第76話 向き合い、区切りをつける少年少女
白城桜花は、『さくちる』における俺の最推しヒロインである。
この世界で実際に関わり、好きの気持ちは大きくなった。
冗談を言い合ったり、遊んだり、ご飯を食べたり一緒に放課後帰ったり。
そうやって時間を共にして、ゲームのキャラとしてではなく、一人の人間として彼女への感情は日々強くなっていたと思う。
容姿や性格は俺の好みドストライクだし、そんな彼女からこうして好意を向けられているんだ。
嬉しくないはずがない。
だがしかし、それだけだ。
そこから先に、俺がどうしたいかは、何も考えなかった。
だって、本当に意識すらしていなかったのだから。
ここで一つ、とある話をしようと思う。
ある男には、彼女が居た。
相手は大学で知り合った、若干口うるさいけど、誰がどう見ても美人だと思うような子だ。
髪型は暗めの茶髪でボブカット。
大学最初の春、男が飲み会で潰れていたところに、鬱陶しく説教してきた事で知り合い、そのまま成り行きで気づいたら付き合っていた。
そんな女の子は、重い病を患っていたらしい。
誰にも打ち明けず、彼女はぽっくり死んだ。
付き合っていた男が繊細過ぎる事をよく知っていたため、自分の死後に縛り付けないようにと、彼にも詳細を告げずに静かに逝った。
それどころか、彼女は自分の事を綺麗さっぱり切り捨てられるよう、男を入院治療に入る前に振っていた。
勿論、病の事など全く話さずに。
『ごめん。いきなりだけど、別れたいかも』
『理由? ……あはは、そんなの気にする?』
『とにかく、もう付き合えなくなっちゃったから』
男は有無を言わせぬ唐突な別れ文句に、腹を立てた。
何の事情も知らなかった彼にとって、彼女からの別れは暴論にしか思えなかったのである。
『あぁいいよ。好きにしろよ。俺ももうお前なんか、どうでもいいから』
売り言葉に買い言葉のまま、ぶっきらぼうに男が言った時、彼女は安堵したように笑っていたと思う。
不貞腐れたまま、その後男は無為に日々を過ごした。
気になっていたエロゲを触っては、その鬱展開と、どこかの誰かさんそっくりなメインヒロインに悪態を吐きながら、ただ荒んだ生活を続けることになる。
さて。
問題が起きたのはこの後、男が大学二年生に上がってしばらくした夏の前の事だった。
男は、全てを知らされることになる。
生前の彼女が書き残していた手紙を、その両親から渡されたのだ。
実際、その手紙を彼女が渡すつもりだったのかどうかは誰にもわからない。
ただ、捨て忘れていただけだったかもしれない。
だがしかし、丁寧にしたためられたそれを見てしまった彼女の両親は、男に渡す以外の選択肢を持ち得なかったのだ。
両親からして見れば、それは遺書のような物にしか思えなかった。
『黙ってる意味がなくなるから連絡しないでね』とは言われていたが、死ぬ間際まで男の事を想って迷っていた、彼女の笑顔を両親は知っていたから。
だから……判断を誤ってしまった。
彼に全てを伝えるべきだと……それこそが、娘の本心だと思い込んでしまったのだ。
せめて、彼女からの最期の言葉を託そうと。
それが誠意だと信じて。
彼女との別れを綺麗に終わらせられる事を願って。
とは言え、男の方はそこまで器用ではなかった。
彼女の事情を知った後、絶望した。
軽い気持ちで自分を振ったと思っていた彼女が、まさか重い病気を抱えて余命宣告されていたとは。
そしてそのまま、亡くなっていたとは。
しかも彼女が、実は自分の事を最期まで想ってくれていたとは。
しかし、知らなくても無理はない。
——男は、葬儀にすら呼ばれていないのだから。
男は振られた後、彼女に対して少なくない怒りを持っていた。
友達との遊びの場で、盛大に愚痴った事もある。
そして家に帰った後は不貞腐れながら、エロゲにのめり込んで欲求を発散しようとしていたのだ。
真実を知った時、そんな自身に嫌気が差すのは、当然であった。
男はそのまま死を選んだ。
自分の彼女が重い病と戦って苦渋の決断を強いられていた中、かたや自分はそんな事情もつゆ知らず……。
勿論、何も伝えてもらえなかったんだから、仕方のない話だ。
だけど、もう少し汲む事はできたんじゃないか。
一度くらい、彼女の実家に顔を出して話をする機会を設ける事はできた。
だが、しなかったのは自分の意思だ。
しかも、そこに理由なんて特にない。
ただ……向き合うのが面倒だっただけ。
後悔しても、もう遅い。
そんな自身を、男は酷く醜い存在だと思い込んでしまった。
どんな顔をして生きていけば良いか、わからなくなってしまった。
となるともう、彼に生きる理由はなかった。
そこからの思考は単純である。
彼女と同じ場所に行こうと、ただそれだけ思った。
死後、運よく出会えて、一言交わせればいいな……なんて考えながら。
だが、知っての通り現実はそう上手くはいかなかった。
そのまま男は、奇妙にもやり直しのチャンスを得たのである。
記憶を持ったまま、もう一度人生を送る事になったのだ。
男は心機一転、新たな人生を歩もうと思った。
前世で情けない人生を送った、自分への罰だと思った時期もある。
新たな場所で、今度こそ自分を自分で認められるような生き方をしようと、そう思ったのだ。
しかし、どんなに世界が変わろうと、環境や名前や容姿が変わろうと、一つだけ変わらないものがあった。
——恋愛感情だけは、取り戻す事が出来なかったのである。
◇
思えば女の子の部屋に入るのは、転生してから初めてだった。
俺は周囲をきょろきょろ見つつ、思う。
入るのは初めてだが、見慣れてはいる部屋だ。
ゲームで出てきた背景と同じなため、このオタクっぽいアイテムばかり揃った部屋に気圧される事はない。
むしろ、部屋の主の方が緊張していそうである。
桜花は、ベッドの上に女の子座りで佇んでいた。
頻りに前髪を弄り、笑う。
「い、言いたい事は色々あるでしょ? わ、わかってるわ」
「まぁな」
「……ごめん。炎上しちゃった」
一体誰への、何に関する謝罪なのかはわからない。
本人も恥ずかしいのか苦しいのか、感情がごちゃ混ぜになった顔をしている。
そりゃそうだ。
こんな炎上、早々お目にかかれないからな。
「別に謝らなくても良いけど、大丈夫なのかよ」
「どう思う?」
「大丈夫じゃないから学校休んでるんじゃ?」
「……あんた、デリカシーとかないの?」
「それはそれとして、俺は心配してたよ」
「そっちを先に言いなさいよ」
ため息を吐いて、そのまま爆笑する桜花。
「……めっちゃキモい事言っていい?」
「どうぞ」
「あんたが来てくれたから、もう平気」
「……」
先程、明確に桜花から好意を伝えられている。
それがなくとも炎上の内容的に、既に察しは付いていた。
「ごめん。俺にそういうつもりは、ないんだ」
「……そう」
端的に、俺は自身の感情を説明を始めた。
「特定の誰かに対してとかではなく、さ。これまで約17年生きてきて、俺は誰かに恋愛感情を抱いたことがないんだ。それは多分、トラウマみたいなのが原因で。……なんて、矛盾してるよな。恋愛経験がないのに何がトラウマになるんだって。でも、これが正直な本音なんだ」
「だから、羽崎さんとも付き合わないの?」
「まぁ、そうだな。付き合いたいと思った事もないから」
「……」
だからと言って、別に嫌いなわけじゃない。
梓乃李の事も雪海の事も、勿論桜花の事も好きだ。
女として見ているかどうかについても、恐らくYESである。
ただ、どうしても前世での失敗が尾を引き過ぎて、向き合う事を放棄していたんだと思う。
その事に、ようやく気付けたのだ。
……同時に、自分が何も変われてなかった事にも。
「じゃあ、今は誰とも付き合う気はないのね」
「あぁ」
「……はじめはさ、惚気日記みたいなものだったのよ」
桜花は悲しそうな顔で、スマホを撫でながら笑う。
「好きな男子とのちょっとした出来事を、ちょっとだけ誰かに見てもらいたくて。でもほら、あんたに言うわけにはいかないじゃない? それにあたし、学校には他に友達もいないし。だから、丁度アンチに目をつけられてた裏垢で、非モテの粘着垢達に当て付けみたいに自慢し始めてさ。……でも、やり始めたら夢中になっちゃった。のめり込んじゃった。……ほんっっっっとーに、馬鹿」
歪んだ承認欲の暴走と言うか、なんと言うか。
気持ちはわからなくはない。
馬鹿だなとは思っていたが、不特定多数のアンチに日々攻撃されるストレスを知らない俺には、彼女のこの発散行動がどれだけ大きな意味を持つものだったのか、計り知れない。
だから、俺は否定しなかった。
彼女の部屋で胡坐をかいたまま、能天気な声を出す。
「まぁ、そんなもんだろ。恋は盲目って言うし」
「マジ、それね。何にも見えてなかった」
「とは言え、裏垢は普通にやめた方が良いぞ。今回は画像でバレてたけど、次は本垢と間違えて投稿して燃えるかもだし」
「あんた、前に注意してくれてたよね。わかってる。裏垢はもうやめにするつもり」
桜花はそこで伸びをし、大きく体を反らした。
シャツに引っ張られて胸が強調されるので、俺は気まずくて目を逸らす。
「今後は普通に活動再開して、何気なく過ごすの」
「それがいいよ」
「ただ、好きな男がいるだけの、普通の女子高生モデルになる」
頬を掻きつつ、顔が熱くなるのを感じる。
しかし、だ。
そもそもの話だが。
俺、なんでコイツに好かれてるんだろう。
優しくし過ぎた自覚はあるが、まさかイベント発生前からフラグが立っているとは。
俺みたいなモブに起きていい展開じゃなさ過ぎる。
鬱エロゲの世界だからか、ヒロイン達は全員心が弱り過ぎて、少しでも助けようとしてくれる奴に無条件に好意を持っている感じだ。
もはやそれは、恋というより吊り橋効果的な錯覚に近い気がする。
……そう思うと、背景を知った上で行動し、結果として好意を寄せられている現状に、とてつもない罪悪感を覚え始めてくるな。
騙しているみたいだ。
なんて思っていると——。
「感謝してる」
「え?」
唐突に言われ、目をぱちくりさせた。
「あたしさ、正直超テキトーにモデルやってたの」
「そ、そうか」
言われなくても知っていた事だ。
桜花がモデルを始めたのは、ただ単にスカウトされたから。
だから原作では、このイベントを機にすっぱり活動を辞めていた。
「でも、理由が出来た」
「……」
「あたし決めた。あたし——もっと、可愛くなる」
彼女は晴れやかな笑みでそう言うと、ベッドを降りて俺に迫ってくる。
四つん這いのまま、勝気な表情で俺をロックオンした。
「あんたがあたしに靡かないのは、周りに可愛い女が多過ぎるからだと思うのよね」
「……関係ないだろ」
「ほら、可愛い子が多いってとこ否定しないし。だからね、決めたの。——あんたがあたししか見れなくなるまで、可愛さ磨き続けるから。そのために、モデル続けるから。……逃さないから」
「……」
梓乃李に雪海に葵子、そして目の前の桜花。
それに加えて季沙もそうだが、身近の女子は全員超絶美少女だ。
そりゃそうだろう。
だって全員、美少女ゲームでヒロインを張ってた奴らなんだから。
にんまりと俺を見定める桜花に、俺は苦笑いしつつ後退る。
——こうしてまた一つ、世界線が原作からズレていくのであった。
次の更新話で2章は区切りです。
全体的に暗めの話が続きましたが、ここまで読んでくださった方々には感謝しかありません。
ありがとうございました!
次の話もよろしくお願いします……!
章末は明るくてハッピーなラブコメ回です(フリじゃない)




