第15話 変えたいと思った瞬間
休日の昼下がりだった。
予定は、特にない。
洗濯を終えて、部屋に戻り、スマホを手に取る。
何の気なしに、画面をスクロールする。
髪型。
色。
モデルの笑顔。
指が止まった。
肩にかかるくらいの長さ。
今より、少しだけ柔らかい印象。
――いいかもしれない。
そう思った瞬間、
胸の奥がざわついた。
どうして、そう思った?
画面を閉じようとして、
閉じきれない。
もし、これにしたら。
綾部は、どう言うだろう。
「似合ってます」
たぶん、そう言う。
その想像が、
嬉しくて、怖い。
それは、
自分のためなのか。
それとも、
選ばれ続けるためなのか。
スマホを伏せる。
私は、深く息を吸った。
付き合う前なら、
考えなかった。
変えたら、理由が壊れる。
変えなければ、安全。
そうやって、守ってきた。
でも、今は違う。
選ばれたあとに、
変えたいと思っている。
それが、余計にわからない。
夕方、綾部からメッセージが来る。
《今、少し話せます?》
《電話でもいいですか》
少し迷ってから、返信する。
《いいよ》
通話ボタンを押す。
「もしもし」
『もしもし、先輩』
声が、近い。
『忙しかったら、大丈夫だったんですけど』
「大丈夫」
『……よかった。ただ、先輩の声が聞きたいなって思て』
その一言が、胸に残る。
沈黙のあと、綾部が言う。
『先輩、声、元気ないですね』
「そうかな」
『はい』
即答だった。
私は、少し笑う。
「今日、髪型の写真見てて」
『はい』
「変えようかなって、思って」
言ってから、
心臓が強く打った。
『……変えたいんですか』
「うん」
少し間があく。
『それ、先輩が、そうしたいなら』
綾部の声は、落ち着いている。
『私は、いいと思います』
その言い方が、
答えを押し付けてこない。
「ねえ」
『はい』
「もし、私が変わったら」
言葉が、詰まる。
「……気持ち、変わる?」
静かな沈黙。
それから、はっきりした声。
『変わりません』
即答だった。
『でも』
続ける。
『先輩が、不安で変えるなら』
少しだけ、言葉を選ぶ。
『それは、心配です』
胸が、熱くなる。
「……うん」
『先輩が、自分で決めて、楽しみで変えるなら』
少し、笑う気配。
『そのときは、
ちゃんと、見せてください』
私は、目を閉じた。
「ありがとう」
電話を切ったあと、
鏡の前に立つ。
今の髪。
今の自分。
まだ、決めない。
変えたいと思った瞬間を、
大切にしておく。
それだけで、
今日は十分だった。




