綾部貴子第2話 黙る理由が増えていく
先輩と、少しずつ仲良くなっていた。
講義のあとに一緒に帰ることが増えて、
ゼミの資料をまとめて確認するようになった。
距離は近づいている。
でも、踏み込みすぎない。
それが、先輩のやり方だと、もうわかっていた。
「先輩、これ……」
手提げ袋を差し出す。
中身は、ゼミの資料。
「ありがとう」
先輩はそう言って、玄関を開けてくれた。
「どうぞ」
家に入るのは、これが初めてだった。
リビングに足を踏み入れた瞬間、
知らない人が視界に入る。
外国の人。
背が高くて、声が大きい。
私は一瞬だけ、動きを止めた。
「あ……」
「ハロー!」
相手が、先に声をかけてくる。
距離が、近い。
「ユリの友達?」
「後輩です」
先輩が答えるより早く、
私はそう言った。
線を引きたかった。
「オー!」
その人は、にこっと笑った。
「じゃあ、ボクと友達だね☆」
軽い言い方だった。
でも、その軽さが、引っかかる。
私は、短く返す。
「……はあ」
警戒しているのが、
自分でもわかる。
先輩は、二人の間に立った。
「綾部、座って」
「はい」
言われるまま、先輩の隣に座る。
距離が、近い。
安心するはずなのに、
落ち着かなかった。
外国の人――マイケルは、
気にした様子もなく、
先輩のお兄さんの隣に腰を下ろす。
その距離も、近い。
――この人、本当に距離感が独特だ。
私は、そう結論づける。
それ以上考えないために。
先輩の袖を、そっと引く。
「先輩」
「なに?」
小さな声で、聞く。
「……あの人、よく来るんですか」
「最近はね」
先輩は、迷いなく答えた。
「外人さんって、フレンドリーだから」
自分に言い聞かせるみたいな言い方だった。
私は、納得していない。
でも、それ以上は言わない。
言ったところで、
先輩を困らせるだけだ。
お兄さんは、ほとんど話さない。
でも、ずっとそこにいる。
私は、それを見て思う。
家族として、
先輩に気を使っている。
守っている。
その輪の中に、
私は入っていない。
マイケルは、楽しそうに話す。
先輩は、距離を取りながら応じる。
私は、隣に座っているのに、
立場が定まらない。
この人がいるなら、
私は一歩下がった方がいい。
そう考えてしまう。
女の子同士。
後輩。
家族ではない。
黙る理由が、また一つ増えた。
家を出るとき、
先輩は「ありがとう」と言ってくれた。
それだけで、十分だと思う。
私は、
先輩の世界を乱さない位置に、
自分を置く。
それが、正しい。
そうやって、
黙る選択を、
また一つ積み重ねた。




