第64話 過去最悪の大事件が起こった日
週明けの事だ。
事件が起きた。
本当の本当に、大事件だ。
過去一の騒動で、俺は目を真ん丸に見開いて硬直してしまっていた。
「……茶桐叶矢が、自殺したらしい」
「……は?」
登校してすぐ。
昇降口付近から既に謎の騒がしさがあったが、それは教室に入っても変わらず。
首を傾げていると、ダッシュで右治谷が飛んできて、教えてくれたというわけだ。
蚊の鳴くような声しか漏らせない俺に、右治谷は難しい顔をする。
そして一緒に居る暁斗は、大きくため息を吐いた。
にしても、どういう意味だ。
茶桐が自殺?
は? そんなこと、あり得るのか?
だって茶桐って言ったら、あれじゃないか。
アイツは『さくちる』のシナリオベースで言うと、今後のキーパーソンだ。
既に日付は6月23日で、本来ならもう少しした時期に葵子の事件が起こる。
変な話、『さくちる』というゲームだけを考えると、茶桐叶矢という存在のおかげで葵子ルートが拓けるわけで、ヒロインを攻略する鍵のようなものなのだ。
今はもう俺がシナリオを歪めてしまったから知らないが、本来はそういう良くも悪くも重要な人間だったはずなのに。
それに、季沙の件もある。
去年、巧妙な手口で違法薬物と共に彼女を襲った凶悪性犯罪者だ。
そんな奴が、死んだだと……?
しかも、勝手に自殺?
正直意味が分からなさ過ぎて、困惑している。
と、そんな俺に暁斗が小声で教えてくれた。
「自宅マンションからの飛び降りだって話だよ。状況証拠的に、自殺で間違いないって」
「なんで?」
自殺したいと思う奴はいくらでもいる。
だけど、アイツからはそんな雰囲気を一切感じなかった。
とは言え、本当に死ぬ奴はある日急に思い立って、そのまま実行してしまう……なんて話も聞いたことがある。
とかなんとか思っていると、俺の耳に聞き慣れた声が入ってきた。
「そんなに、変な事なんかな」
「え?」
やってきたのは季沙だった。
彼女は無表情のまま、やや淡白とも受け取れる言葉を口にする。
「中高生が急に死にたくなる事って、結構フツーじゃない?」
「いやまぁ、誰にでも悩みはあるだろうけど」
言いながら、不思議な感覚に陥った。
俺には自殺願望なんて全くない。
むしろ、死にたくないからここまで身を擦り減らして暗躍しているわけだ。
よく考えると、俺こそ最も希死念慮と縁遠い存在なのかもしれない。
まぁただその理由に関しては……あまりおかしな事でもないか。
なにせ俺は転生体。
他の奴と明確に違うのは、一度“死んだことがある“ってところだからな。
って、そんな事は良いんだ。
暗い靄に脳が支配されそうになって、首を振る。
茶桐が死にたくなるほどの悩みか。
表では最低最悪の遊び人だが、裏では実家の件やその他にも苦悩は多かったのかもしれない。
最近だったら、自身の悪事が俺に握られている事への恐怖……とか。
いや、そんな事が理由で自殺されて堪るか。
一瞬俺のせいかと思って頭が真っ白になりかけたが、あり得ない。
そもそもその恐怖は、むしろ自由に生きたいからこそ出る感情で。
死にたいと思う原動力とは、真逆な気がする。
それに、なんだよ。
自分がこれまで好き放題、人の事を踏み躙ってきたツケだろ。
俺だって法外な手段でアイツを追い詰めたわけじゃない。
仮に俺からのプレッシャーで自殺していたとしても、俺が気に病むのはおかしな話だ。
なんて一人で考えてもやついている時だった。
季沙がハッと鼻で笑った後、泣きそうな声で言う。
「うちさ、若干スッキリしたんよね」
「え」
「殺したいほど憎んでたわけだし、そいつが勝手に死んでくれてラッキー、みたいな? ……あっは、わかってるよ。こういうの、人道的にアウトって事くらい」
あまりにも取り繕えていない、剥き出しの本心である。
だが俺は、責める気にはならなかった。
「人道的にアウトなのは、薬を使って人を襲った奴の方だろうさ」
「さっすがとよちんだね。優しいんだ?」
「優しい奴はこんな事言わないような」
「そーゆーとこ、うちは好きだよ。助かる」
ナチュラルに褒められたが、この場で茶化す気にもなれず、苦笑して流す俺。
そのまま一瞬だけ最悪の可能性を考えた。
例えば、季沙が自殺に見せかけて、どうにかして茶桐を殺したという説だ。
俺はどうも、茶桐がこのタイミングで自殺したという事態に、納得できていないのだから。
だがしかし、すぐに首を振る。
あり得ない。
季沙が茶桐を殺すなんて……動機も手段も、何もかもが不足している。
それが出来るなら、こんなにずるずると関係を続けていなかったはずだ。
なんて思ったのが始まりだった。
俺は次の瞬間、とある存在を思い出す。
動機も手段も、それらを可能にする手腕も気性も、全てが揃っている女だ。
一度気になったら、もう止まれない。
真っ先に確認せねばと思い、慌てて教室を飛び出そうとする。
「あ、響太君、おはよう。土曜日は——」
「悪い。また後で」
「え?」
丁度ドアのところで梓乃李と出くわすが、構っていられない。
俺は若干彼女を無視する形で、走って美術室を目指した——。
◇
着くや否や、雪海は不敵に笑って出迎えた。
俺からアトリエの方に入ってくるのが初めてだからか、かなり機嫌が良さそうである。
「ふふ、来ると思っていたわ」
「なんでです?」
「だって、茶桐叶矢の件でしょう?」
俺の中で一応確認しておこう程度だった懸念が、一気に確信に変わりかねない反応だった。
「という事は、やっぱり七ヶ条先輩が?」
「……?」
思い切って聞くと、彼女はきょとんとする。
そのまま、ため息を吐き、ジト目を俺に向けてきた。
瞬間、緊張で固まりかけていた全身の筋肉が、徐々に緩んでいく。
よかった。
どうやら、勘違いだったようだ。
わかりやすい彼女の表情に、俺の不安も消え去る。
「貴方、何か思い違いをしていないかしら?」
「……先輩が手を回したわけではないんですよね?」
「はぁ。違うわよ。私は何もしていません。知っている限り、七ヶ条も」
「あ、ははは。デスヨネー」
安堵でへたり込みそうになりつつ、俺は笑った。
雪海は呆れたように顔を顰める。
「本当にいつまでも人の事を殺人鬼扱いするのが好きなのね」
「出会い頭に意味深な反応するからでしょ」
「とか言いつつ、最初から犯人扱いしていたくせに」
「まさか。一応の確認ですよ。もし他殺だとして、できるのは先輩くらいしかいないから」
「本当かしら。あーあ、つまらないわね。せっかく人を殺すなら、その時は貴方の血で染めさせてもらいましょうか」
「相変わらず冗談がお上手ですね」
とりあえず煽てつつ、近くに置いてあった椅子に勝手に座った。
雪海が関与していなかったという事で、一つ杞憂が晴れた。
相変わらず疑問は残るところだが、一旦身内の潔白を確認できたので良しとしよう。
しかし、俺は異変に気付く。
何故か雪海がずっと笑っているのだ。
「ど、どうしたんですか? 愉快そうな顔をして」
「うふふ。貴方、今朝はSNSを見ていないのかしら?」
「あぁそう言えば」
普段はスマホを見るのだが、今日は寝過ごしかけて急いでいたのだ。
だからSNSのチェックも、ニュースの確認もしていなかった。
学校に着いてからも、茶桐の件でそれどころではなかったわけだし。
だがしかし、それがどうしたのだろうか。
首を傾げていると、奇妙な程に笑い転げている雪海が、そのままスマホを見せてきた。
——画面に表示されているのは、一つのネットニュースだった。
AIによって自動作成されたトピックに、俺は固まる。
「ほら、貴方の出番でしょう? 彼氏君?」
「——う、わぁ」
その時、俺は悟った。
事件は一つだけではなかったのだと。
このタイミングで、最悪の事態が発生していたのだと。
並行して起きていた事件に絶句しつつ、画面から目が離せない。
予想はしていたが、それを斜め上に裏切って出てきた最悪な展開だ。
そんな中、笑い終えて今度は困ったような顔をした雪海が聞いてくる。
「人気モデル【Ouka】——本名白城桜花さんの彼ピ自慢用裏垢がバレて大炎上。これには心当たりがあるのではないかしら?」




