第63話 陽キャギャルの恩返しはモブ特効毒
少し色々とあった球技大会も終わった。
結局茶桐が葵子に接触する事はなかったし、平和に過ぎてひと安心である。
また、一応俺達のクラスのバスケグループは優勝した。
運動神経はかなり良い方なので、経験者が暴れないお遊び大会の中で俺は少々浮いた活躍をしたわけだ。
がしかし。
「まぁ、響太君が運動できるのは知ってるし」
「そもそもうちら、別にスポーツ興味ないしね」
「わかる」
とかなんとか、身近な女子二人は冷めた反応だった。
普段は何かとくっ付いてくる梓乃李も『だから何?』と言わんばかりの塩対応。
拍子抜けである。
……いや別に、良いんですよ?
梓乃李にこれ以上好かれたいわけでもなければ、季沙にカッコつけようとしたわけでもない。
とは言え、なんかその。
うーん。
とか思っていると。
「なーに複雑そうな顔してんだよ」
「何の話でしょう?」
鋭く俺の様子に気付いた右治谷に茶化されて、結構恥ずかしかった。
◇
球技大会が終わった週の土曜日。
先日の事を回想しながら、俺はぼーっと現実逃避をしていた。
そう、現実逃避だ。
現在の状況を直視したくなさ過ぎて、妄想の世界に浸っているのである。
「何か失礼な事を考えてる気がするんだけど、気のせい?」
「気のせいです」
声をかけてくる私服姿の女。
休日だというのに、やけに脳に危険警報が鳴り響く相手だ。
久々に二人きりで休日に外出させられ、俺は苦笑いを浮かべる。
隣におわすのは、泣く子もビビる破滅ヒロインの羽崎梓乃李である。
名目は服を買うからついてこいとの事。
勿論俺の服ではなく、梓乃李の私服である。
夏物が欲しいのか知らないが、彼女に連れられて俺は朝から荷物持ちをさせられていた。
しかも、こんな日に限って快晴。
梅雨なのに、珍しく一週間くらい晴れが続いている気がする。
「君は目を離すとすぐに別の女の子と遊び始めるからね」
「何を言いたいのかは知らないけど、実は俺から誰かを誘った事ってないんですよ」
「なにそれ。モテるアピール?」
「……それが出来る程、本気で俺がモテてるとでも?」
「まぁ確かに、球技大会で優勝した時でさえ見向きもされてなかったもんね。右治谷君とかは女子の集団と写真とか撮ってたのに、君だけ隅で一人だったから」
「……」
妙に嫌なところを突いてくる奴だ。
「でも別に、量じゃないから。質だから」
「じゃあ言うけど、俺は誰と遊びに出ても全部デートとは思ってないわけだし、質も問題ないだろ」
「今してるじゃん」
「ははは。そういう冗談は一旦置いておいて」
「ねぇ。前から思ってたけど、なんで毎回置くの。そういうの、捨ててるわけじゃないんだから、いつか全部がいっぺんに襲い掛かってきて地獄を見るよ」
「……」
真顔で言われ、少しだけ肝が冷えた。
その通りだと思ったのだ。
とは言え、女子と遊んだって言っても精々、梓乃李と前に中学の同窓会をバックレたやつと、みんなで行った遊園地と水族館、そしてこの前の桜花の撮影現場鑑賞くらいだ。
断れるような予定はなかったと思う。
あとそもそも、誰とも付き合ってないし。
今日の予定だって、本当は断ろうとした。
だが邪魔してきたのは、季沙だ。
そう、全てはアイツの仕業なのである。
『えー、行ってあげればいいのに。あ、もしかして他の子が本命だから気まずいとか? ほら、実は本命はうちでしたー的な?』
『は? そうなの?』
『いいえ違います。荷物持ちで良ければ付き合わせていただきます』
俺と梓乃李がいつものすったもんだをしている時、季沙が梓乃李サイドに加勢してきたのだ。
そんな言い方をされると、俺としては断れなくなる。
何度も言うが、梓乃李を病ませるわけにはいかないのだ。
とは言え付き合うわけにもいかないという状況で。
ほとんどの人からすれば、優柔不断で色んな女の子に気をかけている奴に見えるのだろうが、知った事ではない。
さっさとこの腐った世界を浄化して、自分の身を安全な場に逃がしたいだけなのだから。
『さくちる』のシナリオが終わる来年春。
それを過ぎれば、俺の役目は晴れて終了だ。
というか、季沙も季沙だ。
これまで散々相談に乗ってやった仲だと言うのに、平気で俺を売りやがった。
アイツには恩義とかないのだろうか。
全くもってふざけた陽キャギャルである。
……なんて、実情は少し違うんだろうがな。
アイツが義理を通したかったのは、俺の前にまずは梓乃李に対してだったのだろう。
これまで散々隠していた事への罪悪感。
あれ以降、二人の会話も前同様に増えていたし、その様子を見ていたから何となくわかる。
少しでも梓乃李の力になりたかったとか、そんな所だろう。
まぁ、その程度の感情でこの場を設けられる俺の身にもなって欲しいが。
死にたくないんだよ俺は。
「ね、さっき買ったワンピース、本当に似合ってた?」
「何故買った後に不安になるんだ」
「だって、君の意見しか聞いてないからさ。色味とか、骨格とか色々あるじゃん」
「なんだそれ」
首を傾げると、『コイツマジか』って顔をされた。
ははは、この調子で勝手に好感度を下げてくれ。
「うわー、やっぱ季沙ちゃんと来ればよかった」
「おい。自分から誘っといて勝手に後悔すんな」
「はーぁ。まぁ、この服見せるのは君がメインだろうから、君の意見が一番参考になるって考え方もあるけど」
「でも、本当に似合ってたからな」
勿論選んだ時に試着を見たが、感想としては『良かった』というだけだ。
そもそも梓乃李が前に言っていた通り、俺にデリカシーなんてないんだから、似合ってなかったらその場で切り捨てているだろう。
「か、可愛いって事?」
「それはそうだろ。学園内でも梓乃李は癖のない美少女枠だからな。そもそも似合わない服なんてないよ」
そうそう、羽崎梓乃李ってのはそういうヒロインだった。
懐かしい前世の記憶だ。
雪海の銀髪や大人びたスタイルとか、葵子の幼い雰囲気だと似合う似合わないはあるだろうが、梓乃李は基本的に何を着ても綺麗に決まるからな。
もっとも、それを前世の俺は『無個性だ』なんて思っていたわけだが。
なんて思ってしみじみ唸っていると、いつの間にか梓乃李がじっと俺の目を見ていた。
「……君、ほんとに変わってるよね」
「え、何が?」
「いや別に。ちょっと君から好きって言葉を引き出すのが、無茶に思えてきただけ」
「今更かよ」
「ふふ、あはは。……うん、今更」
何やらやけに含みのある言い回しだった。
だがしかし、その目つきは謎に優しい。
なんだか、哀れなものを見るような視線にも感じる。
居たたまれなくなって、俺は視線を逸らした。
「ほら、次の店行くぞ」
「……なんか、変な人いるね」
「……本当だ」
と、向いた先の道路向かいに、様子のおかしい人影があった。
夏に入ろうとするこの季節に、黒のジャージと黒のパーカーフードを被っている異常ファッション。
顔もマスクで隠れていて、よくわからない。
がしかし、ジャージに引っ張られて浮かび上がる曲線から、それが女性であることはわかった。
そいつはきょろきょろと辺りを見渡しながら、コンビニから出てくる。
何やら頻りにポケットをまさぐっているし、めちゃくちゃ怪しい。
「通報しとく?」
「いや、ただの変な人だろうから放っておこう」
聞いてくる梓乃李に、俺はそう返す。
その女は一瞬俺を見て、すぐに慌ててこの場から立ち去って行った。
なんとなくその仕草に、俺は正体を察した。
というかあのジャージ、アレだ。
俺が初めて彼女と出会った時に身に着けていたものと同じだ。
しかし、疑問に思う。
仮にあの女がアイツだったとして。
——今日、撮影だって言ってなかったか?
やはり見間違えなのかと思いつつ、俺は首を傾げる。
「なんか、挙動不審だったね」
「あぁ。春はもう終わったのに変質者とは珍しい」
「あはは。君もたまにあんな感じだよ?」
「冗談はやめてくださいよ」
少し自分の言動を見直そうと、俺は決心するのであった。




