第68話 諜報戦に交じる邪悪なモブ
時は遡ること数日前。
俺の隣で、季沙は茶碗蒸しを口に運ぼうとしたままフリーズしていた。
二度目の高級料亭は、当然貸し切りである。
聞いたところによると、この店は七ヶ条家御用達の、かなり密接に結びついた店らしい。
前回、俺は少し違和感を抱いていた。
というのも、いくら個室だとしても、やけに口が軽いと感じていたのだ。
しかし、事情を聴いて察する。
家の息がかかった店なら、情報の漏洩はほぼ皆無だろう。
道理で内緒の密談にはもってこいなわけだ。
それに、七ヶ条の家と繋がっているのは周知なため、金持ちも政府の要人も、この店を使うのは避ける。
七ヶ条に機密情報を流すわけにはいかないというわけだ。
茶桐の死に対して、二人は特に悲しむ様子はなかった。
季沙は元々被害者だから当然だし、雪海も雪海だ。
性犯罪者の類に慈悲の心を抱く性格ではないため、むしろ悪は成敗されて当然と言いたそうな顔である。
俺は流石にそこまで割り切れはしないが、かと言って同情する事もなかった。
今後葵子を襲おうとしていた事を知っていたため、尚更だな。
と、今しがた雪海から佐山家を叩こうという話を受けて、俺は聞いた。
「叩くって……具体的に何をするつもりなんですか? 仮に茶桐の死がその、先輩の言う通りに佐山家の手によるものだったとして、俺達が下手に関わるとそれこそ危険な気がするんですけど」
元より、佐山博義との交渉が一番の解決口だという話にまとまってはいたが。
流石にリスキー過ぎると思って口を挟んだところ、雪海は笑う。
「かと言って、七ヶ条の家の人間に手を出すとは思えません。私の身の安全は保障されていると言って大丈夫でしょう」
「……ん? 俺は?」
「うふふ」
「うふふ、じゃないんですけど」
どんな状況でも茶目っ気を忘れない先輩。
流石だ。
全くもって笑えないがな。
ともあれ、俺は顔を顰めた。
ここまでの行動が一応全て『死にたくない』という念からくる俺にとって、あまり良い作戦だとは思えなかったのだ。
がしかし、それはそれとして。
ここまできておいて、後は放置と言うのも気持ちが悪い。
「来週の火曜日に佐山雄三氏と会食の予定があるの。だからその時に接触するつもりなのだけれど」
「ちょ、ちょっと待ってください。っていうかそもそも聞き忘れてたんですけど、茶桐が他殺って言うのは何か証拠があるんですか?」
前提として、あの件は状況証拠的に自殺で間違いないという話だった。
散々疑っておいてなんだが、雪海の一言で納得するのも違う。
飛び降りならば、動機はさて置き自殺としての信憑性はあったから。
と、雪海は不敵に笑う。
「証拠? 勿論あるわよ。……だって、うふふ」
精一杯溜めた後、彼女は悪魔みたいな顔で言った。
「あの日現場に居たのは茶桐叶矢本人と彼を殺した実行犯、そして茶桐叶矢の父親の三人のみ。その上で、その茶桐叶矢の父親から直接、証言と証拠を頂いているのですから」
「……は?」
「茶桐叶矢の父——茶桐洋太氏。前に話したと思いますが、彼は現在佐山家のコネで就職しています。反社会的団体との繋がりを絶たせ、さらに自身の監視下に置くことを目的としていたのは言うまでもありませんが、その他にも茶桐と佐山の関係を知らずに近づいてきた敵対勢力を炙り出すセンサーとして、佐山家は彼を利用していたのです。そして佐山家と七ヶ条家の見合いの話が出た時、茶桐叶矢と私が同じ学園に通っている事もあって、佐山家は洋太氏を私の監視役にしようとしました。……ですから、私は逆にそれを利用したのです」
さらっと雪海が自身の見合いの話を口にした事で、季沙が混乱したように妙な顔をしていた。
しかし、俺も俺で情報量が多くてついていけない。
「まぁ要するに、買収していたのですよ、彼を。軽薄な男という事はわかっていましたし、佐山家の内部に精通している事もあり、彼ほど七ヶ条の目として機能し得る適した人材はいなかった。……佐山は茶桐洋太氏を飼う上で、かなりの金額を渡していたようですが、それ以上の額を七ヶ条の方から出しました。もっとも、表立って動けば佐山家に勘付かれるので、手段には色々苦労をしましたが」
言い終えると、雪海は一口水を口にする。
……ヤバい。
庶民の俺には何を言われているか、ほとんど理解できなかった。
よし、一旦整理しよう。
叶矢の父親である茶桐洋太は本来、素行の監視も伴う形で、コネ就職という表上の体裁の中で佐山家から飼われていて。
その上で、ついでに彼と昔から関わりのあった反社会的勢力が、佐山に敵対していないかどうかの諜報も担わされていて。
そして、佐山博義の孫息子と雪海の見合いが決まった際、雪海の様子を見るために茶桐洋太は出向いたところ、逆にそれを七ヶ条が逆手にとって寝返らせたと。
本来、今回の茶桐叶矢殺害事件は、彼の父親である洋太と犯人のみの小さな空間で、完全なる証拠隠滅が出来たはずだった。
しかし雪海が洋太氏を買収していたため、彼から事件の真相を横流しさせて知ることができたと。
勝手な解釈でまとめると、こんなところだろうか。
「って感じに受け取ったんですけど、正解ですか?」
「ふふ、その通りよ」
「え、なんでそんな理解力あるん? とよちんってガチで頭良くね?」
「そりゃこの前の中間テストで学年3位だからな」
季沙に褒められたのが若干嬉しくて頷くと。
「うわ、キモ」
「3位如きで自慢しないでくれますか?」
と、各々から侮蔑を頂いた。
少し目に涙が浮かび、視界が歪んだ。
悲しい。
しかしまぁ、相変わらず七ヶ条も佐山もやる事がめちゃくちゃだ。
金と人脈があるとやりたい放題だな。
見合いで家同士の繋がりを作ろうとしているからこそ、お互い常に相手を探り合って牽制し合っているのだろうか。
そう言えば俺も、七ヶ条の人間に監視されて個人情報を全部洗われていたし、この手の連中はみんなそうなのかもしれない。
やはりお近づきにはなりたくない感じだ。
とは言え、そうか。
そこまで確証と勝算のある展開だったのか。
「じゃあ、やるしかないな」
「えぇそうね。だけれど、別に貴方は付いて来なくても良いのですよ? ……柊さんには同行を願いたいけれど」
「それは……勿論です」
季沙は茶桐から暴行を受けた張本人だし、いくら雪海の口から交渉すると言っても、同行した方が良いのは当たり前だろう。
がしかし、雪海の言う通り、俺は違う。
何度も言われているが、俺は部外者だから。
危険を顧みずに出張る必要なんてどこにもないのである。
それに、これだけ証拠が揃っていれば勝ちは確実だ。
動画のデータは回収し、元から全部削除する。
誰かの手に流れた形跡がるのなら、それも責任を持って佐山家に回収させる。
それだけだ。
と、そこで俺は思いとどまった。
「待ってくれ。……俺も、行く」
ずっと俺の胸につかえていたもう一つの悩みが、ふとこのタイミングで浮かび上がってきた。
それを思い出し、俺は前を向く。
二人を止めるように声を挟むと、雪海は待っていたと言わんばかりに口角を上げた。
「あら……随分悪い顔をしていますね」
「生まれつきですよ」
今から俺がやろうとすることは正しくはない。
だがしかし、今更犯罪者集団を相手取ってわがままを通す事に罪悪感を覚える程、俺は正義というモノに執着はないのだ。
かくして、最後の決戦への火蓋は静かに切られるのであった。




