第74話 燃える暴走少女、敗走する
白城桜花——彼女の炎上事件は収まっていない。
一週間ほど経過したため、多少燃え方自体は控えめになってきてはいるが、毎日彼女を揶揄した投稿がバズっているのは変わらない。
元々のファン層もあり、男バレでオタクを怒らせたというよりは、やべー奴としてネタにされている程度ではある。
まぁ一番やべーのは、炎上元になった投稿の男すら、本当は彼氏でも何でもないという事だが。
「どこで歯車が狂った?」
ボソッと呟きつつ、俺は考える。
原作ではここまでとち狂った女ではなかったはずだ。
精々煽り耐性が皆無で、ネットでの誹謗中傷に真っ向からレスバを仕掛けていたくらいだった。
それがどうしてこうなった。
付き合ってもいない男を彼氏と偽り、きゃぴきゃぴリア充を装った偽投稿を連発。
当該アカウントは既に削除済みだが、スクショは撮られているし、なんなら俺も保存している。
『今日は彼ピとデート
ってか夕飯のコース代払ってくれて神
器が違うんよwww』
『彼ピ、運動神経良過ぎで普通に惚れたww』
『彼ピが女からモテ過ぎてて効いてる
あと最近たまに妄想とか言われるけど、これ証拠ね?
目付いてる?笑
実在してますけど?www』
投稿のいくつかには、俺と思しき人間の一部分が写った写真が載っていた。
一体いつ撮られていたのだろうか。
正直全く気付かなかったため、軽くホラーである。
それに、そもそも以前からこのアカウントでアンチとレスバしていたのは原作と変わらないらしく、この世界線では定期的にそいつらに対し、無意味な煽りを繰り返していた。
にしても、『夕飯のコース代払ってくれて神』とはなんなのだろうか。
俺が払ったのは自分の分だけだ。
まるで奢ってくれたような書き方だが、こんなところでも見栄を張ったのだろうか。
少しだけ俺にもダメージが入るので、やめていただきたいな。
……しかし、総じて言える事はただ一つ。
アホだ。
アホ過ぎる。
やけに文面から嫌なネット民のそれが滲み出ているのもキツい。
恋愛脳全開過ぎて、見てるこっちが恥ずかしくなる。
俺の事は好きじゃないって大声で言っていたくせに、おかしな話だ。
人は恋愛が絡むと、こうも残念になる生き物なのか……と、もはや一周回って感動すら覚えるレベルである。
とは言え、片鱗がなかったかと聞かれれば、引っかかる部分は確かにあった。
かなり前の球技大会の練習中、謎に活動者の彼氏持ち割合を語ってきたり、球技大会当日には自身のSNSアカウントについて、何か意味深な発言を残していたり。
そして、確信付ける最後の違和感は土曜の事だろう。
撮影予定だったはずなのに、アイツは確かにコンビニに居た。
桜花のメインアカウントを確認したところ、実際その日はコンディション不良で撮影が中止になったと書いてあった。
前兆はあったのだ。
何かが噛み合っていない節は、気付かないだけでずっと潜んでいたらしい。
なんて、色々ツッコミはしたが。
だからと言って、勿論放置なんてしない。
俺が蒔いた種ってのは事実だからな。
俺は今、マンションのとある一室の前で仁王立ちをしていた。
そして、にやっと恒例の小悪党スマイルである。
見慣れた物件だが、ここは自宅前ではない。
何を隠そう、白城桜花の住む部屋の前である。
あれ以降進展がないため、こちらから出向くことにしたわけだ。
毎日の連絡にも返信はないし、既読スルーされるだけな日々も流石に終わりにしよう。
住所は桜花の担任に見舞いの体で聞いて仕入れた。
プライバシーの侵害だと言われても、知らん。
そもそも桜花は、一方的に俺の住所だけ知っているんだからな。
今までがアンフェア過ぎただけだ。
ちなみに、俺とて何も考えずに押しかけているわけではない。
正面から出向いたのは、桜花も俺と会う気がないなら、居留守をすれば済む話だと思ったからだ。
メンタル的に俺に会いたくなければ、それでいい。
話せるのがベストだが、逃げ道は残してあげなければ追い込んでしまうだけだから。
もっとも、現在進行形で炎上に巻き込まれている俺に、文句を言われても困るがな。
忘れちゃいけないが、俺は盗撮された上に勝手に彼氏としてでっち上げられている被害者だ。
桜花にガチ恋オタクが仮に居たとして、俺がそいつに目をつけられる可能性もあるわけだし。
なんて事を考えたら、話をする権利くらいはあるはずだ。
まぁフラグは折っていたとは言え、関わり過ぎたのも事実だから、この件で被害者面をする気はさらさらないんだが。
仮に刺されても、その時は受け入れよう。
……いや、勿論できる事なら逃げたいがな。
俺が刺されると周りも責任を感じかねないし、尚更だ。
誰も傷つかないよう、今度こそ上手く切り抜けてやる。
そこまで含め、俺の役目だろう。
と、しばらく待った後俺は首を傾げた。
「……うん?」
インターホンを鳴らしてみたが、反応なし。
居留守の可能性もあるが、そもそも人の気配すらしないこの感じ。
普通、カメラ越しに来客者の顔くらい見るだろうし、その際に物音が聞こえる気もするが、ないという事は寝ているのだろうか。
……それともやはり、思った以上に病んでいるのだろうか。
あまりにも燃え方が馬鹿らし過ぎたため、軽視しがちになっていたかもしれないが、腐ってもここは鬱展開盛り沢山のエロゲの世界。
立ち直れない程絶望している可能性はある。
一応連絡はしているが、既読すら付いていないしアポなしも同然の今。
マズかっただろうか。
などと、考えていた時だった。
「え、響太?」
「……あ、いた」
声をかけられ振り返ると、そこには本人が立っていた。
ぼさぼさ頭にマスクという、いつも以上に体調の悪そうな風貌だ。
服もしわくちゃだし、よく見ると顔色も悪い。
だがしかし、生きていた。
手にはコンビニのビニール袋を提げ、驚いたような顔で俺の方を見ている。
「な、なんで?」
「見舞いに来たんだけど」
「じゃなくて、……なんでうちの住所知ってんの?」
「先生に聞いたんだよ。別クラスだから訝しまれたけど、配布物も届けに来た」
「え? あ……ありがと?」
口を開けば、割といつも通りだ。
会話ができるくらいには元気らしい。
それに感謝もされたし、来るのを拒まれていたわけでもない様子。
一旦順調……な気もする。
というわけで、俺は手を上げて挨拶した。
「久しぶりだな。会いに来たよ」
「……っあは」
と、俺が言った瞬間だった。
桜花は口角を上げる。
にっと笑い、そのまま笑顔で——。
「い、いやぁぁぁッ!」
「えぇ!?」
踵を返して、逃げ出していくのであった。




