ヒロインは悪役令嬢に恋をしました!?
入学式が終わり、数日。
わたくし、リリアーナ・アルディスは校舎の廊下を歩きながら、一人で深く考えていた。
(今日こそ、ヒロインを見つけますわ。)
ゲーム知識はない。
シナリオも知らない。
攻略対象が何人いるのかもわからない。
ですが、一つだけ確信していることがあるわ!
(ヒロインと仲良くなれば、わたくしが嫌がらせをする未来はなくなりますわ!)
つまり、破滅回避ですわ〜!
「完璧ですわ!」
一人でうなずいていると、
「きゃっ!」
少し前から、小さな悲鳴が聞こえた。
振り返ると、一人の少女が階段で体勢を崩している。
持っていた本が宙を舞い、その身体はそのまま後ろへ――。
「危ないですわ!」
考えるより先に身体が動いた。
少女の腕を掴み、そのまま抱き寄せる。
数冊の本が床へ散らばる。
「……大丈夫ですか?」
少女は驚いたようにわたくしを見つめた。
陽光を受けて輝く長い金髪。
宝石のように澄んだ青い瞳。
思わず息を呑むほど愛らしい顔立ち。
(……来ましたわ。)
(ゲームを知らないわたくしでもわかります。)
(この方がヒロインですわ!!)
少女は頬を赤く染めたまま、小さく口を開いた。
「わ、私を……助けてくださったんですか?」
「当然ですわ。」
わたくしは優雅に微笑む。
「目の前で困っている方を放っておくなど、公爵令嬢として許せませんもの。」
「…………」
少女はしばらく固まっていた。
やがて胸の前で両手をぎゅっと握る。
「す、素敵……。」
「え?」
「こ、こんなに綺麗で優しくて格好いい方がいるなんて……!」
(よかったですわ!)
(嫌われておりません!)
(破滅フラグ、一つ回避ですわ!)
安心したわたくしは散らばった本を拾い集める。
「こちらです。」
「ありがとうございます……!」
「では、ごきげんよう。」
立ち去ろうとすると、
袖がちょこんと掴まれた。
「あ、あの!」
「なんでしょう?」
「私、アイリス・リーヴェルと申します!」
「リリアーナ・アルディスですわ。」
「リリアーナ様……!」
名前を教えただけなのに、アイリス様は花が咲いたように笑った。
(なんて素直な方なのでしょう。)
(さすがヒロインですわ。)
(これなら攻略対象の皆様にも愛されますわね。)
その時だった。
「リリアーナ様。」
聞き慣れた穏やかな声。
振り返ると、レオニス殿下がこちらへ歩いてきていた。
「殿下、ごきげんよう。」
「探しました。」
そう言うと当然のように、わたくしの隣へ立つ。
すると。
アイリス様が一歩前へ出た。
「あ、あの!」
「?」
「リリアーナ様は今、私とお話ししているんです!」
わたくしは目を丸くした。
(まあ。)
(ヒロインが殿下に話しかけましたわ!)
(これは運命の出会いですわね!)
ところが。
レオニス殿下はにこやかに微笑んだまま答える。
「それは構いません。」
「で、でも……。」
「婚約者として同席するだけですから。」
「婚約者でもだめです!」
「ほう?」
空気がぴん、と張り詰めた。
周囲の生徒たちまで足を止める。
「リリアーナ様は私の恩人です!」
「私の婚約者です。」
「今日は私がお話しするんです!」
「時間はいくらでもあります。」
「ありません!」
二人とも笑顔なのに、なぜか少し怖い。
わたくしは一人で納得した。
(仲がよろしいのですね。)
(最初からこんなに言葉を交わせるなんて。)
(さすが攻略対象とヒロインですわ。)
「それでは、わたくしはお邪魔でしょうから失礼――」
左右から腕を掴まれた。
「行かないでください!」
「離しません。」
「…………え?」
アイリス様は真っ赤な顔でわたくしを見つめ、
レオニス殿下は穏やかな笑顔のまま微動だにしない。
廊下は静まり返った。
誰かが小さく呟く。
「王太子殿下と首席入学生が、公爵令嬢を取り合っている……?」
「そんな馬鹿な……。」
しかし当のわたくしは、
(お二人とも、とても仲良くなれそうですわ。)
(わたくしが間に入って橋渡しをすれば、きっと恋は順調ですわね。)
(これで破滅フラグも一つ消えましたわ!)
と、盛大な勘違いをしたまま、満足そうに微笑んでいた。
その日から、学園では新たな噂が広がる。
『王太子殿下と新入生首席が、公爵令嬢リリアーナ・アルディスを巡って静かな戦いを始めた』
そんな噂の中心人物だけが、自分こそ最も安全な立場だと信じ切っていることを、誰一人として知らなかった。




