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20/22

駒として使おうとしていたのに、変わってしまった妹は

人は変わる。

 そんなことは知っている。

 子供は成長するし、環境が変われば考え方も変わる。

 だからリリアーナが昔と少し違っていたとしても、本来なら気にするほどのことではない。

 ――本来なら。

 俺は執務室の机に肘をつきながら、一枚の報告書へ視線を落とした。

 学園から定期的に送られてくる近況報告。

 そこには王太子レオニスの動向や貴族子息たちの交友関係、将来有望な人材の情報などがまとめられている。

 もちろん、その中にはリリアーナの名前もあった。

 俺はその部分だけを読み返す。

 もう三度目だ。

 自分でも無駄だと思う。

 内容は最初から変わらないのだから。

『昼食時、王太子殿下、アシュレイ・フォルクナー、アイリス・リヴェールと談笑』

『学園祭実行委員会に協力』

『下級生からの相談に対応』

『学園内での評判は良好』

 どこを読んでも違和感しかなかった。

 俺の知るリリアーナ・アルディスは、もっと尖っていたはずだ。

 誇り高く、負けず嫌いで、自分にも他人にも厳しい。

 貴族令嬢としては優秀だったが、決して親しみやすい人間ではなかった。

 だからこそ俺は利用できた。

 いや、利用という言い方は正しくないかもしれない。

 導いた。

 アルディス家のために。

 家の未来のために。

 王家との結びつきを強固にするために。

 俺は必要な教育を施しただけだ。

 感情論ではない。

 貴族として当然の判断だった。

 今でもそう思っている。

 もし時間を巻き戻せたとしても、きっと同じ選択をする。

 だが――。

「談笑、か」

 小さく呟く。

 昔のリリアーナなら考えられない。

 ましてや友人と昼食を囲みながら笑い合うなど。

 彼女は常に肩に力が入っていた。

 誰かより優秀でなければならない。

 期待に応えなければならない。

 公爵令嬢として完璧でなければならない。

 そう自分を追い込んでいた。

 そして僕は、それを止めなかった。

 止める必要がなかったからだ。

 むしろ都合が良かった。

 努力する人間は使いやすい。

 責任感の強い人間は誘導しやすい。

 リリアーナはそういう子だった。

 だから僕はあの子に言ったのだ。

 家のためになれ、と。

 必要なら悪女になれ、と。

 それがアルディス家の利益になるのなら。

 あの時の判断に後悔はない。

 本当にない。

 けれど。

 報告書の最後に書かれていた一文に、また目が止まる。

『以前より自然な表情を見せることが増えた』

 たったそれだけの記述。

 本来なら価値はない。

 だが妙に引っかかる。

 自然な表情。

 自然な笑顔。

 そんなもの、僕はいつ見ただろう。

 幼い頃はあったかもしれない。

 しかしそれ以降の記憶は曖昧だった。

 気付けばあの子は、公爵令嬢になろうとしていた。

 そして俺は、そんな彼女を見て当然だと思っていた。

「……面倒だな」

 無意識にそう零れる。

 感情は不要だ。

 家を守る者に必要なのは判断力であって、情ではない。

 俺自身、そうやって生きてきた。

 だからリリアーナもそうあるべきだと思った。

 それだけの話だ。

 その時だった。

 コンコン、と扉が鳴る。

「失礼いたします」

 執事が一礼する。

「来週の学園視察の日程が決まりました」

「そうか」

 受け取った予定表を見て、俺はふと考え込む。

 学園。

 最近は報告書ばかり読んでいた。

 直接見た方が早いかもしれない。

 リリアーナが本当に変わったのか。

 それとも報告が大袈裟なのか。

 確認するだけだ。

 そう。

 確認するだけ。

 俺は決して家族愛に突き動かされているわけではない。

 情に流されるほど甘い人間でもない。

 アルディス家にとって有益かどうか。

 それを見極めるためだ。

 ただ――。

 もし本当に変わったのだとしたら。

 俺の知らないところで。

 俺の与えた役割から離れ。

 自分自身の人生を歩き始めているのだとしたら。

 その時、俺は何を思うのだろう。

 自分でも答えは分からなかった。

 だからこそ確かめる必要がある。

 俺は報告書を閉じ、静かに立ち上がった。

「準備しておけ」

「学園視察の件でしょうか」

「ああ」

 短く答える。

 そして窓の外へ視線を向けた。

 遠く離れた場所にいる義妹の姿を思い浮かべながら。

「……リリアーナ」

 久しぶりに口にした名前だった。

 家のため。

 アルディス家の未来のため。

 それは間違いない。

 けれど胸の奥に生まれた小さな違和感だけは、どうしても無視できなかった。

 来週、学園へ行く。

 そこで僕はきっと知ることになる。

 かつて自分が思い描いた『駒』が、どれほど変わってしまったのかを。

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