ハーピー捕まえました
一矢はチラリと横で倒れている親分を見る。
親分の両腕は途中であらぬ方向へと曲がり、顔は拳大に陥没し、口の端から舌が垂れ下がっている。
一矢自身が行った事だが目を覆いたくなるような惨状だ。
『どうしようか、コレ……』
このまま村に帰っても誰も一矢が盗賊団を追っ払ったと信じないだろう。
『略奪品は持ち帰るとして、やっぱり親分も連れて行かないと……。でもコレ……死んでるのかな?』
一矢は親分をチョットつついてみた。
何の反応も無い。
取り敢えず縛っておこうと思い、一矢はテントの中を物色してみる。
三つ目のテントでロープを見つけて戻ってみても親分が動いた形跡はなかった。
一矢が恐る恐る親分に近付こうとした時、一人の魔族が空から降りてきた。
「ただいまーっと」
その魔族は胸から足の付け根にかけて羽毛で覆われており、両腕に大きな羽を持っていた。
『こっ、コイツは!』
肩まで伸びた髪は軽くウェーブがかかり、大きな瞳とぷっくりした小振りの唇、羽毛から覗く胸の谷間と太股。
羽と羽毛を除けばまさしく女性そのもの。ハーピーだ。
「おやっ? 新しい奴隷かな? あんたも気の毒だねぇ」
ハーピーは一矢を見てクスリと笑う。
「アレ? みんなどこ行っちゃったのかな」
ハーピーはキョロキョロと辺りを見回しながら歩いていると倒れていた親分につまずいた。
「痛ッ! 何だよ、こんな所に大きな……えっ! 親分? 嘘? 何があったの?」
ハーピーは怪しい視線を感じて顔をあげる。
視線の先にはロープを持った一矢が鼻息荒く近付いてきていた。
ハァ、ハァ、ハァ。
「あっ、あれ? あんた奴隷だよね? ……でも何で手も足も縛られてないのかな?」
一矢は無言のまま更に近づいてくる。ハーピーは嫌な予感がした。
「チョット待って……もしかして……いや、まさかそんな……」
一矢の眼が怪しく光った。
「イヤァァァッ!」
ハーピーは一瞬で三メートル程飛び上がった。
「逃がすかッ!」
一矢も驚異的な的なジャンプ力を見せ、ハーピーの腰と胸にしがみついた。
「ヤだ、変態! どこ触ってんの!」
「うるさい! 役得だ! 役得!」
一矢とハーピーはそのまま地面に墜落し、そのまま一矢に縛り上げられる。
「お願い、コレをほどいて! 私は良い魔族よ? 仕事も偵察だけだし人間に危害は与えないの、ねっ?」
「悪いがそう言うわけには行かない。コッチも魔族を連れてかないと村の人達に信じて貰えないからな」
「だったらそこの親分を連れてきなさいよ!」
一矢はもう一度親分を見る。
「エェェ……コレを?」
「コレって。あのね、私なんか連れてっても、村人達は私の事なんか知らないわよ!」
『やっぱり連れて行くしかないか。……コレ』
一矢は改めてロープを探し出し、親分を縛り上げる。そして軽々と持ち上げると馬車の中に放り込む。
「あんた、力持ちだね……。それであたしはもう必要ないわよね? さぁ、ほどいてよ」
「ダメ。せっかく捕まえたんだし、それに……ムフフッ」
ハーピーを見て一矢は鼻の下を伸ばした。
ハーピーは一矢の視線の先、自分の体を確認する。
縛り方のせいか、ハーピーの胸は上下から挟まれ、強調されていた。
「ドコ見てんのよ! 変な縛り方して。変態じゃないの?」
ハーピーは身を捩って一矢の視線から胸を隠した。
「違う! 別にわざとそんな縛り方にした訳じゃないんだ! ……でも俺は自分を誉めてやりたい! 良くやった! 五分前の俺!」
「やっぱりただの変態じゃない!」
「良し、という事で出発するぞ」
「ヤダヤダッ! 触らないで! エッチ! スケベ!」
泣き叫ぶハーピーを馬車に放り込み、アジトに有る略奪品と思われるものも適当に袋に積めて積み込む。
一通り積込終えると、一矢はそこで肝心な事に気が付いた。馬がいない。
探してみるとテントから少し離れた所に二頭の馬が木に繋がれていた。
『まったく、馬なんか馬車に繋ぎっぱなしにしておけば良いんだ。そして働かせろ! 馬車馬みたいに。……ププッ』
自分の考えに笑いながらその内の一頭を木からほどいて手綱を引く。
しかし馬は動こうとしなかった。
「アレ? 何だよ。早く来いよ」
グイグイ手綱を引っ張る一矢に、馬は抵抗を示す。
それでも何とか力付くで馬車まで連れてきた。
だが今度は荷馬車と馬をどう繋げば良いか分からない。
一矢が悪戦苦闘しているとハーピーが話し掛けてきた。
「私がやってあげようか? 馬の世話係もしてたから任せて。ねっ? だからチョットだけ縄ほどいてよ」
一矢は既にこんがらがっている手綱とハーピーを見比べ、仕方なくハーピーのロープをほどいてやった。
ハーピーの手を借り、何とか馬二頭を馬車に繋げて出発する。
御者台で馬車に繋がれた馬の手綱を引くハーピー。
荷車でハーピーの腰に結ばれたロープを引く一矢。
「本当にチョットしかほどいてくれないのね」
「ほどいたら逃げるつもりだろ? ほらほら、村に向かってレッツゴー!」
テンションの高い一矢とは裏腹に、ため息混じりのハーピーが馬を操り、アジトから離れる。
「いや~、馬車に乗ってみたかったんだよね! ねぇねぇ、もっとスピード出してみてよ。スピード!」
「森の中でスピード出したら危ないでしょうが! ……はあ、なんでこんなバカに捕まっちゃったんだろ」
村へと向かう道の途中、一矢はハーピーに馬車を停めるように言った。
「何? 私を助けてくれる気になった?」
「まさか。チョット荷物を置いてくるから待ってて」
「えっ? でもそれ、村の荷物だよね?」
「俺の報酬分は隠しておこうと思って」
「……報酬? 村の人達からOK貰ってるわけ?」
「何言ってんの。クエストクリアしたら報酬貰うのが当たり前だろ? 黙ってれば分からないよ」
「バレなきゃ良いって盗人の考えだからね! あんたが捕まろうが知ら無いけど、巻き添えはやめてよ!」
「良いじゃん。お前達が使い込んだって事にすれば」
「チョット待って! 何『お前達』って、『お前達』には私も入ってんだよね? 『良いよ』って言うわけ無いでしょ?」
ハーピーはため息をついて一矢に向き直る。
「一応私も盗賊団の一人だけど、仕方なく一緒に居ただけなの。ハーピー仲間とはぐれてしまった妹を探してて、成り行きだったのよ」
ハーピーの話では越冬の為にコッチの方へ渡ってきた時に妹だけが群れからはぐれてしまったらしい。
妹を探す為に残ったものの当てもお金もなく、さまよっている所に盗賊団と出会った。
盗賊団は定期的に移動を繰り返すしそれなりのお金も入ってくる。それで馬の世話係りと偵察係りを兼ねて一緒について行く事になったと言う。
「だからね、ココは見逃して欲しいの」
一矢は考え込み、そして頷く。
「分かった。それじゃあ、村にコレを返したら一緒に探しに行こう」
「え? あたしの妹を? 何であなたと一緒に? だって関係ないでしょ?」
「俺もこれから旅に出る予定だし、色々やって金も稼ぐつもりだ。一人より良いだろ?」
ハーピーは悩んだ。
『確かに一人ではどうしようもなくて盗賊団に入ったけど。……コイツは人間だしな』
ハーピーは腰に巻かれたロープを見る。
『断ればコイツはあたしを村人に引き渡すかも。それなら答えは一つか』
「……分かったわ。でも妹を見付けるまでだからね」
「それじゃあ必要な軍資金は確保しないと、なっ?」
一矢は略奪品の中からいくつかの宝石を取り出す。
「ダメよ! そんなのすぐ盗品ってバレるもの。プロじゃないとサバくのは無理よ」
「……じゃあ食料品だけなら良いだろ?」
一矢は袋の中を覗いて食糧を探す。エイミーはその姿を見ながら悩む。
『本当に良いのかな。盗賊団辞めるなら、返した方が良くない? ……アレ? 色々やるって盗賊じゃないわよね。……人の食料見てブツブツ文句言ってるけど、本当に大丈夫だよね?』
食糧が入っていたのは全部で三袋。その中の一つを街道から少し入った森の中へ隠した。
「後はお前が村人に魔族だってバレないようにしないとな」
「エイミーよ」
「えっ?」
「私の名前よ。エイミーって言うの」
「俺は一矢。宜しく」
一矢は手を差し出す。エイミーもそれを握り返す。
『やっ、柔らかい……』
一矢は初めて握る女性の手に感動を禁じ得なかった。
「……チョット、いつまで握ってんのよ」
「もう少し……もうチョット……本当にもう離すよ……」
一矢はエイミーの手をニギニギする。
「何してんのよ!」
エイミーは無理矢理手を引き抜いた。
そんなエイミーに一矢はムッとした。
「勘違いすんなよな! これから道中を共にする仲間をより理解しようって思ってただけなんだから!」
「そう……なの? それはゴメンなさい」
「気にすんな。勘違いには馴れてるから。……ムフッ、暫く手は洗わないでおこう」
「すぐ洗って! 全然勘違いじゃないでしょ。変態確定よ!」
「そんな事より、村人にエイミーが魔族だってバレ無い様にしないと。確か服も略奪品に有ったけど着れるかな?」
「そんな事って……まあ良いわ」
エイミーは腕を軽く振り回す。大きな羽は振袖に姿を変える。体に生えた羽毛も着物へと変わっていく。
エイミーはあっという間に人間の姿になった。
「どう? これなら問題ないでしょ」
「うん、……良い!」
一矢はエイミーの姿に釘付けになる。エイミーの着物はミニ丈で太ももが露わになったまま。
一矢は露骨に鼻の下を伸ばした。
「……言っとくけど、早くもパーティー解散の危機だからね」