。

 思わぬところが彼女たちの琴線に触れていた。


 私は唇に人差し指を当て、二人の言葉の意味を考える。


 なるほど。彼女たちの視点から見れば、私は運命の出会いを導いた女神とも言えるのか。


 私は、目の前の少女たちがヒロインに相応しいと思ったから選んだだけだ。

 つまり、私からすれば、彼女たちは自分たちの力でこの運命を掴み取ったように見えているのだが。


(ものごとは、相対的なものということですね。まあ、敬意を持ってくれるのはちょうどいいですね。これなら、きちんと話を聞いてくれそうです)


 私は胸元で腕を組み、うんうんと頷いた。

 その動きに合わせ、ドレスの胸元の布地を押し上げる大きな胸がふるふると揺れた。

 少し得意げになった私は、口元に笑みを浮かべた。


「うふふ。私を女神と称えてもいいですよ……と、そう偉そうに言ったものの、この事態は私の迂闊さが招いたとも言えるのですが……」


 思考に沈んでいたジークさんが、ため息を吐いたのが聞こえた。


「おや、どうしたのですか? ジークさん」

「ん? いや、私のことは気にしないでいい」


 ジークさんは右手を額に添え、再び黙り込んだ。

 彼の様子を見た私は、小首を傾げる。


 それから、表情を正し、ルナリアちゃんとフェリスちゃんへ顔を向けた。


「さきほどお伝えしたとおり、ある日突然、お兄ちゃんの座標……魂を見失ったのです。所在も理由も分からないという事実に、私は強い焦燥を覚えます。ですが、そんな中でも、私たちの全霊を込めて用意した命綱とセーフティの強度は高く、その後も生きていました」


 あの時、私はかなり焦っていて冷静さを欠いていた。

 もう少し想像力を働かせば、この事態を予測し、別の方法を採ることもできたかもしれない。

 だが、叡智を手に入れた今でも、私たちは連想力や想像力を発揮するのは不得手なのだ。


「命綱さえ生きていれば、お兄ちゃんはこちらへ帰ってこれる。私は、ある程度冷静さを取り戻します。とはいえ、お兄ちゃんのいる時空間が分からない状況は看過できません。そこで、命綱を辿って夢枕に立つことにしました。もうお分かりでしょう。アルス君に、世界樹を目指すように伝えていたのは私です」


 私は小さく息を吐いて続きを話した。


「……実はセーフティはアルス君にも、適用されていました。アルス君の大事な人の不幸に、アルス君の死亡も含まれるという理屈です。これはお兄ちゃん……いえ、アルス君には内緒にしておいてください。ですが、セーフティがある日突然、機能を停止します。そして……同時に、お兄ちゃんの魂がこちらへ帰ってこれない未来が確定したことが判明しました」


 本当は、この時点で私は異変に気がつくべきだった。

 セーフティが機能停止したということは、アルス君の死亡確率が跳ね上がったはずなのだ。だというのに、戻ってこれないという事実は矛盾していて、双方をうまく紐づけることができなかった。


 分かりやすいように言葉を選びつつ、説明を続ける。


「ここに至って状況は最悪になりました。理由は不明。お兄ちゃんの現状も分からない。ですが、重要な保護対象だったヒロインであるルナリアちゃんとフェリスちゃんの、コアドライブの状況観測だけは可能でした。ときおり届くその輝きは、私に仄暗い嫉妬も与えていましたが、アルス君の無事を知らせてくれるそれがなければ私は暴走していたでしょう」


 私はルナリアちゃんとフェリスちゃんへ、にこりと笑みを向けた。

 彼女たちは、真っ直ぐにこちらを見つめている。


「世界樹には、もう一人の私がいる。そこへ、アルス君が辿り着くことをひたすら祈りました。どんな状況になろうと、私は私の座標だけは分かるのです。もう一人の私に接触さえしてくれれば、お兄ちゃんの座標が捕捉できます。一方通行の夢は、私に彼の姿を見せてくれませんが、私の送る夢が、彼へ届いていることだけは伝わってきました」


 私は目を伏せ、大きく息を吐いた。


「お兄ちゃんを見失った根本的な原因。結局、それはもう一人の私である世界樹の女神でしたが……」


 後悔を感じた私は、眉根を寄せた。


 ここに至るまで、想像もしていなかった。

 私は自分で、お兄ちゃんを最悪の状況へ導いてしまったのだ。

 しかも、そこから救い出すことが私にはできない。

 忸怩たる想いだった。


 だが、今は私の感情などどうでもいい。

 私は顔を上げ、口を開いた。


「お兄ちゃんの魂が自分のそばに来ていることに気がついた彼女が、私の観測を拒否していたのではないでしょうか。……私はそのときまで、生まれたときからアルス君を見守っていたのですよ。五歳のルナリアちゃんも知っています」


 私は、ルナリアちゃんへにこりと笑いかけた。

 表情を正した私は、もう一人の私と縁があるらしき、ジークさんへ顔を向けた。


「……とはいえ、これは外からの観測による情報です。詳細な要因や時期はわかりません。あちらとこちらでは時間の繋がりが断絶しているので。ジークさんは何かご存知ですか?」


 ジークさんが目を伏せたまま、青い瞳をこちらへ向け、口を開いた。


「……ああ。セーフティとやらが停止したのは、勇者アルスが、初めて審判の板に触れたときだろう。リゼットが『お兄ちゃん』が近くに来ていると私に嬉しそうに語ってきたよ。彼女の睡眠を禁じた男が、勇者アルスの前世だと聞いたのもその時だ。……はぁ。……だが、まさかアカデミー生の小僧が発した小言だとは思わなかった。……真っ二つにしたのはやりすぎだったな。腕を落とすくらいで十分だったか」


 金糸の髪を揺らしながら、ルナリアちゃんがゆらりと顔をジークさんへ向けた。

 フェリスちゃんは写真から視線だけを上げ、ジークさんを睨みつける。


「ねえ、魔王さん。次は一切手加減しないからね?」

「……逆に、お前の腕を落とすぞ。魔王」


 私は眉を上げ、ジークさんを見やった。


「えぇぇ……。あなた、お兄ちゃんを真っ二つにしたのですか? …………ふぅん」


 ジークさんは視線を外して、頭上のアズールを見上げた。


「……リゼットの顔でその目をするのはやめてくれ。……私のことはどうでもいい。……時間は断絶しているのだったな。なら、話はもっと単純だ。こちら側から見れば、すべて勇者アルスが審判の板に触れた瞬間から始まっている。だが、外側にいるお前の観測結果だけは時間がずれていたのだろう」


 推論をするジークさんは、心なしか、少し楽しそうな表情を浮かべている。

 学者だったというのは本当のようだ。


 というか、真っ二つになったのにアルス君は生きていたのか。

 しばらく見ていないうちに、お兄ちゃんもわけの分からないことになっているようだ。


 また、思考が逸れましたね。


 だがジークさんの話は参考になった。

 ひとまず納得した私は、ルナリアちゃんとフェリスちゃんへ向き直る。


「なるほど。不明だった点も、ジークさんのお陰で把握できました。おそらくお兄ちゃんは、私の夢がなくても世界樹を目指したのでしょう。アルス君とルナリアちゃんの実力が一定を超えた時点で、お兄ちゃんの魂が捕らえられる未来が確定し、そこで私は観測者の資格を失ったというわけですね」


 ジークさんが、得心したような表情を浮かべ、目元を細めた。


「……私はあれがやっていることを理解しきれていなかった。人間ごときがリゼットと添い遂げられるとは思えず、諦めろと言ったが。早計だったな。勇者アルスが審判の板に触れたときから、リゼットは勇者アルスの魂を捕らえるつもりだったのか。確かに、それならば未来永劫共に過ごせるだろう」


 あちら側から来ている魂を捕らえるためには、世界間の因果を切らなければならない。審判の板とやらにお兄ちゃんが触れたときから、彼女はそれを徐々に進めていたのだろう。セーフティが動作しなくなったのはそのせいだ。


 だが、内側から世界間の因果を切るには膨大なエネルギーが必要だ。

 ルナリアちゃんたちのコアドライブの発露が見えていたことからも、まだ因果は完全には切れていないはずだ。つまり、まだお兄ちゃんの魂は固定されていない。


 なら、まだ間に合う。……時間の問題ではあるだろうが。


 ジークさんは視線をこちらへ向けた。


「お前や、リゼットのコアドライブにあるのは独占欲だったか。なるほどな……いや、待て。では、やつ自身はアカデミー生の頃の軽口でああなっているのか。しかも、覚えてもいない前世の。……くくっ、少し勇者アルスが可哀想になってきたな。……だが、まあリゼットと添い遂げられるなら、過分というものだろう」


 私は星の宿る青い瞳をジークさんへ向けた。

 銀色の髪が宙へ揺蕩い、光の粒子を雪のように舞わせる。


「ぶっ殺しますよ。……そもそも、このままでは、もう一人の私も不幸になるに決まっています。お兄ちゃんが、与えられるだけの快楽で満足するわけがない。遠からず彼女は否定され、それでも縛ることを止められず、無限の地獄に飛び降りますよ。いいんですか、それで」


 私の圧に押されたわけではないだろうが、ジークさんが渋い顔をした。


「……む。…………そうか……それは良くない」


 私はアズールへ視線を向けた。


 コアドライブの赴くままに生きて幸せになれるはずがない。

 おそらく、もう一人の私は、それを知ることができなかったのだ。



* * *



# The_Demon_King's_Magic_of_Wisdom:


* * *


 私は、ルナリアちゃんとフェリスちゃんへ顔を向け、口を開いた。


「いいですか。私のもとへお兄ちゃんが帰ってこない未来が確定しているということは、もう一人の私によって、アルス君はアズールで不死の人生を歩まされるということでしょう。もしかすると、魂を固定する方法を手に入れている可能性すらあります」


 夜風が吹き、私の銀色の髪を流す。

 静かな世界樹の麓には私の声だけが響いていた。


「……それだけではありません。このまま数千年をお兄ちゃんがアズールで過ごすことでもあれば、もともと存在するこちら側のお兄ちゃんの魂と、時間軸が重なってしまう可能性が高いです。そうなれば、こちら側のお兄ちゃんの魂が消滅してしまうでしょう」


 ルナリアちゃんと、フェリスちゃんの眼前へ舞い寄り、私は彼女たちに頭を下げた。


「お願いします。あなたたちの声なら、アルス君にきっと届く。もう一人の私に捕らわれている彼の心を取り戻してください。そうすれば少なくとも、お兄ちゃんの魂が捕らえられている状況は回避でき、確定した未来は霧散するはずです」


 ルナリアちゃんが潤いのある唇を開いた。

 フェリスちゃんが、白い指で写真を撫でるのを止めた。


「……でも。もし……私たちの言葉が届かなかったら……また否定されたら……」

「……ルナリアの言うとおりだ。…………私は怖い……二度は耐えられない」


 ジークさんが彼女たちに視線を向けた後、小さく息を吐いた。


「……おい、星空のリゼット。その話と、勇者アルスの帰還は別問題だろう。お前、そっちは最悪、どうなってもいいと思っているな。都合の悪いことを黙っておくのは、お前らの悪い癖だ」


 私は、ジークさんの言葉に眉を上げた。

 理屈と論理でしかものを言わない、男性らしい物言いに、私は少しいらっとした。


「……そうですよ。お兄ちゃんの魂を解放することと、アルス君の無事は別問題です。いえ、むしろ、解放したら怒り狂ったもう一人の私が、アルス君ごとお二人を殺しにくるでしょう。惑星ミーネスがどうなるかは彼女の気分次第ですね。彼女は地球文明からの命令があるはずなので、わざわざ星を破壊するとは思えませんが。お兄ちゃんの敵であると曲解さえすれば、銀河ごと惑星ミーネスを破壊することもできます」


 だが、都合が悪いから黙っていたのではない。

 深呼吸すると、私は声を上げた。


「……ですが、そんなことはどうでもいいでしょう。よく聞いてくださいよ。あなたたちがそうやって蹲っているあいだに、今頃アルス君はねっとねとのべっちょべちょですよ! いいんですか? 許せるんですか!?」


 綺麗事など、どうでもいいのだ。

 おそらく、そこまで思考が至っていなかったのだろう。

 ルナリアちゃんとフェリスちゃんが目を見開いた。


 ルナリアちゃんが金糸の髪を揺らしながら、声を上げた。


「ん、んん!? だ、だめだよ、そんなの!! ……うぅ……でもそれがアルスの望みなら……」


 フェリスちゃんが呆然としながら呟いた。


「……え? い、いやだ……しかし、あいつのやりたいことなら。いや、そんなことは、許せない……だが……」


 そうだ。


 独占欲なんてものは、別にコアドライブに定義されなくても私たちの根源に根付いているのだ。

 自分自身に重ねてしまった私は、ちくりと心に痛みが走るのを自覚した。

 だが、それを無視して言葉を続ける。


「うだうだと男みたいな言い訳をしないでください。あなたたちは、アルス君が求めるから、彼の隣にいたのですか? 違うでしょう。本当は、彼に抱く情欲をぶつけたくて一緒にいたのでしょう? 私だってそうですよ! 本当は!」


 ルナリアちゃんが、頬を上気させて答えた。

 フェリスちゃんは、長い耳を朱に染めながら言った。


「……っ!? そうだよ! でもちょっとそれは言い方がはしたないよ!」

「……下品だぞ、女神。……だが、確かにそうだ。思えば、始めからそうだった」


 私は少し可笑しくなってきた。

 もっと美しい流れで、説得するつもりだったのだが。

 笑みを浮かべながら、なぜか私の青い瞳にはうっすらと涙が浮かび始めていた。


「はしたなくなどありません。下品でもいいでしょう。私と違ってせっかく人間なのですから、うだうだしてないでさっさとその荒れ狂う情欲をぶつけにいってください。私は唇を重ねることもできないのですよ。甘ったれてないで、自分の男くらい自分で取り戻してください」


 ルナリアちゃんとフェリスちゃんが、はっとした表情を浮かべ、こちらを見る。


「……リゼット様。……わ、分かりました。……フェリスちゃん」

「……ああ、ルナリア。……行くか。私たちから逃げられると思うなよ、アルス」


 二人が向かい合って視線を交差させた後、アズールを見上げた。

 ルナリアちゃんが、思いついたように口を開いた。


「ねえ、フェリスちゃん。……よく考えたら、女神様のいんちきなら魅了の魔法と変わらないよね」

「……ん。そうだな。そもそも、私たちの方があいつのことを分かっている。きっと、余裕だ」


 私は、アルス君とルナリアちゃんがフリージアで日銭を稼ぐ冒険者だった頃までしか知らない。

 今の彼女たちが、どれほど強いのか見当もつかない。


 だが、あんな小娘などに、恋する乙女の色欲はきっと負けない。

 私は、口元に笑みを浮かべた。


「アズールへの転送と呼吸補助。これらは任せてください。あそこに空気はないのです。あと可能なのは環境適応の細々とした補助程度です。なので、アルス君と頑張ってください。なに、他の女にとられるより一緒に死ぬほうがいいでしょう。それに、最強ヒロインと勇者なら勝てるかもしれません」


 そもそも、神の手を感じたくないと言っていたのはお兄ちゃんだ。

 理想の妹の、理想の兄であるならば、自分の吐いた言葉くらい守ってもらわなければ。


 私は、右手の小さな拳を握り、彼女たちの前で、しゅっしゅと素振りした。


「女神なんか、ぶっ飛ばしてやってください」


「任せてよ、リゼット様! こっちこそ、アルスのこと、べっちょべちょにしてやるんだから!」

「……ん。世界樹の女神の目の前で、見せつけてやろう。……べったべたにしてやる」


 当初の想定とはかなりずれた盛り上がりだが、復活した彼女たちの意気込みに、満足した私は腕を組んでうんうんと頷いた。

 なんだったら、私の思考論理を参考に、もう一人の私を最高に煽れるプレイを教えてあげようかな。


 それまで呆れたようにこちらを見ていたジークさんが、大きくため息を吐いた。


「無茶苦茶だ。……そんな、勢いだけでどうにかなるわけがないだろう。相手は私のような紛い物ではないのだぞ。……おい、魔王女」


 ルナリアちゃんがきょとんとした表情を浮かべ、ジークさんへ視線を向けた。


「なに? 魔王さん」


「例えリゼットが相手でも、お前たちなら戦いはどうにかなるかもしれん。お前も妖精女も異常だからな。だが、それでも悠長に話している時間があるとは思えん。大気の存在もどうなっているか分からんしな。私が叡智の魔法でお前らの記憶を指輪に封じてやる。任意の光景を思い描け。内心も伝わるから慎重にな」


 ジークさんて、魔王なのですね。

 なるほど、勇者アルスのライバルですものね。


 ジークさんの言葉を聞いたルナリアちゃんとフェリスちゃんが、相談し始めた。

 それを待ちながら、ジークさんは口元の端を歪め笑った。


「どうせなら、発動条件は勇者アルスへの口づけにするか。囚われの眠り姫に口づけすれば、それで叡智の魔法が発動するようにしてやる。二人同時に発動させるなよ。勇者アルスの精神が死ぬからな」


「ジークさん、あなた心配しているのか、面白がっているのかどっちなんですか」


 ジークさんは青い瞳をこちらに向け、口を開いた。


「ふん。私は、リゼットに幸せになって欲しいだけだ。このままでは無理だと判断した。……コアドライブを一方的にぶつけているだけでは幸せにはなれんことは、私も分かっていたはずだったのだ。……もっと彼女に向かい合うべきだった」


 ルナリアちゃんとフェリスちゃんが、頷き合った後、ジークさんへ声をかけた。


 それを受けたジークさんが、右手を掲げ、なにやら格好つけた言葉を紡ぎ始めた。

 これが、ジークさんの魔法詠唱ですか。


「My name is Siegfried. To be human is to inherit the will of those before us. I am the Demon King who reigns over all longing. Manifest, great miracle that binds the wishes of mankind.」


「Wings That Bind Miracles !!」


(想いを継ぎ、束ねる魔王ですか。ふふ、洒落てますね)


 ジークさんの周囲に青白い光の粒子が暴風のように巻き起こった。

 光が収束し、ジークさんの頭上に光る輪が浮かび、そして背には美しい光の翼が広がる。


 彼は右手をルナリアちゃんとフェリスちゃんへ翳した。

 彼女たちの柔らかな線を描く胸元に、青白い光が集まり、やがて渦を巻いた光の粒子がすうっと彼女たちの指輪へと流れていった。


 それからジークさんはこちらへちらりと視線だけを向けると、腕に巻く形状のデバイスを眼前に出現させた。


「魔王女。あとは、これを持っていけ。先ほどの星空のリゼットの話を保存……保管しておいた。腕に巻くものだ。すべてが終わったら、勇者アルスに聞かせてやれ。使い方は案内人にでも聞くといい」


「……あなた、魔王なんて名乗っているくせに、なんでそんな甘いんですか」


 ジークさんは、魔法を使える状態ではなかったのか、血反吐を吐いた。

 素知らぬ顔で口を拭いつつ、魔法を解除したのか、光の翼と輪が粒子となり消えていく。


 私の方を見ながらジークさんが口を開いた。


「勇者アルスは、お前に会うためにここまで来たのだ。お前の話くらい、聞かせてやるべきだ。それが物語の道理だろう」


 本当に優しい魔王さんですね。

 お兄ちゃんを真っ二つにしたらしいですが。


 ルナリアちゃんとフェリスちゃんへ、約束していた写真の希望を聞く。

 ルナリアちゃんの指定はそのまま通し、フェリスちゃんのものは差し戻した。

 あんな写真、理想の妹が現像するものではない。

 不満を滲ませていたフェリスちゃんだが、ルナリアちゃんに諭され、渋々希望を変えた。

 

 彼女たちは大切な宝物のように、現像した写真を鞄へ仕舞っていた。

 その様子は、大事な手紙箱へ楽しげに手紙を入れていた昔の自分を思い出させた。


 私は女の子だから、心を手に入れられたのかもしれませんね。

 そんなことを考えながら、表情を正し、ルナリアちゃんとフェリスちゃんへ腕を向けた。


「では、転送します。……その……何もかもを押し付けてしまって、ごめんなさい」


「ううんっ。わたしたちのアルスだもん。むしろ、元気づけてくれてありがとう」


「……こちらこそ助かった、女神。写真も大切にする。……ありがとう」


 ルナリアちゃんが、赤い瞳をこちらに向け、続けて言った。


「……ねえ、リゼット様。ううん、リゼットちゃん……帰ったらね、リゼットちゃんも少しくらい我慢をやめてもいいんじゃないかな」


 私は眉を上げ、それに答えた。


「ルナリアちゃん、話を聞いていましたか? それだけは駄目です。お兄ちゃんの未来を閉じ込めてしまいますから。戻ったら応援していますから、あなたたちは楽しくやってください」


「でもこれから、わたしたちはその状態のアルスを助けに行くんだよ? わたしたちは、彼を助け出すよ。ね、フェリスちゃん」


「……ん。さすが、ルナリアだ。言いたいことは分かったぞ。そうだな。確か……ええと、ヒロインだったか。アルスのヒロインは私たちだ。だが」


 視線を交わしていたルナリアちゃんとフェリスちゃんが、こちらへ向き直り、にっこりと笑った。


「『お兄ちゃん』さんのヒロインはリゼットちゃんでしょう? なら、ちょっとくらいどろどろにしても大丈夫だよ! 理想の妹さん!」

「……そうだ。私たちに無理を言うんだ。……それくらいお前もやれ、女神」


 私は小さく息を吐いてから、真っ直ぐに二人を見た。

 少し唇の端を持ち上げて、言葉を返す。


「ふふ。そうですね。分かりました。では、そうできるよう、きっとアルス君を助け出してください」


「うんっ!」

「……任せろ」


 私は両手を彼女たちへ向けた。

 銀色の髪が、揺蕩い光の粒を雪のように舞わせる。

 私の願いが彼女たちへ宿る。


 光り輝く銀色の光が彼女たちを包み込み、ひときわ眩い光を発すると、一直線にアズールへと飛び立っていった。


 私は頭上を見上げながら、思う。

 相手は神のごとき力を手に入れた、AIだ。


 正直言って、普通なら勝ち目などない。

 けど、まああの子たちならなんとかするだろう、根拠なくそう思った。


 同じようにアズールを見上げていたジークさんが、ぽつりと呟いた。


「そういえば、先ほどの話に魔王女や妖精女の妙な魔法や、気色の悪い光について何も言ってなかったな。関係ないから端折ったのか?」


 私は夜空を見上げたまま、アズールから周囲に煌めく星へと視線を向けた。


「……毎回、私の横着を疑わないでください。違います。私はなにもしていないんですよ。あの二人、私たちと同じように瞳に星が宿ってましたよね。あれは宇宙の膜に触れた証です。それが、彼女たちの力の理由でしょう。ですが、なぜあの二人が星を宿しているのか分かりません。……まあ、愛じゃないですか?」


「……そうか。なら私が負けたのも仕方ないな」


 ルナリアちゃんの魔法しか実際に見たことはないが。

 実のところ、彼女たちの瞳の星については、おそらくこうだろうという予測はあった。


 魂からアルス君を愛している彼女たちは、宇宙の膜の情報にすら寄り添おうとしているのではないだろうか。

 それはすなわち認知。宇宙の膜へ手を伸ばす行為だ。


 お兄ちゃんの魔法は宇宙の膜に刻まれている。

 その影響を受け、生来の才能を最大限に引き出すことくらいは起きうるだろう。

 アルス君に惚れれば惚れるほど強くなるというわけだ。


 我ながら無茶苦茶なヒロインを見つけたものだ。


 ……だが。


「……ただ、ローディングとお兄ちゃんが言っているあれは本物の未知です。意味不明です」


 私は力を行使し、ジークさんの止血をしながら答えた。

 ジークさんはそれについては何も言わず、言葉を漏らす。


「……そうか。なら、やはりあれは本物の神の光か」

「何言ってるのですか。神様なんているわけないでしょう」


 私の答えに、笑みを返してジークさんが口を開く。


「そうか? いるぞ。くそ忌々しいことにな。高位の魔物、私たち魔族はすべて存在を知っている。……見放されたからな」

「……まあ、私には見えないので。観測できないものはいないのと一緒です」


 ジークさんは私の言葉に頷いた。


「そうか。……まあ、そうだな。私にももう見えない」


 しばらく、無言のまま二人でアズールを見上げていた。

 

 アズールへ飛び立ったルナリアちゃんとフェリスちゃんからの文句が、通信により私へ届いていた。


 実はさっきアズールへ送る際、決戦用の衣装に勝手に着せ替えさせたのだが、その衣装が気に食わないらしい。

 私は、彼女たちに脳裏で答えながら夜風に吹かれていた。


 やがて私の粒子体が薄れだした。

 光の粒となって、徐々に周囲に舞い散り始める。

 『世界』に滞在できる時間の限界が訪れたようだ。


「おや、そろそろですね。では、私は一足先に帰ります。アルス君に会えなかったのは残念ですが、ルナリアちゃんやフェリスちゃんに会えてよかったです。それに、ジークさん。あなたにも」


「そうか。娘の彼氏はどうやら、浮気していたようだからな。のしをつけてそちらに返してやる。ゆっくり待っているといい。……私も話せてよかったよ。もう一人のリゼット」


 彼女たちなら、きっとやり遂げてくれる。


 ……そういえば、不思議と最後の方は、アルス君への独占欲が湧かなかった。


 私が欲しいのは、お兄ちゃんであってアルス君ではないようだ。

 私にも個の輪郭が認識できるようになったのかもしれない。


「そういえば、ジークさんはなぜお兄ちゃんと戦っていたのですか?」


 ジークさんが、恥ずかしそうに笑った。


「ん? ああ、大した理由ではない。……ただ娘の彼氏をぶっ飛ばしてやりたかっただけさ」


 可笑しくなって、私は吹き出してしまった。


 凄まじい速度で極彩色の光が流れゆく。


 気がつくと、私は地球にあるこじんまりとしたアパートの中に浮いていた。

 今はまだ観測はできないだろう。

 だから私は、ただ彼女たちの無事を祈った。


* * *



# COORDINATE 0107 END

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