中編
次の瞬間、ホール中に目も眩むような光が満ち、空間がベリベリと音を立てて裂けた。
光の中から現れたのは黒いセレモニースーツに身を包んだサラスト黒髪ロングヘアの美丈夫。
「……迎えにきた。我が妻プロセルピナよ」
死者の国、冥府の王・ハデスである。
「ピナちゃーん、もう大丈夫だよー」
次に現れたのは光のタキシードに身を包んだ、これまた金髪ロングウェービーの、これまた美丈夫。
全知全能の最高神・ゼウスである。
「ウエエェェン、旦那さーん! おじさまー!」
「おーよしよし、ピナちゃん泣くのはお止め。
ゼウスおじさまがなぐさめてあげよう」
最高神がデレデレと頬を擦り寄せようとした瞬間、黒い影が割り込んだ。
「義兄上、それは自分の役目故、交代していただきたい」
ガシッとゼウスの手首を掴むハデス。
実は、アレスもまた神──最高神ゼウスの息子であり、軍神アレスその人だった。親父の命令で、従妹であるコレットの護衛としてお忍びで学園生活を送っていたのだ。
最高神ゼウスの降臨で、王様以下その場にいた全員が頭を下げる。リュシエンヌも、エレノアも、恐怖に震えた王太子一行もだ。
──が、ここに一人、致命的に空気の読めない女がいた。
「あのう……わたしミルルっていいますぅ……
わたし、コレットさんから本当にいじめられてて……」
ミルルは胸を強調し、腰をくねらせて、上目遣いで新たな「高位のイケメン(神)」であるゼウスとハデスにアプローチを試みる。……が、ハデスが行く手を阻む。
「キャッ!」
「自分は妻一筋故、不要な視界の汚染はご遠慮願いたい」
ハデスは冷徹に言った。
「僕は基本来るもの拒まずなんだけど……君みたいな醜女、タイプじゃないんだよねぇ」
ゼウスは笑顔で言い切った。
「言い切ったな、親父」
「ああいう女は、見目は悪くないけどそこまで言わないとわからないタイプなんだよ」
「そ、そんな……! 私の魅了の加護が効かないなんて……!」
「ああ、そういう加護を持ってるんだね」
ゼウスが淡々と看破する。
「魅了の加護?」
「うん。でもうちのヴィーナスちゃんの加護ではないね。あのアレスに効いてないってことはどこかの下等な神の加護だ」
「……魅了。プロセルピナには不要なものだな」
とハデスはコレットを見る。
アレスも、コレットを見る。
彼女は泣きながら目の前のケーキを片っ端からほおばっている。
手づかみではなくちゃんとフォークを使っている。
「……コレット。いや、プロセルピナ。お前ハデス様と結婚したの?」
「うん……」
「……いつ?」
「数年前……」
「オレ、従兄なのに全然知らなかったんだけど!」
「そのときアレス遠征してたから……」
「何で親父も教えてくれなかったんだよ!?」
「忘れてた。ゴメーンネ♡」
ゼウスが両手を合わせてテヘペロをする。
「いい歳こいてテヘペロすんな親父!!」
コレットはこの間ずっと泣きながらケーキを食べている。ハデスが差し出したロイヤルミルクティーをぐいっと飲み干すと、またぐすぐす言いながら泣いていた。
ハデスはそんなコレットをよしよしと慰めていた。
◇◇◇
「さて、と」
ゼウスが王に向き直る。
「この国は豊穣神デメテル信仰の篤い国って聞いてたんでデメテルの娘コレットとついでにうちのバカ息子のアレスを預けたんだけど、これはどういうことかなぁ?」
王は王冠が落ちるのもかまわず、頭を床にこすりつけながら這い蹲る。
「すみませぬゼウス様! まさかこのようなことになっていたとは我々も露知らず……」
「我が子の有様もわかっていない愚王の言い訳は結構」
今度は王太子が、
「ですが、私たちはコレット嬢がデメテル様の御令嬢とは存じ上げず……」
と言い訳し始めるとゼウスが、
「うん、お忍びだったしねぇ。
でも気付く者は気付くんじゃない?
ねぇ、大神官の息子クンと天才魔道士クン?」
王太子が彼らの方を向くと、二人は冷や汗でびっしょりになっていた。
「……その……」
大神官の息子が、震える声で口を開く。
「コレット嬢が、ただの令嬢ではないことには……気づいておりました」
「え?」
王太子が目を丸くする。
「だって彼女、デメテル神殿の聖域に入ったとき、祭壇の聖火が勝手に明るくなったでしょう?」
天才魔道士が震える手で眼鏡を押し上げる。
「それだけじゃない。彼女の周囲では植物の生育速度が異常だった。魔力を測定しようとしても、規格外すぎて測定器が三台壊れた」
「じゃ、じゃあ……なぜ教えてくれなかった!?」
「言えるわけないでしょう!!」
二人の声が綺麗に重なった。
「神々が身分を隠しているのに、我々人間ごときが『あなた、もしかして女神様の娘ですよね?』なんて聞けます!?」
「僕は、あの方が誰の御令嬢なのかなんて……ミルルに夢中になるあまり、確かめるのを怠って……!」
大神官の息子は涙目になりながら指を震わせた。
「……デメテル様です」
「そうだよ」
ゼウスがにっこり笑う。
「正解」
「ひぃっ!」
「あとね」
ゼウスは人差し指を立てた。
「コレットを預けるとき、僕はこの国の神殿に一つだけお願いしてたんだ」
「……お願い?」
「『この子が平穏に学校生活を送れるようにしてね』って」
にこにこしていたゼウスの笑顔から、ふっと温度が消えた。
「そのお願いを受けた神殿の大神官が、まさか自分の息子たちを野放しにして、僕の姪っ子をいじめっ子呼ばわりしてるなんて思わないよねぇ?」
「……っ!」
大神官の息子の顔から、さっと血の気が引いた。
「……おい、お前たち。嘘だろ?」
王太子の顔から急速に色が失われていく。
彼らがミルルの『コレットはただの平民出身の成金令嬢』という戯言を信じ込み、そそのかされるままにコレットに濡れ衣を着せた。その根拠としていたものが、実はすべて、彼ら自身が『見て見ぬふり』をしてきた結果だったのだ。
「おい……ミルル! お前、あの方はいじめっ子だと言ったな!?」
「え、えぇ~? だってぇ、だって私より可愛くて、アレス様と仲良くしててズルかったんだもん……っ」
首をすくめるミルルの言葉に、もはや「魅了」の術すら吹き飛ぶほどの絶望が王太子たちを襲う。
「神様じゃなくても、人をいじめちゃダメでしょう?」
ゼウスは即答した。
「…………」
「それに」
ゼウスは王太子を見つめる。
「君たちが知らなかったのは、コレットが誰の娘かってことだけだよね?」
「……え?」
「彼女が何をしたのかは、調べればわかったはずだ」
ゼウスの視線が、床に散らばった婚約破棄の証拠品や、怯えて立ち尽くす令嬢たちへと移る。
「でも君たちは調べなかった」
「…………」
「そのミルルって娘の言うことを信じて、婚約者たちを一方的に断罪した」
「…………」
「つまりさ」
ゼウスは笑った。
「神の娘だから罰せられるんじゃない」
その笑顔が、今度こそ完全に消えた。
「人として最低なことをしたから、罰せられるんだよ」
ホールが、しんと静まり返った。




