その方の視線の先には…
今日の魔法学園は、朝からどこか落ち着かない空気に包まれていた。
廊下を歩けば、令嬢たちの楽しそうな声があちこちから聞こえてくる。
「聞きました!? 交換留学生がお越しになるそうですわ!」
「それもアストレア王国の第一王子ですって!」
「とてもお美しい方らしいですわよ!」
わたくしは思わずアイリスの方を振り返った。
「交換留学生……ゲームにもそんな方がおりましたかしら?」
首を傾げると、アイリスはくすっと笑う。
「リリアーナ様、またゲームのお話ですか?」
「だって、最近は攻略対象が次々に増えておりますもの! もう何が起きても驚きませんわ!」
「ふふっ。確かにそうですね。」
アイリスが楽しそうに笑う。
そんな穏やかな空気のまま教室へ入ると、すでにレオニス様とアシュレイ様が席についていた。
「おはようございますわ!」
「おはよう、リリアーナ。」
「今日はやけに騒がしいね。」
アシュレイ様が肩を竦める。
「交換留学生の話題で持ちきりですもの!」
「ふーん。」
興味なさそうに返事をするアシュレイ様だったが、その直後、教室の扉が開いた。
担任の先生と共に、一人の青年が姿を現す。
さらりと揺れる淡い金髪。
澄み渡る空色の瞳。
柔らかな笑みを浮かべながらも、その立ち姿には王族らしい気品が漂っていた。
「紹介しよう。」
先生が静かに口を開く。
「本日よりしばらく留学することになった、アストレア王国第一王子――カイル・アストレア殿下だ。」
教室中がざわめく。
「初めまして。」
カイル様は穏やかに微笑みながら、一礼した。
「短い間ですが、皆さんと良い時間を過ごせたら嬉しく思います。よろしくお願いいたします。」
優しく耳に届く声。
気取ったところがなく、それでいて育ちの良さを感じさせる立ち居振る舞いに、令嬢たちの頬は見る見るうちに赤くなっていく。
(まあ、本当に素敵な方ですわ。)
そう思った、その時だった。
カイル様が教室をゆっくりと見回す。
レオニス様。
アシュレイ様。
わたくし。
そして――。
ぴたり、と視線が止まった。
「……。」
その先にいたのは、アイリスだった。
一瞬だけ驚いたように目を見開いたカイル様は、すぐに穏やかな笑みへ戻る。
けれど、そのほんの一瞬を見逃さなかった人がいる。
「……?」
アシュレイ様だった。
何気なくその視線を追い、カイル様とアイリスを交互に見る。
アイリス本人は何も気付いていない。
不思議そうに小さく首を傾げているだけだった。
◇◇◇
昼休み。
「失礼してもよろしいでしょうか。」
聞き慣れない声に振り向く。
そこにはカイル様が立っていた。
「もちろんですわ!」
わたくしが笑顔で答えると、
「ありがとうございます。」
そう言って近付いてきたカイル様は、空いている椅子へ手を掛ける。
(わたくしの隣ですわね。)
そう思った次の瞬間。
椅子が引かれたのは――アイリスの隣だった。
「えっ?」
驚いて目を丸くするアイリス。
「突然失礼しました。」
カイル様は優しく微笑む。
「ですが、どうしても一つ気になってしまって。」
「わ、私ですか?」
「はい。」
アイリスは戸惑ったように瞬きを繰り返す。
「先ほど教室で拝見した時、とても澄んだ魔力を感じました。同年代で、これほど優しい魔力を持つ方には初めてお会いしました。」
「そ、そんな……!」
真っ直ぐ褒められ、アイリスの頬がほんのり赤く染まる。
その様子に、わたくしは思わず口元を緩めた。
(まあまあ!)
(これはもしかして、アイリスに春が来るのではありませんこと!?)
「もしよろしければ、放課後に学園をご案内していただけませんか?」
「えっ、私が……?」
「はい。ぜひ。」
穏やかに微笑むカイル様。
アイリスは困ったようにわたくしを見る。
「リ、リリアーナ様……。」
「もちろんですわ!」
わたくしは両手を合わせ、にっこりと笑った。
「せっかくですもの! 仲良くなってくださいませ!」
「リリアーナ様……。」
困り顔のアイリスとは対照的に、カイル様はどこか嬉しそうだった。
その様子を、向かい側からじっと見つめる人物がいた。
アシュレイ様だ。
「……。」
いつもなら何か一言茶化してくるはずなのに、今日は妙に静かだった。
「アシュレイ様?」
わたくしが声を掛けると、はっと顔を上げる。
「え? ああ、ごめん。」
「どうかなさいました?」
「いや、何でもないよ。」
笑っている。
いつもの笑顔だ。
でも、どこかぎこちない。
(どうなさったのでしょう?)
不思議に思っていると、
「アイリスさん、この料理はお好きですか?」
「はい、とても。」
楽しそうに会話を続ける二人の声が聞こえてくる。
その瞬間。
アシュレイ様の胸の奥が、ほんの少しだけざわついた。
(……何だ、この感じ。)
理由は分からない。
アイリスが誰と話そうと自由だ。
自分には関係ない。
そう思うのに。
笑い合う二人を見るたび、胸の奥が小さく痛む。
(近いな。)
そんなことまで考えてしまった自分に、アシュレイは小さく眉をひそめる。
(僕は、一体何を気にしているんだ……?)
その答えを知る者は、まだ誰もいなかった。




