第14話 選ばれた「あと」の比較
兄と並ぶのは、久しぶりだった。
夕食の時間が重なって、
珍しく二人でキッチンに立つ。
「百合、味噌」
「はい」
それだけのやり取り。
子どもの頃から変わらない。
鍋を火にかけながら、
横目で兄を見る。
髪の長さ。
色。
立ち姿。
よく似ている。
今さら確認するまでもない事実なのに、
付き合い始めてから、
やけに目に入る。
「最近、帰り遅いな」
兄が、何気なく言った。
「うん」
「忙しい?」
「……少し」
嘘ではない。
綾部と話す時間が増えた。
それだけだ。
兄はそれ以上聞いてこない。
踏み込まない距離感。
その距離が、少しだけ羨ましい。
食卓につき、
向かい合って座る。
兄は、私をじっと見てから言った。
「元気そうだな」
「そう?」
「前より、考え込んでない顔してる」
胸が、微かに揺れた。
「……そう見える?」
「ああ」
即答だった。
兄は、理由を探さない。
比べない。
それが、当たり前だから。
その事実が、
逆に胸に引っかかる。
兄は、私を
私として見ている。
最初から。
それなのに、
私は、綾部の視線を疑っている。
食後、並んで洗い物をする。
蛇口の音が、静かに続く。
「百合」
「なに」
「変わったこと、あったか」
兄の問いは、
曖昧だった。
「……少し」
私は、そう答えた。
「そっか」
兄は、それ以上言わない。
私は手を止め、
兄の横顔を見る。
兄と比べているのは、
綾部じゃない。
私だ。
兄は、選ばれることを疑わない。
私は、選ばれたあとも疑っている。
部屋に戻り、
スマホを見る。
綾部からのメッセージ。
《今日は、話せてよかったです》
私は、すぐに返した。
《私も》
短い文。
それだけで、
不安が消えるわけじゃない。
でも。
兄と比べる必要は、
本当は、なかったのかもしれない。
選ばれた「あと」でも、
比較は続く。
それが、私の癖だ。
でも、その癖を、
自分のものとして自覚できた。
それだけで、
今日は十分だった。




