王太子殿下はお友達が気に入りません
最近、妙なことが起きている。
婚約者であるリリアーナ・アルディスが、私を見る回数が減った。
代わりに、よく笑うようになった。
……私以外の相手に。
「殿下。」
執事のセドリックが紅茶を置く。
「本日の報告でございます。」
「聞こう。」
「リリアーナ様は、本日も王宮の庭園にてお過ごしでした。」
「そうか。」
「そして、伯爵令嬢アイリス・フォン・エルミナ様と、とても楽しそうにお話をされておりました。」
「…………。」
私は手を止めた。
「楽しそうに?」
「はい。」
「笑顔で。」
「笑顔。」
「はい。」
妙だ。
リリアーナは人と距離を置こうとする。
誰に対しても礼儀正しいが、自分から近づくことはほとんどない。
それなのに。
「アイリス様が魔法植物に興味を示され、お二人で図鑑をご覧になっておりました。」
「……。」
「途中から、お菓子も半分こされておりました。」
「半分。」
「はい。」
私は静かにカップを置いた。
小さく音が鳴る。
セドリックは少しだけ空を見た。
(殿下。)
(今、お顔が少し怖いです。)
◇
翌日。
私は偶然を装って庭園へ向かった。
本当に偶然である。
偶然だ。
……多分。
噴水の近くで、小さな笑い声が聞こえた。
「まあ、アイリス様!」
「リリアーナ様、それは違いますわ!」
二人が笑っている。
リリアーナはいつもの落ち着いた表情ではなく、少しだけ年相応の柔らかな笑顔だった。
その隣には、桃色の髪を揺らした少女。
アイリス。
伯爵家の令嬢。
「殿下?」
リリアーナが私に気付き、慌てて立ち上がる。
「ごきげんよう。」
「ごきげんよう、リリアーナ様。」
彼女は優雅に一礼した。
そして。
「ご紹介いたしますわ。」
「こちらはアイリス・リヴェール様です。」
アイリスも綺麗に礼をする。
「お初にお目にかかります。」
「……ああ。」
礼を返しながら、私は二人を見る。
机の上には開いた図鑑。
一つのお皿。
二人分のお菓子。
そして。
リリアーナが大切そうに持っている、以前私が贈った青い薔薇のしおり。
「そのしおり。」
「まあ?」
リリアーナが目を丸くする。
「殿下からお借りしたものですわ。」
「とても素敵なので、アイリス様にもお見せしておりましたの。」
「……そうですか。」
アイリスがにこりと笑う。
「とても綺麗ですわ。」
「リリアーナ様が大切そうになさっていたので、きっと思い入れのある品なのだと思いました。」
「ええ。」
私は自然と口元が緩んだ。
けれど次の瞬間。
「学園に入ったら、アイリス様にも貸して差し上げますわ。」
リリアーナが嬉しそうに言った。
「…………。」
貸す。
アイリスに、私が贈ったものを。
「殿下?」
「いえ。」
「何でもありません。」
私は笑った。
笑ったはずだった。
帰り道。
「殿下。」
「なんだ。」
「本日は終始ご機嫌がよろしくありませんでした。」
「そんなことはない。」
「ございます。」
セドリックは即答した。
「アイリス様がリリアーナ様のお隣に座られた時からでございます。」
「……。」
「お菓子を分け合われた時。」
「……。」
「しおりをご覧になった時。」
「…………。」
私は少し考えた。
「不思議だ。」
「何がでしょう。」
「リリアーナ様がお友達を作られたことは、喜ばしいはずだ。」
「その通りでございます。」
「なのに。」
窓の外を見る。
「少しだけ。」
「本当に少しだけ、面白くない。」
セドリックは心の中で深くため息をついた。
(殿下。)
(それは嫉妬というものです。)
(八歳にして自覚なさっていないだけでございます。)
一方その頃。
公爵家にて私は『破滅回避計画書』へ新しい項目を書き加えていた。
『本日、初めてお友達ができました。』
『アイリス様はとても優しい方ですわ。』
『将来、ヒロインになられても不思議ではありませんわね。』
『殿下とも仲良くなっていただければ、婚約解消に一歩近づきますわ!』
満足そうに頷く。
「完璧ですわ。」
その計画が、王太子殿下の独占欲に静かに火をつけていることを、リリアーナだけはまだ知らなかった。




