絶対に、私のモノにしてみせるっ!
平民は、魔力を持たない。
それが、この国では当たり前の常識だった。
だから、生まれつき人よりもずっと大きな魔力を持っていた私は、小さな頃からたくさんの視線を向けられてきた。
「本当に平民の子なの?」
「どこかの貴族の隠し子じゃない?」
「不義の子なんでしょう?」
そんな言葉を浴びせられるたびに、私は意味もわからず首を傾げていた。
けれど、家に帰ると母はいつも笑っていた顔を曇らせ、誰にも見えない場所で泣いていたのよね。
その姿を見た日、幼いながらに決めた。
絶対に見返してやる。
私も、お母さんも間違っていないって証明してみせる。
その日から、私は勉強した。
朝早く起きて文字を書いて。
夜遅くまで魔法陣を描いて。
眠くて何度机に突っ伏したかわからない。
頑張った。
本当に頑張った。
そして、いつしか夢を見るようになった。
(王太子殿下より優秀になって、首席入学してやります!)
そうしたら、誰も平民だからなんて言えなくなる。
そう信じていた。
◇
そして迎えた入学式。
「新入生代表、レオニス・グランディア殿下。」
静まり返った会場に、美しい声が響く。
私は小さく目を閉じた。
……負けた。
あと少しだった。
あと少し届かなかった。
周囲では、
「首席はアイリス様なんですって。」
「平民出身なのにすごいわ。」
そんな噂が聞こえてくる。
違う。
本当の首席はレオニス殿下。
私は二番目。
また届かなかったのね。
少しだけ落ち込みながら校舎を歩いていると、不注意で足を踏み外した。
「あっ……!」
身体がぐらりと傾く。
持っていた本が宙を舞う。
階段。
転んだら痛いかしら。
そんな呑気なことを考えた瞬間だった。
「危ないですわ!」
ふわり、と誰かに支えられる。
驚いて顔を上げた私は、そのまま動けなくなった。
純黒の艶やかな髪。
陽の光を受けて宝石のように輝くルビー色の瞳。
白く透き通る肌。
優雅な所作。
そして、困っている人を助けることが当たり前だと思っているような、柔らかな微笑み。
まるで物語から抜け出してきたお姫様みたいだった。
「お怪我はございませんか?」
その優しい声を聞いた瞬間。
胸がどきどきと鳴り始める。
こんな感覚、知らない。
「……大丈夫です。」
そう答えるだけで精一杯だった。
リリアーナ様は安心したように笑って、本を拾ってくださる。
「よかったですわ。」
その一言だけで、世界が少し明るく見えた。
私は確信した。
この方が、私の運命の相手なのだと。
「絶対に。」
心の中でそっと拳を握る。
「絶対に私のモノにしてみせますっ!」
……そう誓った、その数分後。
「リリアーナ様。」
穏やかな声が響いた。
振り返ると、そこには王太子殿下。
レオニス・グランディア。
誰もが憧れる、完璧な王子様。
そして。
「婚約者として同席するだけですから。」
当たり前のようにリリアーナ様の隣へ立った。
その距離は、とても自然で。
まるで最初からそこが居場所だったみたいだった。
私は静かに視線を落とす。
首席も。
身分も。
魔力も。
全部、この人には敵わない。
そして。
リリアーナ様まで。
最初から、この人の隣にいる。
悔しい。
本当に悔しい。
それでも、リリアーナ様は優しい。
「アイリス!」
名前を呼んでくださる。
一緒にお昼を食べて。
お菓子を半分こして。
花を見て笑って。
魔法植物の図鑑を読んで。
そんな時間が幸せで仕方がない。
なのに。
「リリアーナ。」
殿下が名前を呼ぶだけで。
リリアーナ様は少しだけ頬を赤くして、目を逸らしてしまう。
その表情を見るたびに。
胸の奥がちくりと痛んだ。
放課後。
校舎の窓から夕焼けを眺める。
私はまだ何も持っていない。
平民出身。
伯爵家へ引き取られた養女。
血筋も。
地位も。
何もかも中途半端。
だけど。
リリアーナ様への想いだけは、誰にも負けたくない。
レオニス殿下。
あなたは何でも持っています。
才能も。
身分も。
人望も。
そしてリリアーナ様の婚約者という立場まで。
だから一つくらい、私に譲ってくださってもいいではありませんか。
そんな子どもみたいなことを思ってしまうくらい。
私はもう、この恋から逃げられそうになかった。
「待っていてくださいね、リリアーナ様。」
「いつか絶対に、あなたが一番に笑う場所を、私が隣で作ってみせますっ!」
その頃、公爵家では。
当のリリアーナが『破滅回避計画書』へ楽しそうに新しい一文を書き足していた。
『アイリスは今日もとても可愛らしかったですわ!』
『殿下とも少しずつ打ち解けております!』
『お二人は本当にお似合いですわね!』
その文字を読んだら。
アイリスは泣いてしまうだろう。
レオニスは静かに笑いながら、そっと計画書を閉じるだろう。
そして二人とも、同じことを思うはずだ。
――どうして、この方だけは、自分が一番愛されていることに気付かないのでしょう。




