難航する会議
一矢が意識を取り戻したのは夜になってからだった。
一矢は自分のテントから出ると食事をするクレアを見付けた。
クレアは一矢に気が付くと大きく手を振る。
「んーッ! んぐっ。やっと起きたッスか? もう、死んじゃったかと思ったッスよ。あっ、これ夕食ッス」
クレアはそう言うと半分食べられている食事トレイを一矢に渡した。
食欲の無い一矢はご飯をつつきながら聞いた。
「エイミーはどうだった?」
「元気そうでしたよ。取り敢えず明日返事を聞きに来るって事で、森に帰りました」
クレアは答える間も、一矢のご飯から目を離さない。
一矢はトレイをクレアから遠ざけた。
「……あげないからな。ってかもう半分食ってるよね? ……それより停戦は上手くいきそうかな?」
「どうッスかね。かなり揉めてたッスからね。今ベティーナさんも一緒に会議の真っ最中ッス」
クレアは一矢の食事を諦めて、自分の分を頬張る。
「ここまでは何とか予定通りか。……魔族のボスも、何とか倒したし」
一矢はロバートの事を思い出した。
知るのは怖いが確認しなければならない。
「……部隊長はどうだった?」
クレアは無言で首を横に振る。
一矢は本格的に食欲を失い、トレイをクレアに渡した。
クレアが一矢のトレイに飛び付くのを横目に、一矢は自分のテントへと戻った。
クレアの言う通り、ベティーナ達が行っている会議は難航していた。
「部隊長殿が殺られたのだ! 断固戦おう!」
「魔族共と交渉する余地はない! 魔族殲滅は王の勅命なんだぞ!」
「これは重大な事だ。我等だけでは判断すべきではない。王都へもう一度使者を送ろう」
「しかし、これ以上砦を守るのは無理だ。一旦、王都へ撤退すべきだ。このままだと全滅するぞ」
四人の中隊長がそれぞれ意見を言い合い、一向に纏まる気配は無い。
それを副部隊長が黙って聞いていた。
「志願兵風情で失礼かと思いますが、私の意見を申し上げて宜しいですか?」
ベティーナの声にその場は静まり返った。
「……是非お願いします」
副部隊長にそう言われ、ベティーナは立ち上がった。
「このまま戦うにしても砦を守るにしても、補給無くては致し方ありません。そこで我等が森へ入らない代わりに補給部隊を襲わないよう、互いに不可侵条約を結びましょう」
中隊長達がザワつく。
「その間に使者を王都へ送り、停戦協定の是非と補給部隊の催促をしましょう」
「しかし……魔族が約束を守ると思えませんな」
「使者を送るのなら、やはり騎馬一個小隊ですか? いざと言う時に対応するには致し方無いとしても。今度は砦の守りが薄くなりますぞ?」
ベティーナは中隊長達の否定的な視線を跳ね返す。
「騎馬一個小隊も必要ありません。私と一矢殿とクレア殿の三人で王都へ向かいます」
「たった三人で? 道中魔族に襲われたらどうするのですか?」
「いやいや、確かにベティーナ殿だけでなく、一矢殿やクレア殿も居れば十分かもしれませんな」
「しかし、これは重要な役割ですぞ! ベティーナ殿には失礼かも知れないが、正規兵で無い者に任せて良い事ではないだろ」
「だがベティーナ殿の言う通り、補給が届かない限りは我等に勝機は無いぞ?」
中隊長達の意見はそれでも纏まらず、副部隊長は頭を抱えた。
「……何だかんだと言って、ベティーナ殿は王都へ行くフリをして、逃げるつもりなのではないか?」
「良い加減にしろッ! ベティーナ殿は自らの意思でここまで尽力戴いてるのだぞ!」
中隊長の心無い一言に、副部隊長は机を叩いた。
「皆さんに信用されていないのも当然でしょう。正規兵では無いのですから。ならば私の独断と言うのはどうでしょう?」
ベティーナの言葉に中隊長達がお互いの顔を見回す。
「もし明日まで他に策が出なければ、私が一人で魔族に会い、先の通りに伝えましょう。だがそれはあくまでも私が独断で行った事。皆さんはそれに従う必要はありません」
「……責任はベティーナ殿がとると?」
中隊長の言葉にベティーナは頷く。
「そうです。その上で、攻めるにしても守るにしても好きになされれば良いでしょう。こちらの言葉を魔族が信じれば虚をつけますし、信じてなくても不利に働く事は無いでしょう」
「……それならば停戦の話自体無かった事として、今後の方針も決められるな」
「だったらあの時、ハーピーもろとも皆殺しにすれば良かったんだ!」
「あのハーピーも言ってたではないか! 森に居る魔族はウェアタイガーやケンタウルス達だけでは無いと。………状況は変わらんよ」
「待てッ! もしベティーナ殿達を使者に出して、その間に砦へ魔族が攻めてきたらどうする? きっと今度こそ全滅だぞ!」
中隊長達の議論に副部隊長はうんざりする。
「……ベティーナ殿。ハーピーの件はお任せして宜しいか?」
「了解しました」
副部隊長に敬礼するとベティーナは部隊長のテントを後にした。
中隊長達は熱中し過ぎて、ベティーナが出ていった事さえ気付かなかった。
次の日、空が明るくなると、エイミーが飛んでくるのが見えた。
見張りからの報告を受け、ベティーナは門の前でエイミーを待った。
一矢とクレアも城壁の上から成り行きを見守る。
エイミーがベティーナの前に降りると厳しい表情のまま尋ねた。
「では、昨日の返事を聞かせてもらえる?」
ベティーナは一度振り返る。
やはり中隊長達の姿は見えないが、城壁の上には一矢達の他にも兵が居る。
ベティーナ達の会話は十分に届く距離だ。
だからここでエイミーと親しげに話す事は出来ない。
ベティーナは寂しさを噛み締めながら毅然と答えた。
「今、停戦協定について申し上げる事は出来ない! だがこれからしかる者へと報告し、その上で返答致します。その間、こちらは森へ入る事はしないので、そちらも我々人間への危害は加えないで頂きたい!」
エイミーは悩むそぶりを見せる。
「それは直ぐに受け入れる事は出来ないわ。一度森へ戻り、昼までに答えを出させてもらって良い?」
「お待ちします」
「では、人間と魔族が良い関係を築けるように」
エイミーはそう言うとまた飛び去っていった。
「……あぁ、私も切に願っています」
ベティーナはそう呟くと砦へと戻った。
「取り敢えずはこちらの思惑通りと言うところでしょうか」
戻ってきたベティーナに副部隊長が声をかけてきた。
「副部隊長殿。あくまで『私の』です」
「ご安心下さい。停戦の事についてはベティーナ殿に一任すると、今朝の会議で決まりました。王都への報告書もこちらでご用意致しました」
副部隊長に一通の書簡を差し出され、ベティーナはそれを受け取った。
「ありがとうございます」
「きっと上手くいくでしょう」
副部隊長がベティーナに頭を下げて去っていくと、一矢達がやってきた。
「上手くいきそうか?」
「魔族の出方次第ですが……。エイミー殿が上手くやってくれるでしょう」
「ねぇねぇ、立ち話もなんスから、早くご飯食べに行きましょう?」
クレアが二人の袖を引っ張る。
「そうだな。……ここじゃ他の兵士も居るし。飯食いながらにしようか」
一矢は食事を取りに行く途中、エイミーの姿を思い出す。そして一矢の口はつい綻んだ。
『元気そうで良かった……』




