クエストの報酬は?
あらかた道の障害物を片付けると、一矢は盗賊団の前に立つ。
「さて、それで? ヤるの? ヤらないの?」
ビビる盗賊達の中でリーダーだけは戦意を喪失していなかった。
「中々凄い力じゃねぇか。だがこの人数を相手に一人で戦えるかな?」
盗賊団リーダーは腰の剣に手をかける。その瞬間、剣の柄にナイフが突き刺さった。
皆が向けた視線の先にはエイミーが居た。
「次は額に突き刺さるわよ」
エイミーは手に持ったナイフをリーダーに向けて構える。リーダーは観念した様に両手をあげた。
「なるほど、二人だったか。……分かったよ、俺達の敗けだ」
「それじゃ商人から盗った金、貰おうか」
『〈返して〉が抜けてますけど?』
エイミーは心の中で思った。
リーダーの合図で盗賊団の一人が小さな袋を一矢に向かって投げる。袋は一矢の手前で地面に落ちた。
「……それで俺達はもう行って良いのかな?」
「そうだな、ここらで仕事しないなら用はないよ」
「こんな大掛かりな仕掛け作って、あっという間におじゃんじゃ縁起がワリィや。他所に行くぜ」
盗賊団が森の中へ帰り始め、一矢は袋を拾おうと手を伸ばす。エイミーも一矢の方に気をとられた。
リーダーが剣の柄に刺さったナイフを抜き取るとエイミーに向かって投げた。
「危ないッ!」
一矢の叫びにエイミーはギリギリかわす事が出来た。
「野郎共ッ! 今だ!」
リーダーの合図で盗賊達は一矢達に襲いかかる。
「あんまり怒らせると、手加減してやらないぞッ!」
一矢は物凄いスピードで間合いを詰めると、盗賊の一人を捕まえて振り回した。
「ヒィィィィーーーッ!」
振り回された盗賊の足が、体が他の盗賊達を凪ぎ払う。
「はい、パーースッ!」
「うがぁっ!」
散々振り回した盗賊を一矢は他の盗賊に向かって投げ飛ばす。
一矢はあっという間に盗賊を片付けていくのを見て、リーダーは青ざめた。
「ま、まさか……。たった一人の男に、十二人が全滅だと? ば、化け物か」
リーダーが後退り、逃げようとした時、首筋に冷たい物が押し付けられた。
いつの間にかリーダーの背後からエイミーがナイフを突き付けていた。
「本当にアイツは化け物じみてるわよね。それで? ナイフを返してくれたお礼は何が良い?」
「す、すまなかった。へへっ、気の迷いって奴よ。勘弁してくれ」
「あんた、それで許されると」
「思ってないよなぁ」
一矢もリーダーの目の前へと立ちはだかると不適に笑った。
「チッ、今時の盗賊はしけてんなぁ。何か村に貰ったのと同じ位しか入って無いぞ?」
「金貨の枚数はね。でも高価な金貨ばかりだから。まぁ、あの時の五倍位はあるかな?」
「じゃ、ありがたく貰ってくねぇ~」
一矢はリーダーに手を振る。
「いっ、良いんだ。気にしないでくれよ。……それより、ココから下ろして貰えねぇかなぁ?」
リーダーはボコボコにされた挙げ句、逆さ釣りにされたまま答えた。
一矢達は振り返らず、そのまま馬車に乗り込む。
エイミーは馬車を走らせながら一矢に訪ねた。
「念の為聞くけど、商人のおじさんにお金は返すのよね?」
「当たり前だろ? コッチには盗賊から奪った分もあるんだ。ケチ臭い事は言わないよ」
エイミーはてっきり返さないつもりかと思っていたので、少し驚いた。そんなエイミーに一矢は袋を渡す。
「でも報酬の三割は先に貰っとこう。ちょろまかされたら嫌じゃん?」
エイミーは一瞬悩んだが、先に貰うも後に貰うも一緒かと思い直し、中身を改めた。
宿屋に戻ると主人と商人が驚いた顔でやって来た。
「ずいぶん早かったな。やっぱり駄目だったか?」
「万事うまくいきましたよ。道も通れますし盗賊も去りました。これ、あなたのお金でしょう?」
袋を受け取った商人は目を丸くした。
「コレ……ワシのだ! 兄ちゃん、本当に取り返してくれたのか! たまげたなぁ」
「でも先に報酬分は貰いましたけどね」
「ああ、かまわんかまわん。意外にしっかりしてるんだなぁ兄ちゃん。商人に向いてるかもな」
商人は高らかに笑った。そして宿屋の主人も一矢の前に進み出る。
「これでウチにも客が来れるようになって一安心だ。俺からも礼を言うよ」
主人は一矢に手を差し出し、一矢はそれを握り返した。
「報酬の件、覚えてますか?」
「あぁ、勿論。だがどうしたら良い? 金は大して無いぞ」
「娘さんに旅の同行をお願いしたい」
「チョット!」
エイミーは一矢を止めると主人から少し離れた所に引っ張ってくる。
「何言い出してんのよ。そんなの無茶苦茶でしょ! それにアンタ、あの娘に一度断られてるじゃない!」
エイミーはそう一矢に耳打ちするも、一矢は笑って受け流す。
「フッ、男には引いてはいけない戦いがある。それに安心しろ、俺は全員を分け隔てなく愛せる」
「そこは心配してないしッ! あんたの愛なんか要らないわよ! コッチは余計な恥をかきたくないだけッ!」
二人のやり取りにおずおずと主人が口を挟む。
「あの……、一応娘に聞いてみますが嫌だと言えば縁が無かったと言う事で良いですか?」
「勿論それで構いませんよ。無理矢理は自分の流儀じゃないんでね」
「アマンダ、アマンダや。チョットおいで」
主人が呼ぶと奥から女性が出てくる。
女性は主人と同じ位の身長で顔もそっくり、あの給事係とは似ても似つかない。
それを見て、一矢達は目を丸くした。
「アマンダ、この方がお前と一緒に旅をされたいそうだ。もしお前さえ良ければだが」
「えっ? そんなの急に言われても……」
「嫌なら断っても良いんだ」
「え~、そうなの? 困ったな~。今度、ビスケ君と釣りに行く約束もしてたし……」
アマンダは頬を赤く染め、モジモジする。どうやら満更でも無いようだ。
「チョット待ったーーッ!」
一矢は思いっきり手をあげて挙げて、二人の会話に割り込んだ。
「あの……もう一人、娘さん居ますよね?」
「もう一人? ……もしかして給事係の子かい? あの子はコックの娘だよ」
「コック……」
確かに父が働いてると言っていただけで、宿屋の主人が父とは言ってなかった。
「私、この村を出て世界を見たかったんです。良ければ一緒に連れて行って貰えますか?」
アマンダは目を輝かせながら一矢に言う。一矢は引きつった笑みを浮かべた。
「……いや~、ビスケ君が可哀想なんで。また今度にしますか」
「良いんです! ビスケ君みたいなナヨナヨしたタイプは私の好みじゃないんで。私はあなたの様な強い方が好きなんです! キャッ! 言っちゃった」
アマンダは恥ずかしそうに、大きな手で大きな顔を隠す。
「おいおい、父親の前で止めてくれよ。……お前には宿屋を継いで貰いたかったのだがな」
「ご免なさいパパ。でも私、自分に正直でありたいの!」
「お前もいつの間にやら大人になってたんだな……」
完全にアマンダは行く気満々で、主人は見送る気満々だった。
冷や汗を流し、チョット泣きそうな一矢を見てエイミーは笑いを堪えられなかった。
「じょ、冗談ですよ。やだなぁ二人とも。最初から気持ちだけで良いって言ったじゃ無いですか。ねっ、言いましたよね? ねっ? ねっ?」
「う~む、そうだったかな……」
主人は首をかしげる。
「言ってますから本当にッ! あっ、僕達もそろそろ急ぎますんでね、行かなきゃ。ほらッ! エイミーも乗って。早くッ!」
一矢は宿屋を飛び出し、馬車に駆け込む。エイミーもお腹を抱えながら馬車に乗り込んだ。
「おい兄ちゃん、待ってくれ! ワシも途中まで同行させてくれ!」
商人のおっちゃんが慌てて自分の荷物を担ぎ、宿屋の脇に繋いでいたロバに跨がった。
未練たっぷりのアマンダを残し、次の村まで商人と三人で行く事になった。