運命の人は、意外と近くにいるのかもしれない
「本日からよろしくお願いいたします。」
そう言って優雅に頭を下げる青年。
カイル・アストレア様。
隣国からの留学生。
銀色の髪に、透き通るような紫の瞳。
背も高くて、お顔も整っていて、学園中の令嬢が、朝からそわそわしている。
……まあ。
リリアーナ様の方がずっと綺麗ですけれど!
「アイリス様。」
「は、はい!」
「本日は学園をご案内してくださるそうですね。」
「ええ!よろしくお願いいたします!」
にこり、と笑いかけると、
カイル様も優しく微笑み返してくださった。
「頼りにしております。」
……普通なら。
普通の令嬢なら、きっと今ので頬を赤く染めるのでしょう。
でも。
(何でしょう。)
(あまりドキドキいたしませんわ。)
もちろん素敵な方。
それは間違いない。
嬉しいのに、胸が高鳴るような、息が止まりそうになるような、そんな気持ちにはならない。
不思議ですわ。
「こちらが図書館です。」
「素晴らしい蔵書ですね。」
「こちらは魔法実習棟です。」
「なるほど。」
カイル様は本当に話しやすい方だった。
穏やかで、優しくて、気遣いもできる。
しかも。
「その髪飾り、とてもお似合いですね。」
「え?」
突然褒められてしまった。
「きっと大切な方からの贈り物でしょう。」
「い、いえっ!」
「これはリリアーナ様が選んでくださったものなんです!」
思わず力説してしまう。
すると、カイル様は少しだけ目を丸くしてから笑った。
「その方のお話になると、嬉しそうですね。」
「もちろんです!」
「リリアーナ様は世界一素敵なお方です!」
胸を張って答える。
……あれ?
どうして少し恥ずかしいのでしょう。
案内も終盤。
中庭へ差しかかった時だった。
「アイリス!」
聞き慣れた声。
振り向くと、そこにはアシュレイ様が立っていた。
栗色の髪を少し乱しながら、こちらへ走ってくる。
「探した!」
「アシュレイ様?」
「昼食、一緒に食べようと思って。」
「あ……。」
そうでした。
約束しておりました。
最近、毎日のように誘ってくださるのよね。
「その方は?」
アシュレイ様がカイル様を見る。
「留学生のカイル様です。」
「案内を頼まれておりますの。」
すると、アシュレイ様は一瞬だけ黙った。
本当に、ほんの一瞬だけ。
笑顔が消えた。
「そう。」
「邪魔して悪かった。」
そのまま踵を返す。
「あっ!」
思わず呼び止めようとして、声が出なかった。
「追いかけなくてよろしいのですか?」
カイル様が静かに尋ねる。
「え?」
「先ほどから。」
「あなたは彼ばかり見ています。」
「え……?」
そんなこと、ありませんわ。
……ありませんわよね?
「楽しそうに案内してくださいました。」
「ですが。」
「心ここにあらず、という印象でした。」
「……。」
「彼のことが気になるのでしょう。」
その言葉に、胸がどくりと鳴った。
違います。
そんなはずありません。
わたくしが好きなのは、リリアーナ様で。
……好き?
好きとは少し違うような。
憧れ?
敬愛?
では、アシュレイ様を見ると、
どうしてこんなに胸が苦しくなるのでしょう。
どうして、あんな寂しそうなお顔をされたことが、
こんなにも気になってしまうのでしょう。
その日の帰り道。
一人で歩きながら、何度も思い返してしまう。
『探した!』
『昼食、一緒に食べよう。』
『邪魔して悪かった。』
胸がきゅっと締め付けられる。
「……会いたい。」
ぽつりと漏れた言葉に、
自分自身が一番驚いた。
(まさか。)
(これって。)
(リリアーナ様とは違う気持ち……?)
夕焼け空を見上げる。
頬が少し熱い。
その理由を、まだアイリスは知らない。
けれど、恋というものは、案外こんなにも静かに、
気付かないうちに始まるものなのかもしれなかった。




