第50話 唐突な死の宣告
翌日の昼休みの事。
四限が終わった後、俺はいつも通り教室でただ駄弁っていた。
相手は見慣れた顔のメンバーである。
内容もテキトーで、さっきの数学の授業が怠かったとか、今日は何を食べようとか、そういう類の雑談だ。
スマホ禁止の割に、休み時間に校外に出るのは許される謎の校風なため、うちの学園の生徒達は普段からよく買い食いをしている。
なんて、いつもの如くみんなで昼飯にしようとしていたところ、廊下から名前を呼ばれた。
微かに聞こえるレベルの声量で、一瞬聞き間違えかと錯覚する。
しかし音の方向を見ると、ちょいちょいと俺を呼ぶ女子がそこに居た。
芋っぽい装いが印象的な女——白城桜花だ。
「おいおい、また浮気か?」
桜花に呼ばれて教室を出ようとすると、右治谷がいち早く煽ってくる。
俺は顔を顰めた。
「誰とも付き合ってないのに、どうやって浮気するんだよ」
「うーわ、そりゃないぜ響太くーん」
「……」
ド正論を返したつもりだったが、通用するわけもなく。
わざとらしく、どこぞの破滅ヒロインと同じ呼び方をされてイラっとする。
ここ最近、教室の連中は俺と梓乃李のカップリングに躍起だ。
全くもって鬱陶しい。
そして続け様に、今度はきゃぴきゃぴした女子の声が混ざった。
「えぇ~、付き合ってないとか言っちゃうの? この前は水族館デートまでしてたのにっ。なんなら途中、二人でどこかに消えていちゃいちゃしてたのにっ!」
「おい、誤解を招く発言はやめなさい。っていうかデートなんてした覚えはないし、いちゃいちゃもしてない。梓乃李が勝手に、ぼーっと突き当りまで進み続ける俺を監視してただけだ」
「……豊野くん、もしかしてマンボウか何かなのっ?」
「いや、たまに目が見えなくなるだけだから、横に曲がれる俺の方が上位存在だな」
「それはそれでどうなの……っ?」
マンボウは、ほぼ直進しかできないと言われる。
他にも、すぐに死ぬことでSNS等でよくネタにされている。
がしかし、実際は左右に曲がれるし、そこまで弱い生き物ではないらしい。
……ん?
となると、やっぱり俺と同レベルじゃね?
と、マンボウレベルだと頷きかけたところで首を振る。
というか、待てよ。
我が物顔で混じっている女に、俺はジト目を向けた。
「っていうかそもそも、お前は何故この場に居る? 他のクラスだろ」
いつの間にか妙に馴染んでいるゆるふわっ子こと、喜嶋葵子。
近頃、例の件もあってか季沙とは少し距離が出来ていた。
すると、その枠に気付いたら葵子が埋まっていたというわけだ。
数日前からそうだったが、何故この教室に居るのだろうか。
暁斗はというと、そんなやり取りをニヤニヤしながら眺めている。
「呼ばれてるけど行かないの?」
なんて風に他の面々と言い合いしているところ、ついに梓乃李が入ってきた。
底冷えするような声音に、つい背筋が伸びる。
「どうしたの? ほら、待たせちゃ悪いし行ってきなよ」
「……お、おう」
言うや否や、そっぽを向く彼女。
それを見て、他の連中がまたにわかに盛り上がった。
桜花の用事ついでに、そのまま昼飯の買い物も済ませてこようと思って、俺は財布を握る。
にしても、すっかり梓乃李の彼女面も激しくなってきた。
俺は後頭部を掻いてため息を吐く。
何が良くないって、周りが囃し立ててくるところだ。
チラッと後ろを見ると、いつの間にか梓乃李もクスクス笑っている。
「まぁなんというか、楽しいならそれでいいんだけどな」
ボソッと独り言を漏らすと、すぐにいつメンの野次と破滅ヒロインの怨嗟混じりな視線が襲ってきた。
茶目っ気と思えば可愛いもんだ。
少し前のクラスで孤立していた時期を思えば、微笑ましいくらいである。
廊下に出ると、桜花はやけに緊張した面持ちで待っていた。
その手には、何やら気になるバッグも。
と、目が合うなり、珍しく頬を掻きながら遠慮がちに言ってくる。
「あ、あんたってさ。普段弁当買ってるんでしょ?」
「ん? あぁ」
前にも言ったが、うちの実家はなかなか太い。
というわけで普段の昼食は大体コンビニ。
この前、そんな事を桜花にも話した気がする。
今日も今からおにぎりを二つくらい買いに行く予定だった。
ちなみに量が少ないのは、つい先日どこぞの猫かぶり女にカラオケ部屋代を搾取されたからだな。
金があるってのと、節制するかどうかは別の話である。
なんて思っていると、おずおずと彼女の手からそのバッグを手渡された。
「……え」
「ま、まだ買ってなかったらその……食べてよ」
ずっしりと、重量感のある……恐らく弁当入りのバッグ。
手を離すわけにもいかないので、受け取るしかない。
手中に収めた俺は、額から汗を流した。
「し、白城さんの分は?」
「それは、勿論用意してる」
「じゃあこれは、わざわざ、俺のためって事?」
「か、勘違いしないでくれるかしら。前提として、昨日のカラオケで奢らせ過ぎちゃったから、その補填よ。補填!」
「……じゃあ普通に弁当を奢ってくれれば良かったのでは?」
わざわざ手作りしてくる意味は何だろうか。
危うく勘違いするところだった。
いや、正直まだ勘違いとして処理していいのかどうか判断しかねている。
俺の言葉に、桜花は泣きそうな顔をする。
「っ! ——い、要らないなら、いいけど」
「……いや、そういうわけでは」
反則だろ。
こんな言い方されたら、俺が悪者みたいじゃないか。
実際傷つけているのは事実だろうし、罪悪感で胸が締め付けられる。
くそ……!
一旦考えよう。
このままこれを教室に持ち帰って食べる……ってのは無しだな。
論外だ。
間違いなく全員に冷やかされるし、梓乃李に至っては何をしでかすかわからない。
先程のメンヘラはあくまでその場のノリだったとは思うが、この先は話が変わってくる。
文句を言われるくらいなら良いが、刺されたり、それこそ本気で病んで自殺されようものならすべてが終わりかねない。
となると。
「じゃ、じゃあせっかくだし、一緒に食うか?」
苦肉の策として絞り出した言葉。
桜花はそれを聞き、顔を上げた。
「あ、あたしは構わないけど……?」
「じゃあそうするか」
「そう、ね」
お互いに様子がおかしい。
とは言え、なんとか解決策に辿り着けた。
二人でこの場から消えれば、あいつらに絡まれることはなくなる。
あとで多少詮索されはするかもしれないが、真実が闇の中なのは変わらない。
我ながら完璧すぎる落としどころと言えよう。
なんて、一瞬ほくそ笑んだのがダメだった。
立ててしまったのだ、俺は。
破滅のフラグを——。
「あれー、こんなとこに居た。随分長話だね」
「し、梓乃李!?」
背後に迫ってきていた死神から肩を叩かれ、崩れ落ちそうになった。
終わったのだ。
儚い命だった。
目の前の桜花も、何かを察したのか絶望したように目を見開いている。
「何その驚き方。都合悪かったかな?」
「い、いやそんな事は。全然大丈夫デスケド」
「あはは。君ってそんなにカタコトだったっけ?」
あまりにも都合が悪い場面に登場されて、呂律が上手く回らない。
こいつ、一体いつから聞いてたんだ……?
怯える俺を他所に、梓乃李は見透かしたような口調でふっと笑う。
「たまたま教室出たら、まだ話してて驚いたよー」
「……」
もはや真実なのか嘘なのかもわからない。
俺はただ絶望的な状況に、死を悟るだけだ。
ほら、見てみろ。
人生終了が確定したからか、走馬灯のようにこれまでの日々が流れ——ない。
あれ。
……いや、そうか。
拗らせ陰キャ過ぎて、この世界には俺の思い出なんかないのだ。
悲し過ぎる。
横に回ってきた梓乃李の顔を見ると、満面の笑みが張り付けられていた。
俺にはその口が裂けているように見える。
「ふふふ、良かったら私も混ぜてくれるかな? 白城桜花ちゃん。教室で須賀君と葵子ちゃんが一緒にご飯食べるらしくて、右治谷君も友達のところに行っちゃったから、気まずいんだよね」
「……チッ」
微かに漏れた桜花の舌打ち。
俺の耳に入ったという事は、梓乃李も同様に聞き取ったという事であり……。
なんでもない平日の今日。
しかし、どうやら俺にとってはターニングポイントだったらしい。
生死を分かつ、そんな一大イベントの始まりに、俺は乾いた笑い声を漏らす事しかできなかった。




