第55話 自意識過剰モブは人気モデルの前に散る
「……あの」
「何よ」
「どういう意味です?」
流石に聞き流せない言葉があったため、問う俺。
すると桜花は明らかに焦り始めた。
顔は真っ赤に染まり、手をぶんぶん振って口を震わせる。
「べ、べべべべべべ別に深い意味はないわよ!? ただ、せっかく遠くまで遊びに来たんだし? 長く遊びたいじゃない!」
「マイクの音量設定ミスってますよお嬢さん」
爆音で喚くもんだから、周囲の人が何事かとチラ見してくる。
コイツは目立ちたくないんじゃなかったのか。
俺のツッコミに、桜花は今度はイライラしたように眉を吊り上げた。
「だ、大体あんた一人暮らしでしょ? 帰らなくても良いじゃん」
「まぁ確かに。でもそれと夜通し遊び続ける事は繋がらなくないか? そもそもお前は父親が待ってるんじゃないのか」
「はぁ? あたしらもう高2だよ? わざわざどこ行ってたのかとか、聞いてくるわけないじゃん。だからどこにでも行き放題っていうか、バレないっていうか」
「いや別に、俺はやましい事はないので、事実を全て話してもらって大丈夫なんですけどね」
何故言えないところに行く前提なのだろうか。
何をする気なんだコイツは。
鳥肌が立ってきたぞ。
俺のやんわりとした拒絶に、桜花は顔を顰めた。
にしても、本当にまずいな。
やはりコイツ、アレなのか……?
じんわりと冷や汗がシャツを濡らしていく不快感を覚えつつ、俺は頭を抱える。
何度も言っているが、俺が梓乃李や雪海から好意を寄せられたのは、あくまで二人の悩みを解決し、イベントを達成してしまったから。
原作でもそうだ。
暁斗はヒロインを救う事でフラグを立て、好感度を得ていくのである。
逆に言うと、ヒロインのイベントを回収していない時期や、回収し損ねた世界線だと、何があろうと好意を向けられることはない。
だから、あり得ないのだ。
俺が桜花に好意を向けられているのは、構造的におかしい。
だがしかし、この世界はゲームの中ではない。
生前にプレイしたエロゲの世界がベースであっても、生きている俺達が生身の人間であり、コントロールできないのもまた事実。
俺は別に女好きでもなければ、いたずらに色んな子に手を出したいわけでもない。
どちらかと言うと、曖昧な関係のまま一緒に居るのは極力避けたい性分だ。
今自身が置かれている境遇的にも、猶更な。
俺は少し考えた後、覚悟を決める。
恥を承知で、恐る恐る聞いた。
「白城ってさ」
「な、なに?」
「俺の事、好きなの?」
「——ッ!?!?!?」
もう正面を切って聞くことしかできなかった。
自意識過剰なのは承知の上だ。
だがこれが手っ取り早い。
危うい橋は渡らず、目の前で引き返すのが俺のモットー。
フラグを叩き折るべく、俺は勇気を振り絞ってついに踏み込んだのである。
そして——。
「——ば」
「ば?」
わなわなと震える口から漏れた言葉に首を傾げると、次の瞬間鼓膜を破られた。
「ばっかじゃないのッ!? そんなわけ、あ、あああああるわけないじゃないッ!」
「……」
「あり得ないんですけど? 普通そんな事聞く? 自意識過剰過ぎて引くわー」
「……ですよね」
うん。
まぁ、ソーダヨネ。
俺はクールに微笑をたたえつつ、内心で頷く。
よかった。
助かった。
鼓膜と自尊心と男としての尊厳と他諸々の自信を代償に、俺は身の安全を確保したのだ。
好かれてたら大変だからな。
これ以上多くのヒロインに迫られたら、本気で洒落にならない。
だから勘違いだとわかって良かったのだ。
多少恥をかいても、杞憂だったと確認出来たならそれで構わない。
いやいや。
なーに、安いもんだよ。
ははははははは……。
笑いながら、俺の口角は無意識に急降下した。
「ぅぅぅ……」
ごめんなさい。
嘘をつきました。
ヤバいです。
苦しいです。
この場からいなくなりたいです。
恥ずかし過ぎて、絶望のあまり口から呻き声が漏れてしまった。
最近は色んな子から好意を向けられることが多かったせいで、少し勘違いしてしまっていたかもしれない。
あくまで確認したかっただけだが、流石に我ながらキモ過ぎる。
やらかした。
そして、所詮俺は存在すら認知されないキモ陰キャであると、思い出させてもらった。
「……そ、そんなにショック受けないでよ。あたしから好きって言われたかったの?」
「いやそれは全く」
気を遣ってくれたのか、桜花に聞かれたところで、真顔に戻る。
一瞬羞恥心で気が狂いかけたが、今の桜花の回答になんら困る点はなかった。
なんならありがたいくらいだ。
だって別に、好かれたいわけではないから。
あくまで、自分に好意が向けられていたら困るから、その確認を手っ取り早く確実に済ませるため、直接聞きたかっただけなのだ。
好きじゃないと明言されたとて、なーんにも困る事なんかない。
なので即座に答えると、今度は彼女が顔を背けて蹲った。
やはりコイツも陰キャだからか、よくわからない反応をする奴だ。
余程嬉しかったのだろう。
「ふぅ」
よし、落ち着いてきた。
勿論、前に言った通り桜花は俺の『さくちる』内最推しヒロインである。
実際に関わって、少し思ったのと違う面もあったが、それでも好きな事に変わりはない。
とは言え、やはり付き合おうとは微塵も思わなかった。
そもそも、交際という可能性が頭に浮かぶたび、最近は見慣れたショートボブの女が脳裏をよぎってくる。
そいつが俺の中の選択肢を潰すように、引き留めてくるのだ。
元より破滅ヒロインの巻き添えエンドなんて関係なく、最初から恋愛なんて特に求めてもいなかったのだが、それに輪をかけて今はストップがかかっている。
相手が推しでも、それは変わらないのだ。
と、そこで俺はスマホを見た。
今は午後4時前。
まだ何をするにも早い時間だ。
夜ならまだしも、この時間から『帰りたくない』なんて言われても、それはそれで困る。
「どうするんだ? 遊ぶなら遊ぶでもいいし、帰ってもいいけど」
「あんた、マジでなんなの?」
「それは俺のセリフだけど」
「ちっ。あながち否定できない自分がウザ過ぎ。……にしても、切り替え早過ぎてムカつくんだけど。こんなに動揺したあたしがバカみたい」
流石に自分が奇行に走っている自覚があるのか、桜花は歯痒そうにそんな事を言った。
その後半、小声で何やらこぼしていたが、よく聞こえなかったので放置していいだろう。
と、彼女はややあった後、髪を直しながら呟く。
「と、とりあえず夜までは時間潰すわよ」
「何か予定でもあるのか?」
「……ご飯よ」
「え?」
「だから、ご飯の予約してるのよ、もう」
「……」
コイツはやっぱり、おかしいんじゃないだろうか。
「それを先に言えよ。勘違いするだろ」
「う、うるさいわね。スマートじゃないじゃない」
「そんな事気にする年じゃないだろ」
そもそもそういう格好付けは、男の仕事だと思っていた。
予想斜め上の事情に、俺はここまでのやり取り含めて気が抜けて笑ってしまった。
てっきり、この後襲われるのかと思っていたため、安堵で胸がいっぱいである。
俺の貞操は守られたのだ。
「っていうかあんた、そう言えば中間テストは何位だったの?」
「3位」
「……負けた」
その後、世間話をしつつ、俺達は辺りを散策するのであった。




