第48話 擬態陰キャヒロインの告白
そう言えば。
六月に入った事で、掃除月間が終わった。
これにて、晴れて雪海に怯える日々とはおさらばでき、気分爽快である。
季沙と距離を置けるという意味でも、若干気が休まったのは言うまでもない。
もっとも、そのせいで今度は梓乃李から下校を尾行されたり、付いて来られたりする事案も発生しているから、プラスマイナス収支は赤字であるが。
そんな破滅ヒロインが今日は日直という事で、俺は逃げるように教室を出た。
念願の自由の身、である。
「あ」
とかなんとか思っていた矢先、別の奴に遭遇した。
芋々しい装いの女――桜花である。
思いっきり反応してしまった俺に、彼女も固まった。
その手には外用の靴がある
……。
「お、おう。今帰りか?」
無視するわけにもいかなくなったため質問すると、彼女はふんと鼻を鳴らす。
「見りゃわかるでしょ」
「そらそうだ」
「で、あんたも?」
「見りゃわかんだろ」
「それもそうね」
意味のないやり取りをしつつ、俺も昇降口で靴に履き替える。
外は小雨が降っており、面倒だ。
傘を差すか微妙な降水量に、悩む俺。
その隣に桜花が並ぶ。
一緒に帰るつもりなのだろうか、と一瞬考えたが、顔見知りな上に同じマンションなのに、別に帰る方が不自然だとも思った。
「あんた、暇?」
「まぁ別に用はないな」
見ての通り友達もロクに居ない陰キャである。
頷くと、桜花は傘を開きながら言った。
「じゃ、付き合いなさい?」
「へ?」
こうして、結局俺はまた、状況が飲めないままヒロインの一人に拘束されるのであった。
◇
連れ込まれたのはカラオケだった。
普段は賑わっているが、悪天候だからか今日は若干学生客が少ない。
無断で三時間のショートフリータイムにされ、俺が目を丸くしたのは言うまでもない。
てっきり一時間程度で、テストの鬱憤でも晴らすつもりだと思っていたのに……。
二人きりで三時間は結構なものである。
心を開いてもらっている……と都合よく解釈することはできるが、これは違うな。
要するに、距離の詰め方がおかしいのだ。
モデルと言えど、根は空気の読めないオタク女だからな。
原作でも白城桜花は空気を読まず、ズバッと思った事を言う描写が多かった。
一応本人もそれを気にしているため、まぁ可愛いもんだと思えなくもない。
それもこれも彼女のバックボーンによるものなのだが、今は置いておこう。
入室して早三曲目。
俺がまだマイクを握っていない事もあるが、彼女はお構いなしに歌っている。
と、そんな様子をジト目で眺めた後。
歌い終わった彼女が満足げにマイクを置く。
それを待って俺はツッコんだ。
「っていうか、部屋代は俺持ちかよ」
そう、実はツッコミどころは、ショートフリータイムにされた事だけではないのだ。
受付で『お金足りる?』などと質問された時は流してしまったが、よく考えるとどういう意味だ。
聞くと彼女は、なんでもない様子で言った。
「この前抹茶オレ奢った時に、次はお返ししてくれるって言ってたじゃない。だから割引込みで安くなるショートフリーにしたんだけど」
「まぁ、良いんですけどね」
ジュースの見返りがカラオケになるとは思わなんだ。
図々しいのかしっかりしているのか。
「あんたは歌わないの?」
「聴きたいのか?」
「いや、あんまり」
「……じゃあいいですよ」
相変わらず、この世界のヒロイン達は俺に対して素っ気なさ過ぎるのではないだろうか。
梓乃李や雪海の異常な好意に勘違いしがちだが、アイツらも絡み始めは冷めたものだったからな。
梓乃李なんて、幼稚園からの顔見知りとは思えないほど壁を作ってたし。
むしろその方がマシだったという皮肉はさて置き、傷つくものだ。
モブ相手とは言え、もう少し手心とかないのかね。
すんっと顔を背ける桜花に、俺はひそかに泣いた。
外の天気も俺の心も雨模様。
誰も傘は差してくれない。
その後小一時間、桜花は再び歌い続けた。
それなりに上手いもので、俺も純粋に聞き入っていた。
曲選はアニソンからボカロ、JPOPにKPOPまで有名曲を中心に幅広く、オタクの俺にも刺さる。
なんとなく思っていたが、趣味は近いらしい。
と、彼女は久々にマイクを置いた後。
次の曲を入れようとしたが、そのまま首を振ってタブレットを置いた。
「え? どうかしたのか?」
疑問に思う俺を他所に、彼女はスマホと睨めっこ。
しばらく経った後、彼女は不意に自身の両頬を叩いた。
「……よしっ。覚悟決めた」
「は?」
唐突な奇行。
常日頃から白目を剥いたり、独り言が多かったりする俺の目から見ても、異常な姿だ。
と、そこで桜花は唐突にスマホを見せてきた。
写っているのはとある人気モデルの画像である。
つい先日、SNSに載っていたものだ。
俺も見た覚えがあるからわかる。
何故ならそれは……人気モデル『Ouka』の画像に他ならないのだから。
「ねぇ、この子、誰かに似てると思わない?」
「……」
クールな表情で自然に映る超絶美少女。
お洒落な路地に、夕暮れという最高のロケーション。
そんな中、彼女の魅力は相乗効果で大きな魅力を放っていた。
髪は透き通っており、赤く色づく光を反射して煌めく。
長いまつげと、陽の光を嫌って細められた大きな目は、アンニュイな雰囲気を醸し出していた。
そして何より……口元のほくろが良い。
長い前髪と俯きがちな姿勢、そして完全防具であるマスクによって、普段は徹底的に隠された美貌。
だがしかし、『さくちる』を知っている俺にはその正体を迷う事などあり得ない。
俺は少し迷った後、素直に答えた。
「白城さんに似てると、思うよ」
「ッ!? ……そう」
はっと息を呑んだ後、彼女は緊張した面持ちでゆっくりとマスクを外す。
するとそこから、モデルと寸分違わぬ位置にほくろが現れた。
……ほくろは、彼女が意図的に隠している、コンプレックスだ。
「わかるんだ」
「まぁ……うん」
「あたし、実はモデルをやってるの」
「そうなんだな」
勿論知っている情報にも、初見の反応をしなければならない。
そんな自身の境遇に違和感を覚えつつ、俺は頷く。
にしても、一体どんな心変わりだろうか。
原作では暁斗が自発的に正体に気づく流れだったはずだ。
何故それが、自分から暴露する方向へシフトチェンジしたのだろうか。
それも、相手は俺というただのモブである。
意味が分からない。
なんて困惑していると、桜花はさらに意味不明な事を口にした。
曰く。
「今度、近所で撮影があるの」
「おう」
「で、それでね? 実は友達とか呼んでもいいよって言われてて」
「ほう?」
「ってわけで……来ない?」
「……お?」
なし崩しで始まった知らないイベント。
俺が混乱しているのを他所に、彼女は赤らんだ顔ではにかんだ。
こうして、俺はやや強引に撮影デートに招待されるのであった――。




