ドキン、チクリ。この気持ちの正体は何ですか?
最近、少し困っている。
何が困るのかと言うと…。
「おはようございます、リリアーナ。」
その一言を聞くだけで、
どきん。
心臓が大きく跳ねるのよね。
最初は気のせいだと思っていたわ。
呼び捨てにされた日なんて、お顔が熱くなってしまって、高熱でも出たのかと思ったくらい。
でも。
次の日も。
その次の日も。
「リリアーナ。」
そのたびに胸が苦しくなって、落ち着かなくなるの。
これは一体、何なのかしら?
「リリアーナ?」
「は、はい!」
アイリスの声で我に返る。
「今日はぼんやりしていますね!」
「そんなことありませんわ!」
「本当ですか?」
「本当ですわ!」
勢いよく答えた、その時。
「リリアーナ。」
聞き慣れた穏やかなお声がしたわ。
「~~~~っ!」
気が付けば、わたくしは近くの柱に隠れていた。
「……?」
アイリスが不思議そうに首を傾げる。
「どうしました?」
「か、隠れておりますわ!」
「それは見ればわかります!」
「…………。」
落ち着きなさい、リリアーナ・アルディス。
公爵令嬢たるもの、殿方のお声だけで動揺してはいけませんわ!
そう思った瞬間。
「リリアーナ。」
また呼ばれた。
どきん。
「え……。」
胸が痛いくらいに鳴る。
前世で友達が言っていたわ。
…なんて言っていたかしら?
声を聞くだけで嬉しくなる。
会えないと寂しくなる。
この気持ちは一体…
両手で頬を押さえる。
8歳の頃の高熱以上に、頬が火照っていた。
帰り道。
一人で歩きながら空を見上げる。
婚約者。
……でも。
ふと現実に戻る。
ここは乙女ゲームの世界なのよね。
レオニス殿下は攻略対象。
でも、ヒロインはアイリス。
ゲームを知らないわたくしでも、それくらいはわかるわ。
きっと最後には。
殿下とアイリスが結ばれるのよね。
その隣に立つのは、わたくしではない。
「…………。」
胸が少しだけ苦しいわ。
幸せになっていただきたいもの。
この気持ちの正体は分からないけれど、誰かに殿下を奪われたくないと自分が思っていることはわかる。
でも、私は悪役令嬢。
ヒロインの引き立て役。
それが悪役令嬢のお役目なのよね。
「潔く身を引きますわ!」
そう決意したわ。
翌日。
わたくしは意識して殿下を避け始めた。
朝はアイリスと別の道を歩き。
昼休みは図書館へ逃げ。
放課後は誰よりも早く帰る。
完璧ですわ。
これならチクリと痛む心も薄れますもの。
……そう思っていたのだけれど。
「ようやく見つけました。」
突然、目の前に影が落ちる。
顔を上げる。
そこには、穏やかに微笑むレオニス殿下。
「殿下!?」
「最近、逃げていますね。」
「に、逃げてなど!」
「目が合うと方向を変えます。」
「偶然ですわ!」
「話しかけると柱へ隠れます。」
「偶然ですわ!」
「私が近づくとアイリス様の後ろへ回ります。」
「ぐ、偶然ですわ!」
殿下は小さく笑われた。
「リリアーナ。」
名前を呼ばれる。
また胸が苦しくなる。
どうして。
どうしてそんなに優しく笑うのですか。
「何かございましたか?」
そのお声は、本当に心配そうで。
その優しさが、余計につらい。
「…………。」
わたくしはゆっくり首を横に振った。
「ございませんわ。」
「嘘ですね。」
「え?」
一歩。
殿下が近づく。
逃げようとした瞬間。
そっと手首を掴まれた。
驚くほど優しく。
けれど逃げられないくらい自然に。
「あなたは隠し事が下手です。」
「…………。」
「困っているなら、私に話してください。」
その距離の近さに。
その穏やかな笑顔に。
その低いお声に。
どくん。
今までで一番大きく心臓が跳ねた。
辛い。
苦しい。
……でも。
この気持ちの正体に気づいていけないと直感が言っている。
殿下のお隣には、きっとアイリスが立つのだから。
そう決めたわたくしは、誰にも気付かれないように小さく微笑み、
「応援しておりますわ。」
と呟いた。
私の言葉に、殿下は何も言わなかった。
そして少し寂しそうな表情を浮かべ、
「わかりました」
何かあれば、相談してくださいね」
もう…やめて。
これ以上、優しくしないで…




