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破滅ヒロインの幼馴染に転生した俺、バッドエンドの巻き添えは嫌なので幸せにしてやろうと思います  作者: 瓜嶋 海
第2章

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第65話 モブ陰キャ、ついに発作を起こす

 人気モデルに彼氏がいた。

 しかもそいつが裏垢でそれを自慢し、なんなら以前から自分のアンチにリプで言い返してレスバしていたという……この世の終わりのような炎上事件。

 明るみになった事件の全容は、そんな感じだった。


 と言っても、所詮は今年で17歳になるガキ。

 自慢と言っても、浮かれて楽しんでいるような投稿がほとんどである。

 そのため、大半はこの騒動に同情している始末。


 教えてもらってすぐに俺も確認したが、炎上と言うよりは、ネタにされて面白がられている側面の方が大きいように思える。

 どうやら昨晩彼女が裏垢に投稿した画像に、Oukaと断定できる要素があったらしく、それをきっかけに燃えたようだ。

 メインアカウントではこの件に触れておらず、まだ沈黙している状況である。


 だがしかし。


「彼氏って何だ?」


 俺は呆気に取られて、そんな事を呟いた。


「そのアカウントに投稿されてる画像の彼らしいけれど?」

「上着の袖だけ写ってるっすね」

「そうね」

「なんだか見覚えのある服だし」

「それはそうでしょう。だってそれ、貴方の普段着なのだから」

「……」


 おかしい。

 意味不明な事が起きているのだ。


 俺が知っている限り、白城桜花に彼氏は居ない。

 仮にあり得るとしても、それは『さくちる』の原作通りに事が運んだ先にある、暁斗との交際ルートだけだ。

 どのみち、今の時点で彼氏がいる事なんて、あり得ないのである。

 それに、この投稿を見るに……。


 俺は乾いた口から、何とか言葉を紡ぎ出す。


「……俺、アイツと付き合ってないですよ」

「あら、それはおかしいわね。その投稿には“彼ピ”って書いてあるけれど」

「……」


 わざわざ原文のまま“ピ”とか言ってくるのが意地悪い。

 雪海らしいと言えばそれまでだが、状況が状況なため俺も笑えなかった。

 そもそも彼ピ呼びなんて、今日日誰がするんだろうか。

 いかにも恋愛慣れしていない子が、精一杯アピっている痛々しい表現にしか見えない。


「どうするつもりなの? どうせ今回も貴方が思わせぶりな事ばかりしたから、勘違いさせたのでしょう?」


 責めるような口ぶりに、少し笑ってしまった。

 全くもって、その通りだと思ったからだ。

 今回に関しては、ほとんど俺のせいだという自覚があったから。


 勿論、俺とてなぁなぁで済ませようと思っていたわけではない。

 彼女が好意を伝えてくれていたなら、距離を置いたと思う。

 だから一度聞いたのだ。

 俺の事好きなのか?って。

 でもあの時のアイツは、それを大声で否定していた。

 今思えばただの照れ隠しだったのだろうが、俺としては好意を否定されてしまえば、必要以上に避ける理由もなくなるわけだ。


 梓乃李を刺激しない程度であれば、変わらぬ距離を保てる。

 球技大会の日だって、そう思ったからいつも通りに話し相手になった。


 それに何度も言っているが、桜花に関してはイベントすら起きていなかったため、好意がないと言われてしまえばそうなのだろうと、思い込んで()()()()

 だから俺は——そんな状況を都合よく思っていたのだ。


 はっきり言って、彼女と過ごした時間は楽しかった。

 軽口を叩いて、近い趣味の話を共有して、一緒に遊んで、ご飯を食べて。

 元推しヒロインだとかそういうのは関係なく、友達として彼女と過ごす時間が、俺にとっては幸せだったんだ。

 だから、見ないふりをしてしまえた。

 彼女が俺の事を好きじゃないと言った時、内心で安堵していた。

 だって、そうだろ?

 相手にその気がないんなら、まだ一緒に居られる口実になるんだから。


 それに、こんな事になると思わなかったのも事実だ。

 原作でも裏垢をきっかけに炎上していた彼女だが、あくまでそれはアンチとのレスバがバレるという経緯だった。

 一方的に好意を寄せているだけの男を彼ピと偽って投稿し、その自慢が反感を買った事で特定されて炎上——なんて、一体誰が想像出来るんだろうか。


 ……あぁ、ヤバい。

 マジでどうしたもんかな。

 今朝は茶桐の件もあったため、頭がぐちゃぐちゃだ。


 悩んでいると、雪海が優しい声音で言ってくる。


「ねぇ」

「なんですか?」

「もういっそ、付き合ってあげればいいんじゃないかしら?」

「——え?」


 一瞬、言われた意味が分からなかった。

 顔を上げると、雪海は出来の悪い後輩を勇気づけるように、眉を寄せながら笑っていた。


「彼女と過ごしている時、随分楽しそうに見えていたのだけれど」

「……何を見たのかは詳しく聞かない事にします」

「どちらにせよ、ここまでの騒動になって絶対に追い詰められているわよ、あの子」

「でしょうね」

「だったら誰かが、支えてあげなければいけないのではなくて?」

「……」


 そう言えば、雪海も梓乃李と一緒にあの日の俺と桜花を見ていたんだったか。

 彼女の撮影現場を見せてもらった、あの一日の事だ。

 多少トラブルはあったものの、傍から見ればデート以外の何物でもなかっただろう。

 しかし、それが何だと言うんだ。


「羽崎さんとも付き合うつもりはないのでしょう? だったら——」

「え? だから俺が、白城桜花と、付き合うって?」


 言いながら、気づけば頭は真っ白になっていた。

 明確に脳が理解を阻害している。

 というより、俺の奥底にある分厚くて重い壁が、その言葉が心の芯に辿り着くのを拒んでいるようだ。


 勿論、雪海の提案の意図はわかる。

 根本的解決になるわけではないが、少なくとも付き合いさえすれば、イマジナリー彼氏(実在)を自慢していたヤバ過ぎる女というレッテルは、剥がしてあげられる。

 桜花も俺がこの炎上を認知していると思っているはずだし、当人に知られる程恥ずかしい事もないだろう。

 付き合えば彼氏という情報は嘘でなくなるし、その羞恥地獄からは救い出せるわけだ。

 

 そして、雪海がそう言ってくる理由もわかる。

 この人は、俺が桜花に特別な感情を抱いていると思っているのだから。

 確かに俺、多分傍から見てもわかりやすいくらい、アイツに優しかったもんな。

 そりゃそう思うのも普通だろう。

 自覚もある。


 じゃあ、なんでだ。

 俺は一体何を躊躇っているんだろう。

 少なからず好意を抱いているのは事実なのに、今の俺の拒み方は異常だ。


 自分でも整理がつかず、考え込む。

 不自然な程にざわついている自身の心を、一旦紐解いていこうと思った。


 やはり、梓乃李なんだろうか。

 俺は、アイツからの好意を裏切ることにビビっているのか?

 最も恐れていた、飛び降り自殺エンドが現実味を帯びる事を恐れて、躊躇っているのか?


 ……勿論、それはあるだろう。

 だって死にたくないんだもの。

 ここまで何のために身を削って暗躍したのかわからなくなる。

 結局元推しヒロインに好意を向けられて、あっさり籠絡されましたーとか、ふざけてんのかって話だ。

 だがしかし。


 ——違う。


 もっともらしいロジックだが、俺は納得できなかった。

 そんな、浅い話じゃない。

 この胸がつかえるような違和感は、梓乃李や巻き添え死亡エンドに怯えているからという理由だけでは、説明がつかない気がする。

 

 もっと、奥深くだ。

 頭の中で、その答えまでもう少しのところまでやってきていると思う。

 というより、恐らくずっと深層心理では理解していた。

 ただそれを、強引に押し殺していただけだ。

 この分厚過ぎる心の扉さえ開けば、恐らく答えは出る。


 だから、向き合うんだ。

 なんで俺は、こんなに付き合う事に抵抗があるんだ?

 たかが高校生の恋愛。

 相手から好かれて、自分もその人に好意を持っていて。

 それなら頷いて終わる話じゃないか。

 ここまで踏み止まって、頑なに拒むようなものではないはずだ。


 そうだ。

 別に桜花が相手だから、とかではない。

 それは梓乃李だろうと、それこそ目の前の雪海であっても変わらない。

 誰とも付き合おうとなんて思えない。

 だって——。


「あぁ、そっか。……」


 思い出すのは過去の事だ。

 生まれるよりも、もっと前の事。

 ずっと蓋をしていた感情がこぼれ始める。

 無理やり蓋を開けた事で、この豊野響太の人生において、無意識に抑え込んでいたいた過去がフラッシュバックした。


 そして。


「付き合う、か。俺と誰かが…………え?」

「豊野さん?」

「ふふっ、は、ははは……うっ、っっぷ。お、うぉぇ——」


 あふれ出たのは言葉ではなく、胃の内容物だった。

 吐き出す前に、慌てて口を押さえ、トイレに駆け込む。


 個室に入り、堰き止めていた吐しゃ物を勢いよく吐き出した。

 胃液で喉も痛いし、涙が出るし、冷や汗が止まらない。

 数十秒にかけて、俺はそのまま吐き続けた。


 吐いた後、個室を出て俺は美術室に戻ろうとする。

 がしかし、無理だった。

 足がもつれ、出口の扉に頭をぶつけて倒れる。

 何とか廊下に半身だけ投げ出したものの、力は入らず、そこで止まった。

 その後視界は暗転し、意識も失った。

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