第69話 破滅ヒロインはモブを信用しない
週明け月曜、6月30日。
相変わらず桜花は不登校のままだ。
あれから毎日連絡をしてみてはいるが、返信はない。
原作では、軽いやり取りから桜花が暁斗を家に誘う展開に繋がっていたはずだが、やはり相手が俺というモブだからか、そう上手くはいかないらしい。
それ以前に、俺に合わせる顔がないという感情もあるだろうが。
いっそのこと、マンションのエントランスで待機でもしていれば会えるかもしれない。
皮肉にも住所はよく知っているし、引き籠りとは言えど父親と二人生活の桜花だ。
何日もの間、一歩も家から出ないとは考えにくい。
——なんて、まだそんな機じゃないな。
それに、まず他にやるべきことがある。
「ここにみんなで集まるのも久しぶりだね」
「あぁ」
暁斗の言葉に俺は頷き、周囲を見渡した。
俺にとっては溜まり場の一部と化した美術室。
その大机の一つを、俺、暁斗、右治谷、季沙、梓乃李、そして雪海で囲っている。
勿論雪海には許可を取って集まっているが、本人は不服そうだ。
それと今は関係ない話だが、何故この教室にはいつも雪海以外の美術部員が居ないのだろうか。
闇が深そうだから聞かないが、不可解ではある。
と、俺は早速本題に入った。
「茶桐叶矢の自殺の件だけど、あれは他殺だった」
「……ハァ?」
声を漏らしたのは右治谷だった。
事情を知っている季沙と雪海は黙っているが、暁斗は絶句している。
梓乃李は……妙に落ち着いた様子で次の言葉を待っていた。
俺に代わるようにして、今度は雪海が口を開く。
「全員既に聞いているとは思いますが、茶桐叶矢は政治家である佐山家の親族に当たります。そして私は今、その佐山家の長男との縁談を持ち掛けられているのですが——」
雪海からの報告は、簡潔に終わった。
誰が今回手を回しているか、何故こんな事態になったのか。
不要な要素は省きつつ、全てを話す。
そしてその後、いよいよ明日の夜に俺と季沙と雪海の三人で、佐山家と話をつけてくるという作戦を告げた。
「……私は?」
梓乃李が口を挟んだことで、場が静かになる。
「その間、私は何をすればいいの?」
至極真っ当な疑問に、俺と季沙は顔を見合わせた。
まぁ確かに、梓乃李達は今の話を聞いたところで『そうなんだ』で完結してしまうからな。
この場は元々、季沙がみんなにも共有しておきたいと言い出したから、設けられたのだ。
だから梓乃李達にやってもらいたい事なんて、何も用意していない。
「そうだね。僕らも力になれる事ってないのかな」
「おう、オレも何でもするぜ?」
暁斗と右治谷に言われ、雪海と季沙がそれぞれ表情を変える。
雪海は試すような笑みを俺に向けていた。
どうするの?と言いたげである。
逆に季沙は、嬉しそうな、だけれど困ったような顔をしていた。
雪海の意図はわからないが、ここは俺に判断を委ねているのだろうか。
なら……そうだな。
「じゃあ、あおさんと一緒に居てあげてて欲しい」
「え? ……茶桐君は亡くなったのにかい?」
「あぁ、だから念には念を入れて、だよ。他のサッカー部の連中が襲う可能性だってあるんだから」
「……」
暁斗は納得いっていない様子だった。
だがしかし、俺の警戒はまだ緩んだわけではない。
というのも、俺は茶桐から葵子をまわす作戦があると実際に聞いて、誘われた立場だ。
あの言い方だと、協力者がいるとも受け取れるわけで。
それなら警戒はしておいた方が良い。
「そういう事ならオレは良いぜ。最近はちょっと雰囲気も暗いし、ここらで一旦パーっと遊ぶか」
「ありだね。葵子、ずっと落ち込んでるから」
「じゃあ任せたよ」
こういう時、右治谷は頼りになる。
正義感が強いとはいえ行動力には若干欠ける暁斗を、補ってくれている。
雰囲気も和ませてくれるし、これぞコミュ強男子って感じだ。
少し羨ましい。
なんて、場がまとまりかけた時だった。
「私は、そこには要らないよね」
「え?」
梓乃李の言葉に、俺は戸惑う。
「どういう意味だよ」
「いや、右治谷君と須賀君が葵子ちゃんと居るんなら、私もそこに同行する必要ってないじゃん? 女子が増えたところで、相手が襲ってくるつもりならむしろ好都合だし」
「そりゃまぁ、ごもっともだな」
「君は私をそんな危険な場所に送るつもりなの?」
「……」
やけに試すような事を言われ、混乱した。
コイツは何が言いたいんだろうか。
元々、自分にできる事はないか聞いてきたのは梓乃李だったはずだ。
だから俺は、一応やる事を提示しただけに過ぎない。
危険な場に身を置くのが怖いなら、最初から家で過ごしておけばいいのだ。
と、そこで梓乃李は笑った。
「だから、私は君と一緒に居ます」
「……は?」
「ふふ、一緒に付いていくって言ってるんだよ。その、佐山さん?って人と会う場所にね」
予想外だった。
いや、勿論コイツの性格的に言い出しそうなことではある。
だがしかし、何故。
「危険な場所に行きたくないんじゃなかったのかよ」
「あれは私が襲われたくないからって意味じゃなくて、右治谷君と須賀君に余計な負担をかけるのが嫌って意味だけど」
「だからってなんで」
「言わなきゃわかんないの? 君は見張っとかないと、毎回無茶な事してくるからに決まってるじゃん」
絶句した。
亜実達の筆箱事件も、裏でこそこそ動いた挙句の刺傷事件も、茶桐とのごたごたも。
確かにそれらは、俺が梓乃李から信用を失う前科ではある。
なんて言っていいかわからず、黙っていると梓乃李は笑った。
「それに、君も私が居た方が助かるはずだよ?」
「何を根拠に」
「それはまだ内緒。秘密主義な君に私だけ教えるのはアンフェアだから」
何やら棘のある言葉を吐かれ、また言葉に詰まる。
クソ、今日の梓乃李は普段より手強い。
理詰めで逃げ場を封じられているため、返す言葉がないんだが。
助けを求めるべく周りを見るも、全員生暖かい視線を向けてきている。
雪海に至っては実に愉快そうに、先程よりもさらに口の端を上げていた。
どうしたものか。
あまり梓乃李を巻き込みたくないんだがな。
とは言え、今日は普段に増して引き下がる気がなさそうだ。
「先方もそんなぞろそろ連れて来られたら困るだろ」
苦し紛れで言うと、梓乃李は雪海に視線で問う。
「別に大丈夫だと思いますよ? 佐山氏には紹介したい友人を数人連れて行くと連絡してありますから」
「……七ヶ条先輩、あのですね」
「うふふ、何が言いたいのかしら? 私は彼女を連れて行く事には賛成なのだけれど」
「え?」
予想外の角度からの加勢に、目が点になった。
梓乃李は梓乃李で満足げに俺を見つめてくるし、どうなってんだ。
他者と壁を作りたげな雪海とは思えない判断だ。
「事実、貴方は危なっかしいから。支えてくれる子が隣に居てくれた方が暴走せずに済むわよ?」
「人をクレイジー癇癪持ちみたいに言わないでくださいよ。人聞きの悪い」
「あら、毎度私の事を猟奇殺人鬼扱いしてくる後輩には言われたくないわね」
「……」
にしても、妙に含みがある言い回しだ。
何か、俺の知らない策があるのだろうか。
こうなると俺の言葉ではどうしようもないため、ため息を吐きつつ受け入れた。




