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前編

三分割版です。

 本日は晴天なり。

 会場は城の大広間を模した煌びやかなホールで、何百ものシャンデリアが宝石のように光を散らし、学園の制服に身を包んだ生徒と貴族が集まっていた。優雅な弦楽四重奏が流れ、ウェイターがシャンパングラスを運ぶ。どこから見ても完璧な祝祭の夜だった。

 立食パーティーのケーキに舌鼓を打つ榛色(ヘーゼルブラウン)の髪の少女コレットもその一人である。

「アレス。おいしいよ、このガトーショコラ」

 その隣にいるのは赤い短髪の美青年アレス。彼もまた、コレットと共にこの学園を卒業したばかりの若者だ。

「ホントだ。うまいな」

「甘さ控えめでアレス好みだと思ったのよ」

 コレットの皿にはガトーショコラの他に、チョコレートショートケーキとチョコレートタルト、フォンダンショコラが乗っていた。

「お前の皿は甘そうなケーキばかりだ。そのミルクティーといい」

「失礼ね、このミルクティーは砂糖を入れていないの。甘いだけじゃ美味しくないじゃない」

「ごもっともで」

 そう言ってコレットはロイヤルミルクティーに口をつける。

「やっぱりいいミルクを使っているわね。濃厚でコクがある。砂糖を入れなくてもおいしい」

「さすが豊穣神デメテル様を信仰している国だけあるな」


「……ところで、アレス」

「なんだ?」

「さっきから、あっちの方騒がしくない?」


 二人がそんな平和な会話を楽しんでいた、その時。ホールの中心から怒鳴り声が響き渡り、その瞬間、場は水を打ったように静まり返った。


「公爵令嬢リュシエンヌよ、貴様との婚約は破棄する!

 貴様のような厚顔無恥な女と結婚なぞできるか!!」


「何? 何が始まったの?」

「王太子による婚約破棄らしいぜ」

「……あれ、婚約破棄って、卒業記念パーティーでやるものなの?」

「知らん。少なくとも俺は初めて見た」

「そうよね。あーお茶が不味くなっちゃうわ」

「そこなのか?」

 声の主は、この国の王太子だった。その傍らには、いかにも庇護欲をそそる風情で涙目を浮かべた少女──ミルルが寄り添っている。

「まぁ、それではどなたと?」

 婚約破棄を突きつけられた当の本人、金髪つり目美人のリュシエンヌ嬢は、扇で口元を隠しながら冷静に問い返した。完全な冤罪であるため、動じる必要が一切ないのだ。

「ふんっ、決まっているだろう!

 ここにいるミルルを妻とする!

 ミルルはお前と違って私を癒してくれる!」

 ピンクのフリルがふんだんに飾られ、胸元も太ももも大胆に露出したドレスを着たミルルは、王太子に寄り添って、その後ろに宰相の息子、騎士団長の息子、大神官の息子、天才魔道士と他にも何人もの令息を取り巻いていた。

 みんな高位の貴族の令息たちである。


「げ。あの女……」

「知っているの?」

「知ってるも何も、胸寄せて強引に迫ってきたことがあったんだよ。

 あー思い出しただけでも身の毛がよだつよぅ……」

「アレス、顔はいいのに女嫌いだからねー」

「女嫌いじゃねーよ、女難の相があるだけだ」

「私はなんなのよ。私も女の子なんだけど」

「お前は妹のようなものだからカウントに入らないよ」

 

 私も婚約破棄だ !

 我が家から追放だ!

 そんな声が壇上から聞こえてくる。

 次々と声を上げるのは、王太子の側近である宰相の息子や騎士団長の息子たち。いわゆる「攻略対象」の男たちだった。


「本当になんだこれ」

「婚約破棄、流行ってるの?」

「流行っててたまるか」

 アレスが呆れ、コレットが紅茶をすする。

 すると、次のターゲットに矛先が向いた。

 エレノアの婚約者は言う。

「エレノアよ、貴様もリュシエンヌ嬢の悪事に加担したな!貴様との婚約を破棄する!」

 エレノアの兄である次期侯爵は言う。

「我が家からも追放だ!」

 エレノアは毅然と前を見据えて微動だにしない。

「……承知いたしました」


「…………………………」

「アレス?」

「ヤベェ……綺麗だあの令嬢……」

「エレノア様ね。リュシエンヌ様の御学友よ」

 実の兄にまで突き放されたエレノアという令嬢は、しかし、毅然と前を見据えて微動だに隠さなかった。その凛とした美しさに、アレスの目が釘付けになる。

 

「ミルル、それで終わりかい?」

「ええ〜っと……」

 王太子に甘く促されたミルルは、ロマンス舞台のヒロインよろしく上目遣いで周囲を見回した。

 その視線が、アレスと、その隣で絶品チョコレートタルトを口に運ぼうとしていたコレットに止まる。

(え、あ、あれ? ロックオンされた?)

 アレスの背中に嫌な汗が流れた。

 悲劇のヒロインを気取って涙目になったミルルが、あからさまに不自然なほど胸元を強調した前傾姿勢で、コレットを指さす。

「あっ、あの赤い髪の方の隣にいる、あの人にもいじめられましたわっ!」

「おいおいちょっと待て、コレットが何したってんだよ!?」

 アレスが思わず声を荒らげると、ミルルはさらに被害者を装った。

「アレス様を解放してくださいって言えば、アレス様は渡しませんわって、詰め寄られましたわ」

「本当か、ミルル」

 ミルルはゲームの「隠しキャラ」だと思い込んでいるイケメン・アレスを攻略するついでとばかりに、完全な濡れ衣を着せてきたのだ。

「それに、アレス様にクッキーの差し入れを持っていこうとしたら取り上げられて踏み潰されましたわ」

「はい、嘘!」

 あまりの出来事に、口元にチョコレートクリームを付けたまま呆気にとられているコレットに助けを求めさせた。

「コレット、いいから呼べ! 早く!」

「う、うん!

 旦那さま、助けてェ——————————!!」

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