魔族への思い
太陽が真上に近付く頃、見張りがハーピーが向かって来るのを見付けた。
報告を受けて、ベティーナはまた門の前へと出迎えに行く。
一矢達も城壁の上から様子を伺う。
舞い降りたエイミーを見ると、一矢は口元が綻んだ。
「我等、魔族の答えはイエスよ。こちらから砦及び補給部隊に手は出さないわ」
「有り難う。こちらもこれ以上森へは干渉しない」
「但し、条件がある。私も魔族の使者として同行させてもらう。停戦を飲むと見せ掛けた時間稼ぎ、と言う事も考えられるからね」
「我等は人間の王都へと向かう。最悪停戦はならず、貴女も捕らえられ、処刑される可能性もあるが宜しいのか?」
「構わないわ。元よりその覚悟よ」
ベティーナは緩みそうな唇をキュッと結ぶ。
「了解しました。必ずや善処致します」
ベティーナ達の会話を聞いた砦の兵達はどよめいた。
兵士の一人が副部隊長の元へ走る。
「では準備が出来次第、ここを発ちたいと思います。あなたの準備はいかがですか?」
「こちらの準備は出来てるわ。いつでも」
エイミーは肩から提げた鞄を見せる。
「これから上の者にも説明しますので、宜しければご一緒に」
エイミーを連れて戻ってきたベティーナの元に、副部隊長が飛んで来た。
「ベティーナ殿! これは一体、どう言う事ですか?」
「説明致しますので、何処か場所を」
ベティーナはチラリと見回す。
兵達がベティーナ達を注視していた。
「しかし、こいつは魔族ですぞ? それを王都に連れてくつもりですか?」
「私にお任せ下さい。いざとなれば……」
ベティーナは腰に提げた剣の柄に手をかける。
「一旦、話し合いましょう。それでは部隊長のテントで。おい、そこの君! 中隊長達を呼んでくれ」
声をかけられた兵士は走り去る。
「さあベティーナ殿、行きましょう。それと」
副部隊長はエイミーを見る。
「あなたも、来ますか、いやついて来なさい」
エイミーは頷いて二人の後を追う。
部隊長のテントでベティーナ達が待っていると続々と兵長達が入ってきた。
「ベティーナ殿! 何故魔族がこんな所に?」
テントに入ってくるや否や中隊長が言った。
「我等の監視役含め、魔族の使者として同行されるとの事です」
「まさか……魔族を王都へ招き入れようと言うわけではあるまいな」
驚愕する中隊長に、ベティーナは冷静に答える。
「何か問題でも?」
「ベティーナ殿は正気かッ? 魔族に王都の場所を知らせる事になるではないか」
「彼女の様に魔族には空を飛べる者もいます。調べようと思えばいくらでも調べられるでしょう」
「王都へのスパイ行為が目的かもしれませんぞ!」
「そうだ! 王の暗殺を目的としてるかもしれません」
「それに王都を魔族が歩けば混乱を招きますぞ!」
ベティーナは兵長達へ苛立ちを覚え始める。
『何故、この者達はエイミー殿を信用しようとしないのか!』
ベティーナ自身も昔はそうだったと思い出した。
心を落ち着かせながら口を開く。
「彼女を私の刃が届く範囲へと常に置いておきます。それにハーピーには変身能力も有ると聞きます」
そこでベティーナはエイミーを振り返る。
エイミーが人間の姿へと変身すると兵長達は驚きの声をあげた。
「これなら要らぬ混乱を避ける事が出来ます。どうか御許可を」
沈黙の中、一人の中隊長が問いかけた。
「何故それほどまでに危険を侵そうとするのでしょう。……下手をすれば貴女も処罰は避けられませんぞ?」
ベティーナは毅然として答える。
「単に平和を目指すゆえです。今のままですと戦争は長引きます。平和的に終戦出きるのならば多少のリスクは覚悟の上です」
「そこまで魔族に肩入れするとは。何か良からぬ事を考えていないかと、勘繰ってしまいますな。……例えば魔族を利用し反乱を企てているとか」
この中隊長の意見は他の中隊長も驚いた。
「お主! それはベティーナ殿に失礼ではないか! 先の戦いでもベティーナ殿達が居なければどうなっていたか」
「私はそれも怪しんでいるのだ。そもそも何故、こんな辺きょの地まで応援に駆けつけたのか? ベティーナ殿の担当は海を渡った向こう側ではないか!」
だがベティーナは狼狽えない。
それも事前に予想していたからだ。
「それについてはクレア殿が王宮魔法団を目指していた事が始まりです。王都では本作戦の為入団試験が難しいと言う噂を聞きまして、一矢殿の提案で魔法団員にスカウトされるのを期待し、義勇兵として参加しようとなったのです」
一矢の思惑とエイミーの事は伏せていても、話しに十分筋が通ているはずと、ベティーナには自信があった。
その証拠に中隊長達にそれ以上異を唱えるものは居ない。
「当初の予定通り、私の独断でと言う事で良いのです」
副部隊長が静かに立ち上がった。
「……ベティーナ殿。報告書をお返し頂いても宜しいか?」
「勿論です。皆さんにはご迷惑をお掛けしないように致します」
ベティーナが副部隊長から朝に受け取った書簡を返す。
「何か誤解をされていますな。報告書に魔族が同行する旨を追記させて頂くだけです」
それを聞いて、中隊長の一人が勢い良く立ち上がる。
「何だと! 副部隊長殿! それはどう言う事か?」
報告書を書く副部隊長はそんな罵声に動じない。
「義勇兵のベティーナ殿にそこまで責務を押し付けるつもりはない。正規部隊の我々が担うべきものだ」
「しかしッ! 下手をすれば我々も処罰されるぞ!」
「ならば私個人の嘆願書と言う事なら宜しかろう! ここまで尽力頂いたベティーナ殿をこのまま送り出すのか? もし部隊長殿が御存命ならば、そんな事はしないはずだ」
「上が問題を起こせば、部下の兵達も巻き沿いになる。部隊長ならその辺もわきまえるはずだと思いますがね」
「個人の事ならとやかく言いますまい」
「私は反対したと書いておいて貰えますかな?」
中隊長たちは好き勝手言う。
「ベティーナ殿、私の嘆願書などお役には立てぬかもしれません。ですが宜しく頼みます」
「これ程の御厚意、感謝しきれません。きっと良い返事を頂いてまいります」
ベティーナは副部隊長に頭を下げる。
「ベティーナ殿。私からも一つ宜しいか?」
一人の中隊長が手を挙げた。
「私もベティーナ殿の力にはなれそうもないが、私は魔法団員の分団長をしています。クレア殿に魔法団への推薦状を御用意致しましょう。少なくとも試験を受ける事は出来る筈です」
「有り難うございます! クレア殿もきっと喜ぶでしょう」
二通になった書簡を携え、ベティーナとエイミーはテントを後にした。
だが砦の中に魔族が居ては空気が張り詰めてしまう。
早々に出発しようとするが、昼食前の出発にクレアが反対する。
「待って下さいッス! こういう時は焦った方が敗けッス! 先ずはご飯を食べて、お代わりしてッスね……」
副隊長の計らいで二人前の弁当を用意する事で渋々クレアは納得した。
そしてベティーナの手綱で一矢達の馬車は王都へ向かって出発した。




