第60話 正義の主人公と打算まみれのモブの差
茶桐叶矢に釘を刺した後。
一応その旨を雪海に話したのだが、反応は想像よりも良かった。
『あら、中々手が早いわね』
『勝手な事して怒られるかと思いました』
『まさか。新たに別の被害者が生まれそうなら、それを止める方が優先でしょう。何も間違った判断ではないと思いますが』
『いや、このせいでアイツが血迷うかもしれないし』
『貴方もわかっている通り、その件で彼が柊さんの動画をばら撒くことは絶対にないわ。……それに、仮にリスクがあったとしても、目の前で絡まれている子を護る術があるなら、それに越したことはありません』
その言葉を聞いた時、意外だと思った。
誰よりも他人に興味のなさそうな雪海。
そんな彼女が自分たちの作戦よりも、見ず知らずの後輩の安全を気にするなんて。
もっとも、その考えが顔に出ていたせいか、その後小一時間文句を言われたのは言うまでもない。
しかし、確かにと思わなくもない。
実際に被害を受けた事がある雪海だ。
だからこそ、誰よりもこういう事件に敏感なのかもしれない。
元より彼女の孤立は、行き過ぎた完璧主義と正義感が捻じれた結果だ。
当然の反応と言えるかもしれない。
葵子を茶桐の手から守ろうと決めた直後。
どうしてもシナリオを都合良く捻じ曲げる事への不安で、俺は頭がいっぱいになっていた。
そんなこんなで迎えた球技大会当日。
今日は朝から夕方まで全ての授業がなくなり、朝からスポーツ漬けである。
運動が苦手な人間なら発狂しそうな行事日だ。
俺は勿論なんら苦手イメージも持っていないのだが、当然そんな自慢話をしたいわけではない。
自分たちの試合が始まるまでの待ち時間。
俺は暁斗と右治谷と共に、グラウンドの隅で密談に興じていた。
「——と、いうわけだから、茶桐君には注意しておこう」
ここ最近の葵子からの相談を受けたらしく、暁斗はその現状報告と、俺達に茶桐の監視を持ち掛けてきた。
そう、何を隠そう、この話を始めたのは俺ではなく暁斗なのだ。
先日、俺は葵子に暁斗と一緒に過ごせと忠告しておいた。
どうもその言いつけを守ってくれたらしく、おかげで暁斗も葵子の事情を色々察したようだった。
水族館での事もあるし、茶桐に良いイメージがないのは当然である。
「今日は全学年合同イベントだし、いつ接触してくるかわからない」
「なーんか、面倒事になってたんだな」
右治谷は話を聞き、顔を顰めていた。
「ま、正直茶桐の噂は聞いた事あったぜ? 普通にクズで有名だし、知り合いの中で食われたって話が出たこともあったから。っていうか中学時代から終わってたし」
「地元じゃ有名なクズなのか」
「あ、そうか。豊野と羽崎さんは中学遠いもんな」
補足してくれた右治谷に、俺は悩んだ。
茶桐は要注意である。
今日みたいにいつでも接触できるイベント日なら、尚更だ。
そして、そんな茶桐の対策をより正確に練るための情報を、俺は数多く握っている。
……全部話した方が、二人も見張りやすいだろう。
だけど、それは当然季沙の件も含めた事情であって。
この場でそこまで話すべきかどうかは、正直決めあぐねてしまう。
黙っていると、暁斗が笑った。
「響太。君は彼の事、詳しいんだろう?」
「……」
「葵子は何も言わなかったけど、流石に僕だって察するんだ。どうせ今回も、何か裏で動いてくれているんだろうなって」
「買いかぶり過ぎだな。俺はそこまで黒幕気質じゃない」
随分な言い回しに思わず苦笑してしまった。
雪海の件と言い、その前の梓乃李の筆箱事件も、確かに俺は毎回裏で動いて事件解決に努めていた。
そして今回もコイツの言う通り、俺は色々と裏で進めているわけだ。
しばらく悩んだ。
だが、最終的な判断にはそこまで迷わなかった。
どのみち、葵子を護ると決めた直後なのだ。
今更情報を出し渋って、彼女を危険に晒す理由がない。
それに季沙は、例の件は俺から伝えてくれても良いと、そう言っていた。
暴行の被害を受けていた事もそうだが、俺が先月亜実達に刺された事件に季沙が関与していた事も含めると、ショッキングな事実ではあるだろう。
だがしかし、俺はこいつらがそんな事件一つで態度を変えるほど、薄情ではない事を知っている。
何も話さず、微妙な関係でい続けるのにも限界を感じ始めていた今日この頃。
俺は重たい口を開いた。
◇
「——知らんところで、ガチのマジでヤバい事になってたんだな。道理で腕が痛いとか言ってたわけだぜ」
右治谷には梓乃李や雪海の事件からを改めて。
そしてそこからは暁斗にも向けて、季沙が襲われたという話と、今水面下で進めている計画と、それがまだ未定な事、さらに、茶桐の次のターゲットが葵子である可能性を含めて全て話した。
右治谷の引きつった笑みに、俺も頭を下げる。
「隠してて悪かったよ」
「気にすんなよ——って言いたいところだが、少しは相談してくれても良かったんだぜ? あーあー、何のための友達なんだか」
「マジでごめん」
「ははっ、いいぜ別に。事情も事情だし、仕方ないのはわかるからな」
全てを話すと、俺も心が軽くなった。
今までは原作シナリオ準拠にロールプレイしようと、俺も考えが硬くなっていた。
そのため、相談するにしても『さくちる』の主人公である暁斗までが基本だった。
コイツは原作では本来全てのイベントに関わって、それを解決する立場なわけで。
だからこそ相談はむしろするべきだと思っていたくらいだ。
だが、もう状況は変わった。
当初目標としていた、梓乃李と暁斗のカップリングルートは完全に破綻し。
他にも、諸々のイベントを俺が解決してしまったせいで、俺にヒロインからの関心が集まってしまった今。
さらに言うなら、そもそも発生しないイベントまで出てきている。
それに加えて葵子の件に関しては、茶桐から彼女を護るという、本来の事件そのものの発生を、俺自ら阻止しようというスタンスになったわけだ。
ここまで来たら、総力戦だ。
俺一人で解決しようとしても、無駄にリスクが増えるだけである。
と、俺と右治谷が話している横で。
暁斗が、ゆっくりと口を開いた。
「……なるほど、葵子が、茶桐君の次の標的って事か」
「……」
一変する雰囲気。
直感的に、物凄い怒気を感じて身が硬直した。
無表情の暁斗に、俺は一瞬のラグの後、口を開く。
「伝えるのが遅れて、ごめん」
「あはは、良いんだよそれは。だって響太はこの期間も自分なりに動いてくれていたんでしょ? 葵子の幼馴染としてはそれだけで嬉しいよ」
「あ、あぁ」
「だけど」
暁斗は笑みを殺したまま、今、グラウンドでサッカーをしている茶桐叶矢に目を向けた。
「じゃあ絶対に、止めないといけないね」
「勿論」
やはりコイツが主人公なんだなと、どこかで思う俺がいた。
真っすぐな好意と、正義感。
そして身内が傷つけられた時の、この反応速度。
常に打算を含み、人を助ける際にそれが自分の身に今後どう影響するかばかり考えてストッパーがかかる……そんな俺とは大違いだ。
やはり俺は、柄ではない。
俺のような小物のモブキャラに、ヒロインを救うなんて荷は重すぎるのだ。
あとやっぱり、暁斗は葵子の事が好きなんだろうか。
他ヒロインと比べても、彼女とだけ距離が近い。
体育館へと歩いていく彼の姿に、右治谷も呆れたように肩を竦める。
なんにせよ、俺はまた一歩を踏み出した。
あとは信じて前に進むだけだ。




