隠された禁書庫?なんですか、それ?
朝。
私はいつものように学園へ向かう準備をしていた。
鏡の前で髪を整えながら、昨夜見た夢を思い出す。
『実はさ、このゲーム、悪役令嬢ルートがあるのよ!』
そこだけが妙に鮮明だった。
悪役令嬢ルート。
リリアーナを攻略する。
そこまでは覚えている。
でも、その先が思い出せない。
一番大事なところなのに。
「むぅ……。」
腕を組む。
攻略するって何なのかしら。
普通は攻略対象を攻略するのでしょう?
悪役令嬢を攻略するってどういうこと?
そもそも悪役令嬢が攻略対象になる乙女ゲームなんて聞いたことがないわ。
「……まあ、考えても仕方ありませんわね。」
どうせ思い出せないもの。
私は鞄を持って部屋を出た。
すると、廊下の先に見慣れた人物が立っていた。
「お義兄様?」
アレクシスだった。
珍しい。
普段ならとっくに執務室へ向かっている時間である。
「おはよう、リリアーナ。」
優しく微笑む。
けれど、どこか様子がおかしい。
「どうかなさいました?」
「いや。」
一瞬だけ沈黙。
そして。
「最近、王太子殿下とはどうなんだい?」
まただ。
最近のお義兄様はこればかり。
殿下。
アイリス。
殿下。
アイリス。
その話しかしない。
「仲良しですわ!」
私は元気よく答えた。
「殿下とアイリス様は順調ですもの!」
その瞬間。
アレクシスの笑顔が固まった。
ほんの一瞬だけ。
本当に一瞬だけ。
「……そうか。」
声が低い。
気のせいかしら。
「お義兄様?」
「いや。」
彼はすぐ笑顔を取り戻した。
「気にしなくていい。」
でも。
なぜか胸がざわついた。
学園。
昼休み。
いつものように庭園へ向かう。
ところが。
今日は様子がおかしかった。
生徒たちが何やら騒いでいる。
「見た?」
「本当なの?」
「まさかあの方が……」
何かあったのかしら。
そう思った時。
「リリアーナ!」
アイリスが駆け寄ってきた。
顔色が悪い。
「大変です!」
「まあ?」
「生徒会室で騒ぎになっているんです!」
生徒会棟。
そこには人だかりができていた。
中央には。
レオニス。
アシュレイ。
そして見知らぬ教師。
何やら深刻そうな空気である。
「殿下?」
私が近づくと、レオニスが振り返った。
いつもの穏やかな笑顔。
……ではなかった。
明らかに険しい。
「リリアーナ。」
「何があったのです?」
一瞬、レオニスは答えるのを躊躇った。
しかし。
「学園の禁書庫です。」
「きんしょこ?」
「昨夜、何者かが侵入しました。」
周囲がざわめく。
禁書庫。
それは危険な魔法書を保管する場所。
学生が近づくことすら許されない。
「何か盗まれたのですか?」
私が尋ねると、アシュレイが静かに答えた。
「一冊だけ。」
「古い記録書です。」
「王国建国以前の歴史が記されていました。」
歴史書?
そんなもの盗んで何になるのかしら。
首を傾げる。
すると、アシュレイが意味深な視線を向けた。
「その本には、ある一族について記されていました。」
「ある一族?」
「ええ。」
彼の紫色の瞳が細められる。
「アルディス公爵家についてです。」
沈黙。
私はぽかんとした。
「まあ。」
「それは大変ですわね。」
「……。」
「……。」
「……。」
周囲が静まり返る。
レオニスが額を押さえた。
アイリスが不安そうにこちらを見る。
アシュレイだけが小さく笑った。
「リリアーナ様。」
「はい?」
「普通はもう少し驚く場面です。」
「そうなのです?」
「そうです。」
その日の放課後。
王宮。
レオニスは一枚の報告書を見つめていた。
そこには。
禁書庫の侵入者が残した痕跡が記されている。
その末尾。
たった一文。
それを見た瞬間。
レオニスの表情が消えた。
『目撃証言あり』
『侵入者は銀髪の青年』
『特徴はアルディス公爵家嫡男アレクシス・アルディスと酷似』
「……あり得ない。」
静かな声が落ちる。
だが。
その目は笑っていなかった。
「ユリウス。」
影が現れる。
「はっ。」
「アレクシスを監視してください。」
「本格的に。」
「承知しました。」
窓の外。
夕焼けが赤く染まる。
王都のどこかで。
銀髪の青年が静かに微笑んでいた。
「もうすぐだよ。」
誰に向けた言葉なのか。
その瞳だけが知っている。




