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雪白幼女は愛を謳う  作者: 湖中蛙
【第1章】楽園編
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第007話「まねる、ということ」


日の光が、やわらかく庭に差し込んでいる。

様々な植物が咲き乱れ、葉を伸ばし生き生きと生を謳歌している。

そんな中を小さな少女が歩きながら世話をしていた。


作業用のオーバーオールに身を包み、髪を一つくくりにしてかき揚げた少女。

その傍らには誰もいない。

アリスは一人で庭を歩き、それぞれの植物の世話をしていた。


慣れた手つきですべての植物の世話をしたのち、動物たちが待つ方へ歩き出す。

かつてマリアに世話をされていた生物たちは同じようにアリスを待ち構えていた。


翡翠色の四翼鳥が数羽、羽ばたきながらアリスの周りを飛び回る。

ふふふと笑いながらアリスは手元の小さな瓶のふたをあけた。

その中に嘴を突っ込み食事を始める鳥たちを、空いている手の指でそっと撫でた。


その後もフェンリル親子には生肉を、

褐色の甲羅を背負った亀のような爬虫類には木の実を、

鼠色の軟体生物には緑色に輝くぷるぷるとしたゼリーを与える。


そして最後に珠鹿の前にしゃがみ込み、切り分けた草と鉱石の欠片をそっと差し出す。


「きょうは、ちょっとおおめだよ」


珠鹿は静かに鼻を鳴らし、差し出されたそれにゆっくりと口を近づける。

その様子を、アリスは嬉しそうに見つめている。


「ちゃんと、食べれる?」


問いかけに、珠鹿は小さく頭を揺らす。

口先が動き、鉱石を食べ始めた。


「うん、いいこ」


そう言って、折れた角の付け根をそっと撫でる。

その仕草はどこか“教えられたもの”ではなく、自ら見出した優しさのようにも見えた。


「はい、これでおしまい!」


小さな手で木桶を抱えながら、アリスは満足げに頷いた。


初めて森に出かけたあの日から、既に一か月が経っていた。

おんぶ紐に縛られていた少女はもういない。


「順調ですね」


背後からの声に、アリスは振り返る。


「マリア!」


ぱっと顔を明るくして駆け寄る。

ぽすんと音を立ててマリアの太ももに飛び込んだ。


「みて、ちゃんとできたよ。ひとりで」

「ええ、見ていましたよ」


マリアは目を細める。

その視線は優しい。けれど、どこか“観察”の色を含んでいた。


「餌の量、与える順番、接し方。どれも問題ありません」

「ほんと?」

「ええ。よくできました」


ぽん、と頭に手が置かれる。

アリスはくすぐったそうに笑った。

庭のあちこちでは、動物たちが思い思いに過ごしている。


円紺蜥蜴は石の上で体温を上げ、四翼鳥は枝を飛び移り、粘液体の生物は日陰でゆっくりと形を変えながらフルフルと揺れている。

その中心にアリスとマリアはいた。


アリスが呼びかければ近寄って来る。

触れれば逃げない。

むしろ、寄ってくる。

まるでそこが“正しい場所”であるかのように。

あるいは、“そこにいなければならない”かのように動物たちはアリスの傍を離れなかった。


「さて、アリス」

「なぁに?」

「少し試してみましょうか」

「ためす?」


マリアは、地面に落ちていた小さな羽根を拾い上げた。

それは、この庭にいる四翼鳥たちのものだ。


「これは、なんですか?」

「とりの……はね」

「そうですね。では、その鳥はどうやって空を飛んでいましたか?」

「えっと……ぱたぱたってしてた」


アリスは両腕を広げて真似をする。


「こう!」


その様子に、マリアは小さく頷いた。


「では、“それ”をやってみなさい」

「え?」

「ただの真似ではなく、“理解して再現する”のです」


アリスはきょとんとした表情を浮かべた。


「……どういうこと?」


マリアはしゃがみ込み、視線を合わせた。


「貴方はこれまで様々なものを見て、触れて、理解してきましたね」

「うん」

「ならば、“そのものになること”もできるはずです」

「……?」


理解が追いついていない顔。

それでも、マリアは続ける。


「羽はただの飾りではありません。骨格、筋肉、空気の流れ——すべてが揃って初めて機能する自然の発明品です」

「むずかしい」

「そうですね。ですが、」


マリアは、アリスの胸にそっと手を当てた。


「貴方の中には、既にそれを可能にする“器”があります」


少しの沈黙。

風が吹く。

木々がざわめく。

周囲の生物たちは身じろぎひとつせず、二人のやり取りを見つめていた。


「……やってみる」


アリスは、小さくそう言った。


マリアの手から羽根を受けり、じっくりと見つめる。

そして一度頷いてから目を閉じた。


「とり……とぶ……はね……」


ぶつぶつと呟く。

言葉をなぞるように。

イメージするように。


その時だった。

ぴくり、と。

アリスの背中が、わずかに波打った。


「……?」


違和感に、アリス自身が目を開く。

背中に手を回す。


「……なんか、へん」


マリアは、何も言わずに見ていた。

再び、集中する。


「はね……こう……で……」


ぐにゃり、と。

今度ははっきりと、背中の形が歪む。

皮膚の下で何かが動く。

盛り上がる。


「……いた、くはない」


驚きよりも、興味が勝っていた。


そして——

ぶつ、と。


小さな突起が、背中から生まれた。

それは羽とは呼べない。


ただの“未完成の構造”。

けれど確かに、アリスの小さな体が構造から変化していた。


「んんっ...!」


アリスの表情が苦悶に歪む。

その瞬間、それは“羽”の形を成した。

だがすぐに崩れてしまう。


「……できた?」


アリスは振り返る。

マリアは、ゆっくりと立ち上がった。


「ええ。ええ、きちんとできていますよ」


その声はいつもと同じようでいて、ほんの少しだけ語尾が浮足立っているようだった。


「今のが、“再現”です」

「さいげん……」

「理解し、取り込み、形にする」


マリアは一歩近づく。


「それが、貴方の“力”です」


アリスはもう一度、自分の背中に触れた。

小さな突起は、すぐにしぼむように消えていった。


「んぅ......むずかしい」

「ええ。ですが、いずれ自在に扱えるようになります」

「ほんと?」

「ええ」


マリアは微笑む。

その笑みは、やはり優しかった。

けれどその奥に、確かに“目的”があった。


「まずは簡単なものからにしましょう」


マリアは言う。


「爪、牙、目、鼻……細かな部位から再現してみましょう」

「うん!」


元気よく頷くアリス。

その無邪気さは、何も変わらない。


だがその日、

この庭においてひとつの“境界”が消えた。


『まねる』

それは、ただの学習ではない。

それは、浸食の始まりでもあった。



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