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8/22

婚約者は名前で呼ぶもの……なのですか?

「リリアーナ様、おはようございます!」

「まあ、アイリス様。ごきげんよう。」

学園生活にも少しずつ慣れてきた頃。

毎朝のようにアイリス・リーヴェルがわたくしを迎えに来るようになっていた。

(ふふふ。)

(ヒロインとこんなに仲良くなれるなんて。)

(破滅回避は順調ですわ!)

そんなことを考えながら歩いていると、

「リリアーナ様。」

聞き慣れた穏やかな声がした。

振り返れば、レオニス殿下が優雅に微笑んでいる。

「殿下、ごきげんよう。」

「今日は一緒に教室まで参りましょう。」

「あ、ずるいです!」

アイリス様がむっと頬を膨らませる。

「今日は私が先にリリアーナ様と約束していたんです!」

「それは存じています。」

「でしたら!」

「三人で歩けば問題ありません。」

「うぅ……。」

また始まりましたわ。

(本当に仲がよろしいですわね。)

そんなことを思っていると、後ろから二人の令嬢の声が聞こえた。

「王太子殿下は婚約者をいつも『リリアーナ様』って呼んでいらっしゃるのね。」

「少し他人行儀ではなくて?」

「婚約者なら呼び捨てでもいいのでは?」

その言葉に、わたくしは足を止めた。

呼び捨て?

貴族社会で?

そんなことを考えていると、

「確かに。」

レオニス殿下が静かに頷いた。

「婚約者としては、少し距離がありますね。」

「……え?」

嫌な予感がいたしますわ。

殿下はこちらを見つめ、

優雅に微笑んだ。

「リリアーナ。」

「…………。」

世界が止まった。

「り、り、り……!」

「どうしました?」

「リリアーナって呼ばれましたわ!!」

思わず両手で頬を押さえる。

婚約者だから?

それともイベント?

まさか好感度イベントなのでは!?

(いけませんわ!)

(ヒロイン用イベントを横取りしてしまいましたわ!)


一方。

レオニスは珍しく目を細めていた。

「やはり、その反応は可愛らしいですね。」

「か、可愛い!?」

「ええ。」

「~~~~っ!」

顔が熱い。

絶対に熱がある。

そうに違いない。

すると隣から、小さな声が聞こえた。

「……ずるいです。」

アイリスだった。

「私もリリアーナ様を呼び捨てにしたいです。」

「え?」

「だめでしょうか?」

真っ直ぐな青い瞳が見つめてくる。

そんな目でお願いされたら断れませんわ。

「よ、よろしいですわ。」

「本当ですか!」

アイリスは花が咲くように笑った。

「リリアーナ!」

「はい!」

その瞬間。

空気がぴたりと止まる。

レオニスが穏やかな笑顔のまま口を開いた。

「……随分と距離が近いですね。」

「リリアーナが許可してくださいました!」

「それは知っています。」

「では問題ありませんよね?」

「問題あります。」

「ありません!」

にこにこと笑う二人の間に、なぜか見えない火花が散っている。

周囲の生徒たちはひそひそと囁いた。

「王太子殿下が笑っていない……。」

「首席のアイリス様も譲る気がないわ……。」

「公爵令嬢を巡って対立している……?」

しかし当のわたくしは、

(まあ。)

(殿下とアイリス様が、こんなに自然に会話をなさっていますわ。)

(やはり運命のお二人ですわね。)

(わたくしが仲を取り持てば、破滅フラグは完全に回避できますわ!)

と、今日も盛大な勘違いをしていた。


そしてその日以降。

学園では、『王太子殿下だけが呼ぶことを許された名前を、首席令嬢アイリスも呼び始めた』

という噂が広まり、

本人だけが何も知らないまま、「リリアーナ」と呼ぶ人が少しずつ増えていくのだった。

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