11話 再会と一時休戦
月は雲に隠れ、アイゼンブルク郊外の古い修道院跡は不気味な静寂に包まれていた。父ガルム将軍の死の真相に繋がる手がかりを求め、私は単身、この場所に潜入していた。崩れた壁の隙間から中庭を覗うと、数人の火鉄団兵士と、フードを目深にかぶった謎の商人らしき男が密談を交わしているのが見えた。風に乗って、微かに「ペンダント」という言葉が耳に届く。やはり、キールが口にしていた物が鍵なのか。
集中していたその時、背後で微かな物音。反射的に身構え、振り返ると、そこには月明かりを背負って立つ人影があった。先日、街中で取り逃がした男――キール。
「またお前か! ここで何を企んでいる!」怒りが再びこみ上げ、私は剣の柄に手をかける。
キールは私を制するように片手を挙げた。「カーラ、今は私闘をしている場合ではない。あの取引…何か重要なことが動いている」その声は冷静だったが、どこか切迫した響きも帯びている。
「お前が父上の仇であることに変わりはない!」
私が一歩踏み出そうとした瞬間、事態は急変した。中庭で密談をしていた火鉄団の兵士の一人が、突如として私たちの方を指差して叫んだ。
「何者だ! 侵入者だ!」
それと同時に、謎の商人だった男が懐から短剣を抜き放ち、近くにいた火鉄団の兵士に襲いかかったのだ。裏切りか、それとも最初から仕組まれた乱戦か。次々と現れる黒装束の者たち。火鉄団の兵士たちも応戦し、修道院跡は一瞬にして剣戟の音と怒号が飛び交う戦場と化した。
そして、その刃の一部は、明らかに私たち――招かれざる客――にも向けられていた。
「ちっ、面倒なことになったな!」キールが吐き捨てるように言った。
「見た者は生かしておけんということか!」
四方から襲い来る敵。火鉄団の兵士も、黒装束の者たちも、私たちを排除しようと容赦ない攻撃を仕掛けてくる。私は剣を抜き、迫りくる刃を弾き返す。だが、敵の数はあまりにも多い。
死角からの一撃を、キールが横から割り込んで防いだ。
「カーラ、右だ!」
「言われるまでもない!」
憎い相手のはずなのに、その声には不思議と安心感を覚える自分がいた。私たちは自然と背中を合わせ、互いの死角を補うように戦っていた。私の剣が閃き、敵の体勢を崩す。すかさずキールの拳が、あるいは蹴りが、正確に急所を捉える。かつて道場で幾度となく繰り返した組手のように、私たちの動きは呼吸をするように連携していた。
戦いながら、私はキールの目を見ていた。その瞳には、私への敵意はなく、ただこの状況を打開しようとする強い意志と、わずかに私を気遣うような色が浮かんでいるように見えた。先日、街で対峙した時に彼が言い放った「お前自身の目で真実を見極めろ」という言葉が、脳裏をよぎる。
この男は本当に、父上を裏切ったのだろうか? 今、この瞬間、私と共に戦っているこの男が? 疑念が、怒りよりも強い力で私の心を揺さぶり始めていた。
「こいつら、ただの盗賊や火鉄団の手下じゃないな…動きが違う!」キールが歯を食いしばりながら言う。
黒装束の者たちの動きは統制が取れており、明らかに高度な訓練を受けている。そして彼らは、私たちと火鉄団の双方を攻撃している。
激しい戦闘の末、私たちは敵の一団をなんとか退け、修道院の崩れた地下聖堂へと転がり込むようにして身を隠した。追手の気配はまだ遠くない。荒い息を整えながら、私たちはしばし無言で互いを見つめた。壁の隙間から差し込む月明かりが、彼の汗濡れた横顔を照らしている。
「…さっきの連中…お前も追っているのか?」沈黙を破ったのは私だった。「あの『ペンダント』とは、一体何なのだ? 父上と、どんな関係がある?」
キールは、地下聖堂の冷たい石壁に背を預け、ゆっくりと顔を上げた。その瞳には、これまで見せたことのない深い苦悩と、何かを語りだそうとする覚悟が宿っていた。
「そうだ。ペンダントは、ガルム将軍が…お前の父上が命を懸けて守っていたものだ。鉄王国の守護者が代々受け継いできた、星の力を宿すと言われる秘宝だ」
「星の力…?」初耳だった。
「そして、師匠の死は、単なる裏切りや事故ではない。火鉄団と宰相ガイウス…そして、おそらくゼファーという男が仕組んだ周到な罠だ。俺は、その罪を着せられたに過ぎない」
キールの言葉は、重く、そして確信に満ちていた。私が火鉄団の拠点で見つけた羊皮紙の断片――『ガルム排除』『ゼファー氏協力』『ペンダント』の文字が、彼の言葉と符合する。
私はすぐには言葉を返せなかった。頭の中で、これまでの出来事が激しく交錯する。父の死、キールの裏切りという公式発表、火鉄団の暗躍、ガイウス宰相の台頭、そしてゼファーの存在。キールの言葉が、それらの点と点を繋ぐ一本の線になりつつあった。
「俺は師匠の仇を討ち、この汚名をそそぎたい。お前も父上の無念を晴らしたいはずだ」キールは、真っ直ぐに私を見つめて言った。「目的は同じはずだ。真犯人を見つけるまで、手を組まないか、カーラ?」
手を組む? 父の仇かもしれないこの男と? 葛藤が胸を締め付ける。しかし、今の私一人では、この巨大な陰謀に立ち向かうのは不可能に近い。そして何より、彼の言葉の真実を、私自身の目で見極めたいという思いが強く湧き上がってきていた。
「……信じたわけではない」私は、ようやく言葉を絞り出した。「だが、兄者の言うことが真実かどうか、この目で見極めさせてもらう。その上で、万が一、兄者が嘘をついていたと分かった時…その時は、私がこの手で兄者を討つ」
キールは、その言葉に静かに頷いた。「それでいい。その覚悟はできている」
こうして、父の仇として憎むべき男と、私は仮初めの同盟を結んだ。それは、あまりにも奇妙で、危うい絆だった。
「それで、まず何をすべきだと思う?」私が尋ねると、キールは懐から一枚の羊皮紙を取り出した。それは、彼が独自に調べていた情報の一部だった。
「あの黒装束の連中…おそらくゼファーの手の者だ。奴らはペンダントを奪い、何かを企んでいる。火鉄団もガイウスも、ペンダントを利用しようとしているが、ゼファーの目的はもっと別のところにある気がする」
「私が掴んだ情報では、火鉄団は近々、大きな武器の横流しを行うようだ。その取引に、ペンダントが絡んでいる可能性もある」
私たちは、互いの情報を突き合わせ、言葉を交わす。まだぎこちなさは残るものの、そこには確かに共通の目的に向かって進み始めようとする意志があった。
夜明けはまだ遠い。だが、私たちの心の中には、真実を求める新たな狼煙が、確かに上がり始めていた。それは、復讐の炎とは少し違う、もっと複雑な色合いを帯びた狼煙だった。




