黒い獣
≪メルメス視点≫
「各地の魔物の異常繁殖…魔物の出る樹海に起きた異変……そして今回の【魔の森】発生……流石にこれだけ起きれば全て無関係、なんて言える方が可笑しいですわね」
私が治める土地…【ブルスの街】周辺ではあまり変化はなかったけれど、王都周辺では最近魔物被害が多発している。
『普段は山を越えた先の魔物がこっちまで降りて来た』
『街道近くの森で魔物の群れが繁殖してる』
『ただの平原にトロール(巨人種の魔物)が出て、被害が出た』などなど。
実は王都に向かう途中で依頼されていた魔物討伐もその一つ。
本来魔物が群生しない場所で大量の魔物が発見されたので、ちょうど【ブルスの街】で滞在していた“ホワイトタイガー”の面々に依頼をしたので大ごとになる前に片付ける事が出来たが、本来なら人的被害が起きても不思議じゃない規模の魔物の群れだとホワイトタイガーの皆さんから聞いた。
確実に何か原因がある。それはわかってはいるのだけれど、流石に『魔物の異常発生』だけで何が原因かを推測なんて不可能。
ましてや【魔の森】が発生って何?少なくとも人類に【魔の森】を意図的に発生させる事はまず無理。
【魔の森】は本来何十年、何百年と地脈を流れる魔素が核化し、無尽蔵に魔物を産む巨大な樹海を形成する云わば天災。
【魔の森】が生まれ、ひと月の猶予を与えてしまえばもう【魔の森】を攻略するのは不可能と言われており、今回は早期発見出来た事で冒険者ギルドがすぐに動いてくれた。
もちろん、早期発見出来たと言っても確実に攻略できる訳ではないので、私は今急いで王国騎士団の出動許可を取っている訳ですけれど。
…って思考が逸れたわね。まぁなんにせよ、人の手で【魔の森】をどうこうしようなんて出来ないのだから他国の人間が裏で動いているという線は限りなく薄いでしょうね。
「メルメス様、騎士団から【魔の森】討伐の参加の表明はいただけましたが、軍部の方が…」
「資金と物資で出動を渋っているのね?…軍部は【ブラウの街】が国で扱う木材の大多数を生産しているのを理解してないのかしら?」
【ブラウの街】が潰れれば建築関係の仕事のみならず、薪や紙と言った加工品も行き渡らずに値段の高騰が起きる。
そうなれば国が高くなりすぎた品物の値段を下げる為に生産関係者に補助金を送らねばならず、結局今出動を渋っている資金と物資以上の損失が起きる。その上【ブラウの街】という領土の消失と危険な【魔の森】と言う目の上のたんこぶがおまけとして付いてくる。
「冷静に考えれば今騎士団の出動を渋る理由なんて一つも無いと分からないのかしら?」
「皆、メルメス様の様に聡明な方ばかりではないですから」
軍部は脳筋の集まり…平和ボケしたこの国の病の一つね、と私は深いため息を漏らす。
「……コナー様は大丈夫かしら?」
如何に何時でも逃げ込める特異な【アイテムボックス】を持っていると言っても魔物の中には気配を隠しながら奇襲を掛けてくる種類の魔物もいる。
何も【魔の森】を突っ切ってくる訳じゃないのだから危険など無いとは思いたいけど、今この国に起きている異常を考えれば万が一という事もある。
私は些か不安な気持ちを胸に抱えながら、コナー様の無事を祈るのでした。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
≪コナー視点≫
「今の所怪我人が数名出ていますが、死者は無し。王都から来た冒険者達も昨夜から夜通し動いてもらっているおかげで半分程度は攻略完了していますよ」
「もう半分ですか」
昨夜、ルイとフォルンの2人と一緒に【アイテムボックス】の中で過ごした俺は、早朝と言える時間帯に1人【アイテムボックス】の外に出て、冒険者ギルドに【魔の森】の攻略進捗を聞きに来ていた。
受付には職員の受付嬢が1人だけで、他の冒険者達が居ない所を見ると今も全員【魔の森】攻略に出て行っているのだろう。
「希望的観測にはなりますが、完全攻略までは後4,5日と言った所だと思いますよ。もちろん強力な魔物の出現が無い場合に限りますが」
「なるほど……わかりました。帰りも俺がガトラーで皆さんを送り届ける約束をしているので、7日以内にはこの街に戻ってくるようにしておきます」
「かしこまりました。冒険者の皆さま方にもそう伝言を伝えておきますね」
何故4,5日で終わると言われているのに7日以内と余裕を持たせたかと言えば、仮に4日で【魔の森】攻略が完了しようともすぐに王都に帰れる訳じゃないからだ。
冒険者達は【魔の森】で生まれた魔物の残党を処理する仕事や【魔の森】の完全消滅を確認する必要もあるので、少なくとも1日か2日は後始末の期間が必要なはずだ。
その事を受付嬢もわかっているのか、俺の言葉に特に疑問を抱く事無く、当たり前の様に頷いたという訳だ。
「それじゃ俺はこれで…」
「あ、すいませんコナー様。もしかしてこの後王都に向けて出発なされる御積もりでしたか?」
「え、はい」
王都の冒険者ギルドから借りた馬の調子は良さそうだったし、俺がここに残ってても出来る事など何もない。
それならば一足先に王都へ戻り、関係各所にこちらの情報を伝えに言った方がいいだろうと考えたので俺はこのままギルドを後にしたらこの【ブラウの街】をすぐに出発するつもりだった。
「そうですか…一応街の周辺には【魔の森】から逃げ出した魔物が居るはずなので、通常時よりも魔物との遭遇確率が上がって大変危険なのですけど」
「あぁ…なるほど、【魔の森】の攻略と言っても魔物を全て討伐する訳じゃないですもんね。そりゃ撃ち漏らした魔物が逃げてきますか」
【魔の森】攻略で重要なのは核の破壊のみ。
核さえ破壊できれば新たな魔物は生み出される事は無くなるので、魔物の残党を狩るのが大分楽になる。
ましてや【ブラウの街】周辺は川や湖といった飲み水になりうる水源が無い地域。
飲み水が無ければ脱水で死にゆく雑魚の魔物など無理に討伐しなくても勝手に自滅していくのだから【魔の森】から逃げ出す魔物はハッキリ言って追う価値が一切ないのだ。
なので、冒険者ギルド受付嬢の話しだと、今この【ブラウの街】の外壁の外はゴブリンやスライムといった雑魚モンスターがかなり存在しているのだとか。
「うーん…出発を遅らせた所で【魔の森】攻略が完了しないと解決しない問題だと思いますし、攻略完了後に出発したら流石に遅くなってしまうので、予定通りに街を出発しようと思います」
「そうですか?あまりお勧めは致しませんが……お気をつけて」
そう言って心配そうに見送ってくれる受付嬢さんにお辞儀をしながらギルドの外に出た俺は、馬小屋に預けていた馬を連れて街の外に向かって歩き出すのだった。
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【ブラウの街】を出発した俺は、魔物の気配を探りつつ、王都に向かって馬を走らせる。
「―――グギャッ!」「ギギャギャ!」
「っとと、またか…」
ギルドで聞いた話は確かだったようで、街を出てから魔物には頻繁に遭遇するので逃げるのも一苦労だ。
「「「ギャギャギャツ」」」
「数が多い…一旦【アイテムボックス】に逃げ……あ」
今回は進行方向にゴブリンが5体の群れが陣取っているので遠回りするには少々面倒。
ならば一旦【アイテムボックス】の中に退避しようかとも考えたが、一つ使える手があるのを思い出す。
「≪ゲート≫……くらえ!“なんちゃって火球”」
「「「ギャギャ――ッ!?」」」
【アイテムボックス】の中で未だ寝ているフォルンの右手を小さい≪ゲート≫から引っ張り出し、標的に向けて手のひらを反らせる事によって反射的に発動させる事の出来るフォルンの魔法。
前回の魔物の出る樹海では何度か練習がてら使っていたが、昨日今日とそれほど使う機会も無く忘れていたが、ある程度の魔物の群れであればこれで蹴散らす事が出来る。
火球は、ゴブリン達を爆風で焼き飛ばす事に成功したので、俺はそそくさとその場を後にする。
「余裕があれば解体もして素材の回収もしたい所だけど……そもそも俺、解体も出来ないし、何が素材になるのかも知らないからなぁ」
今度ミント達に解体とか教えてもらおうかな?
そんな事を考えながら馬を走らせていると、再び進行方向に魔物の群れらしき影が見える。
「またか…遠回りするより、フォルンのおてて魔法で突っ切った方が……ん?」
魔物の群れは7匹ほどのゴブリンとスライムの混合隊であるのが近づく事によってわかったのだが、どうもゴブリン達の様子が可笑しい。
「…“また”傷だらけ?樹海の時もそうだったけど、ここでもか……いや、今回は樹海の時と違って冒険者達から逃げて来たって事だから不思議じゃないのかもだけど」
ゲルト達と共にした魔物の出る樹海に現れた傷だらけの魔物達。
冒険者達から命からがら逃げて来たから傷だらけ…というのは理解出来るのだが、どうも気になる。
「ギャー!ギギャーッ!!」
「ギャギャギャギャッ!」
魔物達は俺の接近を見て、獲物が来たと考えたのか、こちらに向かって大声を上げながら走ってくる。
その様子に俺も迎え撃つ為の準備で小さい≪ゲート≫を作り出そうとした……その時。
『―――■■■■■■■■■ーーーッ!!!!』
「――ッ!?」
ゴブリン達の後ろから、何故今の今まで気が付かなかったのかと思えるほど存在感のある黒い獣……恐らく魔物が四足歩行で迫ってくるのが見えた。
そうか、ゴブリン達は俺を獲物として見てたんじゃない…あの後ろの存在から逃げる為…あの存在の興味を俺という存在に向ける為にこちらに走り寄って来てたのだ。
「ギャギャギャァァーッ!!ギャギ――」
―――ドガッ!!
『■■!』
一番後ろを走っていたゴブリンが、黒い獣に追い付かれ、前足によって近くの木に叩きつけられる。
だが、ゴブリンの息はまだあるようで、打ち付けた背中の痛みを我慢しながら、再び走り出すゴブリン。
その様子をただ見つめるだけで、止めを刺そうとしない黒い獣を見て、一つ仮説が脳裏に浮かぶ。
「……遊んでるのか…?」
自分よりも弱い生き物を甚振り、逃げまどう様を見て楽しんでいる。
「えぇ……絶対俺が勝てるような魔物じゃないんだけど……というか魔物なのか…?」
精々攻撃手段がフォルンの“おてて魔法”しかない俺ではまずあの存在には勝てない。
なんだったら魔物の出る樹海の出会ったあのビッググリズリーよりも恐らく強い。
そんな相手に2日連続で出くわすなんて、俺は運が悪すぎるんじゃないか?
「■■■■■―――」
「――よし!…逃げよう!!」
俺は戦って逃げるという選択をコンマ数秒で破棄して、人生で初めてといっていい程の素早さで【アイテムボックス】に逃げ隠れた。




