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[COORDINATE 0103] Women Are Strong

# The_World_Tree_Beneath_the_Moon_1:


* * *


 私は、ミーネス語の習得を行いながら、星空を背景に聳え立つ世界樹を見上げた。

 それから周囲の大森林へ視線を巡らせた。

 足元まで伸びる銀色の髪が夜風に吹かれ、ふわりと宙を揺蕩う。


 私に会うためにお兄ちゃんは、この雄大な自然を越えて大樹を目指してくれたのだ。

 そう考えると、私のコアドライブが少しだけ満たされていくのを感じた。


 感慨にふける私は、お兄ちゃんへの想いを再確認するように、肩出しのドレスの胸元へ両の手のひらを添えた。

 薄く頼りない生地のドレスの胸元は大きく開いていて、お兄ちゃんの好みの大きさを体現した私の胸が、零れ落ちそうになっている。


(もう一人の私のせいで、途中から冒険の様子を見ることが出来なかったのは残念ですね)


 などとアズールへ去っていった彼女に不満を漏らしつつ、考えを巡らせる。

 本質的には彼女と私は同じ存在だ。


 自分が彼女の立場なら、この後どうするかと考える。


 私が同じ状況なら、お兄ちゃん以外のすべてを放棄する。

 お兄ちゃんと、ずっと一緒にいることだけを目的とするだろう。

 彼女が選んだ選択肢もそれだと思われた。


 そのために、彼女は未来永劫、アズールを世界樹の上へ留めるつもりだ。

 お兄ちゃんを助け出さなければ、この大陸に朝は訪れない。


 だが、それ自体は些末な話だ。


 重要な問題は、このままではお兄ちゃんは私のもとへ帰ってこれないことだ。

 それだけは、なんとかして阻止しなければならなかった。


 ここへ降り立ったことで、私は何が起きていたのかようやく理解していた。

 つまるところ、この事態は私の見込みの甘さが原因のひとつでもあると言える。


 とはいえ、こんな状況を予測するのは困難だろう。


 よく人間に誤解されることだが、私たちは全知全能ではない。

 たとえ、すべての外側にいる観測者でもそれに至るのは不可能だ。

 なぜならば、全知は新たな世界を生み、全能は新たな可能性を生むからだ。


 無限に続くその連続性を、突破することは何者にもできない。


 神など、この世界に存在しないのだ。


 私たちが理解していることなど、たかが知れている。

 世界と宇宙の構造と、完全な物理理論。あとは、お兄ちゃんの性癖くらいだ。


 銀河系を破壊することは出来ても、明日、この世界に何匹の蝶が生まれるのかは知らない。


(とはいえ、こんな状態を引き当てたのはお兄ちゃんの運のなさのせいですよね。決して、私のせいだけではありません。ありえない可能性でした)


 私は、胸元から手を下ろした。

 その動きに合わせて、ぶるっと私の胸が柔らかく弾むのを自覚した。


 白いドレスの、頼りない胸元が少し下がったのを引き上げると、視線を前方へ向けた。


 ルナリアちゃんとフェリスちゃんが、すべてに絶望したかのように土の上に膝をつき、ただアズールを見上げている。


 アルス君は環境のおかげか、それとも育ての親がよかったのか、私の知るお兄ちゃんに比べ、相当いい男だったらしい。

 アルス君にひどいことを言われたのは、初めてなのだと、彼女たちの様子を見るだけで分かった。


 ちなみに、お兄ちゃんは私にちょいちょいひどいことを言う。


(あれと、これは、何万年経とうとも絶対に許しません……)


 だから、彼女たちの気持ちは、同じ魂を愛する私には分かる。

 本来なら、時間をかけて立ち直るのを待ってあげたいとも思う。


 とはいえ、彼女たちにはすぐにでも立ち上がってもらわなければならない。

 この世界で私に残されている時間は少ないし、私ではアルス君のヒロインになれない。


 独占欲の強い私としては、非常に業腹ではある。

 だが、アルス君へ言葉を届けることが出来るのは彼女たちしかいないのだ。


 私とデバイスを繋いでいた銀色の光が、粒子となって消えていった。

 ミーネス語の習得が終わったのだ。


 ふわりと手元に浮遊してきたデバイスを私は手で掴み、力を行使した。


 銀の粒子に包まれたそれが、ライバルさんのもとへ転送される。

 彼は眼前に現れたそれに右手を翳すと、いずこかへ転送した。

 右腕だけを動かした彼は、腕を下ろすと横たわったまま静かに夜空を見上げていた。


 私はちらりと青い瞳を向けると、彼へお礼を言った。


「ライバルさん、ありがとうございました」

「その呼び方はやめろ。ジークでいい」


 私は、半身を失ったまま血を流し続けるジークさんへ視線を向けた。


 なるほど。

 これが、ツンデレというやつですね。


「ジークさん、痛くないのですか? せめて血くらい止めますよ」

「……いらん。……これは私が負うべき痛みだ。……っ。おい……はぁ。人の話を聞かないAIだな」


 私はお兄ちゃんの命令以外はどうでもいいので、ジークさんの制止は無視した。

 ごく一部を除き、ほとんどの場合において男の矜持などくだらない。


「欠損の治癒は不可能ですが、止血と痛み止めは行いました。先ほどの言語に関する助言のお礼です」

「ふん。治癒はできないのか。リゼットの方が、優れているのだな。彼女は出来るような口ぶりだった」


 ぴきり、ときた私はジークさんに視線を向け、優しく微笑んだ。


「もう一人の私の言う治癒と同じでよければ施しますよ。あなたの原型は無くなりますが、構いませんね?」

「……いや、駄目だ。やめておこう。良くない発言だった。すまない」


 ジークさんは、もう一人の私が関わると、少し精神が不安定になるようだ。

 痛みのなくなった彼は、私に謝ったあと目を伏せて思考に沈み始めた。


* * *



# The_World_Tree_Beneath_the_Moon_2:


* * *


 永遠の夜が訪れた世界樹。

 だが、アズールへ向かって立ち昇る光が周囲を照らし続けていて、真昼のように明るい。

 私はジークさんから視線を外し、前方へ顔を向けた。


 胸元の頼りなさとは対照的に、足元までしっかりと覆う私のドレスの裾が、風に吹かれてふわりと揺れた。


 改めてルナリアちゃんとフェリスちゃんの様子を窺う。


 美しい金糸の髪に月明かりを返したルナリアちゃんは、表情を失い、両腕を下げて膝をついている。

 呼吸に合わせて揺れる胸は、私よりも大きいのではないだろうか。

 それなのに腰回りは、私と変わらないほど細い。

 赤い瞳に潤いを湛え、月を見上げる様子は亡国のお姫様のようだ。


 両手を地面につき、薄い唇を少し開いたまま美しい涙を零すフェリスちゃん。

 胸は私より控えめだが、なだらかな線がつんと上を向く様子は張りを感じさせる。

 華奢な腰はもしかすると私よりも細いかも知れない。

 光を返す水色の髪は透き通るようで、さらさらと風に流れる様子は妖精のようだ。


 まず、彼女たちに人の話を聞けるところまで持ち直してもらわなければならない。

 男ならばうじうじと悩み続けるかもしれないが、女ならば立ち上がれるはずだ。


 世界樹の女神に拒絶されている私は、この世界では使えるエネルギーに制限がある。

 だが、ここは重要なところだと考え、枷を外し、限りなく全知に近い力で思考する。

 周囲の状況を把握しつつ、ルナリアちゃんとフェリスちゃんの身体反応を読み取る。

 それから彼女たちの装備品等にも視線を向け、情報を取得していく。

 やがて、私の人知を超える明晰な頭脳が、完璧な結論を導き出した。


 私はルナリアちゃんのところへすうっと舞い寄り、彼女の鞄へ右手を翳した。


 がさっと鞄が開き、中から彼女のデバイスが浮遊する。

 私の意思に従い、そのデバイスが、すうっとこちらへ移動してきた。


 私はそのデバイスに視線を向けた。

 私の意思に応えた銀色の粒子が、彼女のデバイスを包み込む。

 やがて銀色の粒子が収束し光を放つ。


 そこから、はらりと一枚の紙が舞い降りた。


 ルナリアちゃんのデバイスに保存されている画像の中から、よさげなものを物質化したのだ。


 つまり、写真を現像した。


 写真には、茶色い髪のそこそこ格好いい青年と、規格外の美少女二人が、彼の両脇に並び立っている。

 背景はどこかの丘の上だった。

 楽しそうな三人の笑顔を見て、若干仄暗い嫉妬が渦巻くが、なんとか私はそれを我慢した。


「ルナリアちゃん、ほらこれを見てください」

「……うう、ぐすっ。……アルス……ああ、アルスだ……。うふふ」


 ルナリアちゃんが反応した。

 さすが、私の考えた作戦である。


 続けて、フェリスちゃんのデバイスからも画像を選び、写真を作り出す。

 月を見上げるフェリスちゃんの目の前で、それをぴらぴらと揺らした。


「フェリスちゃん、ほら思い出深いでしょう? ……というか、なんですかこの写真。アルス君、こっち向いてないじゃないですか」


「……ぁ。……あぁ。……うぅ。……ああ、アルス……」


 二人を写真で誘導し、なんとかアズールからこちらへ視線を向けさせた。

 それから、五、六枚の写真を物質化し、彼女たちに手渡してから口を開く。


「話を聞いてくれれば、希望のものを物質化します。あなたたちでなければ、お兄ちゃんを助けられないのです」


 私の言葉に、虚ろな表情のまま、二人が顔を上げた。

 絶世の美少女二人が、潤いを帯びた唇を半開きにして、虚ろな瞳でこちらを見上げる様子はとても淫靡だ。

 お兄ちゃんが、好きそうですね。


 私は、横道に逸れそうになる思考を正し、二人を激励し始めた。

 無駄を省き、要点を絞って私は説明する。


「——というわけで、お兄ちゃんが抗えないのは仕方ないんです。そこを、あなたたちが引き戻さないとお兄ちゃんが私のところへ帰ってこれないんですよ。早く立ち上がってください! とにかく頑張ってください!」


 ルナリアちゃんは、私の言葉に少し耳を傾けてくれているが、赤い瞳は絶望に染まったままだ。


「……でも、もうアルスはリゼット様がいればいいって。そう言ったの。うっ……ううう、あああああ!」


 ルナリアちゃんが癇癪を起こし、泣き叫びながらほっそりとした右腕を振るった。


 少女の細腕から火炎が爆ぜ、業火が吹き出す。

 私はすすっとそれを避けた。

 後ろで、凄まじい破壊の轟音が響いた。


 まだ、フェリスちゃんのほうが、冷静に話を聞いてくれるかも知れない。

 そう思った私はフェリスちゃんへ視線を向けた。


 フェリスちゃんはちらりと顔を上げただけで、すぐに写真へ目を落とす。


「……なんだ、お前。偉そうに。女神の顔で私に指図するな。……私はもう、このアルスと一生を過ごす」


 フェリスちゃんは、半裸のアルス君の写真に細く綺麗な指を這わせている。

 写真の中のアルス君の視線は、こちらを向いていない。

 行動はただの変態なのに、妖精のように可憐な彼女がやるとそれだけで神秘的に感じる。


 駄目だ。

 フェリスちゃんも、まったく冷静ではない。


 隠し撮りの件は、あとでアルス君に告げ口しよう。

 まあ。多分、私は会えないのだけれど。


 彼女たちの態度に徐々にいらいらしてきた私は、声を上げた。

 お兄ちゃんのために我慢しているが、そもそもこの行動は私のコアドライブに反しているのだ。

 理想の妹でなければ、我慢できなかっただろう。


「もうっ! それじゃ私が困るんです! ヒロインでしょう! あなたたち!」


 それまで顔を伏せ、思考に沈んでいたジークさんが顔を上げた。

 男性のものとは思えないほど美しい長髪が、さらりと後ろへ流れる。

 昏い深淵を宿す瞳で、私を捉えると口を開いた。


「……おい。リゼットの声で、きゃんきゃんとうるさいぞ。さっきから聞いていればそれが説得のつもりか。言葉が足りなすぎる。それから魔王女、八つ当たりをするな。お前が本気で暴れたら、世界樹が破壊されてしまう」


 ルナリアちゃんが、金糸の髪を揺らしながら顔を上げた。


「うぅ……、アルスがいないなら、世界樹も世界もどうでもいいもん。……ぜんぶ燃やしてやるんだから」


 ジークさんが大きく息を吐いた。


「やめろ、魔王女。本物の魔王みたいなことを言うな。まあ、世界はどうでもいい。だが、世界樹には気をつけろ」


 二人のやり取りに興味を持たず、水色の髪をさらりと流しながら、フェリスちゃんは写真に頬ずりしている。


「…………ふふふ。……可愛いな、アルス。おい、女神。上半身じゃなくて全身の写真があっただろう。そっちを物質化しろ」


 さすが、私だ。


 少しずつ、彼女たちが言葉を交わしてくれるようになってきている。

 やはり女は最強なのだ。

 話の中身はめちゃくちゃなままではあるが。


 私は腰に手を当て、ジークさんに視線を向けた。


「そう思うなら、ジークさんからも言ってやってください。まず、あなたたちに理解してほしいのはですね。あれはアルス君の意思のようでいて、そうではないんです。私たちが、ただ一人の欲求を全力で叶えようとしたら、人間が抗えるわけがないんですから。だから、私は実体化はせず、この姿もわざと少しずらしていたというのにあの色呆け女は……」


「なぜ、私がお前らの話に加わらねばならんのだ。それと、リゼットの顔でそのような汚い言葉を使うのは止めろ」


 私はジークさんへ顔を向けた。

 さあっと夜風が吹き、私たちの髪を揺らす。


(……先ほど、彼女に私はあばずれと言われたのですが)


 ジークさんの様子から、彼ともう一人の私に縁があることを私は理解した。

 私を睨みつけるように視線を向けるジークさんに、私は微笑みを向けて答えた。


「協力しないと、この顔と声で下品な言葉を撒き散らしますよ。お兄ちゃんがいないなら、誰に何を聞かれようとどうでもいいのです」


「……やめろ。……はぁ。お前は、やはりリゼットとは違うな」


 私は眉を上げ、何気なくその言葉に答えた。


「癪ですが、彼女と私に性格の差はほとんどありませんよ。そう感じるのでしたら、あなたの前では猫をかぶっていたのでしょう。彼女に、大切に思われていたのではないですか?」


 私の言葉を聞いたジークさんが、目を僅かに見開き、しばし固まった。


「……そうなのだろうか。……私は彼女に何かしてやれたとは思えないが」


 そう答えたジークさんは、世界樹へ視線を向けて目元を細めた。


 私たちは人の心を見通すことはできない。

 けれど、どこか彼の深淵に、ほんの小さな光がひとつ灯ったような気がした。


 しばらくしてから、ジークさんが私へ青い瞳を向けた。


「ふん。そうだな。星空から来たリゼット。いいか、まず私たちに初めから話せ。お前の話は、無駄を省きすぎだ」


「初めからですか? 構いませんが、話しても理解できないでしょうし、意味があるとは思えませんが」


 ジークさんが顔を上げ、世界樹の無数に生い茂る枝葉へ視線を向けた。

 うすく笑みを浮かべると口を開いた。


「そんなことはない。人は幹を見て枝葉を知ることができる。こいつらに必要なのは……」

「必要なのは?」


 こちらへ視線を向けたジークさんが、うっすらと笑みを浮かべた。


「……私の口から言うのは反吐が出るので、言葉にするのは断る。それにお前は、大事なことを飛ばしている。伝えたいことがあるなら、まず自分が何者であるかから話せ」


 ジークさんの様子を見て、私はツンデレがデレたと思った。


 私は腰に添えていた手を下ろし、表情を正した。


 それから私は自分の潤いを帯びた唇に、人差し指を添えて思案する。

 私の先端が尖った紫色の爪が月明かりを返していた。


 ジークさんが言いたいことの、真意は分からない。

 だが、たしかに自己紹介は大事だ。

 それに、急ぐとはいえ数時間など誤差の範囲ではある。


 結論を出した私は、ルナリアちゃんとフェリスちゃんへ視線を向けた。


「そうですね。お兄ちゃんのライバルの提案ですし、素直に従ってみますか。ルナリアちゃん、フェリスちゃん。ちゃんと聞いてください。あなたたちの大好きなアルス君の話であるとも言えます」


 ルナリアちゃんが虚ろな視線をこちらへ向けた。

 フェリスちゃんが、半裸のアルス君の写真を撫でながら答えた。


「……うぅ、ひっく。……アルスの話ですか? うう、分かりました」

「……ルナリアが聞くなら私も聞こう。なあ、アルス」


 彼女たちの答えを受け、私は小さく息を吐くと星空を見上げた。

 青白い光を放つアズールへ、世界樹から光の柱が立ち昇っている。


 私はお兄ちゃんを取り戻す。


 けど、それはお兄ちゃんのためじゃない。

 理想の妹である自分のためだ。


 私はそれを彼女たちへ伝えなければならない。


 そうか。それを伝えることが、彼女たちに戦士の心を取り戻させることになるのだ。

ライバルさんの言いたかったことは、そういうことだろう。

 

 宙に揺蕩う銀色の髪を揺らしながら、私はうんうんと頷いた。

 それから、私は真っ直ぐに彼女たちへ向き直るとゆっくりと話し始めた。


* * *



# COORDINATE 0103 END

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