第46話 事態の深刻さを悟り、またも絶望するモブ
梓乃李と二人で、見失った暁斗と葵子を探す事数分。
館内を歩いていると、ようやく俺達はお目当ての人を見つける事が出来た。
……のだが。
「えー、喜嶋ちゃん彼氏いたん?」
「いや、あきくんはただの幼馴染でっ」
「ふーん。ま、オレの気持ちは変わらないっすけど」
引きつった笑みで固まる葵子。
それを見て若干焦ったような顔で不快そうにする暁斗。
二人の前にはもう一人、どこかで見た事がある男が立っていた。
どうやら俺達がいない隙に、ひと悶着起きたらしい。
ズカズカと無遠慮に葵子に近づく男だが。
なんとなくチャラい印象を受ける雰囲気だった。
とは言え、夏物の服から覗く肢体からは最低限鍛えている様子も見える。
身長も高く、顔の造形も整っており、如何にもモテますって感じだ。
と、そこまで見て気づいた。
コイツ、アレだ。
以前遊園地で見た、葵子に迫っているクズの後輩である。
葵子は、現在進行形でこの男から猛アプローチを受けている。
この後原作では、それがエスカレートしてレイプ未遂に発展するのだが、この世界線でもその動きが確認されていた。
遊園地で葵子と二人でいた時、彼女から実際に聞いたから知っている。
とは言え、これまたどうしてこんなところでエンカウントしてしまうのか。
前回と言い今回と言い、遊びに出た先々で遭遇するのは不気味だ。
ストーキングでもされているのかと疑いたくなる程である。
もっとも、そんな事ができる化け物は雪海くらいしかいないだろうが。
と、怪訝に思っている俺を他所に、現場では珍しく暁斗が健闘していた。
葵子と男の間に割って入るようにして、話しかけている。
「君、一人で来てるの?」
「いや? 女と来てるに決まってるじゃないっすか。こんなとこ、わざわざ男が一人で来ないっすよ。連れがトイレ行って暇だった時に、たまたま本命の喜嶋ちゃん見かけたから話しかけただけっす」
「相手が居るんなら待ってなくて大丈夫なの?」
「別にいいっすよあんなの。今日だってどうしてもって言うから付き合ってやってるだけだし。でもさっき話してたら今日生理とか言われてー。ヤレると思ってわざわざ入館料奢ってやったのに、あり得なくないっすか?」
「……」
同調を求めるような言葉に、暁斗は困惑していた。
こういう絡み方には慣れていないのだろう。
クズ丸出しのヤリモク発言にもドン引きしていそうだ。
とは言え、水族館を奢る金があるとは、なかなか大したものである。
サッカー部所属のはずだが、バイトまで並行しているのだろうか。
目的は不純だが、努力だけは素晴らしいと思う。
「ねぇ、どうするの?」
「ん? あぁ。止めるぞ」
「え? あ、うん。そうだよね」
つい考え込んでいたが、アイツらを変に接触させるのは好ましくない。
梓乃李に言われて俺は頷き、彼らの前に姿を出した。
「ごめん暁斗。ぼーっとしてたら見失ってたよ」
「あ、響太。てっきり二人で回るのかと思って放置してたんだ」
俺の顔を見るなり、若干暁斗の顔が和らぐ。
そして俺は、苦笑しつつ訂正した。
「だからデートじゃないって何度も言ってるでしょうに」
相変わらず俺と梓乃李をカップリングさせようとしてくる奴だ。
本来の俺のロールと逆転しているが、何の皮肉だろうか。
しかし今はそんな事より話をする相手がいる。
俺はテキトーに暁斗と話しつつ、後輩に目を向けた。
そいつは興味を惹かれたように、食い入るような目で梓乃李を見ている。
さて。
節操無しにも程があるクズ相手だ。
正直あまりトラブル源とは関わりたくないが、この後の展開を知っている以上、釘は刺しておいた方が良いだろう。
「女連れで遊びに来てナンパとは贅沢だな」
「……は?」
何度か修羅場に遭遇したとはいえ、牽制慣れしていない俺である。
いきなり喧嘩を売るような言葉になってしまった。
なんともまぁ、痛々しいオタクのハッタリ文句にしか聞こえないセリフだ。
言っていて自分まで恥ずかしくなってくる。
無言の間がしばし流れ、じわっと嫌な汗が滲んだ。
前に亜実と対面した時も思ったが、俺からカッコいいセリフなんて出てこない。
結局どこまでいっても、『陰キャが精一杯虚勢張ってんね(笑)』的なワードにしかならないのだ。
俺のコミュ力がもう少し高かったら、きっと角の立たない方向性で話を進められたのだろう。
微妙な空気の中、クズ後輩は一歩出て俺を見下ろす。
そして興が醒めたのか、舌打ちして踵を返した。
「チッ。……あー、うっぜ」
この数秒で心底舐められたらしく、単に暴言だけ吐き捨てられる。
後頭部を掻きながら歩く後輩の後姿が、次第に遠くなった。
取り残され、なんだか少しイラっとする。
普段はあまり他人の言動に苛立つことはないのだが、今日はなんだかやけに気に障った。
後ろから飛び蹴りでもかましてやろうかと迷ったくらいだ。
とは言え、クズを二人から引き離せたことには違いないから、ここで拗れさせては意味がない。
秘かにイライラしていると、そんな俺の心境なんかお構いなしに葵子が声を上げた。
「ほんとありがとっ」
「まぁ、うん」
随分困っていたらしく、そのまま少し葵子の愚痴を聞かされる俺達。
事情を知っていた俺は勿論、暁斗も何となく知っていたらしく、渋い顔をしていた。
一方初耳の梓乃李は露骨に不快そうな表情を浮かべていた。
コイツはどうも、感情がすぐ顔に出るタイプらしい。
と、そんな時だった。
葵子の口から出た一つの単語に、俺は頭を殴られたような感覚に襲われる。
「茶桐くんって言うんだけど、ほんとに困った子でさぁ」
「ッ!? ……サキリ? それって、下の名前は叶矢であってるか?」
「え? うん。知ってるの?」
「……」
葵子の声がどんどん遠退いていく。
茶桐叶矢。
明嶺学園に今年入学してきた、一つ下のサッカー部のクズ野郎。
俺はそんな奴を知っていた。
何を隠そう、去年季沙を襲ったという男の名と、奇しくも同じなのだから――。
「どうかした?」
「……なんでもない」
頭の中で様々なイベントが繋がり出す中、聞いてきた梓乃李に対して俺は息を吐く様に嘘をつく。
つい先日、梓乃李には自分を曝け出してくれと言われたばかりだ。
だがしかし、やはりそういうわけにもいかないらしい。
特にコイツには、余計な心労を与えたくないから仕方ない。
いや、もはやこういう考え方自体が間違いで、全てをコイツに説明した方が良いのかもしれないが……。
どのみち、今は様子見するしかないだろう。
「大丈夫だよ葵子。僕らが付いてるから」
「あははっ、あきくんってば大げさだなぁ。大丈夫だよぉ」
「だといいんだけどね」
にしても、どうも葵子に対してだけはまともだな。
まさしくエロゲ主人公な暁斗を横目に、俺は少しだけ微笑ましい気分になる。
黒い事件に首を突っ込むのは、今回もモブだけで十分だ。
―◇―
【喜嶋葵子】
暁斗への好感度:30% (↑)
響太への好感度:5% (↑)




