第67話 事件の後始末に向けて
数日後、俺は葵子から桜花の件で相談をされていた。
なんでも、同じクラスの彼女が不登校になったのが心配らしい。
あの炎上以降、原作の展開通りに桜花は学校に来なくなった。
まだ数日程度だが、不登校には違いない。
学校の連中は俺と雪海と梓乃李を除いて、彼女の不登校の理由を知らない。
暁斗は勘付いている可能性もあるが、その程度。
そもそも大半は、陰キャ女子が教室から消えたところで、特に疑問も抱かなければ、気づくことすらないだろう。
しかし、葵子は違う。
俺にだけ異様に辛辣だから忘れそうになるが、この女はマネージャーをやるような献身性の塊だ。
2人がどの程度の仲なのかは知らないが、気にはなるらしい。
しかし、悩むのは俺も同じだ。
原因を知っているとは言え、この不登校がいつまで続くのかは知らない。
もはや時期も内容も、俺が前世で予習した炎上イベントとは全く異なっているため、解決策は慎重に考えているところである。
原作なら、暁斗が説得してこのイベントは終わりだ。
元々、ただ単に裏垢でレスバしたのがバレるだけのイベントなため、変な恋愛絡みの縺れもないわけで。
不登校中の彼女の家に尋ねて、寄り添って話を聞いて、一旦モデル活動から距離を取ったら?と提案して終わり。
それこそ、桜花は別に強い意思を持ってモデル活動をしていたわけでもなかったため、炎上を機にモデル業を辞めて幕を閉じる。
『これからは暁斗のためだけに可愛くいるから』とかなんとか、そんな感じの歯の浮くようなセリフと共に。
その後、その前のイベントで関係値を作っている雪海に暁斗は今回の件を相談し、彼女の伝手で世間の目を引き付けるための別の炎上事件をリークして、炎上騒動自体も収束させる。
結果として、桜花に平穏な日常が戻ってくる……そんな展開だ。
とは言え、それはあくまで『さくちる』での話。
もう既にこの世界線では、暁斗と桜花の距離感も違うわけで。
原作通りの解決なんてしようがないのである。
葵子が今俺に相談している理由もこれだ。
以前、俺が桜花から昼休みに呼び出されているところも見ているし、暁斗から俺達の仲が良い事も聞いていたから、何か俺経由で解決策が出ないかと思ったのだとか。
そんな経緯を聞いて、思わず笑ってしまった。
——本当に、どこまでも歪み続ける原作シナリオだ。
本来、『さくちる』の原作では、それこそ暁斗にこの葵子からの相談役も回ってくるはずだったんだがな。
俺というモブが引っ掻き回し過ぎて、もう全てが壊れている。
ちなみに現状、茶桐の件もあってサッカー部は休止になっている。
無期限の完全オフというわけだ。
なので今日は彼女に誘われるまま、放課後にカフェに寄っている。
茶桐の件は未だ、ニュース報道すらされていない。
不自然な程、情報は隠されたままだ。
学校からもSNS等での投稿を含めて他言は禁じられており、今のところ漏れた様子はない。
全員薄っすらヤバさを感じているのだろう。
「なんだか最近、いやな感じだよね」
「俺が?」
「ちがうよっ。学校の雰囲気だよぉ」
急に文句を言われたのかと思ったが、違ったらしい。
葵子は甘ったるそうなフラッペをストローで吸うと、そのままため息を吐く。
事情を深く知らない葵子ですらこの疲弊だ。
余程、ここ最近の出来事が腐り散らかしているのがわかる。
しかも、桜花の件はさて置き、もう片方の大事件の方は当事者だからな。
俺はできるだけ優しく笑い、例の名を口にした。
「茶桐の事気にしてるのか?」
「……わたし、ちょっと後悔してるんだ。もうちょっと優しくしてあげられたかなって」
「十分あおさんは優しかったよ」
「そうかなぁ? こんな事になっちゃって、最近は頭も心もぐちゃぐちゃだからさ」
俺や季沙にとっては凶悪犯罪者でしかない茶桐叶矢。
だがしかし、現状の葵子視点ではただの“絡みが少し怖い後輩”程度でしかなかったはずだ。
そりゃそうだ。
何事も起きないように、そのために俺や暁斗が動いていたんだから。
だがしかし、この後何が起こるかわかっていた俺にとっては、こうして罪悪感に苛まれている葵子を見るのは気分が良いものではなかった。
だって、結局生きていたら、この後葵子は襲われていたのだから。
そうなっていたら、葵子はこうして後悔する事もないとは言わないが、自責だけが膨らむ事態は避けられただろう。
季沙みたいに、むしろ死んでくれた事にほっとしていたかもしれない。
本当に、思えば思うほどロクな奴じゃなかった。
生きていても死んでいても迷惑しかかけない。
だが、だ。
桜花の件は、完全に俺のせいだからな。
俺は目の前の少女から目を逸らし、ぼーっと店内の床を眺める。
雪海にも言われたが、俺は思わせぶりだっただろう。
というか、彼女に対して好意をあまり隠せていなかったように思う。
恋愛する気があったわけではないため、フラグこそ折ろうとはしていたが、かと言って彼女と過ごす時間を楽しんでいたのも事実で。
そう言えば以前、季沙に聞いたことがあったっけ。
遊園地での事だ。
異性に勘違いさせないようには、どうしたらいいかって事だ。
あの時に、さりげなく壁を作るとか、脈なしを悟らせるとかって聞いていたんだけどな。
モブの分際なのにも関わらず、内心で少しくらいはヒロインと仲良くしたいとか、舐めた事を考えていた俺が悪い。
何が推しだよ。
それを俺が追い込んでどうするんだ。
「黙り込んじゃってどうしたのっ?」
「あぁごめん」
とは言え、今最も優先すべきはそれじゃない。
茶桐の件の後処理をしなければ、先には進めないのだから。
◇
葵子と別れた後、帰路の中で俺は数日前の事を思い出していた。
茶桐の死が発覚した晩のことである。
俺と季沙は雪海に呼ばれるまま、例の高級料亭に再度集められていた。
諸悪の根源が消えて放心気味の季沙に、俺は言った。
『茶桐は死んだけど、まだお前の動画は回収できてない。……まだ、何も終わっちゃいないんだ』
『っ!』
茶桐は死んだ。
だがしかし、それだけで全てを終わらせるわけにはいかないのだ。
俺の言葉に、季沙は声にならない息を漏らした。
彼の死で一瞬安堵していたところ申し訳ないが、もう少し踏ん張る必要がある。
と、俺の言葉を受けて雪海は大きく頷いた。
そして、そこで彼女は意味深に口端を歪めて言う。
『ですがその前に、共有しておきたい事実を話しておきましょう』
もったいつける雪海。
そんな彼女に俺と季沙は耳を傾ける。
『茶桐叶矢の死が——自殺ではなく、他殺によるものであったという事実について。まずはそこから、話を整理しましょうか』
ずっと、俺も引っかかっていた部分だった。
茶桐が自殺と言うのは、彼の性格的にもあまり納得できるものではなかったから。
だがしかし、唐突な言葉に驚かなかったと言えば、嘘になる。
『は? 嘘でしょ? 状況証拠的に自殺で間違いないって……』
『うふふ。柊さん、前に話したでしょう? 揉み消しが何故起きるのかについて』
言うや否や、俺も季沙も前の密談での内容を思い出した。
そして、すぐに悟る。
七ヶ条家が茶桐の死に関与していない事はわかった。
俺は雪海を信じているし、実際、そもそも動機も弱過ぎるから。
だが、大きな権力を持っていて、かつ茶桐の存在を疎ましく思っていた勢力は、もう一つ潜んでいる。
俺と季沙はほぼ同時に理解し、目を見合わせた。
それを受け、雪海は手を叩く。
『さぁ、いよいよ機が来たわ。――佐山家を、叩きましょう』




